川崎での激戦から三日後。広域対テロ遊撃班のメンバーは、各自の職場から総務省の極秘回線を通じてバーチャル会議室に集っていた。
画面の向こうで、鳴海千夏が袋からポテトチップスをつまみ出しながら、空中に展開された複雑なデータツリーを指差す。 『お疲れ様ー。川崎のプラントで白神サンがぶった切ってくれたデータケーブルの残骸だけど、解析が終わったわよ』 「おい鳴海、機密会議中に菓子を食うな。ポロポロこぼれてるぞ」
白神慎之介が画面越しに眉間を揉むが、鳴海は意に介さない。
『細かいことは気にしなーい。それより、この中身、すっごい面白かったわよ。ケーブルのガワはO.C.U.の軍用規格に見せかけてたけど、中の制御チップに焼き付けられた不可視のレイヤーに、見覚えのない独自の暗号化アルゴリズムが隠されてたの』
「……偽装工作ということですか」
巡視船のキャビンからアクセスしている水城凛が、鋭い視線をモニターに向ける。
「ええ。O.C.U.の正規軍を装いながら、実際には全く別の組織が動いていた」
国家情報局のオフィスにいる如月玲奈が、冷めたコーヒーのカップを置きながら引き継いだ。彼女の端末から、伊達の『強盾』と敵機が交戦した際のモーションデータが共有される。
「伊達クンは相手の動きをO.C.U.陸軍の格闘マニュアルだと言ったわね。確かに基本動作はトレースしてる。でも、関節の駆動レスポンスや射撃時の姿勢制御が、既存のO.C.U.製ヴァンツァーの限界値を15%以上も上回っていたのよ」
「馬鹿な。機体の限界挙動はOSで物理的に制限されているはずだ。それを上回れば自壊するぞ」
富士学校の伊達健太が低く唸る。
『そう、普通ならね。でも奴らは、規格外の新型アクチュエータと未知の姿勢制御OSを積んでいた』 鳴海がキーボードを叩き、一つの企業ロゴを画面の中央に大写しにした。青と銀を基調とした、シャープで無機質なエンブレム。
『暗号化の癖と、ブラックマーケットの部品流通ルートを逆探知して引いたビンゴがこれ。ネクサス・ダイナミクスよ』
「ネクサス……近年、ヴァンツァー開発で急成長している新興の国際軍事企業じゃないか」
国土交通省の自席から参加していた鞍馬拓海が、驚いたように声を上げる。
「彼らの物流ネットワークは世界規模です。表向きは各国の軍備拡張に乗じて兵器を売り込んでいる、優秀な企業のはずですが……」
「その優秀な企業の企画開発部が、とんでもないマッチポンプをやらかしてるってわけ」
如月が冷酷な微笑を浮かべる。
「横須賀での無人機テロも、今回の川崎での強襲も、国家間の覇権争いなんかじゃない。奴らにとってはただの『実戦テスト』であり『兵器のカタログ用デモンストレーション』だったのよ。O.C.U.や大漢中の規格を偽装して紛争の火種をばら撒き、実戦データを回収してはそれを売り込んでまた儲ける。死の商人の究極形ね」
その言葉に、バーチャル会議室は重苦しい静寂に包まれた。 自国の誇りや思想などではなく、単なる企業製品のショーケースとして横須賀の街が焼かれ、川崎のプラントが狙われた。その事実が、四人のパイロットたちの心に静かで熱い怒りの火を灯していく。
「……ふざけた連中だ。人の命を、なんだと思っていやがる」
白神がギリッと歯を鳴らす。 「企業倫理などというチャチな言葉で済む事態ではないな。国家を巻き込んだ重罪だ」
伊達もまた、画面越しに静かな怒りを滲ませた。
「問題は、相手が多国籍企業であり、合法的な隠れ蓑を持っていることです。警察や自衛隊が表立って手を出せば、国際問題に発展しかねません」
水城の冷静な分析に、如月が深く頷く。
「だからこそ、所属のない私たち『遊撃班』の出番ってわけ。連中の企画開発部は、まだ次の実験データを欲しがってるはず。次は後手に回らないわよ。千夏と鞍馬クンで、ネクサスの輸送ルートと怪しいデータトラフィックを洗い出して」
『了解。日本のネットワークを舐めたこと、後悔させてあげる』
「不認可の違法兵器を国内に持ち込んだ時点で、道路局(わたし)も黙ってはいません。輸送網を完全に丸裸にして差し上げます」
裏方を担う二人の頼もしい返答に、白神はニヤリと笑って拳を鳴らした。
「よし、反撃の糸口は見えたな。ネクサス・ダイナミクス……次に出てきた時は、デモどころか、会社ごとスクラップにしてやる」 姿なき巨大企業の影。しかし、それに対抗する術を、名もなき遊撃班は確かに掴み取っていた。
深夜。総務省の薄暗いサーバールームで、キーボードを叩く音とスナック菓子を砕く音だけが響いていた。
「……ビンゴ。見ぃつけた」
鳴海千夏がモニターに張り付いたまま、油のついた指でエンターキーを叩く。即座に、別回線で繋がっていた国土交通省の鞍馬拓海から通信が入った。
『鳴海さん、データの照合を完了しました。あなたの見つけた不自然な暗号通信トラフィックの移動経路と、私が監視網を張っていた不審な大型車両の動きが完全に一致しました』
鞍馬の声には、獲物を追い詰めた狩人のような鋭さがあった。
『深夜の国道20号線、山梨県境の山間部を抜ける旧道ルート。登録上はただの医療機器輸送トレーラーですが、無人計量所の軸重センサーが弾き出した数値は、申告された積載重量を30トン以上も超過しています。間違いない……ヴァンツァーです』
「ネクサス・ダイナミクスの『次なる実験』のデリバリーってわけね。……みんな、起きてる?」 鳴海が遊撃班の特務回線を一斉に開く。
『こんな夜更けに叩き起こして、空振りだったら承知しないわよ』
ベッドの上で不機嫌そうに髪を掻き揚げる如月。
『問題ありません。ちょうど夜間警備のシフト中でしたから』
水城はすでに海保の制服姿で待機している。
『場所と時間を教えろ。今度は後手には回らん』
伊達は暗闇の中で、すでに作戦行動のシミュレーションに入っているようだった。
「場所は山梨県境の山岳道路。今回はテロが起きる前に、怪しい荷物を運んでる連中を山の中で『検問』してやろうって作戦よ。鞍馬クン、手配は?」
『すでに各機体の偽装輸送を手配済みです。山間部の旧道なら一般車両の目撃リスクも低い。思う存分、暴れて構いません』
「最高だ。ネクサスの連中がどんな新型を運んでるか知らねぇが、日本の道路(ルール)を舐めたこと、たっぷりと教えてやる」 パトカーの助手席で仮眠をとっていた白神が、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
二時間後。 篠突くような土砂降りの雨の中、山間部を縫うように走る旧甲州街道に、三台の大型偽装トレーラーが重々しいエンジン音を響かせて接近していた。ネクサス・ダイナミクスの輸送部隊だ。
先頭車両の運転手が、ワイパー越しに前方の異変に気づきブレーキを踏み込む。 ヘッドライトに照らされた雨の向こう側――道路のど真ん中に、真紅のパトランプを強烈に明滅させた警察仕様のヴァンツァー『強警』が立ち塞がっていた。
「神奈川県警だ。そのトレーラー、過積載の疑いがある。荷台を開けて中身を確認させてもらおうか!」 白神が外部スピーカーで怒号を響かせる。 当然、ネクサス側が素直に応じるはずがない。輸送トレーラーのコンテナが内側から爆発するように吹き飛び、中から異形のヴァンツァーが三機、雨を切り裂いて姿を現した。
川崎で交戦した機体とは違う。極限まで装甲を削ぎ落とし、脚部に巨大なホバーユニットを搭載した高機動の試作機群だった。
「……やっぱり、おとなしく切符を切られるつもりはねぇか!」
強警が大型シールドを構えた瞬間、背後の崖上から伊達の『強盾』が猛烈な勢いで降下し、ネクサスの試作機の一機へと重いナックルを叩き込む。 「初動の制圧は我々が担う! 水城、如月、逃走ルートを塞げ!」
「了解。後続車両のタイヤ、撃ち抜きます」
遥か後方の尾根に陣取った水城の『陣陽』が、雨と暗闇という最悪の条件をものともせず、正確な狙撃で後続トレーラーの車軸を粉砕し、退路を完全に遮断した。
「さあて、ネクサスの新作発表会、特等席で見せてもらうわよ!」
如月の『炎陽』が斜面を滑り降りながら、ハンドグレネードランチャーを連射。炎の壁が雨の街道を照らし出し、ネクサスの試作機たちを包み込む。
受動的なテロ対応から、能動的な遊撃戦へ。 土砂降りの山道を舞台に、黒幕の尻尾を掴んだ四人のパイロットたちによる、強襲作戦の火蓋が切って落とされた。
凄まじい水飛沫と泥を巻き上げ、伊達の『強盾』が放った必殺のナックルは、信じられない挙動で空を切った。
「なに……!?」
伊達が驚愕の声を上げる。強盾の打撃が直撃する寸前、ネクサス・ダイナミクスの試作機は脚部の大型ホバーユニットから爆発的な推力を下方に噴射し、まるで濡れたアスファルトの上をスケートで滑るように、真横へとスライドして攻撃を躱したのだ。
「伊達、後ろだ!」
白神の『強警』がシールドを構えて割って入る。試作機はそのままの滑走速度を維持したまま背後に回り込み、腕部にマウントされた高周波ブレードを振り下ろしてきた。 分厚いシールドの表面が火花と水蒸気を吹き出しながら浅く切り裂かれる。
「速え……! なんだこの変態機動は!」
「路面の泥と雨水を逆に利用して、ホバーの冷却とグラウンド・エフェクト(地面効果)を高めているんだ。完全に局地戦に特化したセッティング……やはり、実戦テストか!」
伊達がマシンガンで牽制するが、三機の試作機は雨の夜闇に溶け込むような滑らかな挙動で散開し、立体的な包囲網を敷いていく。
『水城サン、狙える!?』 総務省からモニターする鳴海の声に、スコープを覗き込む水城がチッと舌打ちをした。
「駄目です。機動のベクトルが不規則すぎます。弾道計算が追いつかない……!」
『うわぁ、ムカつく! 奴らの姿勢制御OS、完全にこちらの射撃管制の計算の「裏」をかくようにプログラミングされてるわ。新製品の回避アルゴリズムのデモってわけね!』
「なら、アルゴリズムごと物理的に潰すまでよ!」 如月の『炎陽』が連続でグレネードを放つが、試作機たちは爆発の衝撃波すらもホバーの推力に変換するようにして、軽々と炎の網目をすり抜けていく。 圧倒的な機動力の前に、遊撃班の連携が分断されかけていた。
その時、ローカル回線に国土交通省の鞍馬の冷静な声が割り込んだ。
『皆さんに朗報です。奴らのホバーユニットの弱点を見つけました。……路面です』
「なんだと?」
『道路局(わたし)の管轄データを舐めないでいただきたい。現在地、旧甲州街道の第43カーブ。そこの地盤は長年の雨で極度に脆くなっています。奴らのシステムは「平坦な道」を前提にスライドしている。ならば、道を平坦ではなくしてしまえばいい』
そのオタク気質な官僚の言葉に、四人のパイロットは即座に意図を理解した。
「なるほど、土木工事のお時間ってわけね!」
如月の『炎陽』が、敵機ではなく、山側の「崖」に向けて残りのグレネードを全弾斉射した。 ドォォォン! という重低音と共に、斜面の岩肌が大きく崩落する。
「水城! トドメの一撃、頼む!」
「了解。急所(ピンポイント)を穿ちます」
白神の叫びに呼応し、水城の『陣陽』が崩れかけた岩盤の要石(キーストーン)を徹甲弾で正確に撃ち抜いた。
直後、大量の土砂と大岩が、濁流のような雨水と共に旧道へと雪崩れ込む。 人工的な小規模土砂崩れ。平坦だったアスファルトは一瞬にして凹凸だらけの泥の海へと変貌した。
「ガ、ピィィィッ……!」
ネクサスの試作機たちに異変が起きた。完璧だった姿勢制御OSが、突如として激変した不規則な地形データにエラーを起こし、ホバーの出力バランスが完全に崩壊したのだ。 滑走していた一機が岩に激突して姿勢を崩し、もう一機は泥に脚部を取られて前のめりに転倒する。
「自慢の最新OSも、大自然の泥んこ遊びには対応してなかったみたいだな!」
白神の『強警』が、ブースターを吹かして泥濘を真っ直ぐに突き進む。バランスを崩して立ち上がろうとする試作機の胸部に、高電圧を帯びたロッドを容赦無く突き立てた。 バチバチと青白い閃光が弾け、試作機のメインセンサーが暗転する。
「これで終わりだ!」
伊達の『強盾』が、泥に足を取られた最後の一機に対し、上段からの強烈な踵落としを叩き込む。装甲がひしゃげる凄まじい金属音が山中に響き渡り、三機の高機動試作機は、雨と泥にまみれただの鉄屑へと成り果てた。
激しい雨が、加熱したヴァンツァーの装甲を冷やしていく。
「制圧完了。パイロットは気絶しているが、命に別状はない」
伊達がコックピットから降り立ち、試作機のハッチをこじ開けて中の搭乗者を拘束しながら報告した。
「大金星ね。機体もOSも、それに輸送ルートのデータも丸ごといただきよ」
如月が『炎陽』のカメラで証拠映像を記録しながら、満足げに笑う。
「ええ。これでネクサス・ダイナミクスの『企画開発部』が裏で糸を引いていた、動かぬ物理的証拠(ハードエビデンス)が手に入りました」
水城も警戒を解き、静かに息を吐いた。
『お疲れ様、みんな! データの引っこ抜きはこっちでやるから、後は鞍馬クンに任せてズラかろう!』
総務省の鳴海が、明るい声で通信を締めくくる。
白神は雨を拭いながら、破壊されたネクサスの試作機を見下ろした。 自分たちはもう、見えない敵の掌の上で踊らされるだけの存在ではない。こちらから牙を剥き、巨大な陰謀の中枢へと確実に肉薄している。
「待ってろよ、ネクサス・ダイナミクス。お前らの悪趣味な製品テストも、これで店じまいだ」
名もなき遊撃班の反撃は、確かな戦果と共に次のステージへと進もうとしていた。