穏やかな秋の空気は、突如として鼓膜を劈く無機質な電子音によって切り裂かれた。
白神のスマートフォン、伊達のシミュレーターコンソール、水城のスマートグラス、そして如月の端末。四人のデバイスが同時に、そして一切の猶予なく真紅の警告光を明滅させる。
『特務召集(アラート)発令。広域対テロ遊撃班、直ちに出撃して』
先ほどまでの間延びした声とは打って変わり、冷徹なオペレーターモードに切り替わった総務省の鳴海の顔が、全画面にポップアップした。常に咥えていたスナック菓子はなく、その双眸はキーボードとモニターを鋭く見据えている。
『川崎重工業地帯、第七プラント。所属不明の武装グループが施設を占拠したわ。遠隔操作型のテクニカル多数に加え、軍用規格のヴァンツァーが3機。横須賀のテロと同系統のジャミング波を検知』
「川崎だと? 神奈川県警の管轄ど真ん中じゃないか!」
缶コーヒーを握り潰さんばかりの勢いで白神が叫ぶ。その足元では、先ほどまで装甲の隙間を測ってブツブツ文句を言っていた国交省の鞍馬が、すでにタブレットを凄まじい速度で叩き始めていた。
「川崎第七プラントへの最速ルート、構築完了! 白神巡査長、『強警』を3番ハンガーの偽装トレーラーへ! 国道15号線を完全封鎖し、信号をすべて青(グリーンウェーブ)に変えて現場へ一気に叩き込みます!」
オタク気質な官僚の顔は消え失せ、完璧な輸送を遂行する兵站のプロフェッショナルの目つきに変わっている。
『伊達機は富士から大型輸送ヘリで空輸。水城機も洋上からヘリでピックアップして現場へ投下する。如月機は……すでに自前で動いてるわね』
『ええ、冷めた紅茶には興味ないから。現地で合流するわ』
カフェのテーブルに紙幣を置き、如月が優雅に歩き出す映像を最後に、通信が強固な暗号化を施された戦術データリンクへと切り替わる。
富士学校の暗いシミュレーター室を飛び出した伊達は、実機の『強盾』が待つ格納庫へと全力で駆けていた。仮想空間での反復練習ではない。これから赴くのは、一瞬の判断ミスが死に直結する本物の戦場だ。 同じ頃、洋上では水城が上空から接近する巨大なローター音を見上げていた。
「海保・水城。ピックアップポイントへ移動します。各機、現地での合流と同時に作戦行動を開始できるよう、システムをリンクさせてください」
首都圏のネットワークが鳴海によって次々と掌握され、各機の最適ルートが導き出されていく。 狙われた第七プラントは、大国が水面下で権利を争う次世代エネルギーの精製施設だ。単なる過激派に扱える代物ではない。再び姿を現した軍用規格の影を断ち切るため、四機のヴァンツァーがそれぞれの出発点から、黒煙の立ち上る川崎へと向けて牙を剥いた。
川崎重工業地帯は、すでにどす黒い煙と化成品の焦げる異臭に支配されていた。 無数に張り巡らされたパイプラインと冷却塔のひしめく第七プラントの正門前に、猛烈なスキール音を響かせて一台の巨大な偽装トレーラーが乗り付ける。
「到着予定時刻より十二秒の遅れ! 道路局としては屈辱ですが、文句は後で聞きます。出撃を!」
通信機越しに響く鞍馬拓海の叫びと同時に、トレーラーのコンテナが吹き飛ぶように展開した。中から飛び出したのは、赤色灯を煌々と明滅させた白神の強警だ。
「上等だ、鞍馬! あとは俺たちが引き受ける!」
白神は機体を滑らせながらプラント内へ突入する。センサーが捉えたのは、防衛網を突破して施設中枢へと群がる無人テクニカルの群れと、その後方に陣取る三機の漆黒のヴァンツァーだった。
「こちら県警! 武装を解除し、直ちに投降しろ!」
スピーカーから警告を発するが、返ってきたのはテクニカルからの無慈悲な一斉掃射だった。強警の大型シールドが重たい銃弾を弾き返す。
その頭上を、耳を劈くローター音が通り過ぎた。 上空の大型輸送ヘリから、ワイヤーも使わずに二つの巨大な鉄塊が投下される。着地と同時に脚部のショックアブソーバーが白煙を吹き出し、コンクリートの地面をクレーターのように陥没させた。
「陸自・伊達、降下完了。これより前線を押し上げる」
着地と同時に強盾が左腕のマシンガンを掃射。緻密な弾幕が、強警を取り囲もうとしていたテクニカルのエンジンを的確に撃ち抜いていく。 「海保・水城。プラント三番塔の屋上を確保。射撃位置に就きます」 身軽な陣陽はブースターを吹かして高所へと躍り出ると、狙撃ライフルを構え、地上の無人機を次々とスクラップに変えていった。
『各機、ジャミングの震源は奥の三機よ。電子防壁が軍用規格(ガチガチ)で、私でも外部からは手出しできないわ。物理的に黙らせて!』
総務省の鳴海からの苛立った通信が入る。
「了解。まずは挨拶代わりの一発、いくわよ!」
施設の死角から、いつの間にか潜入していた如月の炎陽が飛び出した。ハンドグレネードランチャーが火を噴き、漆黒のヴァンツァー三機が陣取る中心へと榴弾が放たれる。
しかし、爆炎が晴れた後、三機の機体は無傷で立ち塞がっていた。 着弾の直前、一機が前衛に出て巨大なシールドを展開し、残る二機が瞬時にその後方へ散開するという、機械のように完璧な連携を見せたのだ。
「……横須賀のテロリストとは練度が違う。統制の取れた正規軍の動きだ」
伊達の『強盾』がナックルを構え直し、じりじりと間合いを詰める。
『気をつけて! 奴ら、プラントを破壊しに来たわけじゃない! 中央制御室のデータサーバーから、次世代エネルギーの精製データを物理的に引き抜こうとしてる!』 鳴海の警告がコックピットに響き渡る。
「ただのテロじゃない、強盗の類いってわけか。ふざけた真似を……!」
白神は強警のスタンロッドを加圧し、スラスターを全開にして漆黒の部隊へと突撃を敢行する。
「伊達、右の機体を抑えろ! 左は水城と如月! 中央のリーダー機は、俺がやる!」
交錯する銃線と火花。巨大な鉄と鉄が軋む爆音。 大国が裏で糸を引く「代理戦争」の最前線と化した川崎のプラントで、四人の遊撃班と正体不明の精鋭部隊による、死闘の火蓋が切って落とされた。
「おおおおっ!」 白神の『強警』がブースターの推力を最大まで引き上げ、リーダー機と思われる中央の漆黒ヴァンツァーへと突進する。振りかぶった高圧ロッドが空気を切り裂き、必殺の軌道で振り下ろされた。
だが、甲高い金属音と共に火花が散る。 漆黒のリーダー機は、紙一重の反応速度で強警のロッドを自身のシールドの「縁」で受け流したのだ。衝撃を逃がす完璧な防御技術。そのまま反転攻勢に出ようとする敵機の腕部を、白神は咄嗟に自らの大型シールドで殴りつけて距離を取る。
「くそっ、なんて反応速度だ! 警察の暴動鎮圧マニュアルなんか通用しねぇ!」
「落ち着け、白神! 奴らの動きにはパターンがある!」
右翼で別の漆黒機と近接格闘戦(CQB)を繰り広げていた伊達が、通信回線越しに鋭く言い放つ。彼の『強盾』は敵の放つアサルトライフルの連射をシールドで弾きながら、的確にマシンガンで反撃し、ジリジリと敵を追い詰めていた。
「関節部の駆動タイミング、射撃時のステップ……間違いない。これはO.C.U.陸軍特殊部隊の近接格闘マニュアルそのものだ! 奴ら、現役かそれに匹敵する元軍人だぞ!」
「軍人だろうが何だろうが、日本(ウチ)の海で好き勝手はさせません」
屋上の『陣陽』から、水城の静かな、しかし殺気を孕んだ声が響く。彼女の視線の先では、左翼に展開した漆黒機が巧みにプラントの配管を盾にして狙撃を躱していた。 「如月さん、対象が障害物に隠れて射線が通りません。炙り出せますか?」
「オーケー。情報局の荒事ってやつを見せてあげる」
如月の『炎陽』が軽快なステップで死角から飛び出す。彼女はグレネードランチャーの弾種を切り替えると、敵の隠れている配管の「奥」の壁に向けて発砲した。 炸裂したのは焼夷榴弾。凄まじい炎と熱量が壁を伝って裏側に回り込み、たまらず漆黒機が配管の陰から飛び出してくる。
「予測通りです」 水城が冷酷に引き金を引く。大口径の狙撃弾が、空中に逃れた漆黒機の右脚部関節を正確に撃ち抜いた。バランスを崩し、火花を散らして地面に膝をつく敵機。
『ちょっとみんな! 悠長に戦ってる場合じゃないわよ!』
総務省の鳴海が、焦燥感を露わにした声で回線に割り込んできた。
『奴らのリーダー機、戦闘しながら中央制御室のターミナルに物理ケーブルを繋いでる! 次世代エネルギーの精製データ、すでにダウンロード率70%……80%! このままじゃぶっこ抜かれる!』
「何だと!?」 白神がリーダー機を見ると、確かにシールドを構えた左腕の裏側から、施設の中枢端末に向けて太いデータケーブルが伸びていた。奴らは白神の猛攻を捌きながら、片手間でハッキングの時間を稼いでいたのだ。
「舐めやがって……! させるか!」 強警が再び突進しようとするが、リーダー機はサブウェポンのショットガンを構え、牽制の十字砲火を張る。分厚い弾幕に、白神の足が止まった。
『白神巡査長! 私の管轄外ですが……道路(ルート)を作ります!』
国交省の鞍馬の声が響く。 『鳴海さん! プラント内の第3冷却パイプと第5蒸気弁の制御を奪えますか!?』 『……ッ、わかった! セキュリティの隙間を突く、3秒だけちょうだい! ……2、1、ビンゴ!』
直後、リーダー機の周囲を取り囲む無数のパイプラインから、超高圧の冷却ガスと白い高温蒸気が一斉に噴き出した。 視界を完全に奪う、局地的なホワイトアウト現象。
「ここだっ!」 白神は、自機のセンサーすら頼りにならない白濁の世界へと『強警』を突入させた。鞍馬と鳴海が作り出した、ほんの数秒だけの死角。 蒸気を切り裂いて現れた強警の姿に、完璧な冷静さを保っていたリーダー機の挙動が初めてわずかに遅れた。
「テロリストには、お巡りさんのロッドがお似合いだぜ!」
白神は敵機の装甲ではなく、中央端末へと繋がっている「データケーブル」そのものを狙って、高圧ロッドを全力で振り抜いた。 青白い閃光と共にケーブルが切断され、端末のコンソールが火花を吹いてショートする。
『ダウンロード中断! データの流出、寸前で阻止したわ!』 鳴海の歓声が響く。
任務失敗を悟ったリーダー機は、即座にショットガンを強警のシールドに接射して反動で距離を取ると、空へ向けて赤い発煙筒を撃ち上げた。それを合図に、伊達と交戦していた機体と、水城に脚を撃ち抜かれた機体が、手持ちの武装を乱射しながら一斉に後退を始める。
「逃がすか!」 伊達の『強盾』が追撃しようとするが、リーダー機が背部から大量のチャフとサーマイト煙幕を散布。猛烈な熱源と電波障害が広域遊撃班のセンサーを完全に焼き付けた。
「くそっ、ジャミング波が強すぎる! レーダー回復まで10秒!」
白神が煙を払うように機体を動かすが、視界が晴れた時には、すでに漆黒のヴァンツァー三機の姿は消え失せていた。沖合の海中へと続く、大型の熱紋だけが微かに残されている。潜水艦による回収部隊が待機していたのだ。
「……逃げられたか。だが、データは守り切った」
伊達が『強盾』の銃口を下げ、周囲の警戒を続ける。
「ええ。ですが、相手は明らかに『軍隊』でしたね」
水城が狙撃体勢を解き、静かに言った。
「O.C.U.の正規軍が、自国の痕跡を消してまで日本の技術を盗みに来た……」
「あるいは、O.C.U.の仕業に見せかけたい別の勢力かもしれないわよ」
プラントの影から姿を現した如月の『炎陽』が、落ちていた敵機のデータケーブルの残骸を拾い上げる。
「どちらにせよ、これでハッキリしたわ。私たちはもう、ただのテロ事件の処理係じゃない。世界の大国が仕掛けてくる『見えない戦争』の真っ只中に立たされてる」
夜明け前の冷たい風が、川崎のプラントに吹き込む。 白神は『強警』のコックピットの中で、切断したケーブルの残骸を見つめながら深く息を吐いた。 まだ名もなき「広域対テロ遊撃班」は、こうして国家の命運を左右する戦いの最前線へと、後戻りできない一歩を踏み出したのだった。