今はときめく大学生2人は、今日も今日とて資料と睨めっこだった。
うちの高校の部室棟がある。設立当時の趣きを残した素晴らしい(笑)校舎だ。
文化系の部活はほとんどここに押し込められている。
その校舎の2階の角部屋という奥まったところに、『オカルト部』はあるのだった。
歴史が深い建物特有の湿った匂いと、鼻をくすぐるこそばゆい空気。
なんて最悪な環境だろうか。
「日明野さんが世界の創造者、ねぇ」
「自分で聞いておいて信じてないのかよ」
適当に置かれていた段ボール箱から、これまた適当に入れられているスクラッチブックを取り出す。
表紙についた細かな埃を落としてから、中を捲る。
中にはこの辺の地図が貼られており、そこに付箋で色々なことが書かれている。
色々なこと、と言っても「どこどこで〇〇という証言があった。これは何某の仕業か!?」という内容がほとんどだ。
オカルト部はこの付近に超常現象がないか調査していた部活であり、ときどき調査報告かなんかを学校新聞の小さなコラムに載せていたことを覚えている。
金森はオカルト部の出身であり、ある程度勝手が分かるらしく次から次へと資料を見ては片付けていた。
「いや半分は信じてはいますよ」
「どーだか」
軽口を飛ばしあう。
……そういえばキッカ以外にこうして軽口を飛ばす相手なんて金森以外にいただろうか。
久しぶりにキッカと話をして思ったが、俺が後輩と話す時はこんな風に適当に流すこともあっただろうか。
「何せまだ何も分かってませんから……こんなものを見つけましたよ」
くだらない思考を打ち切って金森の手を見る。
彼が取り出してきたのは1冊の調査日記。年月日は2年前のものになっている。
中を見る。
そこには昨日金森が言っていた、学校内幻覚に関する証言がまとめられていた。
一番最初の証言を読んでみる。
6/○
概要:幻の運動部
証言
僕はそこまで成績が良くないからテスト前は学校に残って勉強しているんだ。
その日も期末テスト前だったから勉強していたら、気づけば18時になっちゃっていた。それ自体はよくあることで、僕はいつも通り下駄箱を出てそのまま帰ろうとした時のことだ。
目の前に走り込みをしている運動部の生徒達が現れたんだ。
見落としただけだって思うかもだけど、運動部特有の掛け声が下駄箱にいた時は一切聞こえなかったんだ。それに、いくら夏大会前でもテスト前のそれも18時を越えてまで練習しようなんて今はありえない。
僕は思わず目を擦った。すると次の瞬間には運動部の姿は無くなっていたんだ。
あれは世にも奇妙な体験だったよ。
さらにページを何枚か捲る。
概ね似たような証言が続いていたが、一つだけ大きく異なった事例があった。
8/△
概要:学校の地獄
私が部活の片付けをしてる時のことです。時間は18:00手前くらいです。体育館の倉庫にボールを片付けて、体育館に戻ったら突然目の前に地獄が広がりました。
同級生の姿は人玉みたいな姿に、顧問の先生は鬼を追い回す巨大な蛇に、体育館のステージは地獄の釜またいなものへと変化したんです。
どういうわけか分からなくなって、倉庫に戻ろうとしても扉は消えていました。
私はどこかに隠れようとしましたがみるみるうちに周りに人玉が現れて、もうだめだって思った時、終業のチャイムが鳴って元の体育館に戻っていました。
「何か気づくことはありませんか?」
「聞いていた通り俺たちの経験した異世界とは大分違うな」
森と学校、精霊と人玉。
あの異世界とはかなり違う部分がある。
「だが一つ気になることがある」
「なんですか?」
「蛇だ。俺が異世界に入った時にいた巨大な蛇、こいつが証言にもいた」
俺とキッカが出会った蛇、あいつもまた巨大で、俺たちを執拗に追いかけていた。
証言にある蛇もまた巨大で鬼を追いかけていたとある。
共通点は少ない。
しかしそれは、全く性質の異なる世界同士で唯一見える共通点だ。
偶然だとしても、賭ける価値はある。
「たしかに。少なくとも2つの異世界はこの蛇に関しては同じイメージを使っていそうですね」
「ああ。他には……今思えば学校も共通点だな」
最後のインパクトが大きくて忘れていたが、一番目の運動部と異世界の学校エリアは共通点と言えるのではないか。
「僕としてはそっちを先に考えたんですけど……まあ誤差ですね。それで?」
「ただそれ以外がまるで分からねぇ。そもそもなんで学校が地獄みたいになるんだ。んでなんで地獄が森になってんだ」
「ヨスガくん?」
「てか異世界って周りのイメージを取り込むんだよな。少なくとも学校は憂鬱だが地獄ではねぇ。それは俺たちが知ってる」
「おーいヨスガくん?」
異世界、地獄、森、キッカ、創造者、イメージ、蛇……ぐるぐると要素だけが頭の中で空転し、結ぶべき線が定まらない。
こういう時は大抵致命的な何かが足りていないか、致命的に頭を回しすぎているかだ。
バチン、と顔を上に上げてリラックスする。
それでもまだカラカラくるりと要素が空回りして思考が余計に定まらない。
「あー……」
声を出しても変わらない。むしろ何も考えられなくなってきた。
「ヨスガくん」
「金森?」
金森の手が視界に飛び込んできた。どうやら俺が思考に没頭しすぎていたらしい。
「やっと気づきましたね。ちょっと休憩にしませんか? こんなところにいても息が詰まっちゃいますよ」
「そうするわ。ありがとな」
言ってから俺は違和感を覚えた。今のありがとうは何かを意識したわけではなく素で出たものだ。
今どこから出たのか、果たして頭から出たものか、疲れから出たものか。
────────────
ガコン!
学校内にある自販機から缶コーヒーが飛び出した。
夏休みで買う奴もほとんどいないってのに缶はキンキンに冷えていてありがたい。
缶コーヒーを手に取って金森に渡した。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
俺の分を再び取り出して、プルタブを開く。
カコンと小気味いい音が鳴って、コーヒーの香りが漂ってきた。
一口含んでから、頭の中の思考ごと喉へ流した。
「キンッキンに冷えてやがる。ありがてぇ」
「缶コーヒーも悪くないものですね」
「企業努力の成果だな」
金森はコーヒーをもう一度飲んでから意味深に窓から空を見上げた。
「太陽が綺麗ですね」
「俺のこと嫌いなの?」
「違いますよ」
「だろうな」
「ただなんとなくそう思っただけですよ」
「……なんの変哲もない空が?」
「そうですよ、黄昏の世界よりは」
「やっぱお前と話は合わねえわ」
コーヒーの苦みが胃を流していく。次第に思考がクリアになっていく。
「ヨスガ君は黄昏の世界が好きですか?」
「おう」
「それは、日明野さんがいるから?」
難しい質問を飛ばすもんだ。
キッカの作成した世界だし、キライとは言いたくない。
だが、俺は今いるこの日本が好きだろうか。
嫌いだ。ヒトばっかで、俺の頭だけ見てくる。
キッカがいた頃はこんな思い持ったことすらなかったんだけどな。
「……そうだな。あいつがいないなら意味はねぇ」
「灼いてますねぇ」
「……男の嫉妬は見苦しいぞ」
「そっちの妬くじゃなくて……まぁいいや」
金森は、なんでもない話をするように最悪の想定を繰り出した。
「それよりさ、もし日明野さんを助けられないとしたらどうする?」
肩が振りあがりそうになった。
無意識に握り込んだ拳を、深呼吸で解いて言葉を紡ぐ。
「……根拠は?」
ここで殴り掛からなかった自分を自分で褒めたかった。
それを言うってことはそれ相応の根拠があるってことだ。事実でも憶測でも、何か金森にとって一考に値するような何かがあるんだろ? なあそうだろ?
金森は少し間を空けて話し始めた。
「これを見てほしいんだ」
「またかよ」
金森の出したスマホには異世界への入り口である件の街路樹があった。
「これが?」
「これの、ここの張り紙なんだけどね」
金森は写真の一部を指し示した。そこにあるのは作業服を着たマスコットが書かれた張り紙。
金森が写真をスワイプするとその紙を近づいて撮った写真があった。
『8/16〜8/23 水道工事により通行禁止』
今は8/14、明日から工事が始まるって書いてある。
「この工事、何も言われてないけど件の街路樹を撤去するための工事なんだ。なんでそんなことするとかは分からないけど、これが始まったら異世界には……」
件の街路樹、異世界への入り口。それがなくなれば確かに困る。
事実上の時間制限がつけられたということだ。
だがな……
「それで?」
「え?」
「他の根拠はないのか?」
「いやだからさ」
「謎に工事が始まって、異世界への扉が閉じるかもしれない。そんなことはもう知ってんだよ」
なんでこの張り紙があることは、初日の時点で知っていた。俺だってバカじゃない。
だから調べてある。神隠しに遭ったとか、幻覚があるとか、あの街路樹はオカルトスポットになりつつある。
で、それをよく思わない誰かが潰そうとしてるんじゃないかって噂がSNSのその手のアカウントで話されていた。
「それを承知で俺はキッカを助けると言っているんだ」
「……ちょっと予想外だったな。流石だよ」
金森は呆れたような賞賛するようなそんな風に笑って、受け流してきた。
だから、まだ問い詰める。
「それで?」
「何が?」
「時間制限ごときで助けられなくなるわけないだろ。他に何を隠してる」
俺だって馬鹿じゃない。テストの成績は良い方だ。
そして、俺と同じ大学に入った金森だって当然馬鹿じゃない。
時間制限が分かったくらいで「助けられないかもしれない」というのは少し大袈裟だ。
本当にそれを基に俺に相談するなら、「状況が悪くなった」くらいに止めるはずだ。でなければ要らぬ誤解を生みかねない。
まるで、何か俺も知らないことを根拠に騙っているようじゃないか?
「知ってるんだろ? タイムリミット以外の何かを」
「……」
「ダンマリか? ならもっと言ってやろうじゃねぇか。異世界についてお前は実はめちゃくちゃ詳しいだろ、お前。で、意図的に情報を絞ってる」
「なんで……」
「なんで知ってるか? 勘だよ」
違和感はあった。今日はやけに金森から情報を渡されたし、かつそれらは有用な情報だった。
俺が探しても特に使える情報はなかったのにな。
「まぁお前は元オカルト部ってアドバンテージがあったからギリ不自然じゃなかったんだが……お前の反応で確信したわ」
「カマをかけられたってこと……」
「ああ。お前はなんか俺のことをやたら評価しているしな。それっぽく言っておけばワンチャン釣れるかなって」
予想外に釣れた魚は……予想通り大物だった。
「その、黙っていたことは謝ります。ですが」
「あーそういうのいいから」
「え」
「俺たちの目的を達成するのにはお前の情報はどう考えても必須。だけどお前はそれを意図的に共有しなかった。それって、隠れて俺の邪魔したいってわけだよな?」
「……ちが」
「つまり俺とお前は絶対に相容れない。よって話し合う必要もなし、それじゃあ」
「待ってくれ!」
立ち去ろうとした俺を金森が引き留めてきた。
彼の顔は強く引き攣っていて、いつになく必死な様子に見える。
まぁ、こいつにも何か事情があったんだろうな。
「僕は君たちの不幸を願ってるわけじゃないんだ! ただ少しずつ進めようと」
「だからそういうのはいいっつってんだろ」
だけどそれは関係ないことだ。
とにかくこいつは俺に対して隠し事をした。
それも、一番大切な何かを隠してる。それを隠してた時点で最早信頼はない。
必死に自分を変えようとして、人と関わって、その結果がこのザマか。
金森の手を今、振り払った。
「じゃあな、もう構わないでくれ」
背後で金森が何かを言っている。だけどもう関係ない。
ちょっとは居心地良くなってたんだがな。
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灰原夜須賀が歩いていく。しかし、金森優太はそれを見ることすらできなくなっていた。
失敗した失敗した失敗した!
金森優太は1人、後悔し続けていた。
空いた口が空振った。
まるで言いたい言葉が音になっていないようだ。
事実その通りであり、山ほどの言いたい言葉が口をついては引っ込んでいく。何故なら何を言ってももう遅いと分かってしまったから。
灰原夜須賀はこの二年間である程度人あたりがよくなっていた。
それ故に、金森優太は見誤った。軽口を言いながら、意識の表層では金森のことを悪く思ってても、心の底では少しずつ彼の心の氷は溶けてると、そう思ってた。
それは半分正しい。
灰原夜須賀が仮に心から金森優太のことが嫌いであれば、灰原夜須賀はどこかで金森を切り捨てた。
だから、金森の判断は間違ってはいなかったのだ。
金森の犯した判断ミス、それは灰原夜須賀はこの二年間、日明之菊花だけを考えていたことだった。
夜須賀の振る舞いはこの2年、いや一年前に自殺しかけた時に比べてずっと改善している。しかし、それはあくまでも外観の話。
ずっとずっと見えないところで、彼は今も日明之菊花を助ける方法を考え続けており、同時に彼女の自殺を止められなかった自分を責め続けていた。
だから、ここに至って金森と縁を切るという行動を躊躇なく取れるのである。
金森優太は悪手を打った。打ち続けている。
物語は決して彼の筋書き通りにはならない。
彼は心から、灰原夜須賀と日明之菊花のことを思って行動しているのに。
ヨスガは本当にどうでもいい人間に対してはかなり丁寧に接します。
これは経験則から適当にあしらえばあしらうほど面倒になることを理解しているからです。
金森はかなり誠実な男です。
そして隠し事や嘘を善意でできる人間でもあります。
もちろん良い方向に向かうこともありますが、ヨスガはそこに疑いを持つことができる人間でした。
彼にしてみればきっと不誠実に感じたでしょう。