「……いるんだろ? キッカ」
目を開けると、夕暮れ、教室、そしてキミ。
全てを取り戻してから会ったキミは記憶の中のキミよりもまっすぐ前を向いていた。
「うん。私がこの世界を開いて、そして閉じた。間違いないよ」
「そっか……」
ヨスガは一言つぶやいた。そしてそれを飲み込むように息を吸って、吐いた。
「知ってるか? この世界がある場所はもうすぐ工事されるらしい」
「知ってるよ。金森君が言ってくれたことを思い出したから」
ヨスガがくる前日、金森君はそこまで含めて教えてくれた。だから、覚悟しておいてほしいとも。私が閉じた世界が破壊されたらただじゃすまない、だから教えてくれた。
「もし、この樹が潰されたら何が起こるかわからない。でもきっとお前は……」
「分かってるよ。きっとこの世界はまともに残らない」
「……なあ、工事を止めたくないか?」
ヨスガは右手を差し出してきた。
それは突拍子もない提案だったけど、どこかで待ち望んでいたものでもあった。
私は思わず伸びそうになる右手を懸命に抑えつけた。
「……そんなことないよ。そもそも、どうやって止めるのさ。大学生くん」
「嫌がらせでもなんでもしてやる。祟りとかなんとか言ってやればなんとかこの世界だけは残せるかもしれない」
「そんなことしたら、工事する人に迷惑かかっちゃう」
「関係ないだろ、そんなん……」
ヨスガは絞り出すような声でそう言った。最後の方はもうなんて言ったのかわからない。
ヨスガの右手は少しづつ下がっていた。
「関係ある、でしょ? 分かってるはず。わがまま言わないの」
「大体……」
一言、ヨスガは呟いたあと、その言葉の続きを探し始めた。もうヨスガの手はほとんど戻っていた。
「大体、この世界は危ない世界を封印するためのものだろ。壊されたら余計に迷惑じゃないか?」
「それについては考えがあるんだ」
キミが来るまでに、私が私の記憶を隠す前に、すでに対策は考えていた。
それを疎かにするほど、私は無責任ではないのだ。
「私はこの世界を自分で閉じるよ、工事が始まる前に」
「何、言ってんだ」
ヨスガは心底理解できないというようすだった。
おかしいな。ヨスガだったらすぐに理解できるはずだと思ったんだけど……
仕方がないから私は計画の概要を話すことにした。
「そもそも何が危ないって危ない世界がそのまま表れるのがダメなんだよね。だから、私の世界と混ぜてできるだけ中和するんだ」
理科の授業で例えると中和、いや希釈だ。
危険な薬品も水で薄めれば、ある程度その危険性を小さくすることができる、それこそ人間にとって致命的にならないまではできるはずだ。
「で、それが終わったら閉じる。閉じるときはゆっくり閉じれば危険なことはないでしょ? これで完璧」
「そんなの、」
もちろん、ぶっつけ本番だから上手く行く保証はない。でも、この世界の管理者としての勘がこれが上手く行くことを知っていた。
「そんなの、許すわけ無いだろ! またキッカがやるのか!? またキッカだけが辛い目にあうのかよ! 不公平だ!」
珍しくヨスガが声を上げている。私と仲良くなったころは絶対私のために怒ることなんてなかったと思う。
そんな成長を感じて私は嬉しくなった。
でも、もうそんな姿も見れなくなるのは寂しいな。
「不公平とか関係ないよ。誰かがやらないといけないんだから」
「は? それだけで? たったそれだけの理由でまたキッカは死なないといけな」「やめて!」
叫んだあとにはっとして口をふさぐ。
どうして叫んだのか分からなかった。
私はもう覚悟していたはずなのに、何故かそれを聞きたくなかった。
その理由を探そうとする思考を空回りさせるために、話を終わらせる。
「私はもう死んだんだよ。だからもう一回死んでも大丈夫だよ」
「……馬鹿じゃねえの」
「うん。馬鹿な生き方。でもそれで良いんだ」
そんな生き方に憧れちゃったから。
本望ってこと。
でもそんなこと言ったら傷つくかもしれないから言わない。ヨスガはこれが終わった後も前を向いて生きてほしい。
「それよりもさ、もうこの世界はなくなるんだよ? 折角だから、デートしようよ!」
でも、今この瞬間だけは我儘を言ってもいいよね?
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「デート? 付き合ってもねえのに……」
「別にいいじゃん! やろうよ!」
そして始まった突発デート。
一昨日のは私が勝手にそう呼んだだけだったけど、今回のは本当に本当のデートだ。
「この教室凄いでしょ、高校の教室を大体再現しているんだ」
「へー結構すごいじゃん」
「結構って何!? ちゃ、ん、と、すごいでしょ?」
まったく、ヨスガはしっかり私のことを褒めてほしい。なにせ異世界を作るなんて偉業じゃないかな!
歴史上どころかフィクションでもそんなことした人はいないんじゃない? 自信ないけど。
「で、何を再現したらこの趣味の悪い花瓶ができたって?」
ヨスガが指さしたのは、机の上に一つずつ置かれた花瓶だった。
うっ、痛い所を付いてきた。
机の上の花瓶というのは当然いい意味を持たないどころか、ド級の厄ネタだ。
「私だって好きで置いたわけじゃなくて……異世界を作るときに混ざってきちゃったイメージで……」
「過去のうちの高校どんだけやばかったんだよ」
「本当にそうだよ! でも、だから放っておけなかったんだよね」
私が手をかざすと白い小さな光が現れて、私の周りを漂い始めた。
「この子たち、覚えてる?」
「ああ、森にいた精霊ってやつだろ?」
「この子たち、実は当時の学生の人たちの無念とかそういう思いなんだよね」
「……は? じゃあこいつらって俺たちの先輩ってことか?」
正確には先輩の想い……のコピー品みたいなもの。
この子たちに何かしても別に現実の先輩に何か影響があるわけじゃない。
でも私は見捨てられなかった。光のうち一つに来てもらって軽くなでた。
「だって折角世界が作られたのに封印されるだけだなんて可哀想じゃん。だから普段は森で自由に暮らしてもらってるの」
ちなみに地獄エリアにいた人玉は偽物だ。蛇をあそこに縛るために性質と動きを寄せたもの。
あっ!
危ない危ない、ちょっと解説しすぎて折角のデートなことを忘れてしまうところだった。
私は光のうち一つにヨスガの元に動いてもらった。
「ヨスガも撫でてみる? 可愛いよ」
ヨスガの元に行った光はヨスガのことを観察するようにくるくると回っている。
ヨスガは恐る恐る手を光に近づけると、光は自ら手の内に入っていった。
「お、おおなんかむず痒いと言うか温かいと言うか……」
「可愛いでしょー?」
私たちは少しの間思い思いに光をなでることにした。
よしよしとかわるがわるに私が周りの光に構っていると、ヨスガが素朴な疑問を繰り出した。
「そういえばこれ中身俺と同じくらいのやつなんじゃね?」
それはヨスガにとっては素朴な疑問でも、光にとっては致命の一撃だったらしい。
ぴたっとヨスガの手の中にいた光の動きが止まった。あと私のところにいる光の動きも。
「いや可愛いんだけどさ、よく考えたらこいつら中身高校生だよな」
ヨスガが追撃を入れた。
光は焦ったようにちかちかと明滅を繰り返し始めた。何それ、初めて見る動きなんだけど。
「これがスパルタ教育の反動だったりするのk……あ」
光 は 逃 げ 出 し た !
「待って佐藤大輔くん!」
「ごめん俺が言えることじゃないけど名前呼びやめてあげて」
私は逃げようとする光を追いかけようとしたけど、光は教室の扉から森へと帰ってしまった。
私はヨスガに向き直って怒った。
「もう! 酷いこと言っちゃだめでしょ!」
「……まぁ悪かったとは思ってる」
「この子たちって人の想いって言ったじゃん?」
「そうだったな」
「それってつまりそれ以外の性格とか過去とかは大分オミットされちゃってるってことなんだよね」
「……つまり?」
「この子たちはモデルの先輩よりも純粋な性格ってこと」
「マジすいませんでした」
ヨスガがこれ以上ないくらい頭を下げた。
すごい、きっちり90度腰が曲がってる。
「仕方ないなぁ……行こうよ」
「行こうって、どこに?」
「決まってるじゃん。今逃げちゃった光に謝りに行くの」
それを聞いたヨスガは目を泳がせてこう言ってくれた。
「でもせっかくのデートなんだろ?」
確かにその通りだ。
私は腕を組んで悩む素振りを見せる。
「そうなんだけどね。まぁ行きたいところもあんまり思いつかないし、それに放っておけない……でしょ?」
「そうだな。悪いな、手伝わせちゃって」
「いいの。それより早く行かないとダメじゃない?」
「そうだな」
私達は二人で教室から森へと踏み入った。