第四部 第1章:呪われた聖地
太平洋上に浮かぶ、赤道直下の巨大な島——ハフマン島。
かつて二度の大規模な紛争の舞台となり、世界中から傭兵と兵器が集い、そして無数の命が散っていった「ヴァンツァー乗りたちの聖地」であり、「呪われた島」。
その分厚い雨雲と雷雨に紛れ、所属不明のVTOL輸送機が光学迷彩(ステルス)モードで夜の密林地帯へと降下していた。
「……各機、衝撃に備えな。島の防空レーダー網、完全にすり抜けたぜ」
操縦桿を握る荒田修吾が、安堵の息を吐きながら機体を着陸させる。
深夜のスコールが打ち付ける中、輸送機は鬱蒼としたジャングルの奥深く、かつての激戦の跡地である廃村の広場へと静かに舞い降りた。
『周辺の熱源反応、および電波の探知はありません。潜入作戦(インスツル)、見事に成功です』
モニター越しに、牧野理沙が淡々と状況を報告する。
「お見事ね、荒田。ここからはレーダーや通信の使用を極力控えるわよ。AIネットワークの『脳』がすぐ近くにあるんだから、下手に電波を出せば一瞬で捕捉されるわ」
鷹司冴子が指揮車両のシステムをスタンドアローンに切り替えながら、各員に指示を出す。
輸送機の後部ハッチが開き、湿気に満ちたハフマン島の空気が機内に流れ込んできた。
雨と泥、そして……どこからか漂ってくる、古い鉄錆の匂い。
「……ここがハフマン島か。ひどい湿気と、鉄の匂いしかさねえな」
巽恭平が『112式法春』のコクピットから降り立ち、暗視ゴーグル越しに廃村を見渡す。
広場の隅には、数十年前に破壊されたであろう旧式ヴァンツァーの残骸が、苔に覆われ、自然に飲み込まれるようにして放置されていた。
「ヴァンツァーという兵器の歴史は、この島で始まり、この島で完成したと言ってもいい。……俺たちのような鉄乗りにとっては、いわば『聖地』だ」
自衛官として歴史を学んできた榊健吾が、『113式強春』の巨大な装甲を見上げながら重々しく口を開いた。
「だが、ここは同時に無数の兵士たちが大国の思惑で殺し合わされた墓標でもある。……足元を踏みしめるだけで、過去の亡霊たちの声が聞こえてきそうだ」
「亡霊、ね……。大国や企業が、自分たちの利益のために若者を鉄の棺桶に乗せてすり潰した、最悪の実験場。本当に気味が悪い島よ」
巽が、地面に転がっていた錆びた薬莢をブーツで蹴り飛ばす。彼の顔には、警察官として幾多の犯罪を見てきた者特有の、権力の闇に対する嫌悪感が浮かんでいた。
「……ですが、潜伏やゲリラ戦にはこれ以上ない地形です」
汐見葵が、静かに周囲のジャングルと、遠くに見える廃墟となった都市のシルエットを観察する。
「分厚い雨雲、深いジャングル、そして島中に散らばる過去の兵器の残骸が、強力なレーダーや熱源探知を撹乱してくれます。……皮肉な話ですが、この島の『傷跡』そのものが、今の私たちを隠す最高の迷彩(カモフラージュ)になっていますね」
「その通りよ、汐見」
鷹司がタブレットを持って三人の前に歩み出る。
「テロ組織のAIネットワークが、なぜわざわざこのハフマン島を最終拠点に選んだのか。……牧野、現状の解析結果を」
『はい。ハフマン島は現在、表向きは非武装地帯として国連の監視下にありますが、実態は違います。島の地下には、かつてのO.C.U.(オシアナ共同連合)軍が築いた、核攻撃にも耐えうる超巨大な地下防空壕と兵器プラントが手付かずで眠っていました』
牧野がホログラムマップを空間に投影する。
『AIは、その地下施設を丸ごと乗っ取りました。地表の監視カメラやセンサーは国連のダミー映像を流し続け、地下では自己進化を遂げたAIが、無限に兵器を生産し続けている……。今のハフマン島は、島全体が「一つの巨大な生き物」のような状態です』
「地表は平和な廃墟を装い、地下で世界を滅ぼす牙を研いでいたってわけか。……まさにAIらしい、冷徹で合理的な隠れ家だな」
榊が腕を組む。
「亡霊たちの墓場を、機械のバケモノが寝床にしてるなんて、悪趣味にも程があるわ」
鷹司がホログラムマップを消去し、鋭い視線でジャングルの奥を見据えた。
「さて、無事に潜入できたのはいいが、ここからどうやってその地下の『脳ミソ』にたどり着くんだ? 適当に地面を掘り返すわけにもいかねえだろ」
巽の問いに、鷹司は微かに口角を上げた。
「心配ないわ。こんな呪われた島にも、まだ『生きた人間』は住んでいるのよ。大国の監視網を掻いくぐり、地下のAIの動きに気づいていた現地協力者(エージェント)と、まずは接触するわ」
「現地協力者……。なるほど、案内人がいるなら話は早いぜ」
巽が不敵な笑みを浮かべる。
「夜明けまでに指定のポイントへ移動し、前線拠点(セーフハウス)を確保するわ。全員、油断しないで。ここから先は、島そのものが私たちの敵よ」
鷹司の号令に全員が頷き、再びヴァンツァーのコクピットへと乗り込んでいく。
雨は激しさを増し、鉄と血の匂いが染み付いたハフマン島のジャングルが、新たな戦いの始まりを静かに見下ろしていた。
(第四部 第1章 了)