市場を離れた私たちは絶賛右往左往中だった。
「えっと……どっちだったかな」
「おーい、いくらなんでも自分の家を忘れたとかないよな?」
「え!? そ、そんなことないよ?」
「その言い方は図星なんじゃ……」「あ、あったあった!」
「……おいおい」
私は誤魔化すように(事実誤魔化しながら)木々の向こうへ走り出した。ヨスガも少し遅れて走ってきている。
するすると進んでいけば、森の中に隠れるように建っている、今の私のログハウスがあった。
「これは、すごいな」
振り向くと、あっけにとられたようなヨスガの顔があった。
ヨスガがこんな顔をすることはとても珍しい。いつもクールぶったすまし顔をしているので、こういうときは本心から驚いてくれている。
私はここぞとばかりに胸を張ってやる。ヨスガ相手に鼻高々に自慢できると気分がいいのだ。
「でしょー?」
ヨスガは普段から引きこもってばっかりだから、こんなもの見たこともないだろう。存分に褒め称えるがいい! はーはっははっはー!
という態度をとっているけど、実際に来るのは皮肉か何かだと思う。ヨスガは決して素直な性格をしているわけではないのだ。
「……これ、キッカが建てたのか?」
「そうだよ? すごいでしょー」
私は次に飛んでくる皮肉が何か考えていたけれど、彼の言葉は意外なものだった。
「そう、だな。すごいわ、これは」
素直に褒められた?
え、うそ。
「え、うそ」
「おいなんだその怪訝な目は」
「いやだってヨスガにしては素直すぎるなって……さては偽物か?」
「ちがうが?」
ヨスガは深く、それはそれは深くため息をついて笑った。
「なんか……思ったよりしっかり暮らしてるんだな」
「それはどういう意味だ」
「そのままの意味ですー」
「そのままの意味だと私がしっかりしてないように聞こえますがー?」
「その通りですー」
「でもヨスガは運動も私生活も全部できないじゃん」
「でも勉強キッカよりはできるからいいんですー」
「やーい将来東大ニート」
「ぐっ……!」
勝った。
「それで、あー、本題に入るんだけど」
「ん?」
「家に入っていいよな?」
おやヨスガがしどろもどろになっている。今日は珍しいヨスガが見放題だ。
思い返せば私の家にヨスガを誘ったことはなかったはず。というか押しかけることしかしてなかったなぁ。
なら私がエスコートしてさしあげなければならないようだね。
私は大げさに礼をして、手を伸ばした。
「もちろんだよ。さぁお先にどうぞ」
「……」
しかしヨスガは動かなかった。
おかしいと思ってヨスガを見ると、その目は私の家の上に向いていた。
Shrrrr……
私もその方へ目を向けると……そこには巨大な、私の家をまるごと包み込めるかのような大蛇が私の家に載っていた。
なにあれ? え!? なにあれ??? さっきまでいなかったよね!?
なんで私の家に!? ってかそこにいると家潰れるんですけど!
「なぁ、あれはお前のペットだったりしないよな?」
「そんなことないよ!」
あ、今こっち見られた。私達と大蛇の目が合う。
大きな口ですね。私なんてパクんとされちゃいそう。
ワンチャン引いてくれたりしないかな……と私が固まっているとヨスガが私の手を引いて突然走り出した。
「え!?」
「逃げるぞ!」
「で、でも」
「家も命も取られていいのか!?」
それはそうだ。命あっての物種っていうし、とにかくまず逃げる。逃げてからどうすればいいか考えるんだ。
ずん、と地面が揺れた音がした。見なくてもわかった。
「来てる来てる来てる来てる!」
「……」
軽くゆすっても返事がない。
走ってはいるから意識はあるはずなんだけど……
「ヨスガ?」
不審に思ってヨスガの顔を覗き見た。
そこには青ざめて息も絶え絶えのヨスガの姿が!
「ヨスガー!?」
「もう無理マジで死ぬ……」
突然だけど、ヨスガは学校に来ているだけの引きこもり予備軍だ。
自慢ではないが、ヨスガに私以外のコミュニティとのつながりは存在しなかった。体育祭はサボり、文化祭は冷やかしに留め、休み時間ですら屋上手前の踊り場を生息地としていたレベルだ。
そんなヨスガが体育の授業を真面目に受けていたわけがない。
すでに息が上がっていて、全力疾走時間は残り10秒も怪しい。
「え、え、え、追いつかれちゃうよ!」
「ひ、引っ張ってくれ」
「えええ……自分でも走ってね!」
「たす、かる……」
私を引っ張ったヨスガの腕を私が引っ張り直す。
ヨスガは重いかなって思ったけど案外軽くてびっくりした。軽いのはそれはそれで不安に思うけど、今回はありがたい。
ヨスガも温存した体力で何か考え始めたようだった。
ヨスガが震える手で指さした。
「キッカ、その木で、右に曲がれ」
「! 分かった」
ヨスガの手を引いて、木を曲がる。
正面に決して沈まない夕日が入ってそこそこまぶしい。
後ろを見ると、あの大蛇が私達と同じルートで迫っていた。
もうすぐ追いつかれる!
「ここで、大丈夫だ」
「いいの?」
「ああ」
ヨスガを引っ張るのをやめて、一緒に向き直る。
なにか考えがあるみたいだった。
私はそれを信じることにする。だって体力ギリギリのヨスガが、笑顔で大蛇を見ているのだから。
「後ろの太陽のおかげで、よく見えないし、感じないだろ?」
ヨスガは懐から何かをとりだした。
それは、私達がさっき買ったもの。
「こいつを食らえ!」
爆弾泥団子
ヨスガが投げた爆弾泥団子、それはまっすぐに、吸い込まれるように大蛇の顔に向かっていった。
その時、パッパパパッと泥団子が破裂して大蛇の顔を覆った!
「~~~~~~っ!」
「やったぁ!」
大蛇が声にならない声を上げてのたうちまわっている。激震と轟音が私の身体を揺さぶっている。あんなのに追いつかれたら大変だった。
あの巨体に爆弾胡椒が効くのか分からなかったけど、大丈夫だったみたいだ。
私が安堵していると、ヨスガは再び私の腕を引いた。
「ぜぇ、はぁ……逃げるぞ」
「え、でも、体力が……」
「今がチャンスだ! 今俺らは太陽を背にしている、見えにくく、熱も感じられづらい。暴れてて匂いも、音も無理! 逃げるぞ!」
「……わかった」
その時だった。
突然、暴れていた大蛇の尻尾がたまたま私達を潰す軌道で襲い掛かってきた。
いや、ある程度目星がついていたんだと思う。だって大蛇だって直前までいた場所はわかるんだから。
視界がスローになった。そういえば死ぬ前は視界がゆっくりになるみたいな話し合ったなーとどうでもいい考えが浮かんだ。
ヨスガが大蛇の動きに気づいて、私を庇おうとしてくれていることが分かる。そして、それが間に合わないことも、分かってしまう。
あ、これはもうだめだ。
そんな自分の理性が冷静な分析を下した。
死ぬんだ、私。
折角ヨスガと再会できたのに、もう死んじゃうんだ。
ヨスガの思い出がぶわとあふれ出した。
ヨスガと友達になれたのに、友達で終わっちゃうんだ。そう思うと、無力感で胸が苦しくなる。
その時だ。遠い昔の声が私の脳を貫いた。
『ここでやらなきゃヒーローじゃねえだろ』
そうだった。せめてあきらめずに最後まであがかないと。
「キッカ?」
私は一歩前に出て、手を突きだした。
これで何かが変わるとはこれっぽっちも思えない。けれども何もせずに終わるよりも、最後まで足掻いて終わりたいんだ。
ってか! ここが異世界っていうんならさ!
「ここで終わっちゃダメでしょっ!」
大蛇の尻尾が私たちを覆いつぶす。風圧で身体が流されそうになる、それでも踏ん張った。
ヨスガも当然、何もできなくても目を背けてはいなかった。
私達は最後まで抗っていた。
しかしいくら私達が何をしようと、目の前に迫る絶望はもうすぐそこだった。
私達が押し潰される……その時だった。
カッッッ!
私の腕が光り輝いたのだ!
!?!?!?
その光は爆発的に大きくなって、私の目を白く灼いた。思わず瞼を閉じる。
な、なにも見えない……どうなったの!?
光は瞼すらも灼き続けている、まるでもう一つの太陽みたいだ。
でも、考えられているってことは生きているってことだ。
私は謎の光を信じて、ただすべてが終わるのを待った。
光が収まったころ、目を開けるとそこには何もいなかった。
大蛇の影は形もなくなっていて、ただなぎ倒されつくした木々があるだけだった。
ヨスガは!?
隣を見るとヨスガがそこに茫然と立っていた。
彼の顔は逆光でよく見えないけれど、これだけはわかった。
良かった。私達、生きてる!
「ヨスガ!」
「うん」
「私たち、生きてる!」
「そうだな」
「……?」
ヨスガの反応がやけに薄かった。
ヨスガはふてぶてしいわりにビビりだ。それは私と再会した時の反応からも分かると思う。
そんなヨスガがバケモノから生き残れたら、尋常じゃないくらい喜ぶはずだ。
何か気になることでも……
「なぁ、今の技? 元々知ってたのか?」
向き直ったヨスガの顔は見たことがない顔だった。
いつものクールな顔に似ているけど、もっと真剣な顔だった。多分無意識だけど、怖い顔だ。
「いや……知らないけど」
「そうか」
「でも、不思議だよね。なんかの道具の力でもないし……あれ?」
そこまで言ってから、気が付いた。私の腕に変な模様があった。今まで気づかなかったけど、波みたいな変な模様が手のひら側から肘まで続いていた。
「なにこれ?」
「……流石に気づくよな」
ヨスガが諦めたような、にしては重いトーンで言った。
怒られているわけではないけど、怒られている気分だった。
ヨスガは少しだけ言いにくそうにしてから、よくわからない質問をした。
「キッカ、今自分がどうなっているかわかるか?」
「……? 生きているけど?」
「そうじゃなくて」
ヨスガは一呼吸おいてから、言葉をつづけた。
私とヨスガの間には永遠の黄昏以外、何もない。隠す物も、遮るものも、何もない。
全て、夕日のもとに照らされていた。
「お前、もう死んでるんだよ」
? ……!! ……!?!? ……???
信じたくなかったし、信じられなかった。
ヨスガは苦々しい顔をしている。
「え、え、えだって」
「お前は一ミリも気づいてなかったけどさ、足元見てみろ」
言われた通りに足元を見た。そこに足元はなかった。
正確には足がなかった。漫画とかで見る幽霊のように、足が崩れていた。
今まで、気づきもしなかった、私のこと。
「自分でおかしいと思わなかったか? いくら運動神経が良いと言っても、全力疾走して息が上がってないのはおかしいし、そもそも一人で家を建てられるわけない」
そうだ。
なんで疑問に思わなかったんだろう。
今思い返せばおかしいところは色々あった。森は木が沢山生えていて、木の根っこも沢山あった。ヨスガも走りにくそうにしてた。
「でも、私はここにいる」
「考えられているから、生きている?」
「そう」
ヨスガは目を逸らすことなく、話している。
私は、どうだろう。
ふとどうでもいい記憶がよみがえった。映画の話だ。
「それでも、キッカは死んでいる」
「なんで?」
「何故って」
黄昏は、昔の言葉で誰そ彼と、いったらしい。
夕日で向いの人間が誰か分からないから、死んだ人間がシルエットで蘇る時間帯。
この世界は、永遠の黄昏だ。
「2年前の葬式の日。俺はお前が焼き場に入るのを見た」
世界が、ひっくり返った。
全てが崩れる音がする。
異世界に、脳を焼いた君がいた。
キッカは決して注意力が低いわけでも、頭の回転が遅いわけでもないです。
では、何故ここまで自らの異常に気が付かなかったでしょうか。