第三部 第4章:赤土の電波塔
オーストラリア大陸中央部、アウトバック。
見渡す限りの赤茶けた荒野と奇岩が連なる灼熱の大地。その中央に、まるで天を突く巨大な槍のような超巨大通信中継基地(リレイ・ステーション)がそびえ立っていた。
上空に展開された無数の巨大パラボラアンテナ群が、不気味なほどの静けさで稼働している。ここが、世界中で暴走する無人機テロを裏で操る「神経の束」だ。
「ザーフトラのマイナス四十度から、今度は気温四十度の灼熱地獄か。ヴァンツァーのエアコンも悲鳴を上げてるぜ」
巽恭平が、額の汗を拭いながら通信機にぼやいた。
『文句を言っている場合じゃないわよ。……見てなさい』
指揮車両のモニター越しに、鷹司冴子が険しい声を出す。
中継基地の周囲の赤土が突如として波打ち、偽装された地下ハンガーから、無数の飛行型ドローンと高機動型の無人ヴァンツァーが文字通り「湧き出して」きた。空を黒く染め上げるほどの圧倒的な物量だ。
『中継基地の特権ですね。世界中のテロ兵器に指令を出すこの場所は、極めて強固な自律防衛ネットワークとエネルギーシールドで守られています。……生半可な攻撃では、アンテナの支柱一本折ることもできません』
牧野理沙の冷静な分析が飛ぶ。
「なら、私がそのネットワークをへし折るわ! 荒田、降ろして!」
輸送機から四機の『春』が赤い大地へと降下する。
着地と同時、鷹司の『111式春陽』が背部の大型レドームを全開にし、最大出力のECM(電子妨害)を放射した。
しかし、いつもなら一瞬で無力化されるはずの無人機群は、僅かに動きを鈍らせただけで、すぐさま統率を取り戻して特務チームへと襲いかかってきた。
「……ジャミングが押し返されている!? この基地の通信出力、規格外よ!」
鷹司が驚愕の声を上げる。
「相手は世界中に電波を飛ばすバケモノ塔だ。電子戦で力負けするなら、物理で黙らせるまでだ!」
榊健吾の『113式強春』が前衛に躍り出る。
空からは無数のドローンが、地上からは高機動無人機が迫る絶望的な包囲網。榊は超大型タワーシールドを背部のマウントへ固定し、両手を開放した。
「出し惜しみはなしだ! 面制圧で敵の波を砕く!」
右手に重機関砲(マシンガン)、左手に大口径ショットガン。榊の十八番となった二丁拳銃(アキンボ)スタイルが火を噴く。
上空から降ってくるドローンの群れをマシンガンで薙ぎ払い、足元へ肉薄してくる地上部隊をショットガンの散弾で粉砕する。強春の極厚装甲を盾に、一歩も退かずに弾幕の嵐を形成し、敵の波に強引な防波堤を築き上げた。
「榊一尉、最高の壁だぜ! 俺は塔のシールド発生器を叩く!」
巽の『112式法春』が、強春の弾幕の隙間を弾丸のようにすり抜け、中継基地の基部へと突撃する。
迎撃システムのレーザーが法春を狙うが、巽は左腕の小型シールドを巧みに操り、被弾の瞬間に装甲を傾けてレーザーを弾き返す(パリィ)。そのままシールドの裏に構えたフルオートピストルで、シールド発生器の冷却ユニットを次々と撃ち抜いていく。
「これでトドメだ! 眠りやがれッ!」
冷却ユニットを失い、装甲が露出したメインジェネレーターに向け、巽は右腕のスタンロッド(電磁警棒)を力任せに突き立てた。
青白い超高圧電流が、赤土の荒野を照らす。膨大な電磁パルスが基地の制御回路を焼き切り、巨大な塔を覆っていた青白いエネルギーシールドが、ガラスが割れるように粉々に砕け散った。
「シールド消失を確認! ……鷹司局員、やれます!」
基地から数キロ離れた巨大な奇岩(メサ)の上。そこに機体を固定した汐見葵の『114式春陰』が、銃身の長い強粒子砲(ビーム砲)を展開していた。
実体弾のライフルでは、あの巨大な塔を完全に破壊することはできない。対象を根こそぎ「融解」させるための、最大火力の選択だ。
「出力120%。ジェネレーター直結……目標、メインアンテナタワー」
春陰の漆黒の装甲が、膨大な熱エネルギーによって陽炎を纏う。
「——この星の空を、返しなさい」
引き金が引かれた。
オーストラリアの赤い荒野を、大気を焼き焦がす極太の光の奔流が一直線に駆け抜ける。
強粒子砲の圧倒的な熱線は、中継基地の中央支柱を直撃し、数千トンの鋼鉄とパラボラアンテナ群をドロドロに融解させながら完全に貫通した。
凄まじい轟音と共に、天を突く巨大な通信塔が赤土の大地へと崩れ落ち、もうもうと土煙を上げる。
指令塔を失った無人機群は、糸が切れた操り人形のように次々と荒野へ墜落していった。
「……片付いたな」
土煙が晴れる中、巽が法春のピストルをホルスターに収めながら息を吐いた。
「ええ。見事な連携だったわ。……牧野、そっちはどう?」
鷹司が、上空の輸送機へ通信を繋ぐ。
モニターに映る牧野は、崩壊した中継基地の残骸から最後のデータを吸い上げ、凄まじい速度でタイピングを続けていた。
やがて、彼女の手が止まり、ゆっくりと顔を上げる。
『……ファイアウォール、突破しました。中継基地の通信ログから、全ての命令の「大元」であるメインサーバーの絶対座標を特定』
モニターに映し出された世界地図。
オーストラリアから伸びた一筋の赤い線が、太平洋に浮かぶ一つの島——ハフマン島の中央部、巨大なカルデラ跡を指し示していた。
『ハフマン島、旧O.C.U.軍の地下大規模防空壕跡。……間違いありません。ここが、一連のテロを引き起こした自律型AIネットワークの「脳」であり、全ての黒幕です』
「ハフマン島か。ヴァンツァー乗りの聖地であり、呪われた島」
榊が、二丁の銃をハードポイントに収めながら、モニターの地図を重い眼差しで見つめる。
「世界中で暴れ回ったAIテロリストどもにも、ついに年貢の納め時が来たってわけだ。……俺たちの手で、引導を渡してやる」
巽が、右手のスタンロッドを起動させ、青白い火花を散らして笑った。
「長い旅だったけれど、次が本当に最後よ。……荒田、針路を太平洋へ」
鷹司の静かだが力強い命令が下る。
『了解だ! 最高のフライトで、最高のステージへ連れてってやるよ!』
荒田の操る輸送機が、オーストラリアの赤い大地に別れを告げ、夕日に染まる空へと舞い上がった。
南米、大漢中、ザーフトラ、そしてオーストラリア。
世界を巡り、テロの火種を鎮めてきた特務チーム「鋼の番犬」たち。四機の『春』シリーズと二人のサポートメンバーを乗せた方舟は、全ての因縁が交差する最終決戦の地——ハフマン島へと向けて、最後の航海へと旅立った。
(第三部・世界転戦編 了)