あれから8年経った1815年、少女から淑女と呼ばれるべき歳にさしかかったヨハネ・エルステッドは、故ヴィルヘルム・リッターの業績をまとめた本を既に出版済みであった。
エルステッド嬢は、次の実験に差し掛かる前にひとつ大きく息をついた。
化学線の発見の追試、銀塩の光反応性を十分に検証したのち、彼の実験を整理し直した。彼の遺したメモから実験を体系的にまとめ、彼の実験器具を追試し、対照実験を考案し、考察をあくまで控えめに留める。これだけでも骨の折れる作業だった。
思えばとんでもないものを託されたものだが、ひとまずドイツ語で書きあがった本をリッター家に届けに行った時の奥さんの表情が、いつまで経っても忘れられない。
ついでにその本が目に付いて、我が王国の王立学会の書記にも選ばれたらしい。確かに化学線発見って有名だったからな。学会としては、科学文献が読み書きできる程度以上には連邦語と共和国語に堪能な人材を思いもよらず引き当てたということらしい。連邦と共和国もそれぞれの国の科学論壇が栄えていることは私も17歳だった時に見に行ったからよく知っている。それらの国の成果を取り入れられることは有利になる、というか、追試以外の再発見というのは基本的に無駄なのだ。言語の壁のせいで科学界が足踏みしてしまうというのは誠に残念だ。
……という大義はさておいても、学会が取り寄せてくれる論文を読み放題、内容をまとめて送り返せばよし、という非常に興味深い条件だった。
興味深すぎて逆に癪だったので、私の本を学会内で王国語に訳すことと連邦・共和国の学会でそれぞれの言語に訳してくれる学者を見繕っておくことを条件に付けて勧誘の便りを返送すると、喜びの返事が戻ってきた。
これからもお互いに利用させてもらおう。互助関係ってやつだ。
さて、化学線に話を戻す。
そもそも、銀塩の光反応性とは言ったが、化学線が色付きの光と同じ由来を持つ光なのかというのはかなり微妙な問題だ。確かに、太陽光をプリズムに通して出てきたものなのだから太陽由来であることは間違いない。だが、太陽から発されているのが光だけとは限らない。
太陽から発され、紫色の外側にプリズムで分解される、直進する作用が、色付きの光と同様の反応性を銀塩に対して示す。厳密に実験から言えることはこれだけだ。
実際、私自身これは不可視の光と解釈するのが自然だとは思う。だが、同時に、私たちが光に関してこれまで発見してきた性質が単により普遍的な対象に成り立っている性質であったというだけの可能性も十分にある。もしかすると、化学線は紫外光と呼ばれるべき代物なのかもしれないが、確たる証拠はない。
というわけで、もうひとつ詰めたくなってきた。
干渉実験をやろう。統合王国の科学者が行っていた実験らしい。
太陽光を通すように穴を開けた箱の中にプリズムをセットし、化学線がある部分がスリットに通るように箱の中で位置を調整し、暗い箱の中でさらにその向こうで二つのスリットに通す。その向こうに銀塩を塗った紙を置く。暗い箱の中に入れたのは色付きの光の影響を防ぐためだ。
もし化学線が(色付きの)光同様に波動であるならば、干渉縞が観察できる。うまくいけば波長をも推定できるはずだ。もちろん、この実験は色付きの光でも同様の実験を、色ごとに分けて行う。
太陽が照っていればいつでも……というわけではないが、簡単な実験だ。
実験のあいだは化学線以外の影響を除くため箱も開けず、特にすることがないので、学会から送られてきた連邦語の論文を読んで暇を潰す。
おや、昨年に連邦の科学者が面白いことをしている。
太陽光をプリズムで分光した時に出現する黒い筋を──すなわち太陽の光から欠けている色の部分を──根気で数えあげて整理したらしい。
頑張ったなあ。
……この成果が、化学線に応用できたらいいのだが。
銀塩紙では粗すぎて黒い筋というレベルではない。しかし筋が見えやすいように拡散幅を広げると光は弱まる。レンズで光を集めても化学線と光は同様の振る舞いを示すのだろうか。
まったく考えは尽きることはない。