潮の香りと重油の匂いが入り混じる、京浜工業地帯の一角。
迷彩柄の作業着に身を包んだ伊達は、廃棄された巨大クレーンの上部から、高倍率の暗視双眼鏡で眼下のコンテナヤードを監視していた。
『伊達、そっちから例のダミー運送会社のトラックは見えたか?』
無線から、覆面パトカーでヤードのゲート付近に張り込んでいる白神の声が響く。
「いや、表門の出入りは完全にフェイクだ。……だが、妙だな。第4ブロックの旧造船所跡地、完全に電源が落ちているはずの建屋から、微弱だが複数の排熱反応(サーマル)を検知した」
『ビンゴですね』
海側からアプローチしていた水城の声が通信に割り込む。彼女は海上保安庁の小型警備艇を暗がりに停泊させ、岸壁から造船所跡地を見上げていた。
『さっきから、喫水線の不自然に沈んだ艀(はしけ)が、海側から旧造船所に横付けされています。おそらく、陸路の監視を誤魔化すために、海上ルートでバッテリーや火薬を搬入しているのでしょう』
『そういうこと。私の方でも裏付けが取れたわ』
作業員に変装し、ヤードの制御室に物理ハッキングを仕掛けていた如月が、余裕の笑みと共に報告する。
『監視カメラの映像ループを解除したわよ。……うわ、これは想像以上ね』
全員の携帯端末に、如月が抜き取った建屋内部の映像が共有される。
そこにあったのは、もはやテロの準備などという生易しいものではなかった。
薄暗い倉庫内に整然と並べられていたのは、機関銃や対戦車ミサイルを荷台に乱雑に溶接された数十台の装甲車両(テクニカル)。そして、その上空を哨戒するように飛行テストを繰り返す、爆発物を抱えた無数の自律型クアッドコプターや、無限軌道を履いた地上無人機(無人戦車)の群れだった。
『……こいつは胸糞悪いですね』
バックアップに回っていた総務省の鳴海が、通信越しに息を呑む。
『ただの暴動用じゃない。完全に統制された「無人軍隊(スウォーム)」よ。これをシンポジウムの会場に放たれたら、警視庁の警備部隊だけじゃ数分でミンチにされるわ』
「だが、シンポジウムは週末のはずだ。なぜもうエンジンを温めている?」
伊達の疑問に答えたのは、国土交通省の鞍馬だった。
『敵の通信ログを解析しました……マズいですよ。連中、こちらの捜査の匂いを嗅ぎつけたようです。予定を前倒しして、「今夜」、このまま都心へ向けて無人機部隊を出撃させる気です』
「冗談じゃねえ、週末まで待ってくれるほどテロリストは優しくないってことか」
白神が覆面パトカーのハンドルを強く叩き、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「だったら、ここで出鼻を挫くしかねえな。……鞍馬、ヴァンツァーの搬入は間に合うか?」
『既に手配済みです。偽装トレーラー四両、現在ヤードの西側3キロ地点を走行中。5分で到着します』
「上出来だ。いいかお前ら、敵に有人機はいない。だが、相手は死を恐れず、疲労も知らない無人機とテクニカルの『群れ』だ」
白神が無線機を握り直す。
「これより『鵺』は戦闘フェーズに移行する。連中のオモチャを、一台残らず鉄屑に変えてやるぞ!」
「了解。前衛の盾は任せろ」
「後方からの狙撃、及びドローンの電子妨害(ジャミング)は私が引き受けます」
「派手な花火になりそうね。残業代、たっぷりふんだくってやるわ!」
暗夜の工業地帯を舞台に、無機質な物量戦に対する特務遊撃班の反撃の狼煙が上がった。