第8章:日本海の霧と幻影
九州を離れた大型輸送機は、どんよりとした鉛色の雲が垂れ込める日本海の上空を北上していた。
眼下に広がるのは、白波を立てて荒れ狂う冬の海。島根県・浜田港が近づくにつれ、山陰地方特有の濃い海霧が視界を白く塗り潰していく。
「……レーダーにノイズ。ステルス艦特有の電波吸収帯だけじゃありません。強力なジャミング(電子妨害)が展開されています」
『陣陽』のコクピットで、汐見葵が計器の異常を報告した。広域スキャン用のモニターが砂嵐にまみれ、赤いエラー表示を吐き出している。
「NGM社のダミー輸送船は、この濃霧とジャミングに紛れて浜田港の沖合に停泊しているはずよ」
鷹司冴子が『炎陽』のシステムを対ECM(電子対抗手段)モードへ切り替えながら言った。「全機、有視界戦闘の準備を。この電子ノイズの主……おそらく、これまでの連中より厄介よ」
「上等だ。目が霞もうが、ぶっ叩けば直るのが機械って相場が決まってる」
巽恭平が『強警』のショットガンに徹甲弾を装填し、輸送機のハッチの前に立つ。
「油断するな巽巡査部長。敵は我々の動きを完全に読んでいる可能性がある」
榊健吾の『強盾』が隣に並び、厚いシールドを前方へ構えた。
特務チームを乗せた輸送機が霧の海面すれすれまで降下した瞬間、四機は次々と白濁した空域へとダイブを敢行した。着水と同時にホバーユニットを起動させ、海面を滑るように浜田港の沖合へと突進する。
霧のベールを突き破ると、巨大な黒い影——NGM社のステルス輸送船が姿を現した。しかし、その甲板にはすでに先客が陣取っていた。
流線型の細身の装甲、背部に搭載された大型のECMポッド。そして、高出力のレーザーライフル。
「EC(ユーロ・コミュニティ)の特殊部隊か! ヨーロッパの貴族様まで極東の田舎港にお出ましとはな!」
巽の叫びと同時に、EC部隊の放つレーザーの熱線が霧を切り裂き、強警の頬を掠めて後方の海面を沸騰させた。彼らはこれまでの大漢中やO.C.U.の荒々しい戦法とは対極にある、冷徹で計算し尽くされた連携機動で特務チームを包囲しにかかる。
「チッ、ロックオンできない! レーダーが完全にイカれてる!」
巽がショットガンの引き金を引くが、ジャミングによって照準がブレて散弾は虚しく甲板の装甲を削るのみ。ECのヴァンツァーは幻影のように霧の中を滑り、的確に特務チームの死角を突いてくる。
「陣形を崩すな! 固まって防御を固めるんだ!」
榊の強盾が前へ躍り出た。敵のレーザーライフルが連続して照射されるが、強盾の対光学コーティングを施されたシールドが熱線を拡散させ、機体を守り抜く。
「鷹司局員、このジャミングでは私の狙撃も、あなたのミサイルも当たりません!」
汐見が焦燥を滲ませて叫ぶ。
「落ち着きなさい、汐見三保正。敵のジャミングには必ず『波』があるわ」
鷹司の炎陽は攻撃を控え、背部の大型レドームをフル稼働させていた。NIAのスーパーコンピュータとリンクし、膨大な電子ノイズの中からEC部隊のECMパターンの規則性を解析していく。
「……見切ったわ。ノイズの位相が反転するコンマ2秒、その隙間を縫ってターゲットの予測座標をデータリンクで送る! 汐見、撃ちなさい!」
「了解!」
炎陽から送られた一瞬の予測座標。陣陽は自らのレーダーを切り、送られてきたデータのみを信じて暗闇の霧の中へライフルの銃口を向けた。
引き金が引かれる。轟音と共に放たれた大口径スナイパー弾は、濃霧の向こうでジャミングの発生源となっていたECの電子戦機の頭部を正確に粉砕した。
「よし、目隠しが外れたぜ! お返しだ!」
レーダーが回復した瞬間、巽の強警が猛然とダッシュする。スラスターを全開にして甲板を蹴り飛び、驚愕して後退しようとしたEC機に肉薄。格闘用ロッドを敵機の胸部装甲へ全力で叩き込み、内部フレームごと粉砕した。
「残存機、掃討する!」
榊の強盾がマシンガンの弾幕を張り、退路を絶たれた残りのEC部隊を無力化していく。統制を失ったEC部隊は、機体を海へ投棄し、緊急脱出ポッドで次々と逃亡を図った。
「排除完了。巽、榊、船の貨物室を固めて! 今度こそ四つ目のデータを——」
鷹司の指示を受け、巽と榊が輸送船の内部へと突入する。
しかし、数分後に通信回路に響いたのは、巽の忌々しげな舌打ちだった。
「……もぬけの殻だ。サーバーは物理的に破壊されてるし、積んであったはずの『コアパーツ』のコンテナも空っぽだぜ」
「なんだと? ECに奪われたのか?」榊が問う。
「いいえ、違うわ」
輸送船の航行ログを解析していた汐見が、重苦しい声で答えた。
「私たちが到着するより前に、NGM社はすでにこの船を放棄していました。データとコアパーツは、浜田港から密かに『陸路』へと移し替えられています。……偽装された重装甲の貨物列車です。山陰本線跡地を利用した私設レールを使い、猛スピードで北上中!」
「陸路で北上……次の目的地はどこだ?」
巽がコクピットの中で拳を握りしめる。
「日本海側の要衝……石川県・金沢市よ」
鷹司が冷徹に告げた。
「金沢港の巨大インフラと、旧日防軍の防空システムをハッキングして、完全に要塞化する気ね。そこで四つのデータとコアを統合し、M.I.D.A.S.を『完成』させるつもりだわ」
「そうはさせるかよ。北陸の海に沈めてやる」
特務チームはすぐさま輸送船を後にし、待機していた輸送機へと帰還した。
日本海側の濃霧を切り裂き、追撃の針路はさらに北へ。NGM社の真の恐るべき計画が待ち受ける、石川県・金沢へと向けて飛び立った。