『無職転生 if ― もしシルフィが嫉妬したら ―』   作:takuya丸

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ルーデウスがロキシーを家族に迎え入れる場面。

シルフィはロキシーを受け入れるけれど、もしその裏で、嫉妬や不安、ルーデウスを取られる怖さや、自分の居場所がなくなる恐怖など、いろいろな感情を抱えていたら面白そうだなと思いました。

そんなシルフィを見てみたくなって、書いてみた話です。


修羅場――シルフィside

修羅場――シルフィside

 

「俺は、ここにいるロキシーを、二番目の妻として迎えようと思っている」

 

ルディがそう言った。

 

シルフィは、しばらく何も言えなかった。

 

頭の中が真っ白になった。

 

ロキシー。

 

その名前は、何度も聞いていた。

 

ルディが尊敬する魔術師。

 

自分が魔法を学ぶきっかけになった人。

 

そして――ルディが、好きになった人。

 

「……えっ?」

 

声が出た。

 

けれど、それ以上の言葉は出てこなかった。

 

本当なら。

 

「嫌だ」

 

そう言えばいい。

 

妻なのだから。

 

ルディを愛しているのだから。

 

他の女の人を妻に迎えるなんて、嫌だと言っていいはずだ。

 

なのに。

 

口から出てきたのは、

 

「……あ、うん」

 

そんな言葉だった。

 

どうして。

 

どうして、ボクは「嫌」と言えないんだろう。

 

怖かった。

 

もし、ここで嫌だと言ったら。

 

ルディは困るだろう。

 

ロキシーを選ぶだろうか。

 

それとも、ボクを選んでくれるだろうか。

 

そんなことを考えてしまう。

 

そして、一番怖いのは。

 

もしボクが「嫌」と言ったことで、ルディに嫌われたら。

 

「シルフィは心が狭い」

 

そう思われたら。

 

「ロキシーの方がいい」

 

そう思われたら。

 

その瞬間。

 

ボクは、ルディにとって必要のない人になってしまうんじゃないか。

 

そんな恐怖が、胸の中に広がっていった。

 

ボクは昔から、自分に自信がない。

 

ルディは強い。

 

頭もいい。

 

魔法もすごい。

 

ボクなんかより、ずっと多くの人に必要とされる人だ。

 

だから。

 

いつかボクより、もっとルディに必要とされる人が現れたら。

 

私は捨てられてしまうんじゃないか。

 

そんなことを、ずっと心のどこかで考えていた。

 

だから私は。

 

「ロキシーさんを迎えるの、嫌」

 

と言えなかった。

 

***

 

ルディは、ボクに謝った。

 

「シルフィを裏切るつもりはなかったけど、結果的に約束を破ってしまった。すまない」

 

そう言って、床に頭をつけた。

 

慌ててしまった。

 

「えっ、ちょ、ルディ!?」

 

そんなことをしてほしいわけじゃない。

 

責めたいわけでもない。

 

……本当は。

 

責めたい。

 

ものすごく。

 

「どうして?」

 

って聞きたい。

 

「どうしてボクじゃ足りなかったの?」

 

って。

 

「ロキシーさんの方が好きなの?」

 

って。

 

「ボクのこと、まだ好き?」

 

って。

 

全部聞きたい。

 

でも。

 

聞けなかった。

 

だからボクは、

 

「シルフィのことは変わらず愛している」

 

というルディの言葉を、必死に信じようとした。

 

「……うん」

 

それだけ言った。

 

***

 

「シルフィ姉さんが、どんな気持ちで兄さんを待っていたか、知ってて言ってるんですか!」

 

ノルンが叫んだ。

 

その瞬間。

 

胸の奥が、少しだけ痛くなった。

 

ノルンちゃん。

 

やめて。

 

そう思った。

 

でも同時に。

 

――もっと言って。

 

そんなことも思ってしまった。

 

ボクが言えないことを。

 

ボクの代わりに言ってくれている。

 

「毎日、ルディは大丈夫かな。ルディに会いたいね、ルディも今頃ご飯食べてるかなって」

 

ノルンちゃんの言葉を聞いて、ボクは俯いた。

 

……そうだった。

 

ボクはずっと待っていた。

 

ルディが帰ってくるのを。

 

大丈夫かな。

 

怪我してないかな。

 

ちゃんとご飯食べてるかな。

 

無事に帰ってきてくれるかな。

 

そんなことばかり考えていた。

 

だから。

 

本当は。

 

帰ってきてくれただけで嬉しかった。

 

左手を失っていても。

 

ボロボロになっていても。

 

生きて帰ってきてくれた。

 

それだけでよかった。

 

なのに。

 

帰ってきたルディの隣には、ロキシーさんがいた。

 

そして。

 

「二番目の妻にする」

 

と言った。

 

……苦しい。

 

胸が痛い。

 

でも、ボクは何も言えない。

 

ノルンちゃんが怒ってくれているのに。

 

ボクは、その隣で黙っていることしかできなかった。

 

***

 

「兄さんには感謝してますけど! それとこれとは関係ありません!」

 

ノルンちゃんが叫ぶ。

 

ボクは、その言葉を聞きながらロキシーさんを見る。

 

小さい。

 

ルディが昔から話していた「偉大な魔術師」とは、少し違って見えた。

 

もっと大きな人を想像していた。

 

もっと遠い人だと思っていた。

 

でも。

 

今、目の前にいるロキシーさんは。

 

すごく不安そうだった。

 

ノルンちゃんに責められて。

 

ルディに庇われて。

 

それでも何も言い返さない。

 

ただ、俯いている。

 

その姿を見て。

 

ボクは、少しだけ分かった。

 

この人も怖いんだ。

 

ボクと同じように。

 

ルディを失うのが。

 

そして。

 

「……小さいかもしれませんが、これでも成人です」

 

震える声でそう言った。

 

その声を聞いた瞬間。

 

胸が締め付けられた。

 

この人も。

 

きっと、必死なんだ。

 

ボクと同じで。

 

ルディに嫌われたくないんだ。

 

だから。

 

「ずうずうしいです。申し訳ありませんでした」

 

そう言って荷物を持ったロキシーさんを見た瞬間。

 

身体が勝手に動いた。

 

「待って!」

 

ボクは立ち上がっていた。

 

「ロキシーさん、待ってください!」

 

その手を掴む。

 

ロキシーさんが振り返る。

 

その目には涙が溜まっていた。

 

その顔を見て。

 

ボクは思った。

 

……嫌だ。

 

本当は。

 

やっぱり嫌だ。

 

この人がいなくなればいいと思っている自分もいる。

 

ルディをボクだけのものにしていたい。

 

今までどおり、ボクだけを見ていてほしい。

 

ロキシーさんなんて、来なければいい。

 

そう思っている。

 

でも。

 

それ以上に。

 

この人を追い出したら。

 

ルディは悲しむ。

 

きっと。

 

ボクを見る目も変わる。

 

だから。

 

ボクは笑った。

 

「ノルンちゃん、ちょっと黙っててくれないかな?」

 

自分でも驚くくらい、穏やかな声が出た。

 

「キミ。さっきから言葉が過ぎるよ。ボクは最初から、一言も嫌だなんて言ってないんだからね」

 

――言ってない。

 

そう。

 

言ってない。

 

言えなかっただけ。

 

それを言葉にはしなかった。

 

***

 

ロキシーさんをソファに座らせる。

 

隣に座る。

 

本当は、隣に座りたくなかった。

 

ルディの隣にいる人。

 

ボクの場所を奪うかもしれない人。

 

でも。

 

近くで見ると。

 

やっぱり怖そうだった。

 

「ちょっと混乱してたけど……ロキシーさんは、ルディを助けてくれたんだよね」

 

ロキシーさんが頷く。

 

「……はい。でも、下心もありましたので、言い訳に使うつもりはありません」

 

その言葉を聞いて。

 

ボクは少しだけ笑った。

 

「うん。ルディ、かっこいいもんね」

 

本心だった。

 

ルディが好きなら。

 

そうなってしまう気持ちも、少し分かる。

 

でも。

 

それだけじゃない。

 

ボクは、ずっとロキシーさんに嫉妬していた。

 

ルディが話すロキシーさんは、いつも特別だった。

 

「俺の尊敬する魔術師はあの人だけだ」

 

何度も聞いた。

 

ボクは、そのたびに思っていた。

 

――ボクじゃダメなのかな。

 

ルディにとって。

 

ボクは何なんだろう。

 

妻だから好きなのかな。

 

一緒にいてくれるから必要なのかな。

 

それとも。

 

いつか、もっと凄い人が現れたら。

 

ボクは必要なくなるのかな。

 

だから。

 

「ちょっと嫉妬してるところもあったんだ」

 

そう言った。

 

これは嘘じゃない。

 

「でも、実際に見て、ルディが好きなだけの普通の女の子なんだって思ったら、嫉妬なんて消えちゃったんだ」

 

これも。

 

半分は本当。

 

……半分だけ。

 

嫉妬は、まだ消えていない。

 

これからもきっと消えない。

 

ロキシーさんがルディの隣にいるたび。

 

ボクはきっと、不安になる。

 

ルディがロキシーさんを見て笑うたび。

 

胸が痛くなる。

 

それでも。

 

ボクは、この人を受け入れる。

 

なぜなら。

 

ルディが望んでいるから。

 

そして。

 

ボクは、ルディに嫌われたくないから。

 

***

 

「ノルンちゃん。ルディはミリス教じゃないんだから、許してあげて」

 

そう言った。

 

「でも」

 

ノルンちゃんは納得していない。

 

ボクは、そんなノルンちゃんを見つめた。

 

……ありがとう。

 

心の中で呟く。

 

ノルンちゃんが怒ってくれて。

 

ボクは少しだけ救われた。

 

本当は。

 

ボクだって言いたかった。

 

「ルディは酷い」

 

「ボクを置いていかないで」

 

「ロキシーさんなんて嫌」

 

そう言いたかった。

 

でも、言えなかった。

 

だから。

 

代わりに怒ってくれたノルンちゃんには、感謝していた。

 

「ノルンちゃん。ルディはミリス教じゃないんだから、許してあげて」

 

そう言いながら。

 

心の中では。

 

――ボクの代わりに怒ってくれて、ありがとう。

 

そう伝えていた。

 

***

 

夜。

 

ルディと二人で寝室にいる。

 

「さっきのことだけどね」

 

ボクは言った。

 

「ルディが大事な話があるって言って、ロキシーが隣にいた時。ボク、すっごく悲しい想像をしちゃったんだ」

 

「どんな?」

 

「ボクの事は愛せないから、出て行けって、そういわれるかもしれないなって」

 

ルディはすぐに否定した。

 

「言わないよ。そんな事」

 

ボクは笑った。

 

「うん。わかってる」

 

……本当は。

 

分かっていなかった。

 

怖かった。

 

ルディがボクのところからいなくなる気がした。

 

ロキシーさんに取られる気がした。

 

そして。

 

ボクがどんどん必要とされなくなる気がした。

 

だから。

 

ボクはルディの左手を撫でた。

 

失った左手。

 

本当なら。

 

帰ってきてくれただけで十分だった。

 

生きていてくれただけで。

 

それなのにボクは。

 

「……不安なんだ。なんか、ルディがボクの所からいなくなっちゃう気がしてさ」

 

そう言った。

 

ルディがボクの頭を撫でる。

 

「不安にさせちゃったか」

 

「うん」

 

その手が嬉しかった。

 

でも。

 

ボクは言えなかった。

 

ロキシーさんを迎え入れることが嫌だったこと。

 

本当は、ルディを独り占めしたかったこと。

 

ロキシーさんに嫉妬していること。

 

全部。

 

言えなかった。

 

「ごめん。シルフィ。俺、裏切ったよな」

 

「いいよ。そんなルディも好きだから」

 

ボクはそう答えた。

 

それは本当。

 

ボクはルディが好き。

 

だから。

 

許したい。

 

支えたい。

 

笑っていたい。

 

ルディの前では、優しいシルフィでいたい。

 

……でも。

 

「ルディ」

 

「ん?」

 

ボクはルディの胸に顔を埋める。

 

そして、心の中だけで呟いた。

 

――ボクのこと、ずっと好きでいてね。

 

――ボクを必要としてね。

 

――ロキシーさんが来ても。

 

――ボクを捨てないでね。

 

口には出さない。

 

出せない。

 

そんなことを言ったら。

 

重いと思われるかもしれないから。

 

嫌われるかもしれないから。

 

だからボクは。

 

「えへへ」

 

と笑う。

 

そして。

 

ルディの手を握った。

 

ぎゅっと。

 

離れないように。

 

自分からは。

 

絶対に離れないように。

 

「おやすみ、シルフィ」

 

「うん。おつかれさま、ルディ」

 

目を閉じる。

 

ルディが眠ったあと。

 

ボクはしばらく目を開けたままだった。

 

隣には、ボクが愛する人がいる。

 

そして。

 

明日からは。

 

もう一人、ルディを愛する人がいる。

 

ボクは、その人を受け入れる。

 

仲良くする。

 

一緒にルディを支える。

 

きっと。

 

そうする。

 

だって。

 

ボクは、ルディのことが大好きだから。

 

……ただ。

 

ほんとうは。

 

ボクだけのルディでいてほしかった。

 

そんな気持ちだけは。

 

最後まで、ルディには言えなかった。




今回は、原作ではあまり描かれていない、シルフィの内側にある感情を想像して書いてみました。

優しく受け入れているように見えて、その裏では嫉妬したり、不安になったり、いろいろ考えていたら面白いなと思います。

少しでも「こんなシルフィもありかも」と思ってもらえたら嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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