硬い。
目を開けると枕代わりにしていた腕と机、荒れた教室。
……眠っていたみたいだ。
昨日のことは、よく覚えている。金森くんがいなくなったあと、混乱して、モノにやつあたって、それでどうでもよくなって……忘れたいことばかり私は覚えている。
「お腹、すいてない」
金森君に言われたことは今まで目を背けていただけで、自覚してしまえば簡単だった。
なんで私はこの異世界で暮らしていた記憶が薄いのか、なんで私は凄い力を持っているのか、なんで作った記憶のない家があるのか、昨日気づいた時にはヨスガと金森君の後ろにいたのか。
そんなの神様だって言われた方が自然だった。
私はもう、人じゃない。
足元を見ればすぐにわかるはずなのに、目を逸らしてばかりだった。
やっと現実が見えてきた。
なら、やることは一つだよね。
「んがー! 暴れても何もわかんなかったし、色々調べるしかないっしょ!」
レッツポジティブシンキング!
私は昔から切り替えが早いのだ。
空元気と言われたらそうだけど、とにかく全力で何かに当たる! ダメだったらその後考えればヨシ!
案外それで、世の中なんとかなるのだ。
「まず何から調べるかだけど、身辺調査だよね!」
私は私のことをいっちばんよく知らない。敵を知り己を知れば100戦危うからずっていうし、まずはここを調べたい。
「まず気になるのは昨日気づいたらヨスガと金森君のところにいたこと」
私はあの時まで大蛇を倒したところを調べてた。(成果なし!)
突然、身体が引っ張られて気づけばこの学校エリアにいた。
また何か忘れてる? いや多分あれは物語でよく見る。
瞬間移動。
きっと私の力の一つが暴発したんだ。
何が起きたのか分かれば話は早い。少し集中してできないかどうか試してみた。
「できちゃった」
私は教室の後ろの席から、教壇手前まで移動していた。
私は天才だった。(知ってる!)
なら話は早い。調べたい場所にビュンと飛べば時短ができる。
そして、調べないといけない場所はもうわかっていた。
今日まで一回も入ったことが無くて、私と最も関わり深そうな場所だ。
「私の自宅へ!」
叫んだのはあれだ。かっこつけとかじゃなくて場所を言葉にした方が確実だからだ。
曖昧なイメージのまま飛んで全く別の場所で、しかも壁にめり込んだとか目も当てられないからで、ちょっとアニメのキャラがうらやましかったりとかじゃない。
ほんとだよ?
「すぐ着いちゃった……」
目を瞑る暇もないまま景色が変わって、気づけば目の前には夕日に照らされる森林と私の家らしいログハウスがあった。
一昨日の大蛇が這った痕が生々しかった。雑草は根削ぎ剥がされて、地面がむき出しになってしまっている。
だけど、私のログハウスには傷一つついていなかった。
それは、あのログハウスがロクなものでない証拠なはずだ。
そのログハウスの取っ手に手を掛ける。馴染みのない取っ手だった。
「お邪魔しま~す……」
ドアを引いて中を覗いた。
中は意外なつくりだった。
「……和室? なんで?」
六畳一間の和室、家具はちゃぶ台とブラウン管テレビとそれに繋がれたゲーム機が一台、あとは奥に襖があるだけ。
本当にこれしかない。照明はもちろん、窓すらない。でもなぜか部屋の中は明るかった。
外から見ると窓があったはずだから本当に同じ家の中と外なのか分からなくなりそうだ。
人はいないみたいだった。もっとも、襖に隠れてるかもしれないけど。
「一旦、中を見てみようかな」
土間がなかったから靴を外に置いて、和室に上がった。
と言っても本当にちゃぶ台とテレビしかないから調べるものなんてほとんどない。
ちゃぶ台に仕掛けは何もなかった。(ちゃぶ台をひっくり返しても何もなかった!)
ブラウン管も苦戦しつつも電源をつけてみたけど、砂嵐が流れてるだけ。
当然、ゲーム機はうんともすんとも言わなかった。
「本当に私ここに住んでいたの?」
そんなわけがない。
ちゃぶ台とブラウン管で暮らせる人間なんていない。
だから、もしなにかあるとするならば
「やっぱりこの襖しかないよねー……」
もうすこぶる怪しくって気が進まないけれど、残念ながらここしかもう調べられる場所は残っていなかった。
私は襖に指を掛けた。
大丈夫、何か出てきてもすぐワープすれば逃げられる。だから怖がらなくていい!
「……ええいやっちゃえ!」
私は意を決して襖を開けた。
私はこの襖の向こうにはなんとなく、今の私が何か知れる手掛かりになるものとかそういう類のものがあると思っていた。
それは半分正解で、半分間違っていた。
襖の向こうには童話に出てくるような地獄が広がっていた。
「え、なに、これ」
私は思わず後方にひいた。
地獄、地面も空も真っ赤に染まった鬼が出てくる死後の世界。
人玉が飛び回っていて、それをあの大蛇が追っている。こんな世界が身近なところにあるなんて信じられない。
だけど、同時に私は、この地獄を見たことがあると、確信していた。
それはこの世界に来てからではなく元の世界、つまり私が生きていたころに見た景色だ。
もしかしたら、この先に、謎の答えがあるのかもしれない。そんな予感めいた確信があった。だから私は一歩踏み出して、一日にも満たない押し入れの冒険を始めたのだ。
──────────────―
空が赤い。地面が赤い。空気を切り裂いて、大地を私は歩いている。
歩いているっていう言い方は違った。私に足はもうない。飛んでいるだけだ。
煮えたぎる大気が私を焼き焦がそうとしている。だけど私は平気だった。私は心も頭も欲望だらけなのに。
蛇が咎めるように私をにらみつけている。だけど私は平気だった。今回の蛇は何もしてこなかった。
歩くたびに、何もしていないのに、私が人外であることを突き付けられている。
そのたびに、私の中の記憶が少しづつ紐解かれているそんな感じがしている。
そうだ。私は忘れていたみたいだ。
私は自分の記憶を忘れていたことすら忘れていた。
そんな今のキッカと元の菊花は、本当に同じ人間なのかな。そんな不安がよぎってしまった。
気が付けば、私は血の池地獄に来ていたらしい。
らしいというのは、血の池の水は全て枯れていてクレーターのようになっているからだ。
そのクレーターの中心に向かって私は下っている。
血の水を供給していたらしい蛇口があった。とても大きな蛇口だった。
だけどそれは鎖できつく固められているみたいで一滴ずつしか出てこない。
そんな蛇口だから、もう底がくっきりと見えている。
大きな大きな排水溝、底にあるけど底知れないものだ。
私はその縁に立って、中を覗いてみた。
中はどこまでも暗くて、どこに繋がるか分かったものじゃない。
気が付くと周りには人玉や蛇が集まってきた。
彼らは何かをするわけではなく、私をただ見ていた。取り囲んで、まるで私に飛び降りろとでもいうかのように。
私がそれに従う必要性は少しもない。直感で、私は彼らを跳ねのけてクレーターの先に行くことができると知っている。
だけど私はそれをしなかった。彼らの視線の先に私は、さらに進んだんだ。
私は浮かんでいるだけで飛ぶことはできない、中途半端だ。
抵抗することすらせずにそのまま暗い方へ落ちていく。私の一番最初へと。
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『飽きた! もうやめた!』
昔から私は同じことを続けることが苦手だった。
おままごと、おしゃれ、お稽古、どれにでも手を出して中途半端に終わっていた。
一度手を付けて、あとはそれっきり、とてもじゃないけど上品とは言えなかった。
それでも、上品なくても、飽き性でも私は許されていた。
『まったく、うちのお姫様は仕方がないなぁ』
『また菊花を甘やかして……』
苦笑いをしながら、退会の電話を入れる父親。
文句を言いつつも反対しない母親。
この頃の私はすこぶる甘やかされていた。
きっと、色々な経験をしてほしいみたいな願いもあったんだろうけど、流石にもうちょっと続けさせた方がいいと思うな……。
実際そのころの私の成績はかなり低かった。机に長く座ることも私にとっては苦痛だったのだ。
そんな私は皆が見てた女児向けアニメにも飽きちゃって、色々な子供向け番組を開拓していた。
『お面ライダー参上!』
そして皆が良く知る特撮の、かっこいい俳優にはまって気づけばその特撮にもはまっていた。
幸いにも、私は昔から友達作りが得意だったから友達も巻き込んでヒーローごっこを始めた。
私の衣装は赤いマフラーとベルト、他の子も自分なりの衣装を着てオールスター対戦をやっていた。
この時、灰原 夜須賀も参加していた。私と彼の出会いはそこだった。
でもその時は、あくまでも同じグループの遊び相手の一人で、特段特別な感情は持ってなかった。
『お前うぜーんだよ、泣き虫だし!』
ある日、同級生の子が1つ上の学年の子にいじめられていた。
その上の子は体格もよくて、きっと同級生の子はひどい目にあうんだろうとすぐにわかった。
私は怖くって、マフラーを握ったまま、巻き込まれないために少しづつ逃げようとしていた。
同級生の子が殴られる……その時だった。
『ライダーバット!』
灰原くんがリコーダーで上の子に殴りかかったんだ。
とてもじゃないけど、勝てるわけ無いし、そもそもこういう時は先生を呼ぶべきだ。
私はすぐに我に返って、先生を呼ぶために駆けだした。
『何やってるんだ!』
私が喧嘩が起きそうって伝えるとすぐに先生が間に入ってくれた。
その時にはリコーダーは半分以上上の子に奪われて灰原くんの顔にも叩かれた後ができていた。だけど、灰原くんも負けじと反撃していて、喧嘩はもう大喧嘩になっていた。
その大喧嘩を止めるために上の学年の先生も呼ばれて、上の子はその先生に引きずられていった。
『灰原くん、なんで殴りかかったんだ!』
灰原くんは先生に怒られた。
当然だ。学校ではいじめを見つけたらすぐに先生を呼ぶように言われていた。
それをやぶったばかりか相手をケガさせた。しかもケガをさせた上の子は教育委員会のお子さん。先生が起こるのは当然だ。
『日明之さんは先生を呼んで偉いぞ。今日のヒーローだ』
私は褒められた。
私は学校の決まりを守った。だから褒められた。
だけど私はヒーローはヨスガの方だって言いたかった。
ヨスガがいないと、私は動くことさえできなかった。
私はヒーローにはなれなかったはずだった。
どうしたら、灰原くんみたいに動けたのかな? 気になってしょうがなかった。
だから私は下校前に、灰原くんにどうして動けたのか聞いてみた。
彼は心底不思議そうに答えてくれた。
『……? ヒーローになるって決めたんだから動かないとダメじゃん』
私はこの時理解した。
この人は一度こうあろうとしたら、何があってもそれを貫こうとする。
それはきっと下手な生き方だと思う。
だけど、私にとってその姿はとても立派に見えた。
その日から私は飽きるまでは全力で物事を取り組むようになった。成績も少しづつ上がっていって、気づけば優等生と呼ばれる生徒になっていた。
それに対してヨスガくんは、次第に誰ともかかわらなくなっていた。ヒーローごっこに顔を出さないことにはじまり、少しづつ周りとの関係を断って行った。
幼い私は不思議に思うだけで、何もしてなかった。
心配だったけど、ヨスガくんが大丈夫だって自分で言ってたから、大丈夫だって思ってた。
だけどきっと彼はあの喧嘩のせいで他人を信じないようになってしまったんだと思う。
彼は成績が良かったけど、他人にとても意地悪にあたる。それが周りの生徒にとっては目障りに映ってしまう。
私が気づいた時には彼は半分以上いじめられているような状態だった。
もし、私が小学生の時に何かをしていれば、きっとそんなことにはならなかった。
私は決めたはずなんだ、灰原夜須賀を救うって。
ああそうか、だから私は死んでも生きているんだ。
まだ未練が残っているから。
身体に衝撃が来た。そこで私は初めて下を認識した。
長時間の落下で平衡感覚がなくなっていたらしい。頭に来た衝撃でやっと私が落下していたことを思い出した。
衝撃はあっても痛みはなかった。
ただ『当たった』という感覚だけがあった。私が人間じゃないからというのもあるけど、それ以上に柔らかい地面だった。身体が沈まないスライムというたとえが適切だと思う。
手をついて起き上がってみた。
周りは暗い空間で、地面と空の境目も分からない。
「間違えたかな?」
ここには何もなさそうだった。私の抱える疑問を解消できる何かはないように思う。
《そんなことないよ》
後ろから声がした。
私は驚いた。
誰もいないと思っていたからというわけではなく、その声が私の声だったからだ。
振り向くと、そこには赤い光があった。
「あなたは、私?」
《そうだよ。これはあなた》
赤い光は頷くように少し明るくなった。
「ここはどこなの?」
《ここはデッドスペース。私が世界を作った時、余った空間。私以外だれも入れない秘密の場所だよ》
「あなたは、何? どうして私が二人、二人でいい?」
《いいんじゃない?》
「私が二人いるの?」
《その前に聞きたいんだけど》
「なに?」
《あなたがここに来たってことは、もうヨスガとはキスした?》
「はえ?」
キ、キキ、え、は、え!?
「し、してないよ!」
《じゃあヨスガとあってなかったり?》
「ううん……デートはしたよ!」
《え!? デートしたの!? どんな感じ? どんな感じ?》
この辺りで私は確信した。やっぱりこの光は私なんだって。だって食いつき方が鏡を見せられてるみたいでちょっといやだ。あとちょっぴり……いや結構恥ずかしい!
「それより! 私の質問に答えてよ!」
《えー、仕方ないな―》
赤い光は見てわかるくらい光をすぼめて(表現合っているかな?)私の周りを回り始めた。
《私はあなたがここに隠した記憶、そしてもう一つの意識だよ》
「つまり、えっと?」
《私は元々あなたの記憶だったけど、あなたが私をここに隠したの》
……なんのために???
疑問が晴れたらまた新しい疑問が出てきた。
「私はてっきり謎の敵の手によって記憶がなくなったのかと」
《そんなわけないじゃん。そんなフィクションじゃないんだから!》
「……ツッコミ待ち?」
あなたの存在も十分フィクションっぽいよ。
「じゃあどうしてわざわざ自分で自分の記憶を分けなきゃいけないの」
《だって……》
赤い光は一部をより輝かせて、いや違う。より赤くなったと言う方が正しいと思う。具体的には光を顔に見立てたとき丁度ほっぺたの場所が赤くなった。
《だって私の記憶がない方がヨスガと楽しく遊べるって思ったもん……!》
……。
え、そんな理由?
この場所に来るまでかなりの時間とかあと心労とか負わされたのに、それが理由なの?
《あ、今絶対『そんなくだらないことで?』とか思ってるでしょ! あの時の私にとっては……》
「いやちがくて! まぁ違うくはないんだけどそれだけじゃないんだ」
確かに骨折り損な感じがないとは言えないけど、それ以上に感じたんだ。
「私って死んじゃって、人間じゃなくなっても、変わらないんだなぁってちょっと安心しちゃった」
《……ごめんね。私の我がままであなたに迷惑かけちゃって》
「ううん、いいの。どっちも私だから」
《……今から私はあなたの記憶に戻る。言いたかったこと、やりたかったこときっと出てくると思う。だから少しでも前を向いて終わりまで進んでほしいんだ》
赤い光が私の胸のところまで来た。私はそれをそっと掌で包んで、受け入れた。
「分かったよ。私の想い、受け取るから」
そして私は知ったんだ。私が死んでまでやらないといけなかったことを。
私が守りたかったものを。
本編に入りきらなかったCips
灰原夜須賀はこの時こっぴどく叱られました。
それは彼の心に理不尽を植え付けるには十分なほどに。
その結果彼は他人に関わろうとすることが無駄だと思うようになりました。