フロントミッションサードの二次創作   作:シットライヌ

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第八話

圧倒的な水圧を切り裂き、四機のヴァンツァーが射出カタパルトから上方のメンテナンスシャフトへと一気に打ち出された。海水と高圧蒸気が入り混じる暗い縦穴を、各機はブースターを全開にして駆け上がっていく。

『第一隔壁、強制解放します!』

総務省の鳴海による遠隔ハッキングがプラントの最下層ゲートの電子ロックを解除すると同時に、先陣を切った伊達の強盾が分厚いハッチを物理的に蹴り破った。

「こちら『鵺』。プラント内部への侵入に成功した」

水飛沫を上げて降り立った先は、無数のコンテナとクレーンが並ぶ広大な地下資材搬入エリアだった。だが、彼らを待ち受けていたのは静寂ではない。侵入警報の赤い警告灯が空間を染め上げる中、コンテナの陰から次々と無機質な赤いセンサー眼が起動していく。

「大層なお出迎えね。しかも、川崎や山で見た試作機よりずっと実戦向け(ガチ)の装備じゃない」

如月の炎陽が警戒音を鳴らす通り、姿を現したのはネクサス・ダイナミクスの正規警備部隊。企業カラーの銀色に塗装され、両腕に重機関銃とミサイルポッドを懸架した重武装ヴァンツァーの小隊だった。

「カタログ用のオモチャじゃない、本物の殺戮兵器ってわけだ。上等じゃねぇか!」

白神の強警が大型シールドを前に突き出し、咆哮と共に敵陣へ突っ込む。猛烈な十字砲火を浴びて装甲が火花を散らすが、強警の歩みは止まらない。そのまま敵の前衛機に肉薄すると、高圧ロッドでシールドごと敵機の胴体を吹き飛ばした。

「白神、突出するなと言っているだろう! 左翼は私が抑える!」

伊達の強盾がすかさず死角をカバーし、流れるようなマシンガンのバースト射撃で、敵のミサイルポッドを射出される前に次々とスクラップに変えていく。

『敵の増援、さらに来ます! 上層階から大型貨物エレベーターで降下中!』

鳴海の悲痛な警告が回線に響く。

「降ろす前に落とします」

最後尾の安全圏に陣取った水城の陣陽が、狙撃ライフルの銃身を静かに上方へと向けた。暗い天井からワイヤーを巻き上げて下降してくる巨大な搬器の要となる駆動部を、徹甲弾が正確に撃ち抜く。凄まじい破砕音と共にエレベーターが支えを失い、乗っていた増援部隊ごと奈落の底へと墜落していった。

「ナイス、水城サン! じゃあ残りのネズミは私が片付けるわ!」

如月の炎陽がコンテナの真上へと軽快に跳躍し、ハンドグレネードの雨を敵の密集陣形へと降らせる。搬入エリアの防衛線は、瞬く間に灼熱の爆炎に呑み込まれた。

わずか数分の電撃戦。互いの死角を完璧に補い合う連携で、第一の関門を力ずくで突破した四機は、燃え盛る残骸を踏み越えて奥へと進む。

「よし、地下エリアは制圧した。……いくぞ、死の商人の心臓部へ!」

白神の号令に応えるように、四機のヴァンツァーの駆動音が重々しく響き渡る。

分厚いチタン合金の防爆扉が、白神の『強警』と伊達の『強盾』による息の合った同時突撃によってひしゃげ、凄まじい轟音と共に吹き飛ばされた。

土煙を上げて四機のヴァンツァーが踏み込んだ先は、これまでの薄汚れた工業区画とは完全に隔離された、無機質で純白の広大な空間だった。ネクサス・ダイナミクス企画開発部の中枢である総合テストアリーナ。 その静寂を破るように、空間全体に響き渡る無遠慮な拍手の音がスピーカーから流れ出した。

「素晴らしい。まさか不良品のテストケースに過ぎなかった極東の小国から、これほど極上の『実験動物』が現れるとは」

アリーナを見下ろすガラス張りの指令室。そこに立つ白衣姿の痩身の男が、マイク越しに薄ら笑いを浮かべていた。彼こそが、横須賀を焼き、川崎を襲撃し、世界中に紛争の火種をばら撒いてきた死の商人の頭脳――企画開発部主任、ディートリヒ・クラウスである。

「貴様が黒幕か! 悪趣味な実戦テストもここまでだ。今すぐ両手を上げて投降しろ!」

白神がスピーカー越しに怒号を飛ばすが、クラウスはまるで意に介さない。

「投降? 何を勘違いしている。横須賀での無人機、川崎の部隊、そして山間部での高機動型。お前たちがそれらを破壊するたびに、全ての戦闘データ(ログ)はこの中枢サーバーに蓄積され、学習されてきたのだ。お前たちの癖、連携のタイミング、射撃の予測係数に至るまで、全てな」

クラウスが手元のコンソールを操作すると、アリーナの中央床面が重々しく開き、一機のヴァンツァーがせり上がってきた。 これまでの無骨な兵器とは一線を画す、白と銀で彩られた流線型の悪魔的なシルエット。背面には施設と直接リンクする太い光ファイバーケーブルが何本も接続されており、機体全体から不気味な青い光が明滅している。

「これこそが、お前たちの血と汗で完成した究極の次世代機。フラッグシップ・モデル『アーリマン』だ。もはや人間の反射神経ではこの機体の限界値を引き出せない。だからこそ……」

指令室のガラスが開き、クラウス自身が直接ワイヤーで降下して『アーリマン』のコックピットへと滑り込んだ。 「開発者である私自身が脳内インプラントで直結(リンク)し、お前たちという『最良のテストデータ』を以て、世界の軍需市場にこの機体の完璧さを証明してやろう!」

起動音と共に、アーリマンの赤い単眼が『鵺』の四機を睨みつける。

『みんな、気をつけて! 奴の機体、このプラント全てのセンサーと直結してる! 私たちの動きが完全に読まれてるわ!』 通信越しに鳴海の悲鳴にも似た警告が響く中、クラウスの搭乗する白銀の悪魔が、重力すら無視したかのような異常な初速で白神の『強警』の眼前に迫った。

「来やがれ、クラウス! データ通りに動くかどうか、俺たちの魂(アドリブ)で確かめさせてやる!」

白神が全力で高圧ロッドを振りかぶる。 大国の思惑を超え、純粋な技術の狂気と直面した特務遊撃班『鵺』。彼らの真の価値が問われる最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。

白神の放った必殺の高圧ロッドは、完璧な軌跡を描きながらも虚しく空を切った。

「遅い。踏み込みの深さも、初動のタイミングも、全て計算通りだ」

クラウスの嘲笑と共に、アーリマンは信じられない速度で強警の懐へと潜り込み、白銀の掌底を装甲に叩き込む。凄まじい衝撃波が走り、分厚い装甲を軋ませながら強警が後方へと大きく吹き飛ばされた。

「白神!」 即座に伊達の強盾がマシンガンを掃射しながら割って入る。しかし、アーリマンは弾道を初めから知っていたかのように、水面を滑るような最小限のステップで全てを躱した。同時に、死角から放たれた水城の陣陽による狙撃すらも、振り返ることなく展開した局地シールドでいとも容易く弾き返す。

「無駄だと言っている! このプラントの全センサーが私の目であり、お前たちの過去の戦闘記録(ログ)が私の脳だ。自衛隊の制圧教練も、海保の狙撃タイミングも、既に学習済みだ!」

如月の炎陽が放つ至近距離からのグレネードすら、アーリマンは爆風のベクトルを瞬時に計算し、無傷のまま炎をすり抜けてみせた。人間の反射神経と機体の物理限界を超越した機動の前に、遊撃班の完璧な連携は完全に封じ込められていた。

「機械(システム)は決して嘘をつかない。お前たちの積み上げたデータが、お前たち自身を殺すのだ」

圧倒的な戦力差がアリーナを支配しかけたその時、コックピットで血を拭いながら、白神が獰猛な笑い声を上げた。

「データ通り……ね。だったら、どこのマニュアルにも載ってねぇ『馬鹿』をやるまでだ!」

白神は、強警の生命線である大型シールドを自らパージし、防御を完全に捨ててアーリマンへと突進した。

『そういうこと! 過去のデータにない「デタラメ」でシステムをバグらせなさい!』

通信越しに鳴海が叫ぶ。同時に、国土交通省の鞍馬の怒号が響いた。

『機体と施設を繋ぐ通信ケーブル、私が物理的に引っ剥がします! プラントの大型搬送クレーン、強制起動!』

鞍馬の遠隔操作により施設のインフラが暴走する。アリーナの天井から巨大なクレーンのフックが唐突に落下し、アーリマンの背後に伸びるケーブル群を乱暴に巻き込み、引きちぎり始めた。

「なっ……外部からのハッキングだと!? 下等な土木設備ごときで、私のリンクを……!」

施設からの膨大なデータ供給を絶たれ、クラウスの予測計算に初めて決定的なエラーが走った。

「伊達、水城、如月! 奴の脳みそがフリーズしてるぞ! 全部乗せでいくぜ!」

防衛網に生じた一瞬の綻び。計算外の「人間の意地」が、完璧だった白銀の悪魔を追い詰めようとしていた。

「エラー……予測不能……! 軌道計算、修正不能(フェイル)!」

施設からの膨大なセンサー情報という「眼」を失い、予測AIが致命的なフリーズを起こしたアーリマンのコックピットで、クラウスが狼狽の叫びを上げる。完璧だった白銀の悪魔の機動が、初めて明確に鈍った。

「お望み通り、マニュアルにないデタラメをプレゼントしてあげるわ!」

如月の『炎陽』が、全弾射撃(フルバースト)モードでミサイルとグレネードを乱れ撃つ。狙いはアーリマンの機体ではない。周囲の床面と天井だ。無数の爆発が巻き上げた瓦礫と粉塵が、アーリマンの光学センサーを完全に塞ぎ、足場を削り取った。

「自衛隊の教範(ルール)を破るのは気が引けるが……今日だけは別だ!」

伊達の『強盾』が、崩れる足場を蹴って躍り出る。残弾を全て撃ち尽くした左腕のマシンガンをパージするや否や、巨大な鉄塊と化した自機の『肩』から、捨て身のショルダー・タックルをアーリマンの右半身へ叩き込んだ。

「ぐああっ!?」

想定外の物理的な質量攻撃に、アーリマンの美しい流線型の装甲が大きくひしゃげ、機体が大きく体勢を崩す。

「私の弾道計算(データ)も、今のうちに更新しておいてください」 水城の静かな、しかし確かな殺意を乗せた声が響く。 最後尾から『陣陽』が放った一発の徹甲弾。それは乱気流と粉塵の隙間を縫い、体勢を崩したアーリマンの頭部――明滅していた赤い単眼(メインカメラ)を、寸分の狂いもなく撃ち抜いて粉砕した。

「メインセンサー沈黙だと!? 莫迦な、私の最強の機体が、こんな旧式の寄せ集めどもに……ッ!」

「オタクの自慢のカタログには、こういう言葉は載ってなかったか?」

盲目となり、制御を失ってよろめくアーリマンの真正面。 シールドを捨て、極限まで機体を軽量化した白神の『強警』が、ブースターの推力をレッドゾーンまで叩き込んで肉薄していた。

「『気合いと根性』ってやつだァァッ!」

白神は、右腕に構えた高圧ロッドの出力を限界まで引き上げ、アーリマンの胸部――クラウスが乗るコックピットブロックの直上へと、全身全霊を込めて突き立てた。

「ヒィィッ……!」 分厚い装甲を強引に貫通したロッドの先端から、致死量の高圧電流と青白い閃光が爆発的に放たれる。内部の電子回路という電子回路が凄まじいスパークと共に焼け焦げ、最新鋭の予測OSは断末魔のようなエラー音を撒き散らして完全に消滅した。

ドォォォォン……ッ!!

内側からの誘爆を引き起こし、白銀の悪魔『アーリマン』は四肢を痙攣させるようにしてその場に崩れ落ちた。黒煙を噴き上げ、二度と動くことはない。 コックピット内部のクラウスも、システムの過負荷による強烈なショックバックを受け、完全に意識を刈り取られていた。

「……大立ち回りだったな」

オーバーヒート寸前の『強警』を静かに後退させながら、白神が深く息を吐く。

『こちら鳴海! アーリマンの完全沈黙を確認! 同時に、プラント内の残存データ、全部こっちのサーバーに吸い上げ終わったわよ!』 『素晴らしい手際です。これだけの証拠があれば、ネクサス・ダイナミクスを国際法廷に引きずり出すには十分すぎる。各員、直ちに帰還ルートへ』

総務省と国交省、二人の裏方からの通信が、作戦の完全な完了を告げていた。

伊達がひしゃげた肩部装甲を鳴らし、水城がライフルの安全装置をかけ、如月が軽やかな足取りで合流する。

「世界を巻き込む死の商人の企みも、これにて一件落着ってわけね」

パトランプの光が、白煙を上げる残骸を静かに照らし出す。 組織の垣根を越え、日本の陰で結成された名もなき遊撃班は、初めて『鵺』としての完璧な勝利をその手で掴み取ったのだった。

街頭の大型ビジョンが、国際的な大ニュースを淡々と報じていた。

『――新興軍事企業ネクサス・ダイナミクス社に対し、複数の国家間条約違反およびテロ支援の容疑で国際的な強制捜査が入りました。極東支社を含む多数の幹部が逮捕され……』

神奈川県警のパトカーのボンネットに腰掛け、白神慎之介はそのニュースを横目で見ながら缶コーヒーを煽った。背後の格納庫では、激戦の傷跡を修復し、真新しい装甲板に換装された強警が、秋の柔らかな日差しを浴びて静かに佇んでいる。

「死の商人の店じまい、か。……まあ、寄せ集めの部隊にしちゃあ、上出来な仕事だったな」

同時刻。 富士学校の演習場では、伊達健太が強盾のコックピットで泥まみれになりながら、アーリマンの異常なモーションデータを仮想敵に設定し、ストイックな格闘訓練に没頭していた。 相模湾を巡る海上保安庁の巡視船上では、水城凛が潮風に髪を揺らしながら、不審船の影一つない平和な青い海を静かに見つめている。 そして国家情報局のオフィスでは、如月玲奈が炎陽の莫大な弾薬請求書に頭を抱える上司を尻目に、テラス席で優雅にアールグレイの香りを堪能していた。

表向きの日常。それぞれの組織のしがらみと、変わらない平穏な職務。 だが、彼らのデバイスの奥底には、決して消去されることのない一つの極秘回線が常駐している。

『あー、もしもし。みんな、平和な日常を満喫してる?』

不意に、四人の端末に総務省の鳴海千夏の気の抜けた声が響き渡った。

『残念なお知らせ。極東エリアの経済特区で、所属不明の武装ヴァンツァー部隊による施設占拠が発生。ネクサスの残党か、あるいは別の連中の仕業か……とにかく、通常部隊じゃ手が出せないレベルのガチガチの重武装よ』

続いて、国土交通省の鞍馬拓海が淀みない早口で引き継ぐ。

『すでに各機の偽装輸送ルートは構築済みです。重量制限のクリアも完了。道路局はいつでも出発(だ)せます。……準備はよろしいですか?』

白神は空になった缶コーヒーをゴミ箱へ放り投げ、首の骨をポキリと鳴らして獰猛な笑みを浮かべた。 伊達がメインモニターの電源を入れ直し、水城がスマートグラスを掛け、如月が冷めた紅茶をテーブルに置く。

大国の思惑や企業の欲望が蠢く限り、世界から見えない戦火が消えることはない。だが、この国の陰には、組織の壁を越えて鉄の牙を剥くキメラがいる。

「こちら白神。……特務遊撃班『鵺』、これより出撃する!」

けたたましい召集(アラート)のサイレンと共に、四機のヴァンツァーは再び戦場へと続く道を駆け抜けていった。

 

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