第6章:瀬戸内の巨影
波穏やかな瀬戸内海を、特務チームを乗せた偽装大型輸送機が低空で滑空していく。
窓の外には、島々を縫うように行き交うタンカーの姿が見えた。平和な日本のシーレーンそのものだが、機内のモニターが映し出す現実は非情だった。
「目標の松山港・沿岸工業地帯まであと五分。降下準備を」
『陣陽』のコクピットで計器をチェックしながら、汐見葵が告げた。海保の職員である彼女にとって、瀬戸内海の潮流と航路は庭のようなものだ。
「NGM社が買い取った造船所は、第3ドックを完全に封鎖しています。衛星画像からも内部は伺えませんが、尋常ではない電力量を消費していることだけは確かです」
「そこでM.I.D.A.S.の分割データを受信し、何らかの『器』を作っている……そういうことだな」
榊健吾が『強盾』の駆動系(アクチュエーター)の最終チェックを終え、重々しく頷く。
「ええ。問題は、その『器』の正体よ」
『炎陽』をスタンバイさせた鷹司冴子が、冷ややかな視線をモニターに向けた。
「全機、降下(ドロップ)。海からの奇襲で一気に制圧するわよ」
輸送機の後部ハッチが開かれ、瀬戸内の潮風が機内へ吹き込む。四機のヴァンツァーは次々と海面すれすれへとダイブし、ブースターを吹かして造船所の裏手、海側の搬入口へと滑り込んだ。
そこにあったのは、巨大な屋根付きのドライドックだった。
薄暗いドックの底に鎮座していたのは、通常の船舶ではない。異様に平たい艦影、レーダー波を乱すためのステルス塗装。それは、ヴァンツァーを多数搭載したまま深海を潜航し、どこへでもM.I.D.A.S.を運搬・発射できる超大型の強襲揚陸潜水艦の建造途中の姿だった。
「なるほど、アレが『器』ってわけか。ふざけたオモチャを作りやがって」
巽恭平が『強警』のショットガンを構え、ドックを見下ろす足場に降り立つ。
だが、彼らが行動を起こすより早く、ドックの天井を吹き飛ばして「別の影」が降り注いだ。
高出力のホバーユニットを搭載し、滑るように着地した三機のヴァンツァー。無駄を削ぎ落としたフォルムと、特徴的なグレーの迷彩塗装。
「……U.S.N.(ニューコンチネント合衆国)の特殊部隊か!」
榊が叫ぶ。世界最大の覇権国家であるU.S.N.もまた、M.I.D.A.S.の再生産を我が物にしようと、あるいは完全に破壊しようと、非公認部隊を送り込んできたのだ。
『This is Black Hound. Target acquired.(こちらブラックハウンド。目標を確認)』
U.S.N.機からの無機質な通信がオープンチャンネルに漏れるのと同時に、彼らはNGM社の警備部隊と特務チームの両方に向けて、雨あられのような連射を浴びせかけてきた。
「チィッ! さすがは大国様だ、挨拶の仕方も派手だな!」
巽の『強警』が足場の鉄骨を蹴り、空中からU.S.N.機の一機に襲いかかる。敵機の装甲にロッドを叩き込もうとするが、U.S.N.機は異常な機動性でスラスターを吹かし、紙一重で強警の格闘を回避した。
「突出するな巽巡査部長! 敵の練度は大漢中やザーフトラと同等、いやそれ以上だ!」
榊の『強盾』が前線に躍り出た。分厚いシールドを斜めに構え、U.S.N.部隊が放つアサルトライフルの徹甲弾を弾き返す。火花が散る中、強盾は冷静にマシンガンのタップ撃ちを行い、高機動で動き回る敵の足を止める。
「汐見三保正、榊一尉が作った隙を撃ち抜きなさい!」
「了解。風速よし、射線クリア……!」
後方のガントリークレーンに陣取った汐見の『陣陽』が、長距離狙撃用ライフルのトリガーを引く。強盾の牽制によって一瞬だけ動きが鈍ったU.S.N.機の胸部装甲を、大口径の狙撃弾が正確に貫き、一機を機能停止に追い込んだ。
「各個撃破で数を減らすわよ。NGM社の防衛システムも起動し始めたわ」
鷹司の『炎陽』が、ドック内に展開し始めたNGM社の無人警備ヴァンツァー群へ向けてマイクロミサイルを乱れ撃つ。爆炎がドックを包み込み、巨大な潜水艦の周囲は三つ巴の戦場と化した。
激しい乱戦の中、巽の『強警』がドックの底へ滑り降り、建造中の潜水艦に接続されたメインコンソールへと接近する。
「鷹司局員、端末にアクセスしたぜ! データの抜き取りを始める!」
「急ぎなさい。U.S.N.の増援が来る前に離脱するわよ」
巽が強警のマニピュレーターを通して物理ケーブルを接続し、NIAのサーバーへデータを転送していく。進捗バーがじりじりと進む中、U.S.N.の隊長機が強警を狙ってミサイルを発射した。
「やらせるかよ!」
榊の『強盾』が強警の前に割り込み、全装甲を盾にしてミサイルの爆発を受け止める。強盾のシールドがひしゃげ、装甲の一部が吹き飛ぶが、榊は歯を食いしばって操縦桿を握り続けた。
「データ転送、完了……! 二つ目のキー・データを確保しました!」
汐見が通信回路で叫ぶ。
「よし、目的は果たしたわ! 全機、撤収!」
鷹司の号令を受け、特務チームは爆煙に紛れてドックからの離脱を図る。データ奪取を阻止できなかったU.S.N.部隊は、撤退していく四機を深追いせず、残されたNGM社の警備部隊の掃討へと切り替えたようだった。
再び空へ舞い上がった輸送機の中。
榊の強盾の応急処置を手伝いながら、巽が安堵の息を吐く。
「一尉、アンタの盾がなきゃ黒焦げだったぜ。サンキューな」
「気にするな。前衛を守るのが私の役目だ」
榊は短く答え、己の機体の損傷状況をタブレットで確認した。
一方、モニター席では鷹司と汐見が、奪取したばかりのデータの解析を進めていた。
「……鷹司局員。嫌な事実が判明しました」
汐見が、海図モニターに新たな航跡データを展開する。
「先ほどの造船所で作られていた潜水艦。あれはあくまでデータを運ぶ『乗り物』に過ぎません。M.I.D.A.S.のコアを製造するための『特殊プラント設備』は、すでに松山を出港し、別の場所へ移送された後でした」
「どこへ向かったの?」
鷹司の問いに、汐見は西の海域を指差した。
「九州の西端……長崎県・佐世保市です。かつて海上防衛の要衝として栄え、今は使われていない巨大な地下ドック跡地。NGM社は、そこを最終的な製造ラインにするつもりのようです」
「佐世保か……。旧日防軍とU.S.N.軍が共同で使用していたこともある、いわくつきの軍港ね」
鷹司は腕を組み、冷ややかな瞳で西の空を睨んだ。
「三つ目のデータも、おそらくそこにある。各国の特殊部隊も当然、次の目標を佐世保に定めるはずよ。……急ぎましょう。九州が、火の海になる前に」
輸送機は瀬戸内海を抜け、豊後水道を越えてさらに西へ。
特務チームの次なる戦場は、国防の最前線であり、複雑な歴史を持つ港町・佐世保へと定められた。