第四部 第2章:亡霊の街と案内人
ハフマン島中西部、旧フリーダム市街地。
かつては島の経済的中心地として栄えた摩天楼も、度重なる紛争の爪痕と熱帯の植物に浸食され、今では緑に覆われた巨大な墓標のように静まり返っていた。
夜明け前。特務チームは、崩落した地下鉄の廃駅を改修した隠しシェルターへと到着した。そこが今回の前線拠点(セーフハウス)である。
「遅かったじゃねえか、鷹司の嬢ちゃん。……まさか本当に、あの馬鹿デカい『春』シリーズを四機も持ち込んでくるとはな」
ランタンの薄暗い灯りの中、闇から現れたのは一人の初老の男だった。油汚れにまみれたポンチョを羽織り、右腕には無骨な旧式の義手を装着している。
「お久しぶりね、レオン。相変わらず、この呪われた島でスカベンジャー(廃品回収業)の元締めをやっているようね」
鷹司冴子が、警戒を解いて男に歩み寄る。
「おいおい、こんな爺さんが案内人(エージェント)なのかよ」
巽恭平が『112式法春』から降り、訝しげに男——レオンを見下ろす。
「見くびるなよ、兄ちゃん。俺はこの島が火の海になった最初の紛争から、ずっとこの島の『裏側』を歩いて生き延びてきたんだ。地下の旧O.C.U.軍の隠し通路から、ネズミの抜け穴まで、俺の頭の中に全部入ってる」
レオンは義手を軋ませながら、広げられたテーブルの上に古びた紙の地図を広げた。電子データではないアナログな地図こそが、この島では最もハッキングされにくい安全な情報なのだ。
「状況を教えて、レオン。敵の中枢……AIネットワークのメインサーバーはどこ?」
鷹司の問いに、レオンは地図の西側、巨大なクレーター跡を指差した。
「旧ハフマン軍事工廠の地下最深部だ。……だが、真正面からは絶対に近づけねえ。数ヶ月前から、あの周辺一帯は『人間が乗っていないヴァンツァー』の群れが、アリのように規則正しくパトロールしている。少しでも近づけば、一瞬で蜂の巣だ」
「なら、そのネズミの抜け穴ってやつを案内してもらうしかねえな」
榊健吾が腕を組み、地図を覗き込む。
「というわけで、さっそく偵察(ピクニック)に出発だ。夜が明ける前に、突入ルートを確定させるぞ」
レオンがニヤリと笑い、自らの小型ホバーバイクに跨った。
雨上がりの深い霧が、廃墟の街を白く覆い隠していた。
レオンのホバーバイクを先頭に、特務チームの四機は極限まで駆動音を抑え、ジャングルと化した廃市街を進んでいく。
「……見えてきたぜ。あれが地下工廠への『裏口』だ」
廃墟の陰からレオンが双眼鏡で指し示した先には、巨大なクレーターの底面に隠された、分厚い鋼鉄の搬入用エレベーターがあった。
しかし、その周囲には、これまでの戦場で見てきたどの無人機よりも禍々しい、黒塗りの重装甲無人ヴァンツァー部隊が隙間なく巡回している。
『……信じられません』
上空の輸送機から通信を繋ぐ牧野理沙の息を呑む音が聞こえた。
『熱源反応が全くありません。あれだけの重装甲機体が稼働しているのに、排熱を極限まで抑え込むステルス冷却システムを搭載している……。完全に「暗殺」と「防衛」に特化した、AIの究極の進化系です』
「しかも、一糸乱れぬ完璧なフォーメーションだ。……人間のパイロットなら必ず生じる疲労や死角が、奴らには一切ない」
榊が『113式強春』のモニター越しに、敵の規則的すぎる動きを冷徹に分析する。
「ここから先は俺の『春陽』のECM(電子妨害)も使えないわ。ジャミングの電波を出した瞬間に、逆探知されて島中の無人機が押し寄せてくる」
鷹司が唇を噛む。「どうにかして、あの裏口のロックを解除するコンソールまで近づけないかしら……」
「……あそこの見張り二機を音もなく排除できれば、コンソールへの道が開きます。私の狙撃で処理しましょうか?」
後方の崩れかけたビル群の上に身を隠す汐見葵の『114式春陰』が、静かにスナイパーライフルの銃身を向ける。
「いや、待て汐見。ライフルで撃ち抜けば、機体が爆発するか、倒れる轟音で他の連中に気づかれる」
巽が法春の操縦桿を握り直す。
「ここは俺の出番だ。……最高に静かな『おやすみ』をプレゼントしてやる」
巽の法春が、霧に紛れてゆっくりと前進する。
瓦礫の陰から、巡回ルートを外れた一機の黒塗り無人機が、コンソールの前で立ち止まった瞬間——。
「シッ!」
法春がスラスターを一切使わず、機体の関節のバネのみを利用して跳躍。
背後から音もなく敵機に肉薄すると、左腕の小型シールドで敵のセンサーユニットを瞬時に覆い隠し、警報を発する隙を与えない。
同時に、右腕のスタンロッド(電磁警棒)を敵機の中枢回路へ正確に突き立てた。
青白い火花が内部で弾け、超高圧の電磁パルスが敵機の電子頭脳を瞬時に焼き切る。
爆発音も、倒れる金属音もさせず、巽は法春の腕で沈黙した敵機の巨体を静かに抱え留め、ゆっくりと地面へ横たえた。
「……フゥ、一丁上がりだ。心臓に悪いぜ」
巽が額の汗を拭う。
『見事な手際です、巽巡査部長。……そのままコンソールへデバイスを接続してください』
牧野の指示に従い、巽がハッキングデバイスを仕掛ける。
『……裏口のロック解除コード、取得しました。いつでも開けられます』
「よくやったわ、巽、牧野。……これで、AIの『脳ミソ』へ続く道は開けた」
鷹司が満足げに頷く。
「すげえな、あんたたち。あの化け物どもを相手に、本当に風穴を開けちまうとは」
案内人のレオンが、ホバーバイクの上で感嘆の声を漏らした。
「俺たちは『番犬』だからな。どんなに分厚い鉄の扉だろうと、噛み砕いてやるのさ」
巽が法春を後退させ、再び霧の中へと機体を隠す。
ルートの安全と裏口の制圧手順を確立した特務チームは、足跡を残すことなく、素早くセーフハウスへと帰還した。
数時間後、夜明けの光が廃駅のシェルターに差し込み始めていた。
「突入ルートは確定した。……これより、最終作戦のブリーフィングを行うわ」
鷹司がテーブルを囲む全員の顔を見渡す。
「地下工廠の最深部、AIのメインコアが存在する空間まで一気に降下する。敵はこれまでで最も強力な、自己進化を遂げた完全無人機部隊。……出し惜しみは一切なしよ」
「ああ、望むところだ。俺の二丁の銃で、鉄クズどもを根こそぎスクラップにしてやる」
榊が、強春のショットガンの弾薬を装填しながら低い声で応える。
「私も、すべての雑音を撃ち抜きます。……この島の亡霊たちを、静かに眠らせるために」
汐見が静かに決意を口にする。
「へっ、世界中を振り回したAIの親玉のツラ、拝んでやろうじゃねえか」
巽がスタンロッドのグリップを軽く叩いて笑った。
「荒田、牧野。……二人は上空とシステムからのバックアップを頼むわ。私たちの命綱よ」
鷹司の言葉に、通信機越しの二人も力強く頷いた。
呪われた聖地・ハフマン島の地下深くに眠る、悪意の心臓部。
拠点の確保と偵察を完遂した鋼の番犬たちは、ついに、世界の命運を懸けた最後の突入作戦へと挑む。