この「冒頭」の章というのは、if史をやるにあたってそもそも何が分岐点だったかを知ってもらう必要がありまして……という部分です。
Q. で、何が分岐点だったの?
A. ② ヴィルヘルム・リッターがエルステッド到着前に死んでいること(冒頭2)
(その裏に ①天然原子炉がある(1話) が隠されている)
冒頭/或る南方大陸の青年
青年は必死に逃げる。
地面はますます熱気を帯びて、いつ
山の噴火を神の怒りとみなす自然信仰の形態は、少なくともわれわれの世界では世界各地に存在する。インドネシアでのある民族の土着信仰や、日本での
ところで、天然原子炉というものが存在しうる。
そして、この南方大陸の奇妙な現象の原因は天然原子炉である。
われわれの世界では、アフリカにもかつてそのようなものが存在していた。
すなわち自発的に核分裂反応を起こすウランの鉱床であり、235Uの同位体存在比を含めて多数の条件が揃うことで作られるものだ。
この作品内での説明はずいぶんと終盤に回ることになってしまうが、われわれの地球では235Uはずいぶん崩壊してしまって、天然原子炉が成立しうる3%程度を大きく割って0.7%しか存在しないため、われわれの地球には天然原子炉はもはや存在しえない。あなたの県にあるウラン鉱床*1が明日目が覚めると突然天然原子炉になることはないので、どうか安心してほしい。
取っ手の付いた黒い筒
本文でも書いたが銃のこと。
種類はあえて定めていないが、われわれの世界では1543年には既に日本にも火縄銃が伝来しているほどであり、フリントロック式と呼ばれる機構の銃も普及していた*2。
その妙な格好をした者が別の妙な奴に近づいて二言三言何かしら話す。
それから、そいつも別の奴に話す。そして最後の奴があの敵村の長と話している。
別の大陸から来た人物が直接現地語を知っているとは考えられないので、複数の通訳を介して会話していると考え、このように描写した。
われわれの世界の奴隷貿易でも、大西洋奴隷貿易において、アフリカ現地の人間が奴隷狩りに関与していたことが知られている*3。
冒頭2/少女エルステッド
「……ああ、うちのヴィルヘルムは、先日亡くなってしまったのです」
われわれの世界で紫外線を発見したヨハン・ヴィルヘルム・リッターをモデルとしている。
史実の(つまりわれわれの世界の)ヨハン・ヴィルヘルム・リッターが亡くなるのは1810年のことであり、1808年には存命である。だが、生前から何かと無茶をする人物ではあった。≪His obsessive experimenting affected his health: He hardly slept, had a weakness for alcohol and didn’t shy away from experimenting on his own body during his research into galvanism. He even applied a voltage to his own eyes to observe the effects on his senses.≫ *4(彼の実験への執念は彼の健康にも影響を及ぼした。彼はほとんど寝ず、アルコールに弱く、
史実の彼はヨーロッパを周遊していたハンス・クリスティアン・エルステッドと1801年に会っており、その際の「電気と磁気には間違いなく関連があるのだ」というリッターの思想がエルステッドにも影響を及ぼしたらしい。*5
言葉が通じなかったのではない。彼女は幼くして既に連邦語に堪能であった。
≪What then could be more conducive to his comfort than to dedicate himself to satisfying the chemist’s boys’ eager thirst for knowledge? The wig-maker took on the task of teaching Hans Christian and Anders Sandøe to read and write German through the language of the Bible, and he fulfilled this task thoroughly and conscientiously so that his pupils not only attained a perfect command of the German language, but also acquired a knowledge of scriptural passages by heart that they never lost.≫(Hans Christian
Ørsted - Reading Nature’s Mind, Oxford University Press, 2013)*6(であるならば、その薬屋の息子たちの知識への熱心な渇望を満たすことに身を捧げる以外のいったい何が彼の快適に資しただろうか(それ以外が資することはなかった)。その鬘職人[訳注:ハンス・クリスティアン・エルステッドの幼少期の
少なくとも、4歳から12歳までの話としてこれが書かれている。
若輩17歳にして奨学金を与えられ、
ヨハン・クリスティアン・エルステッドが奨学金を得てヨーロッパを周遊したのは1801年(24歳)のことである。ただし、1796年(19歳)の時点で既に論文が受賞し、コペンハーゲン大学にも優秀な成績で入学している。*9
1801年から
1801年のヴィルヘルム・リッターによる紫外線の発見をモデルとしている。後述。
薬学の家に生まれた少女には
ハンス・クリスティアン・エルステッドは薬局の家に生まれている。
"chemist"という単語が薬屋と化学者両方を指すように、これらの意味は語源のレベルで密接に関係している。なお、錬金術師を指す"alchemist"とも同語幹である。*10
1800年のハーシェルによる赤外線の発見をモデルとする。後述。
ドロテアさん
ヴィルヘルム・リッターの妻である Dorothea Catherine (Münchgesang) Ritter をモデルとしている。作中のような形ではないが、史実のエルステッドもリッターの実験結果を紹介する役割を担っていた*11。
あらゆる現象を二元論的に整理しようとするなど、いくらか擁護困難な言説もあった。
ヴィルヘルム・リッターは自然には「極性」が存在するという信念を抱いていたようだ。
≪Many of Ritter's researches were guided by a search for polarities in the several "forces" of nature,≫(リッターの研究の多くは自然界における複数の「力」の極性の探索に導かれていた。:拙訳)*12すなわち、電気における正極や負極、磁気におけるN極とS極と同様、あらゆる力や作用がそれに対応する反対の力や作用を持っているというような考えである。*13
光におけるこの「力」の極性というのは現代に見られない考え(誤っているため)ので補足しておくと、当時リッター以外にも見られていた考えだが、赤外線が酸化力を担って物質を発熱させ、紫外線が還元力を担うことで、たとえば塩化銀を酸化して銀を析出させるのだと考えていた。*14さらには、赤外線と紫外線では化学的にも逆の現象が起こる(たとえば、紫外線に当たった塩化銀を赤外線に当てると元に戻る)という考えも抱いていたようで、あまつさえそれを発見したとも主張している*15。
曰く、彼はある日
ほぼ実話をモデルとしている。
そうであってほしくはあまりなかったので、筆者も頭を抱えていた。
≪The only one who doubted Ritter’s apparatus and his observations was Christian Ernst Wünsch. His failed replication of Ritter’s experiments led him to cast doubt on Ritter’s claimed discovery. Ritter had presented his experiment without detailed description.≫
(リッターの実験や観察を疑ったのはChristian Ernst Wünsch一人であった。彼はリッターの実験の追試に失敗し、それがリッターの発見に疑いを投げかけるきっかけとなった。リッターは彼の実験を詳細な説明なしに公表していたのである。:拙訳)
≪Wünsch’s criticism provoked a remarkable reaction from Ritter. He neither performed new experiments, nor drew different theoretical conclusions from before. Instead, referring to earlier experiments not known to Wünsch, he provided a reinterpretation of the experimental procedure itself. In his new account, details of his earlier experiments that had not even been mentioned in the first publication became retrospectively crucial.≫
(Wünschの批判はリッターから驚くべき反応を引き起こした。彼は新しい実験を実行せず、以前と異なる理論的な結論を導きもしなかった。代わりに、彼はWünschの知らない早期の実験を参照して彼の紫外線に関する実験を再説明したのである。彼の新たな説明では、彼が最初の発表で言及もしなかった早期の実験の詳細が振り返ってみると重要だったということになったのである。:拙訳)
(J. Frercks, H. Weber, G. Wiesenfeldt, Reception and discovery: the nature of Johann Wilhelm Ritter’s invisible rays (2009), Studies in History and Philosophy of Science Part A, Volume 40, Issue 2, 2009, pp.143-156, ISSN 0039-3681, https://doi.org/10.1016/j.shpsa.2009.03.014.)
彼の発見はすぐさま科学的な結果として受け入れられたというわけではなく、このようなことがあった影響もあり、リッターの業績を紹介した引用の論文はアブストラクトを
≪Consequently, it was less clear in 1810 than in 1801 what, if anything, had been discovered by Ritter.≫(結果として、1810年[訳注:リッターの死亡年]には、リッターが発見していたことは、むしろ、1801年よりも明らかでなくなっていた。:拙訳)
と締めくくっている。
少女は微笑んでこう言った。
「わたしはヨハネ。ヨハネ・エルステッドです」
ハンス・クリスティアン・エルステッドの「ハンス」は、もともと「ヨハネス」に由来する名前である*16。
ヨハネはヨハネスに由来する女性名であり、1700年代または18世紀にはすでにデンマークで一般的になっていた。
≪Johanne, pigenavn fra Det Nye Testamente, sideform til Johannes med kortformerne Hanne, Janne og Jonna. Navnet blev indlånt fra Tyskland i højmiddelalderen, men først almindeligt fra 1700-tallet.≫(Johanne, maiden*17 name*18 from The New Testament, sideform for Johannes with its shortforms, Janne or Janna. The name was borrowed*19from German*20 in High Middle Ages*21,but first common from 1700-numbers:https://lex.dk/Johanne_-_pigenavn より拙英訳)
冒頭3/淑女エルステッド
ついでにその本が目に付いて、我が王国の
エルステッドは1815年にデンマーク王立科学文学協会の書記に就任した。
≪i 1815 blev han sekretær i Videnskabernes selskab≫(in 1815 became Han secretary in Videnskabernes selskab:《link:https://biografiskleksikon.lex.dk/H.C._Ørsted》https://biografiskleksikon.lex.dk/H.C._Ørsted《/link》より拙英訳)
史実でもエルステッドはドイツ語とフランス語に堪能であったため、他の研究者の業績を紹介していたそうだ。ただし、書記の仕事として行っていたのではない。*22
そもそも、
現代のわれわれにとっては不必要に難しく見えてしまうが、リッターの発見以後しばらく、光というものは熱線(heat ray)と光線(luminous ray)と化学線(chemical ray)に分解されるという考え方があり*23、同じ光が物を温めたりも物を照らしたり物を化学的に変化させたりする力をどれも有するという考えは、より後の時代になって生まれたものである。*24
もし
光が干渉縞を作ることを明らかにし、波動としての性質を持つことを示したヤングの実験は1805年に行われた。*25
But on the red side it has become whiter, and again in such a way that the greatest effect occurs half an inch outside the outermost red, and furthermore decreases according to the same law as in the first case on the other side. (Ibid., p. 122)"(J. Frercks, H. Weber, G. Wiesenfeldt, Reception and discovery: the nature of Johann Wilhelm Ritter’s invisible rays (2009), Studies in History and Philosophy of Science Part A, Volume 40, Issue 2, 2009, pp.143-156, ISSN 0039-3681, https://doi.org/10.1016/j.shpsa.2009.03.014.)
Q. なぜハンス・クリスティアン・エルステッドを女性にしてしかも1808年当時を17歳にしたのですか?わざわざ女性にする必要があったんですか?
A. 物語の展開として面白くなりそうだと思ったからです。あとわたしが聡明なお姉さんとしてエルステッドを書きたかったからです。それ以外の理由はありません。
──それに、ヨハネ・エルステッドは単なるハンス・クリスティアン・エルステッドの女性版ではありません。あらすじに
ハンス・クリスティアン・エルステッドとヨハネ・エルステッドの功績は全く違うものになります。それはこれから、1820年以後に語られることです。