山中での激闘から数日後。 降りしきる雨の泥濘から引きずり出されたネクサス・ダイナミクスの試作機は、すでに総務省と国家情報局の極秘施設にて、文字通り「骨の髄まで」解剖されていた。
『ビンゴ、ビンゴ、大ビンゴよ! 控えめに言って、私って天才かもしれない!』
深夜のバーチャル会議室に、ポテトチップスをかじる音と共に鳴海千夏の歓声が響き渡る。
『連中の新型OSの深層プロテクト、全部ひっぺがしてやったわ。GPSの移動履歴と、隠しサーバーへの通信ログも丸裸よ』
「でかした、千夏」 画面の端で、如月玲奈が口角を上げる。
「拘束したパイロットたちは案の定、金で雇われたフリーのPMC(民間軍事会社)だった。けど、機体から引っこ抜いた通信ログの接続先は、紛れもなくネクサス・ダイナミクス『企画開発部』の中枢サーバーだったわ」
「その中枢とやらは、どこにある? ニューヨークの本社か? それともヨーロッパか?」
伊達健太が画面越しに腕を組んで尋ねる。国外であれば、さすがに彼らでも手が出せない。
『それがね、灯台下暗しってやつよ』
鳴海がキーボードを叩くと、日本の関東近郊の立体マップが展開され、相模湾の沖合に赤いピンが立った。
『ネクサス・ダイナミクス極東支社所有、海洋資源探査プラント「アクアゲート」。表向きは次世代エネルギーの採掘施設だけど……通信ログの終着点はここよ』
「海洋プラント……。海上保安庁の管轄海域内ですね」
水城凛の目が鋭く細められた。
「ですが、あの施設は外交特権に近い治外法権が認められているはずです。通常の手続きでは、海保の立ち入り検査すら拒否されます」
「だからこそ、連中の『企画開発部』はそこを隠れ蓑にして、違法なヴァンツァーの製造と実戦テストを繰り返していたわけだ」
白神慎之介が、パトカーのハンドルを握る手にぐっと力を込めた。
「要するに、そこが諸悪の根源、テロのデパートってことだな」
『そういうこと。そして、ここからが本題です』
不意に、国土交通省の鞍馬拓海が通話に割り込んできた。いつになく真剣な、官僚としての冷徹なトーンだ。 『上の連中も、今回の物理的証拠(ハードエビデンス)を見てようやく重い腰を上げました。ネクサス・ダイナミクスの暴走をこれ以上放置すれば、O.C.U.や大漢中を巻き込んだ本物の戦争が日本を舞台に起きてしまう。……故に、国家安全保障会議は、当該プラント「アクアゲート」の非公式な完全制圧を決定しました』
「非公式な制圧……つまり、俺たちだけであの巨大プラントを落とせってことか?」
白神がニヤリと笑う。
『はい。そして、この作戦の決行に伴い、皆さんの部隊にようやく正式なコードネームと特務予算が与えられました』
鞍馬がタブレットの画面をスワイプすると、四人のデバイスに一つのエンブレムが送信された。 それは、異なる獣の部位を繋ぎ合わせた、日本の伝承に登場する妖の姿だった。
『警察、自衛隊、海保、情報局。組織の枠組みを超え、キメラのように異なる牙と爪を持ち合わせた正体不明の特務部隊――独立広域遊撃班『鵺(ぬえ)』。それが今日からの皆さんの名前です』
「『鵺』ね……。お堅い役人が考えたにしては、悪くないネーミングセンスじゃない」
如月が面白そうにエンブレムを見つめる。
「名前がつこうがつくまいが、やることは変わらん。火の粉を撒き散らす死の商人を、根城ごと叩き潰すだけだ」
伊達の言葉に、白神と水城も無言で力強く頷いた。
『輸送と潜入のルートは、私(国交省)と鳴海さんで完璧に構築済みです。明日の深夜、海保の偽装輸送潜水艦でプラントの直下から侵入していただきます。準備を』
鞍馬の言葉を合図に、作戦会議は締めくくられた。
翌日の深夜。 嵐の予感が漂う、荒れ狂う相模湾の海中。 漆黒の闇の中を、一隻の偽装輸送潜水艦が音もなく進んでいた。
艦内のハンガーには、出撃準備を完全に終えた四機のヴァンツァーが、重厚な拘束具に固定されて並んでいる。 右手に大型ロッドを構えた、白神の『強警』。 重装甲とマシンガンを備えた、伊達の『強盾』。 狙撃仕様にカスタマイズされた、水城の『陣陽』。 そして大量の火器を懸架した、如月の『炎陽』。
「……そろそろ時間だな。各機、システムオールグリーン」
白神が通信回線を開く。
「伊達、水城、如月。俺たちは『鵺』だ。連中の悪ふざけに、きっちり引導を渡してやろうぜ」
「了解。前衛の盾は私が引き受ける」
「後方の射線はクリアに保ちます。いつでもいけます」
「派手にぶっ壊して、ボーナスをもらいましょ」
『目標プラント「アクアゲート」直下へ到達。これより、ヴァンツァー部隊を射出します!』
艦内スピーカーから鞍馬の声が響き、四機の足元のハッチが重々しい音を立てて開いた。眼下には、海中からプラントへと続く巨大なメンテナンスシャフトが口を開けている。
見えない戦争の黒幕、ネクサス・ダイナミクス企画開発部への直接打撃作戦。 特務遊撃班『鵺』は、深い海の底から、敵の心臓部へと向けた反撃の狼煙を上げた。