なーにしてんすかね。
日明野 菊花という人間を認識したのは、俺が高校1年生の頃だった。
休み時間に日の当たらないところに隠れてSNSを見ていた時、あいつが話しかけてきたのが始まりだった。
「ねぇねぇ何してるの?」
当時のキッカは同じ学年で知らない人なんていないレベルの陽の者だった。
クラスが違う俺ですら知っている、謂わばスターに対してこう返した。
「は? 関係ないだろ」
ガキか。
いや、確かこの時はありえない状況すぎて何かの罠か罰ゲームを疑っていたはずだ。
突然の暴言に思わず硬直した菊花、その横をそそくさと通り抜ける俺。
俺たちの初コミュニケーションは最悪の出だしを切った。
それなのにも関わらず、菊花は俺に話しかけてきたのだ。
未だに何で俺に構っていたのか理由はわかっていないけど、今も昔も押しが強いのは変わらない。
朝昼夕ずっと話しかけてくる菊花にうんざりした俺は2度と話しかけてこないことを賭けてゲームをした。当時流行りだったスマホゲーム。
単純なリズムゲームだったけど、それ故に陽キャも陰キャもプレイしていた。
「俺が勝ったら2度と話しかけてくるな」
「じゃあ私が勝ったら友達になろうよ」
で、勝った。
もう圧倒的に、容赦なくボコボコにした。
これでようやく静かな学校生活が送れると思った1週間後、
「ん!」
キッカが件のスマホゲームを突き出してきた。
「……話しかけるなって言っただろ」
「ん!」
それでもキッカは引かなかった。
俺に話しかけることはせず、「ん」の一言だけでリベンジを挑んできた。ルールの穴をつく方法。
それがどうにも癪に障って思わず勝負を受けたのだ。
「やったーっ!」
で、負けた。僅差で、油断もあったけど、文句なしに負けた。
だけど、素直に負けを認めるのは癪で、ようやく絞り出した言葉がこれだった。
「もう一回だ」
「え?」
「俺とお前で一勝ずつ、次で決着つける」
「……うん!」
ここからだった、キッカとの腐れ縁が始まったのは。
毎日毎日、頼んでもないのにクラスに押しかけてきて、状況を挑んでくる。時には家にまで来たことだってあった。
俺はその勝負を受けて勝って、キッカがリベンジしてきて今度は俺が負けて……
これを数えきれない回数繰り返した。夏も、秋も、冬も、そして学年が上がって春も。
その頃には最初のようなマイナスな感情は消えていて、何となく居心地の良さを感じるようになってきたんだ。
その頃の俺は正直言って拗らせた陰キャだったので、キッカ以外にそこまで興味のある人間はいなかった。だから、その日もすぐそばに来るまで気づかなかった。
蒸し暑い日のことだった。
その頃はもう夏休みまで秒読みだってのに、大会かなんかだって朝練してる運動部を鬱陶しく思ってた。そうでなくても朝なんて憂鬱だったけど。
しかしその日の登校中は、通学路の走り込みも、運動場からの大声も聞こえなかったことを覚えている。
まぁ静かで都合が良いなくらいにしか考えていなかったけど。
ふと、前の方が騒がしいことに気がついた。
通学路が騒がしいなんて、すわ陽キャ集団とかちあったか? と思ったが違うようだった。
見れば人だかりができていた。
うっすらと自殺やら、警察やら聞こえてくれば、流石の俺も気になった。
集団の隙間から何があるのか横目で見て、俺は愕然とした。
日明野 菊花が首を括って死んでいた。
「は? なんで?」
あいつが、死んだ? 誰よりも明るいあいつが? 悩みなんてなさそうだったあいつが?
なんかの冗談だろ? 冗談であってくれよ。
じゃないと、毎日一緒にいたのに気づかなかった俺が馬鹿みたいじゃないか!
俺はあいつの笑顔を知っている。俺はあいつの悔しそうな顔を知っている。俺はあいつの驚いた顔を知っている。俺はあいつの怒った顔を知っている。
あれ?
俺、あいつの悲しんだ顔は知らなかったな。
────────-
嫌な夢を見た。
そんなこと、言われなくてもわかってるってのに。
あの夏の日、菊花は自殺した。首吊りだ。しかも見せつけるように、学校の前で。前触れもなく死んでいた。
あったのかもしれないけれど、俺は気づけなかった。その疑念が今なお俺を締め付ける。
「夜須賀くーん、起きて下さ〜い」
嫌、から最悪になった。
この男の声はあまり聞きたくなかった。
目をうっすらと開けると金髪糸目の優男が現れた。
だからもう一回目を閉じることにした。
「あ、今起きてましたよねー。無視しないでくださーい」
「あーはいはい起きてます起きてますよ」
狸寝入りは諦めて、身体を起こした。
あたりはとっくに夜になっており、いくら住宅街といっても人っ子1人いなかった。
背中が痛い……
背中があったところには規制線に囲われた街路樹が一本生えていた。
まぁ木の根をベッドにしていたんだ、さもありなん。
注目するべきはその街路樹の周り、数こそ少ないが献花されていた。
間違いなく俺があの世界に入った木であり、あの日菊花の首吊り死体が発見された木でもあった。
それを確認した俺は立ち上がってから、そこにいるいけ空かない協力者に顔を向けた。
「なぁ今まで俺はどうなっていたんだ、金森?」
金森 夕太。
俺の協力者にして、自称友人。
何やら事情通らしく、俺が菊花の自殺の理由を探していた時に声をかけてきた。
どうやら彼もまた菊花の友人で、菊花の死を調べているらしい。やはりというか菊花は俺の知る範囲を超えた繋がりがあったようだ。
……いや別に悔しくないし、嫉妬とかもないけど。
金森のヤローは俺の言葉に頷いて、答えた。
「消えていたよ。今日の夕方に噂の通りのことをやった瞬間に消えた。そしてつい数分前に君が眠ったまま現れた」
「確定だ。俺が見たのは幻覚でも気のせいでもない。本物の異界、オカルトだ」
あの黄昏の世界は実在していて、俺は菊花と会った。
瞬間、安堵からか肩の力が抜けた。
「それで日明野さんはそこにいたのかな?」
日明野。日明野菊花がそこにいたか、か。
いた、とすぐに断言したかった。
しかし、今の日明野 菊花は足がなく、不可思議な存在になっていた。
言動はまさにキッカそのものだ。
だがB級ホラーとかならそれはキッカらしい存在なだけなんじゃないか、という嫌な理性を殺してやりかった。
「いた。いたけど、人間では無くなってた」
「異界がある時点で不思議に思わないけど、やっぱり超常的な存在もあるんだね」
この金森というやつは俺に対しては遠慮をしない。ズバズバと物を言ってくる。
前に文句をつけた時は「信頼してるからそこさ」とか言ってやがった。
別に信頼してないのでその時は学食奢らせた。
「もしかしたら偽物なんてこともあったりして……?」
ニヤけた顔で言い放つ。
俺が分かってることを金森も分かっているから、改めてそれを突きつけてくる。
優しさ、優しさという言い方もあるかもな。
だが、俺は敢えて言ってやる。
「死ね」
「非道いなあ、人の心とかないのかい?」
「笑いながら言っても説得力ねーよ」
「まぁ、本物だよ。キッカは」
「なんで?」
少しこいつに言おうか迷ったが、言わなければ話が拗れるかもしれない。
俺だってこいつだって暇じゃない。
「あいつのことは俺が一番分かるからだ」
それを言った途端、豆鉄砲を食らったような顔をして、またニヤケ面に戻った。
「へぇーふぅーんほぉー」
「チッ」
「まぁ言いたいことはあるけど、君の言葉に免じてあg……痛ぁい!」
スネ蹴りだ。
とはいえそこまで強くはしてない。痛がってるのはこいつが大袈裟ぶってるだけだ。
「とりあえずまた明日異世界に入り直す」
「ボクも付き添おうかい?」
「……要らん」
「そうかい? なら彼女にはちゃんと現状を伝えてやってあげてね」
言われなくてもとか、何様だよとか、そんな汚い言葉を飲み込んで出てきたのが、
「お前も調査、やっとけよ」
という当たり障りのない一言だった。
「もちろんさ」
高校時代のヨスガは決して好ましい人間ではありませんでした。
それでもキッカはヨスガと仲良くなりたかったのです。