8月のお盆、夏真っ盛り。
セミですら死に絶えるような灼熱の中、俺たちは高校に来ていた。
この地域でも有数の進学校で、毎年数人くらい旧帝大へ生徒を輩出している。
おまけにスポーツ万能でいくつかの部活が全国大会にも出ていたり、夏休みは留学の話があったりと、まぁどうでもいいか。
そんな進学校サマでも、「エリートは遊びも疎かにしないもの」とはよく言ったようで、お盆中はみんなどこかに遊びに行っているようだ。
なんでこんな話をしているかというと……
「今日も開けてくれてありがとう」
「いえいえ普段お世話になっているので恩返しっすよ、ヨスガ先輩」
端的に言って侵入、悪く言って立ち入り捜査だ。
この学校は俺こと灰原 夜須賀と金森 夕太の母校だ。ってことは菊花が通っていた高校でもある。
あの異世界はこの学校の目の前の街路樹から入れる世界。
となれば、この高校に何か情報があるとあたりをつけたわけだ。
とはいえ俺ももう大学生、常識的に考えて高校に入っていいわけがない。そこで協力者が要るわけだ。
「気にしないでくれ。それに、成績が上がっているのは君の努力の賜物ってやつだからな」
「ありがとうございますっす! じゃあ僕は教室に行ってるので帰る時は言って下さい」
何も言わなくてもこの生徒はきっと駆けだしていく。しかし何も言わないで送り出すことはきっと不誠実とやらに該当するのだろう。
「分かった。ありがとうな」
そういってこの学校の制服を着た彼は歩いていった。
彼は俺のバイト先の塾生徒。去年からお世話しているやつだ。
今日、俺と金森がここに入れているのは、彼が教師に交渉してくれたおかげだ。
決して強制参加の夏期講習とかいうカスみたいなイベントがある訳じゃない。
まぁ過去にはこれよりひどいイベントがあったらしいが……なんでも18時まで居残りはざら、体罰、暴言、スパルタ教育……泣く子も黙るスパルタ高校の座を欲しいがままにしていたとか。
そんな教育体制もゆとり教育によって緩和され、消えていったらしい。ゆとり万歳。
「しかし、ヨスガ君。こと僕以外に関してはやさしいのはなんででしょうか?」
「優しくしないとここに入れないだろ」
「それもそうですけど……もうちょっと言い方はないんですか?」
事実そうだから仕方ない。
あんな自分の心身を削るような喋り方、一秒でもしたくない。だが、社会というのは優しさでできているらしく、誰かに優しくしなければ見返りは返ってこない。
まぁ言い方が悪いのは自覚しているが、これ以上しっくりくる言い方はない。
「それよりだ。ぱっぱと調べるぞ」
「図書館、校内新聞、オカルト部、どこに行きますか?」
「全部」
「そういうことじゃないんですが……まぁいいでしょう」
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調べるとどうでもいいこと、もう分かったこと、どうでもいいこと、まだ分かっていなかったこと、どうでもいいこと、色々な情報がでてくる。
量が多いことも大変だが、そこまで含めてやっていることはネットサーフィンと大差ない。
昼休みとしてとりあえずコンビニ弁当を広げる俺たちは分かったことを共有する。
ああ、学生の彼はいない。彼はそもそも受験勉強で忙しい。これ以上邪魔するわけにもいけない。
「分かったことをまとめていくぞ」
俺たちはスマートホンに分かったことを共有していく。
・日明野 菊花が死んだ木(以下、件の木と呼称)で亡霊を見たという校内新聞
・件の木で特定の手順を踏むと異世界に行けるという噂
・日明野 菊花の自殺前にそのような話は見つかってない(自殺と異世界の発生には何か関連がある?)
「全然進んでねえな」
「まぁ資料が膨大ですから、特に3つ目の裏付けには相当時間がかかりました」
調査人数が2人というのはやはり少なすぎる。
正直もう一人くらいほしくはあるが、事案が事案だ。今後も協力者なんざ現れないだろう。
「そういえば、今思い出したんですけど」
「唐突だな。それで?」
「僕たちが通っていたころ、こんなうわさがあったんです」
曰く、学校に遅くまで残っていると幻覚を見た。
曰く、夕方一人で道を歩いていると知らない景色が見えた。
「え何それ初耳なんだけど」
「まぁマイナーな話とはいえ君が知らないのは当然でしょうね」
「癪に障るけどその通りだ」
「まぁ実際のところは結構話が盛られてますが、話の根幹はこの二つが主でしたね」
そこまで聞いて、何が言いたいのか分かった。
「……亡霊を見たって話と若干似ているってことか?」
「そう」
亡霊と幻覚。どちらもないものを見た。という点で共通している。
「とはいえ、この話はまだ日明野さんが生きていたころからありました。なんなら日明野さんが死ぬ直前が最も多かったです」
「謎だな……元々あった何かが変質したってことか?」
「かもしれません」
俺はスマホにこう書き加えた。
・日明野 菊花が自殺する前から、幻覚を見たという話があった。
「それを踏まえて、今俺たちが調べないといけないのはこれだな」
・日明野 菊花の自殺の理由
・件の木の異世界の発生原因
・日明野 菊花の救出方法
「まぁ改めての目標確認になるだけだけどな」
「そうですね。ただ、どれも調べるのが困難です」
そうだ。
日明野 菊花は自殺とされている。
しかし、あくまでそれは状況証拠から推察されただけであり、警察も家族も、もちろん俺もその原因を分かっているわけではない。
3年前、大人が本気で調べて分からなかったことを俺たち二人で調べないといけない。
その他二つも問題だ。
なにせ本物のオカルト。前例なんてあるかわからないし、おそらくないだろう。
改めて、厳しいと言わざるを得ない。しかしやらないといけない。
ここまでプレッシャーを感じたことなんて一回もなかった。大学受験の時でさえ、俺は余裕ぶっていた。
生まれて初めてのお手上げ寸前。だけど、大人しく白旗振って退散だけはしないと決めている。
「よし、午後も頑張るぞ」
だけど、自分の声が腹から出ている気がしなかった。
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「結局今日のところは収穫なしだったな」
「いえ、図書館に目ぼしい情報はなさそうでした。これは大きな収穫ですよ」
「エジソンじゃねえんだ。そんな悠長なことでたまるか」
俺たちは学校から出て、献花の木の元にたむろしていた。
時刻はすでに18時。いくら夏でも夕暮れ時にもなれば流石に涼しくなっていた。
ちなみに、学生の彼はすでに帰宅している。あまり遅くなると親御さんも心配するからな。
「今日も異世界に入るんですね」
「当たり前だ。何のためにこの木に来てるんだ」
「僕も行ってもいいでしょうか」
少しだけ考えた。
本心を言えば一ミリたりとも入れたくない。
入れたくはないのだが、こいつは協力者で、日明野 菊花の友達だ。しかも異世界には危険があり一人で探索するのも危ない。
俺は可能な限りの柔らかい表情で歓迎の意を示した。
「……好きにしろ」
「わぁ、苦渋の顔」
やっぱり無理だった。どうしても受け付けない。
「それより、異世界に入るぞ」
「おーけーです」
異世界に入るには条件と手順がある。
条件はお盆前後の日の夕暮れ時であること。
その条件を満たしている時だけ、この木から次の手順で異世界に入れる。
俺は買ってきた菊の花を取り出した。
「まず、木に花を添える」
「この時、花は菊の花が推奨されます」
「次に祈る」
「なんでもいいわけじゃないです。誰か死んだ人や大切な人を思うことを眼を瞑って、ただ祈るのです」
「最期に進む」
「まっすぐと、木なんて何もないかのように。何も見えないのですから、何もないと信じて進みます」
足を踏み出す。目の前には確かに木があったはずなのに、ぶつかることなく進むことができる。
足元の感覚からアスファルトが失われて久しく、ただ柔らかいなにかを歩き続ける。柔らかい何かは森の土のようだが草の音がせず、トランポリンの割には弾まない。
目を瞑っているので前は見えない。もし、段差や障害物でもあれば躱すことは叶わない。
だがそんなことはないだろう。根拠は勘。
よく分からないふわふわとした感覚で歩き続けるのだ。
ざッと地面が変わった音がした。
「着いたな」
「ここが……」
目を開けると、飛び込んでくる果てしなく高い木々、それがどこまでも続いて巨大な森を作っている。
木の葉によってつくられた天球は空からの光を封じている。
代わりにこの世界を照らすのは、地平線から差し込む永遠の夕日。夕日の赤と、暗闇の青、どちらもが共存して世界に陰影をつけている。
日本とはまるで異なる世界、永久に続く誰そ彼。
異世界が、広がっていた。
「メルヘンでも、マジカルでもないですね、なんと表現しましょうか」
「だがファンタジックと言い切るには少し不可思議だ」
「少なくとも僕の尺度では定義できません、まさしく異世界というわけですね」
前回ここに来た時のことを思い出す。
あの時は異世界に着いた瞬間にキッカと再会できた。(ちょっとしたハプニングはあったけど)
今回は周りには誰もいない。正直キッカとすぐ会えないかと思ったが、前回の最期を考えると難しいか。
だがしかし、おそらく前回と同じ場所に出たのだろうという感覚はあった。
「よし、行くぞ」
「ヨスガ君、道が分かるんですか?」
「まぁ一回来たからな。任せろ」
「へえ頼もしいですねぇ。こっそり一人で来なくて正解でしたよ」
「……お前そんなこと考えてたのかよ」