翌日夕方。高校前の道路。
昨日までと違って工事用の『ご迷惑をおかけします』と言う看板が立っていた。明日から工事が始まるらしい。
お盆最終日だというのに誰が立てたのだろうか、ご苦労様である。
最早時間は残されていない。今日中に終わらせる。
「金森、準備はいいか?」
「そっちこそ、ヨスガくん」
金森はホームセンターで買ってきたシャベルを掲げた。俺も同じように掲げる。
「今回の目標は、キッカの家にあるゲーム機。これを見つける」
「そして、そこにあるかもしれない魂を助け出すことです」
「よし、いくぞ」
俺たちは目をつぶる。
目を閉じると、その分周りの音が良く聞こえてくる。
風の音、遠くを走る車の音、そしてひぐらしがなく声。
俺はその声に包まれる前に踏み出した。
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異世界への入り口はいつになく荒れていた。
地響きが鳴り響き、時折何かが崩れる音がする。
目を開くことはできないが、きっとこの世界が崩壊し始めているのだと分かった。
キッカがもう世界の破壊を始めているのだ。
「恐ろしいですね、もし僕たちの足元が崩れたら……」
「それフラグになるからやめてくれ」
突如、俺の足元の地面が崩壊した!
そうなると俺は真っ逆さまに落ちるしかないわけで、生涯二度目となるフリーフォールを体験する羽目になった。
「だから言ったじゃねえか!」
「すみませんでしたねぇ!!」
隣から声が聞こえてくることから、どうやら金森も落ちているらしい。
どうやら離れ離れになる羽目にはならなかったらしい。それだけは安心した。
少しの浮遊感のあと、尻に衝撃が来た。
「ぐぅッ!」
あと胸にも衝撃が来た。金森が落ちてきた。
「うわぁ!」
「ぐぇ!」
「す、すみません。大丈夫ですか?」
なんで隣にいたやつが俺の上から落ちてくるんだよ。
幸い、異世界での衝撃はそこまで大きなダメージならないらしい。現実で上から大の男が落ちてきたら間違いなく病院送りになる自信がある。
「大丈夫だ、問題ない。が、ここは森じゃないな?」
「どうみても森じゃないでしょうよ。地獄です」
地獄エリア。学校エリアの先の世界であり、あの教科書が封印していた世界。
昨日来た時は絵本に出てくるような地獄であったが、今日は別の意味で地獄だった。
一言でいえば、崩壊中。
地面はひび割れ、空は崩れ落ち、地響きは鳴りやまない。
遠くに見える火山は最後の抵抗と言わんばかりに噴火してやまない。
その奥には巨大なハンマーが一定のリズムで振り下ろされている。あれが地響きの発生源なんだろう。
「ここも長くは保たなさそうだな」
「そうですね……ところでここから別エリアに行くことってできるんですか?」
「ああ……天上から垂れる糸に掴まればいい」
「蜘蛛の糸ですか。まさに教科書通りの脱出方法ですね」
「まぁ追ってくるのは亡者じゃなくて蛇だけどな」
ドゴォッと、何かを砕く音が響いた。
砕けたのは針山、下手人は大蛇だ。
俺たちの近くにあったひび割れた針山を砕いて大蛇が現れた。
何本も針が刺さっているというのに、一切動じた様子はなく俺たちをにらみつけている。
「……ヨスガくん、それはフラグでは?」
「人のこと言えないな……」
俺たちはホームセンターで買ったなけなしのシャベルを構えた。
シャベルで戦ったことなんてあるわけがないが、何も持ってないよりはましだ。
「ちなみに喧嘩したことってあるか?」
「あるわけないでしょう。ましてやモンスターハントなんて……」
「くっそ、俺たちはこれから世界を救わなきゃってのに」
大蛇が動き始めた。
俺はシャベルを強く握りしめる。
「来ます!」
「……っ!」
しかし俺たちの予想と裏腹に大蛇はするりと、脇をすり抜けた。
「……どういうことだ?」
大蛇は俺たちの隣で止まって尾を振っている。目は世界を砕くハンマーをまっすぐ眺めた後、俺たちを流し見した。
まるで、まるで早く乗れとでも言わんばかりに。
「お前、もしかして世界の崩壊を止めたいのか」
「なるほど、我々と敵対してたから勘違いしてましたが、蛇とて世界が無くなれば困る側です」
早く蜘蛛の糸に向かいたい俺たちと、蜘蛛の糸を掴めない蛇。ここに利害の一致が成立したわけだ。
蛇は動きがない俺たちに不満を持ち始めたか、尾を地面に叩き始めた。
「乗るか。蛇に」
「……味方のはずなんですけど、大きさのせいで恐ろしいですね」
蛇の皮膚は鱗で固く乾いていた。実際の蛇がどうかはしらないが、地獄に適応した結果かもしれない。
蛇は俺たちを乗せると、鎌首を下げてずるりずるりと這い始めた。
「行ってくれ! 蛇!」
「Shrrr……!」
大蛇が動くと、世界も蠢く。
ひび割れている針山を砕く重さと力を持つのだ、ひび割れた地面にとっては拷問に近い。
なので蛇はできるだけ地面と平行になって、圧力を分散する。
そのおかげもあって俺たちは前方の様子をはっきりと見ることができる。
「なんかハンマーの様子がおかしくないか?」
「本当ですね、振り下ろすというよりゴルフのスイングみたいな……蛇! 隠れてください!」
振りあがったハンマーは天を貫く神話の武器のようだ。言うまでもないが、ハンマーは巨大であり、山一つを余裕でプレスできるほどだ。
そしてそれがスイングされた時、その軌道上にあった火山はどうなるか、これもまた言うまでもない。
突然、大嵐。
やってきたのは轟音、次に突風だ。
「ぐ……!」
「凄まじいな……」
ハンマーのが振られた余波は俺たちを吹き飛ばさんとする勢いだった。
巨体を誇る蛇ですら、近くの岩に身体を巻き付けて固まるのが精々だ。
俺たちに至ってはその陰で可能な限り身をかがめてやりすごすしかない。
「なんで急にこっちに振ってきたんですか!? 侵入に気づかれましたか!」
「いや、多分たまたまだ。『そろそろうざくなってきたから火山壊そう! ついでにまだ壊れてない場所砕くかー』」
「ノリじゃないですか!」
「あのハンマーはノリで世界砕けるんだよ!」
突風が収まるとほぼ同時に、火山弾が飛んできた。
火山が破壊された破片、燃え盛る山の弾、文字通りの火山弾だ。それはもちろん一発だけではなく、一つ一つが地形をえぐる凶悪な散弾となって世界を破壊し始めた。
このタイミングでずるりと蛇が動き出した。
俺たちはまた蛇に乗り込んで、蛇に運命を委ねる。悔しいが今はそれしかやれることがない。
「shrrr……!」
大蛇は思いのほか機敏で、火山弾の間を的確にすり抜けていく。
火山弾が当たった場所はクレーターができるのは当然として、当たり所が悪ければそのまま世界に穴が開くようだ。
穴に落ちても、現代日本に帰れば命の危険はない。しかし異世界への入り口が崩壊している今、戻った後再び異世界に入れる保証もまたない。
「見えた! 蜘蛛の糸だ!」
地獄の中で唯一のオアシスとそこに垂れ下がる蜘蛛の糸が見える。
火山弾も大分少なくなってきてもう到着まで秒読みだ。
「ハンマー、まずくないですか!?」
そしてその奥に見えるハンマーは見たことない高さに振り上げられていた。
到着まで秒読みではあるが、俺は死ぬかもしれない。
ハンマーが天を砕きながら振り下ろされる。
天を砕くハンマーはそのまま地面を破砕した。
着弾地点は爆散、地面が文字通り粉々になった。
そしてその爆風は世界に響き渡る。
ひび割れた地面は度重なる攻撃に耐えきれなくなり、順に崩壊する。
針山を始めとする地獄の地形は爆風だけで吹き飛ばされ、後には崩れ落ちるはげ山が残る。
そして当然、俺たちがいる地面も危うい。
「粉塵で何も見えねえ……!」
「ヨスガくん、地面が!」
火山弾、大蛇の重み、今の一撃。三重苦に耐えかねた地面が落ち始めた。
このままではゲームオーバーになる。それだけは避けないといけない!
「蛇! 俺たちを投げろ! 早く!」
蛇は俺の言葉に素早く動き、俺たちをがんじがらめにする。
そのままぶん回して……投げられた!
「ぅぉおおお! 乱暴ッ!」
「この速さで掴んでくださいね!? 掴めますよね!?」
「な、め、ん、なぁ!」
不格好に大の字に身体を広げて、抱きしめるように糸を掴んだ!
大きく糸がたわんで、振り落とされないようにシャベルを持っていない手で糸を強く握る。
幸い、糸が切れることはなかった。
「はぁ……ようやく一息付けますね」
下には金森がいた。金森も糸を掴めたようだ。
「まじでそう。あの蛇がいなかったらもう9回は死んでたわ」
あの大蛇を探すと、いた。
俺たちをじっと見ながら地面と共に静かに沈んでいった。
「きっと異世界への入口も同じように……」
「ヨスガ君、相談があります」
「なんだ?」
今後の作戦を話しながら俺たちは蜘蛛の糸に引っ張られて次のエリアへ登っていく。
そうして地獄は崩壊した。