遠くから、無数のサイレンの音が横須賀の市街地に近づいてくる。 後続の警察車両、自衛隊の災害派遣部隊、そして消防の緊急車両が、黒煙を上げる現場へと続々と集結し始めていた。
「どうやら、お片付けの時間が来たようね」
如月の『炎陽』が、ランチャーを背部にマウントしながら言った。
「国家情報局(うち)は表立って現場をうろつけないから、私はこれでドロンさせてもらうわ。残骸の回収と事後処理はよろしく」
「待て、如月。このテロの背後関係、情報局で何か掴んでいるんじゃないのか?」
白神の問いかけに、如月はコックピットの中で小さく肩をすくめた(通信越しにそんな気配がした)。
「さあね。でも、一つだけ言えるのは……これが『始まり』に過ぎないってこと。それじゃ、また縁があったらね」
『炎陽』は身軽な動作で路地裏へと滑り込み、サイレンの音に紛れるようにして姿を消した。
「……食えない女だ」
伊達は短くため息をつき、『強盾』の通信出力を自衛隊のローカル回線へと切り替える準備をした。
「我々陸自も、後続の治安出動部隊に現場を引き継ぎ、原隊へ帰還する。白神、水城。所属は違えど、貴官らとの共闘は有意義だった」
「こちらこそ。自衛隊の火力と盾がなければ、突破されていました」
水城の『陣陽』もライフルを下ろし、海側の防波堤へと機体を向ける。
「海上保安庁も、港湾部の封鎖と海上からの不審船警戒任務に戻ります。県警の白神機、市民の誘導と現場保存を頼みます」
「ああ、任せておけ。……二人とも、気をつけてな」
白神の『強警』がパトランプを回しながら右腕を軽く上げる。伊達と水城の機体もそれに呼応するように僅かに挙手し、それぞれの帰路へと就いた。 燃え上がる横須賀の街の中心で結成された即席の小隊は、こうして一旦の解散を迎えた。
それから、一ヶ月の月日が流れた。
日本政府は、横須賀でのテロ事件を重く見ていた。O.C.U.の軍用規格パーツを用いた無人兵器と、高度なサイバー攻撃。これは単なる国内の過激派の犯行ではなく、背後に大国の思惑――U.S.N.や大漢中、あるいはO.C.U.自身の影がちらつく「代理戦争」の兆候であった。
しかし、正規軍である自衛隊を軽々しく動かせば国際的な緊張を招き、警察や海保の単独部隊では重武装のテロリストに対抗できない。 そこで国家安全保障会議の極秘裏の決定により、一つの特務枠組みが新設されることとなった。 『広域対テロ遊撃班』――通称はまだない。
そのメンバーとして白羽の矢が立ったのが、横須賀のテロで驚異的な連携を見せ、事態を早期鎮圧したあの四名だった。
『――というわけで、君たちは今日から、各組織に籍を置いたまま「特務待機要員」として扱われることになったわ』
ある日の午後。 神奈川県警のヴァンツァー格納庫で『強警』のメンテナンスに立ち会っていた白神の個人端末に、暗号化された通信が入った。画面には、国家情報局の如月玲奈の顔が映っている。
「如月!? お前、どうやって俺のプライベート回線に……」
『情報局を舐めないで。伊達クンや水城サンにも同時に繋いでるわよ』 画面が分割され、富士学校で訓練中と思われる伊達の険しい顔と、巡視船の甲板にいるらしい水城の無表情な顔が映し出された。
『全く……手続きをすっ飛ばして現場の人間を直接指名するとは、上の連中も何を考えているんだ』 伊達が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
『私は構いません。通常は海保の通常任務をこなし、事案発生時のみ召集される。管轄の壁を越えた初動対応としては、最も合理的です』 水城は淡々と事実だけを述べた。
彼らに下された指令は特殊だった。 普段は警察官、自衛官、海上保安官、情報局員として通常の勤務に就く。しかし、高度なサイバーテロや、通常の治安維持部隊では対応困難なヴァンツァー犯罪が発生した場合、直ちに彼らの端末に「召集」のコードが送られる。 その瞬間、彼らは組織の垣根を越えた独立遊撃部隊として、専用の輸送ヘリやトレーラーで現場へ急行し、事態を鎮圧する権限を与えられたのだ。
『そういうこと。私たち、あの横須賀のスクランブル発進を評価されちゃったみたいね。お堅い組織の連中にしては、珍しく柔軟な采配だわ』 如月が楽しそうに笑う。
「……つまり、またお前らと組んでドンパチやれってことか」
白神は呆れたように言いながらも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「まあ、悪くない。機体の性能を持て余して、交通整理ばかりやらされるのにはウンザリしていたところだ」
『血の気の多い県警殿は相変わらずだな。だが、これは遊びではないぞ。次に現れる敵は、横須賀の多脚機以上の化物かもしれない』 伊達が画面越しに釘を刺す。
『その時はその時よ。じゃあ、みんな。普段はお仕事がんばって。次の「アラート」が鳴るまで、せいぜい平和な日常を満喫しましょ』 如月からの通信が一方的に切れ、白神の端末は元の時計表示に戻った。
「平和な日常、か……」
白神は見上げる。ハンガーに収まった愛機『強警』は、横須賀での傷を修復され、真新しい装甲板を光らせながら次の出番を静かに待っていた。
水面下で蠢く大国たちの策謀。ネットワークを介して増殖する見えない敵。 彼らの日常と戦場は、もはや一枚の薄い皮で隔てられているに過ぎなかった。四人の若き搭乗者たちは、いつ鳴るとも知れない召集のサイレンを胸の奥に抱えながら、それぞれの「日常」へと戻っていくのだった。