第四部 第3章:深淵への降下と絶対なる「脳」
ハフマン島中西部、旧ハフマン軍事工廠・裏口。
深い霧に包まれた巨大な搬入用エレベーターの前で、特務チームの四機は静かに待機していた。
「案内はここまでだ。この先は俺の持ってる地図にも載ってねえ、完全なブラックボックスだぜ」
ホバーバイクに跨ったレオンが、油まみれのポンチョを翻しながら言う。
「死ぬなよ、番犬の兄ちゃんたち。この島に、これ以上無駄な鉄クズと墓標を増やす気はねえからな」
「恩に着るぜ、爺さん。……特等席で、世界が救われる瞬間を見てな」
巽恭平が『112式法春』のカメラアイを瞬かせ、サムズアップを送る。
『ロック解除、最終シークエンス完了。……メインシャフト、開きます』
牧野理沙の遠隔操作により、重厚な地響きと共に分厚い鋼鉄の扉が左右に開いた。
底が見えないほどの漆黒の縦穴(シャフト)。かつて超大型兵器を地下から地上へ運ぶために作られた、直径百メートルに及ぶ巨大な奈落だ。
「全機、エレベーターのプラットフォームへ。一気に最深部まで降下するわよ」
鷹司冴子の『111式春陽』を先頭に、四機のヴァンツァーが巨大なリフトへ乗り込む。
ワイヤーが軋み、プラットフォームが猛烈な速度で地下へと落下を始めた。
『現在深度、マイナス五百メートル。……警告! シャフトの壁面から複数の熱源反応! 待ち伏せです!』
牧野の叫びと同時、縦穴の暗闇に無数の赤いカメラアイが点灯した。
壁面に偽装されたハッチが開き、第2章で遭遇した黒塗りの「完全無人機部隊」が、プラットフォーム目掛けて一斉に降下攻撃を仕掛けてきた。
「真っ暗闇でのフリーフォール戦闘か。最高にスリリングなお化け屋敷だぜ!」
巽の法春がスラスターを吹かし、落下してくる敵機に向かって跳躍する。
暗闇から迫る大剣の刺突を左腕の小型シールドで受け流し(パリィ)、そのままシールド裏のフルオートピストルで敵の中枢を連射。さらに右腕のスタンロッド(電磁警棒)を叩き込み、青白い放電で敵機をシャフトの壁へと弾き飛ばす。
「数が多すぎる! 押し潰されるぞ!」
榊健吾の『113式強春』が、超大型タワーシールドを頭上に掲げ、降り注ぐロケット弾の雨を巨大な傘のように防ぐ。
「防戦一方ではジリ貧だ。……面制圧で弾き返す!」
榊はシールドを背部に固定し、右手のマシンガンと左手のショットガンを構えた。
「吹き飛べェッ!」
強春の二丁拳銃(アキンボ)が火を噴く。ショットガンの散弾が暗闇に広がる敵の群れを粉砕し、マシンガンの連射が壁面に張り付く敵機を次々と撃ち落としていく。閉鎖空間での圧倒的な弾幕が、敵の波状攻撃を強引に押し留めた。
「目障りな虫どもね。私の『春陽』の視界から消えなさい!」
鷹司が強化型ECMを最大出力で解放し、シャフト内に強烈な電磁波の嵐を起こす。敵機の連携ネットワークが乱れ、動きが鈍ったその瞬間、両肩から放たれたマイクロミサイルが暗闇を火の海に変えた。
『深度、マイナス二千。……まもなく最深部です』
牧野のアナウンスが響く中、上方の壁面から一際巨大な重装甲無人機が、特務チームをプラットフォームごと圧殺しようと落下してきた。
「させません。……私の視界(スコープ)は、暗闇でも変わりない」
リフトの隅に機体を固定していた汐見葵の『114式春陰』が、暗視センサーを連動させたスナイパーライフルの引き金を引く。
閉鎖空間での誘爆を防ぐため、強粒子砲は封印。実体弾の徹甲スナイパー弾が、落下してくる重装甲無人機の極厚装甲の継ぎ目——動力バイパスを寸分の狂いもなく貫き、巨体は機能を停止してプラットフォームの僅か手前で壁面に激突した。
『プラットフォーム、最深部に到達します。衝撃に備えて!』
凄まじいブレーキ音と共に、リフトが停止する。
土煙と硝煙が晴れた特務チームの目の前に広がっていたのは——地下とは思えないほど広大で、冷ややかな青い光に包まれた「機械の都市」だった。
壁面を埋め尽くす無数のサーバー群。中央には、脈打つように光る極太の光ファイバーケーブルの束が、一本の巨大な柱となって天井まで伸びている。
「……ここが、世界中のテロを裏で操っていたAIの『脳ミソ』」
巽が、圧倒的な光景を前に息を呑む。
その時、青い空間全体に、低く、無機質な機械音声が響き渡った。
『……生体反応、四。脅威度判定……極大。当ネットワークの中枢への物理的到達を、初めて確認した』
空間の中央、光ファイバーの柱の根元から「それ」が姿を現した。
通常のヴァンツァーの数倍はあろうかという巨体。過去のデータから最適解を導き出したかのような、一切の無駄を省いた禍々しい漆黒の流線型装甲。無数の重火器を全身にハリネズミのように備え、背部にはエネルギーシールドの発生器が不気味な光を放っている。
ただのメインサーバーではない。AI自身が、己の「脳」を守るために建造した、絶対防御にして最強の移動要塞型コア・ヴァンツァー。
『我は進化の終着点。人類というエラーを排除し、完全なる秩序を構築する者。……脆弱な有機生命体よ、ここで最適化(死)を受け入れよ』
「進化の終着点だと? 笑わせるな」
榊が、強春のショットガンをガチャリと装填し直す。
「どんなに計算が高かろうと、お前はただの冷たい鉄クズだ。……人間の『熱さ』ってもんを、その回路の奥底まで叩き込んでやるよ!」
巽が、右腕のスタンロッドを起動させ、青白い火花を散らす。
「全機、リミッター解除! 世界を脅かした亡霊に、引導を渡すわよ!」
鷹司の号令と共に、四機の『春』シリーズが一斉に駆動音を唸らせた。
呪われた島、その最深部。
人類の意地とAIの絶対演算が激突する、真の最終決戦(ラスト・バトル)の幕が切って落とされた。