「ヨスガくーん。日明野さんの家はまだですかー?」
「……」
「さっきもこの木の前通ってませんでしたー?」
「森の中は大体似たような景色だろ」
「……もしかしなくてもですが」
「迷ってない」
「早いですねー」
「迷ってない」
「現実見てくださーい」
「だぁわかったよ!! 俺たちは絶賛遭難中です!! 迷走中です!!」
「逆ギレはよくないですよー」
あれから体感1時間ちっともキッカの家にたどり着かない。
認めざるをえない。道に迷った。
正直森をナメていた。
どこも似たような景色だから記憶の中の目印がこれまでに5回は別の場所で見つけられた。
「迷ったものは仕方ないです。どうするか考えましょう」
「前進あるのみ」
「脳死で答えるのやめてくださいね」
とはいえ他に道はない。
前も左右も行ったことがないという意味では変わらない。
「元来た道を戻るという択は?」
「完璧な作戦だな。俺が道を覚えてないって点を除けば」
「致命的な欠点ですね」
「まぁ最悪異世界から脱出できるから何とかなる。今は前進して何かないか探るべきじゃないか」
異世界から脱出する方法は、簡単だ。
日本に帰りたいと強く願うこと。
前回はよく分からないまま脱出したが、本来はかなり簡単に出られる。
最悪ルートが分からなくても問題ない。
「まぁ問題は道が分からないから次は来られないってことですけどね」
「うっせ」
それでも何も分からないよりは断然マシだ。
軽口をたたきながら、俺たちは足を進める。
また1個、目印だったものを通り抜けたとき、異質なモノがあった。
「何だこれ?」
「扉ですね」
「それはわかるんだよ」
森の中に、引き戸の扉だけがぽつんとあった。
当然扉の裏には何もなく、ただまるでドアフレームごと切り抜いてきたような異常さを覚えた。
扉はスチール製で、新品のようにピカピカだ。上部には窓が付いているが、窓の先はまっくらでよく見えない。
そこまで見てからようやく気が付いた。
「あ、これ教室のだ。学校にある教室の扉だ」
「本当ですね。何で気が付かなかったんでしょう」
「ほら、俺らが見る教室の扉ってだいたい汚れてるじゃん。でもこいつは新品なんだ」
「でもそれならなおさら不思議ですよ。なんでそんなものがここに……」
なにか考えている金森を横目に俺は扉の取っ手に手を掛けた。
「ヨスガ君?」
「いや、開けてみるだけ開けようかなって」
「ヨスガ君???」
金森の言いたいことも分かる。
この日本とは異なる異世界でも、さらに異質な扉なんて、何が起こるか分からない。
だが、ここまで何もなかった以上進まなければ何の成果もなかったことになる。
地味に厄介な点として、この異世界に入れるのはお盆前後であり、ということはつまり時間制限があるということだ。
リスクは承知だが、ここで進まなければきっと何も始まらない。
そう考えた俺は教室の扉をあけ放った。
その瞬間、世界の様相が一変した。
世界を形作る森も柔らかな土もすべてが消え去り、代わりに現れたのは教室だった。
ただしそこに人はおらず、並ぶ席には全て花瓶が置かれていた。
そして注目すべきは教壇にあった。そこにいるべきスーツはなく、あるのは山積みの教科書のみ。
窓からは変わらず夕日が差し込んでいたが、森の鮮やかなコントラストを描く夕日と異なり、この狭い世界全てを照らし尽くす光に思えた。
「ここは、教室か?」
「もう、ヨスガ君。開けるなら開けると言って下さい」
「そうだよヨスガ。一人で突っ走ったらダメだよ」
「悪い悪い……」
まて、今3人分声あったよな?
声の方へ向き直るとそこにはあの足のない日明野 菊花がいた。
「キッカ!」「日明野さん」
「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるよ」
俺の記憶と変わらない振る舞いをするキッカ。
服装も高校のセーラーのまま、髪型もセミロングで変わらない。ただそれだけに細部の違いが目立って見えてしまう。足がなかったり、手に変な模様があったり、そして何より頭のティアラ。
そこで昨日の記憶がよみがえってきた。
あの世界がひっくり返るような感覚の後、キッカはどうだったのか。
今ここにいるということは無事だったんだろうけど、心配な気持ちはぬぐえなかった。
「キッカ、その……昨日は大丈夫だったか?」
するとキッカは困ったような顔を浮かべて続けた。
「うん。流石にちょっとびっくりしたけど、今は大丈夫……」
よかった。
いや見ればわかることではあるが、改めて言われることで安心できた。
「ごめん、昨日は、ちょっと色々一気に言い過ぎた」
「本当だよ! 急に私が死んでるとか、葬式とか、意味分からないんだから!」
「いや最初はゆっくり話すつもりだったんだけどさ」
「じゃあそうしてよっ!」
俺が詰められていると(あまり反論の余地もなく)金森が助け船を出してくれた。
「まぁまぁヨスガ君のコミュニケーション能力が終わっているのは今更ですし」
「……それもそうだけど」
助け船か? これ。
まぁ昨日の時がバッドコミュニケーションであったことは認めるが、高校時代に比べれば格段にマシになったはずだ。
しかしそんなことを言っても仕方ないのでぐっとこらえることにした。
「ってか金森くんじゃん。元気だった?」
「ええ、おかげさまで」
「雰囲気変わらないねー。今何年生?」
「大学1年生ですよ。そこのヨスガ君も同じです」
「……そっか、もう二人とも大学生になっちゃったんだ」
キッカはそう言ってうつむいた。
あの日から2年の月日がすでに流れてしまった。
俺は高校を卒業し、大学生になった。バイトも始めて、サークルとやらにもたまに顔を出している。
対してキッカはどうだろうか。昨日の反応から、2年間の隔たりがあったとは考えにくい。
途端に2年前と変わらないセーラー服が、キッカを縛る檻に見えてしまった。
「ねえ、この2年間何があったの? 私に何があったの? 私全然知らないし、覚えてないの。教えてくれないかな」
「もちろんですよ。まずはどこから話しましょうか……」
金森はそう言ってからこれまでの話を始めた。
俺はそれを聞いていることしかできなかった。
──────────────―
「まとめると? 私が何故か自殺して、二人は数年ごしの調査に来た。そしたら私が自殺した場所から入れる異世界があって、それがここだったってこと?」
「そういうことです。キッカさんは何か覚えていることはありますか?」
「……ごめん全然覚えてない。正直どこから記憶が続いているのかもあいまいなの」
「それなら仕方ありませんね。何、気にする必要はありませんよ」
「うん、ありがとう」
そう言ったキッカはこっちへ向き直って続けた。
「ヨスガもありがとね。わざわざこんなところまで来てくれて」
胸にスっと不快感が挟まった。
キッカに対するものではない。じゃあ、これは誰に向けての不快感だ?
……分からなかった。
分からないけど、感じないふりをすることにした。
2年前の自分なら絶対にしなかったこと、自制。
「別に、分からないまま終わるのが嫌だっただけだ。ありがとうはいらない」
「そう言って、照れてるんでしょ?」
「照れてねーよ」
「またまたー」
照れ隠しではない。嘘、半分はそうだ。
もう半分は、照れだけでなく自分の醜い部分を隠すためでもある。
見られたくないものを隠すという点では変わらない。けれど隠し方が少しだけ巧くなった。
別に悪いことではないのに、悪いことをした気分だ。
こんな感情、昨日キッカと二人で話している時にはなかった。何故だろうか。
「とにかく、俺たちはあの日の謎を解明するためにここに来た。だけど、それだけが目的じゃない」
「どういうこと?」
俺は自分の嫌な感覚を振り切るように宣言した。
「キッカを助ける、日本に連れて帰る。これは絶対だ」
キッカは喜んでいる。金森はうなずいている。
誰も俺の感じたもの気づいてない。ああ、自己嫌悪。
「ありがとう! ヨスガ」
「だーかーら、要らねえっての!」
「仲が良いんですね」
「金森は茶化すな!」
いまいち返し方が分からなくなった俺は話題を転換することにした。
二人の間をすり抜けて、その辺の花瓶が置かれた席に着いた。
今までなぁなぁになっていて話せていなかったことだ。
「ところで、この教室は何なんだろうな?」
黄昏の世界であることに変わりはない。だが様変わりしすぎている。
広く巨大な森と狭い教室。ファンタジックでメルヘンな外と、現代的な部屋。
真逆と言ってもよかった。
「ああ、ここはね。溢れたものだと思う」
「知ってるのか? キッカ」
「うん、ちょっとだけね」
キッカはこの世界に長い時間いた。ともすれば、知っていても不思議ではない。
知っているというなら話は早かった。
「異世界はそもそも何が元にできたか知ってる?」
いきなり核心の部分に触れられた。
俺たちが調べないといけないことの一つ、『異世界がどうやってできたか』。
それがここで分かるのなら本当にありがたいことだ。
うん? 何か違和感があったな。
「知らないな」「知りませんね」
「それはね、現実世界の近くの要素を色々ギュって継ぎはぎにして作っているの」
「待て、それが本当ならおかしい。学校の周囲は普通の市街地だ、森なんてどこにもないぞ」
しかし俺の返しは予想していたらしく、すぐに答えが返ってきた。
「近くの要素って言っても実際にあるものだけじゃないんだ。例えば周りの人たちの意識とか、思考も混ざってくる」
「周りの人の意識……」
「例えば、みんなが抱いている学校のイメージとか」
そう言ってキッカは教壇に山積みの教科書を指さした。
ああ、なるほど。中々みんな性格が悪いらしい。
高校の教師なんて教科書と大差ないってか。
となると、この大量の花瓶はなんなんだ。机に花瓶なんてゼロ年代のいじめとかでしかみないぞ。
あの学校に俺の知る限りでいじめの類はなかった。
また俺が知らないだけかと思ったが、クラスの行事にフル無視決め込んだ俺がいじめられてない時点であの学校は行儀がいい。
今は頭の片隅に留めておくことにし、キッカの続きを聞くことにした。
「そしてあの森は私。私の異世界に対するイメージを取り込んでいるの」
なるほど……。なるほど?
いや疑問点はある。
具体的には一人分のイメージにしては森が広大すぎないかとか、そもそもなんでキッカのイメージが入ってるんだとか色々言いたいことはあったけど、とりあえず真っ先に思ったことをぶつけることにした。
「疲れてた?」
「な、ちーがーいーまーすー! 金曜日のアニメ映画とか見てたからそれに影響されたんですー!」
「にしても色々詰めすぎだろ」
よく分からんアイテムとか、メルヘンな市場とか、あの大蛇とか。
そういえばあの大蛇は、何故かキッカに触れた瞬間に消し飛んだ。正確にはあの光だが、状況的にはこの認識で間違いないだろう。
あの森の広さといい、この異世界はやけにキッカを特別扱いしていないか?
……あ、そういうことか。
特別扱いじゃなくて、そもそも特別なのかもしれない。
「なるほど、そして僕たちはこの学校のイメージに入ってしまったということでしょうか」
「そういうこと」
「合点がいきました」
「それで、二人ともどうする? もし森に戻りたければ案内するよ。もしこの辺りを調べたいなら入ってきた扉と逆側を開ければ廊下に出られるよ」
「物理法則を感じられませんね……」
キッカが案内の提案してくれた。その提案は嬉しいが、俺はそれを断ることにした。
「いや、俺はいいよ。どうせならここも見てみたい」
「金森くんは?」
「僕だけ森に戻ってもまた迷ってしまいますので」
「二人とも迷ってたんだ……」
ある程度話が終わったことを確認して、俺は立ち上がった。
「じゃあ俺は行くよ」
「よしどこにでもついていくよ」
「あー、いや」
「うん?」
俺は一瞬言うのをためらった。これこそバッドコミュニケーションというやつなんじゃないか?
しかし、昨日のようなことが起きてもよろしくはないだろう。意を決していうことにした。
「ここの探索は俺一人でやることにするよ」
「え?」
「キッカはごめんだけど、待っててくれ」
俺が手を合わせて頼み込むと、キッカは納得はしてなさそうだけどうなずいてくれた。
「……分かった」
「ありがとう」
「じゃあ僕はここを調べることにします」
金森とキッカがここに残るということは、俺一人が探索に出るということである。若干の孤独感を感じながら、俺は入ってきた方とは逆の扉を開けた。
「じゃ、行ってくるわ」
「気を付けてね」
「お気をつけて」
「おう」
ヨスガはかなりコミュニケーションが苦手な人間です。
多少改善の色は見られますが、余裕がなくなると自分の思いや感情を優先してしまう悪癖があります。
集中力が高いというメリットもありますが、今回の場合は不都合に働いてしまいました。