第5章:鋼鉄のメガフロート
六甲山から吹き下ろす冷たい風が、海面を黒く波立たせていた。
神戸・ポートアイランドのさらに沖合に建造された、巨大な人工浮島(メガフロート)。完全自動化された最新鋭の海上物流拠点は、平時であれば無人機と自律型クレーンが整然と稼働する未来的な光景が広がっているはずだった。しかし今、その機能は完全に沈黙し、代わりに重低音の駆動音が海風を引き裂いていた。
「……先客は、随分と手際が良いみたいだな」
夜空を滑空する特務チームの大型輸送機から降下し、メガフロートの甲板に着地した『強警』のコクピットで、巽恭平が舌打ちをした。
彼らの眼下に広がるコンテナ群の中央区画では、すでに無骨で分厚い装甲をまとったヴァンツァー部隊が陣形を組んでいた。曲面を多用した独特のフォルム、極寒冷地での運用を前提とした密閉性の高い関節部。それは間違いなく、日本海側から侵入したザーフトラ共和国の非公認特殊部隊だった。
「連中、すでに中央管理塔のセキュリティを物理的に突破しています。このままではM.I.D.A.S.のデータが完全に抜き取られます!」
『陣陽』を操る汐見葵の声に焦りが滲む。彼女の機体は降下直後、巨大なガントリークレーンの上部に陣取り、長距離狙撃用ライフルを構えていた。スコープ越しに見えるザーフトラのヴァンツァーは、有線接続で強引にサーバーからデータを吸い上げている最中だった。
「させないわ。全機、直ちに交戦状態へ移行。目標は管理塔に接続中の敵電子戦機。データを死守なさい」
『炎陽』を後方に展開させた鷹司冴子が、氷のように冷たい声で命令を下す。同時に、炎陽の両肩にマウントされたランチャーから、牽制のマイクロミサイルが夜空に向けて一斉に放たれた。
夜闇を切り裂くミサイルの光跡がザーフトラ部隊の頭上に降り注ぐ。しかし、敵の反応も異常なほど早かった。重装甲の数機が即座に前衛に出て、空中に向けて濃密な弾幕を張り、ミサイルの大半を空中で迎撃してしまう。
「チッ、大漢中の隠密部隊とは練度が違うな……! 正面からの撃ち合いに慣れすぎている」
「俺が前線をこじ開ける。巽巡査部長、その隙に管理塔へ!」
榊健吾の駆る『強盾』が、ブースターを吹かして一直線に突進した。ザーフトラ部隊の重機関砲が火を噴き、強盾の分厚いシールドに無数の火花を散らす。機体が大きく軋むが、榊は一歩も引かない。彼は自衛官としての意地を見せつけるように、シールドで敵の攻撃を受け止めながら、正確なマシンガンのタップ撃ちで敵の前衛機を牽制し続けた。
「恩に着るぜ、一尉!」
強盾が作り出した一瞬の死角を突き、巽の強警がコンテナの合間を縫うように加速する。
「Уничтожить врага!(敵を殲滅せよ!)」
ザーフトラの護衛機がロシア語のノイズ混じりの通信を発しながら強警の前に立ち塞がる。その手には、ヴァンツァーの装甲すら容易く叩き割る巨大なヒートアックスが握られていた。
「デカい武器なら勝てるとでも思ってんのかよ!」
振り下ろされる灼熱の斧を、強警はスラスターの強制噴射で紙一重で回避。すれ違いざまに、左腕に装備した格闘用ロッドを敵機の膝関節に深々と叩き込んだ。姿勢を崩した敵機のコクピットブロックへ向け、右手のショットガンをゼロ距離で叩き込む。
轟音と共にザーフトラ機が沈黙するが、データ抽出を行っている敵電子戦機まではまだ距離がある。護衛の残存機が一斉に強警へ火線を向けようとしたその瞬間——。
ズガァァァンッ!
空気を切り裂くような破裂音と共に、敵電子戦機の右腕——サーバー塔に接続されていたケーブルごと——が根元から吹き飛んだ。
「……対象の接続解除(リンク・オフ)を確認しました。次弾、装填します」
通信回路に響く汐見の冷静な声。クレーン上部からの陣陽による超長距離狙撃だった。寸分の狂いもない一撃が、ザーフトラのデータ奪取を間一髪で阻止したのだ。
「上出来よ、汐見三保正。榊一尉、巽巡査部長、そのまま残敵を掃討しなさい」
鷹司の炎陽が次なるミサイル群をロックオンする。データ抽出を阻止され、不利を悟ったザーフトラ部隊は、驚くべき統率力で即座に撤退戦術へと切り替えた。彼らは煙幕を張り巡らせると、海中に待機させていた特殊潜航艇へ向け、無言のままメガフロートの端から次々と海へ飛び込んでいく。
「追撃しますか、鷹司局員!」榊が強盾のシールドを構え直しながら問う。
「不要よ。我々の目的はM.I.D.A.S.のデータ死守。それに、海中戦はヴァンツァーの管轄外だわ」
炎陽のメインカメラが、暗い海へと消えていくザーフトラの航跡を見つめていた。
数十分後。戦闘の爪痕が残るメガフロートの中央管理室に、四人は立っていた。
鷹司は携帯端末をサーバーに接続し、高度な暗号化が施されたデータをNIAのスーパーコンピュータへと転送していく。
「……ギリギリだったわね。ザーフトラがコピーできたのは、全体の数パーセントに過ぎないはずよ」
「これで、四つに分割されたデータの一つ目は確保できたってわけだ。残り三つか」
巽が、弾切れになったショットガンを肩に担ぎながらため息をついた。
「喜んでいる暇はないようですよ」
海図モニターを睨んでいた汐見が、険しい表情で振り返った。
「敵の暗号通信の残滓を解析したところ、彼らはここでのデータ奪取に失敗した場合の『次』の目標をすでに設定していたようです。……瀬戸内海を抜け、四国。愛媛県・松山市です」
「松山……? あそこには何があるんだ。旧日防軍の施設か?」榊が眉をひそめる。
「いいえ。NGM社が最近買収した、巨大な造船所があります。おそらく、そこで何か大規模な『器』を建造している。……他の分割データも、そこへ向かっている可能性が高いわ」
鷹司が端末を閉じ、冷たい夜明けの光が差し込み始めた窓の外——西の空へと視線を向けた。
「息つく暇もないわね。機体の応急処置を済ませて、直ちに出発するわよ。瀬戸内海を抜け、四国へ。NGM社の思惑も、他国のハイエナどもも、私たちが全て叩き潰す」
交錯する野望の舞台は、夜明けの神戸から、波静かな瀬戸内海を越えて四国・松山へと続いていく。特務チームの行く手には、さらなる激戦の予感が色濃く漂っていた。
いかがでしょうか。
それぞれの機体の特性(ファイター、アタッカー、ガンナー、ミサイラー)が連携する戦闘シーンを描写しつつ、次の目的地である「愛媛県松山市」へとスムーズに繋がる展開といたしました。
松山編では瀬戸内海や造船所を舞台にした展開が想定されますが、このまま松山編の生成に進んでよろしいでしょうか? または修正点があればお申し付けください。