第2章:煙と油の足跡
夜が明けきらぬ横浜港の一角。炎上したコンテナターミナルは、既に国家情報局(NIA)の手配した特大型運搬車輌と、黒ずくめの作業員たちによって封鎖されていた。 テロリストが使用していた無国籍ヴァンツァーの残骸が、次々とブルーシートに覆われて回収されていく。
港の片隅に停められた偽装の大型通信指揮車。その車内で、先ほどまでヴァンツァーのコクピットで殺し合いの螺旋にいた4人は、初めて互いの素顔を突き合わせていた。
「驚いたな。もっと鉄面皮の集まりかと思っていたが」
コーヒーの紙コップを手に、警察官の男が息をついた。防弾チョッキを脱ぎ捨てたワイシャツは汗と機械油で汚れ、肩には県警のエンブレムが光っている。 向かいの席では、迷彩服の上にタクティカルベストを着込んだ陸上自衛官の男が、タブレット端末を険しい表情で見つめていた。
「雑談をしている暇はないはずだ、県警。……情報局(NIA)。回収した敵機のデータだが、不可解な点が多い」
自衛官が端末をテーブルの中央に滑らせる。表示されているのは、先ほど大破させたテロリスト機の内部構造のスキャンデータだ。
「装甲板のシリアルナンバーが削り取られているのは当然として、問題は駆動系(アクチュエーター)と火器管制システムだ。外装は闇市場に流出している旧O.C.U.軍の廃品を装っているが、中身は最新鋭の軍用規格品。それも、既存のどの国家の規格にも当てはまらない、独自のアーキテクチャで組まれている」
「その通りです」
指揮車のモニター席から振り返ったのは、海上保安庁の女性だった。彼女は海図と貨物船の航跡データを照らし合わせながら報告を続ける。
「連中が乗ってきた貨物船の船籍を洗いました。ダミー会社をいくつも経由してO.C.U.フィリピンに行き着きますが、航行記録(ログ)には明らかに改ざんの痕跡があります。実際の航路を逆算すると……出発地点は、公海上の『洋上プラント』です」
「洋上プラントだと?」警察官が眉をひそめる。
「ええ。採掘施設に偽装した、移動式の非公認ファクトリーでしょう。そこで組み上げたヴァンツァーを日本に密輸した」
海保の女性の言葉を引き継ぐように、奥の席で腕を組んでいた国家情報局の女性職員が、メインモニターに一つの企業ロゴを映し出した。
「——『ネクスト・ジェネシス・マニュファクチャリング』。通称、NGM社。それが今回の黒幕と目される新興企業です」
モニターには、真新しい高層ビルや、洗練されたヴァンツァーのモックアップ画像が並ぶ。
「M.I.D.A.S.事件以降、各国の軍需産業は激しい再編の波に晒されました。その混乱に乗じ、突如としてヴァンツァーのパーツ市場に参入、またたく間にシェアを拡大したのが彼らです。表向きは民間用の土木・作業用重機の開発を謳っていますが、裏では各国の紛争地帯に高性能なカスタムパーツを横流ししているという情報がありました」
「その新興企業が、なぜM.I.D.A.S.を狙う? あれは兵器というより、もはや厄災だぞ」と自衛官。
「彼らには技術力も資金力もある。しかし、国際社会における『発言力』がない。M.I.D.A.S.の再生産、あるいはその技術を手中に収めれば、大国すらひれ伏すカードを手に入れることになります」
情報局の女の冷徹な分析に、車内に重い沈黙が落ちた。
「……で、そのNGM社とやらを叩くための手がかりは? まさか海上のプラントをこの4機で沈めに行け、なんて言わないだろうな」
警察官の問いに対し、情報局の女はわずかに口角を上げた。
「幸い、奴らは焦っています。日本がO.C.U.から離脱し、防衛体制が『自衛隊』として再編される過渡期の今でなければ、国内での大規模な活動は不可能だと判断したのでしょう。だからこそ、ボロを出した」
モニターの画像が切り替わり、京浜工業地帯の一角、川崎市にある古い湾岸倉庫の俯瞰写真が映し出された。
「NGM社のフロント企業が、1ヶ月前にこの廃倉庫を買い取りました。名目は『解体予定のスクラップ置き場』。しかし、先ほどの海保のデータと、我々が傍受した暗号通信のログを照合した結果、テロリストの貨物船から降ろされた“ある積荷”が、ここに運び込まれた可能性が極めて高い」
「ある積荷……M.I.D.A.S.の関連データか、あるいは製造に必要な特殊機材か、ってわけね」 海保の女性が、納得したように頷く。
「ビンゴです。敵も我々の動きを察知しているはず。証拠隠滅を図られる前に、この倉庫を強襲し、M.I.D.A.S.に関する手がかりを押さえます」
情報局の女が立ち上がり、3人を見渡した。
「強警、強盾、陣陽。そして私の炎陽。これより我々特務チームは、川崎のNGM社ダミー施設への強制捜査(レイド)を決行します。……文句のある方は?」
警察官は紙コップをゴミ箱に放り投げ、自衛官は無言で立ち上がり防弾チョッキを手に取った。海保の女性は小さく肩をすくめて端末を閉じる。
「公務員の悲しい性だな。上司の命令(オーダー)とあらば、地獄の底でも付き合うさ」 警察官の軽口を合図に、4人は再び自身の鋼鉄の半身——ヴァンツァーへと向かって歩き出した。