金曜の夜、新橋の喧騒から少し外れた個室居酒屋。乾杯の音頭を待たずして、如月玲奈が個室の襖を勢いよく開け放った。その右手には、大きめのパーカーを着込んだ総務省の鳴海千夏が、首根っこを掴まれて引きずられている。
「ちょっと玲奈サン! 飲み会ならVRアバターで参加するって言ったじゃない! 私、リアルで家から出るの三日ぶりなんだけど!」
「非番を合わせたせっかくの懇親会でしょ。たまには自分の胃袋でアルコールを処理しなさい」
抵抗むなしく座敷に放り込まれた鳴海に、ジョッキを片手にした白神慎之介がニヤリと笑う。伊達健太、水城凛、そして国土交通省の鞍馬拓海もすでに席につき、テーブルには刺身の盛り合わせと焼き鳥が並んでいた。普段、各自所属の制服やスーツ姿で顔を合わせている為、私服姿はお互いに新鮮な気持ちになっていた。
白神の乱暴な乾杯の音頭で、ようやく六人のグラスが合わさる。完全なプライベートの集まりとはいえ、話題は自然と自分たちの本業――ヴァンツァーの動向へとシフトしていった。
「そういえば伊達、陸自の特殊作戦群にやっと新しい機体が降りるらしいな」
白神が焼き鳥を串から外しながら尋ねると、伊達は静かに頷いてウーロン茶のグラスを置いた。
「ああ。霧島重工製の春陽だ。一年前のクーデター未遂事件の煽りを受けて正式採用が凍結されていたが、ようやく実戦配備の目処が立った。ただ、今回要求されたのは単純なカタログスペックの向上ではないらしい」
「というと?」と、水城が小首を傾げる。
「マルチ能力だよ。前衛での格闘や近接射撃から、後衛からの支援火力まで、戦況に応じて即座にポジションを切り替えられる柔軟性が評価されたんだ。貫通属性の兵装とも相性がいい堅実な機体だからな」
「なるほど、機体性能の底上げより運用思想の変化ですか。警察庁も負けていませんよね?」
鞍馬がおしぼりで手を拭きながら探りを入れる様に口を挟む。
「警視庁のSATが、イグチ社製の強春を正式採用する動きがあるんですよね?。かつて旧日防軍の次期主力コンペで春陽に敗れ、採用を見送られた機体ですが……SATもまた、突入時の前衛制圧と狙撃支援の後衛をシームレスにこなせるマルチ能力を求めた結果、イグチ社の機体に白羽の矢が立ったようです」
「そうなのか?マジ、知らんかった。軍と警察で、かつて採用を争ったライバル機体が、揃ってマルチロール機として採用されるわけか。こいつは面白え」
白神が嬉しそうにジョッキを飲み干す。ふと、彼は思い出したように声を潜めた。
「だが、日本のヴァンツァーで『究極のマルチ機』といえば……やっぱアレだろ」
「出た、112式法春」
鳴海がお通しの枝豆をかじりながら、呆れたように肩をすくめた。
「日本のヴァンツァー乗りの間で出回ってる都市伝説でしょ? どんな極限状況でも前衛・後衛を問わず、たった単機で戦局を引っ繰り返す幻のオーバーテクノロジー機が存在するってやつ。しかも強粒子砲だっけ?ビーム砲って、ガ○ダムかよ。そんなの有り得ないでしょ」
「確かにな。馬鹿馬鹿しい。ただの怪談、あるいは与太話だ」
伊達が鼻で笑って一蹴する。
「仮にそんな機体が存在したとしても、乗り手の反射神経が機体の限界挙動に追いつくはずがない」
「分からねえぞ? 今回のネクサス・ダイナミクスの一件みたいに、俺たちが知らないだけで『裏』の歴史ってのは確実に動いてる。いつかその幻のバケモノとやり合う日が来るかもしれないぜ」
「その時は、あんたが前衛でしっかり盾になりなさいよね」
如月が冷めた唐揚げを白神の皿に押し付けながら笑う。
巨大な陰謀を退けたばかりの彼らにとって、機体の噂話で盛り上がるこの安酒の味は、何にも代えがたい束の間の平穏だった。