『無職転生 if ― もしシルフィが嫉妬したら ―』 作:takuya丸
前回の話の続きです。
今回は、シルフィのちょっと黒い一面も描いてみました。
「ルーデウスの心の中を独り占めしたい」シルフィです。
IF 奪い返したもの
それから、シルフィは少しずつ変わった。
ほんの少しだけ。
朝食の席で、以前なら当然のようにルーデウスの隣に座っていた。
けれど最近は、ノルンの隣に座る。
「シルフィ、こっち来ないのか?」
「ううん。ここでいいよ」
笑顔だった。
だから、ルーデウスも最初は気にしなかった。
けれど。
それが何日も続いた。
「シルフィ」
「なに?」
「最近、俺のこと避けてないか?」
「え?」
「いや……なんとなく」
シルフィは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「そんなことないよ」
「でも――」
「ごめんね。気を遣わせちゃった?」
「そういう意味じゃない」
「なら、大丈夫だよ」
いつものシルフィだった。
優しい。
穏やか。
怒っているわけでもない。
だからこそ、ルーデウスは余計に気になった。
◇
「ルディ」
ある夜。
シルフィが珍しく、自分から声をかけてきた。
「どうした?」
「ルディは、もっとロキシーと一緒にいた方がいいと思う」
「……なんで?」
「だって、二人とも魔術の話ができるでしょう?」
「それは……そうだけど」
「ボクには分からない話も多いし」
シルフィは笑った。
「ロキシーの方が、ルディには合ってるのかもしれないね」
「そんなこと――」
「いいの」
シルフィは首を振る。
「ルディが悪いわけじゃないよ」
「シルフィ……」
「ロキシーも悪くない」
また、その言葉だった。
ロキシーは悪くない。
何度もそう言う。
だからルーデウスには分からなかった。
それなのに。
なぜ、こんなにも胸がざわつくのか。
「ボクが勝手に気にしてるだけだから」
「何を?」
「……」
シルフィは黙った。
しばらくして、静かに口を開く。
「ロキシーって、ルディのことをすごく尊敬してるよね」
「ああ」
「魔術師としても、すごく認めてる」
「そうだな」
「だから……」
シルフィは目を伏せる。
「いつか、ボクよりロキシーといる方が楽しくなったら」
「シルフィ」
「……その時は、ボクは邪魔しない方がいいのかなって」
「何言ってるんだよ」
「ごめん」
「謝ることじゃないだろ」
「うん」
シルフィは笑った。
「でもね」
「?」
「ボクは、ルディがどんな人になっても、ルディのことが好きだよ」
「……」
「何もできなくなってもいい」
シルフィは、まっすぐルーデウスを見る。
「ルディがルディなら、それでいい」
その言葉に。
ルーデウスは何も返せなかった。
◇
その夜。
ルーデウスは眠れなかった。
ロキシーのことを考える。
自分を救ってくれた。
魔術を教えてくれた。
ずっと尊敬してきた。
好きだ。
それは間違いない。
けれど。
シルフィは?
シルフィが自分に向けてくれるものは、少し違う。
強さでもない。
才能でもない。
実績でもない。
ただ――
自分自身を見ている。
ふと、昔のシルフィの言葉を思い出す。
――ルディはルディだから。
あの頃は、それを当たり前のように受け取っていた。
でも。
今になって、その言葉の重さが分かる気がした。
もし自分が弱くなったら。
魔術が使えなくなったら。
何も成し遂げられなくなったら。
それでも、シルフィは自分を好きでいてくれる。
その確信だけはあった。
そして。
ルーデウスは、別のことにも気づいてしまった。
自分は、シルフィに対して何を求めていたのか。
愛されること。
支えてもらうこと。
安心すること。
――違う。
もっと深いところにある。
自分のことを、誰よりも分かっていてほしい。
自分がどんな人間でも。
弱くても。
醜くても。
間違っても。
それでも自分を見ていてほしい。
その場所にいるのは。
シルフィだった。
◇
翌日。
「シルフィ」
「なに?」
「話がある」
「うん」
二人は庭に出た。
しばらく沈黙が続く。
「俺さ」
「うん」
「ロキシーのことも好きなんだ」
「……うん」
「それは変わらない」
「分かってるよ」
「でも」
ルーデウスは、シルフィを見る。
「俺、シルフィにいなくなってほしくない」
シルフィの目が僅かに揺れる。
「……どうして?」
「分からない」
「分からないの?」
「いや……」
ルーデウスは考える。
「たぶん、分かった」
「……」
「俺がどんな人間でも、シルフィなら離れていかないって思えるんだ」
「ルディ……」
「だから」
一歩、近づく。
「俺の心の中で、一番近いところにいるのはシルフィなんだと思う」
シルフィの瞳が揺れた。
「……一番?」
「ああ」
「ロキシーさんより?」
ルーデウスは少し考えた。
「そういう比べ方じゃない」
「……」
「ロキシーのことも大切だ」
「うん」
「でも、シルフィは違う」
「……どう違うの?」
「俺が俺でいるために、必要なんだと思う」
シルフィは俯いた。
「……そっか」
声が震えている。
「じゃあ」
「うん」
「これからも、そこにいていい?」
ルーデウスは微笑んだ。
「ああ」
「ずっと?」
「ずっと」
シルフィはルーデウスに抱きついた。
「……よかった」
小さな声だった。
「本当によかった……」
ルーデウスは、シルフィの背中に腕を回した。
安心していた。
自分の中にある気持ちを、ようやく言葉にできた気がした。
ロキシーを選ばなかったわけではない。
誰かを負かしたわけでもない。
ただ。
自分の心の中に、シルフィだけの場所がある。
それに気づいただけだった。
◇
その夜。
シルフィは一人で部屋にいた。
「……」
鏡を見る。
そこには、いつもの自分がいる。
優しい妻。
理解のある第一夫人。
ロキシーを受け入れた女。
誰に対しても穏やかで、決して争おうとしない女。
――そう見える。
シルフィは、鏡の中の自分に微笑んだ。
「……ルディ」
今日、ルーデウスが言った言葉を思い出す。
――俺の心の中で、一番近いところにいるのはシルフィなんだと思う。
「……ふふ」
思わず、笑みがこぼれた。
ロキシーは、ルディに魔術を教えた。
ルディに認められている。
魔術師として尊敬されている。
きっと、二人にしか分からない話もたくさんある。
それでも。
最後にルディが見たのは、自分だった。
最後にルディが求めたのも、自分だった。
そして――
最後にルディ自身の口から、
「シルフィと一緒にいたい」
と言わせた。
「……勝った」
声に出してから、シルフィは少し驚いた。
「……違うよね」
そう言いながらも。
笑顔は消えなかった。
勝ち負けなんかじゃない。
ロキシーさんを嫌っているわけでもない。
奪いたかったわけでもない。
ただ、自分の大切なものを取り戻しただけ。
そう思っている。
けれど。
心の奥では、別の感情が小さく膨らんでいた。
――ロキシーさんには、ルディの心の全部は渡さない。
それが、嬉しかった。
ロキシーがどれだけルディに尊敬されていても。
どれだけ魔術師として認められていても。
どれだけルディと同じ世界を見られていても。
ルーデウスが弱ったとき。
何もできなくなったとき。
自分が何者なのか分からなくなったとき。
最後に戻ってくる場所は――
自分。
「……ボクなんだ」
その事実が、たまらなく嬉しい。
シルフィは胸元に手を当てる。
そこにあるのは、安心だけではなかった。
もっと甘くて。
少しだけ意地悪な感情。
「ロキシー」
鏡に向かって、シルフィは微笑む。
「ごめんね」
謝っているようには見えなかった。
「ルディのこと、大切にしてくれてありがとう」
そして。
ほんの少しだけ目を細める。
「でもね」
「ルディの心の一番奥は――」
シルフィは自分の胸を指先で軽く押さえた。
「ボクのものだから」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥が、ぞくりと震えた。
ロキシーから奪った。
そう考えると、どうしようもなく嬉しくなる。
もちろん、ルーデウス本人はそんなことを知らない。
彼は、自分自身で答えを出したと思っている。
シルフィも、それを否定するつもりはなかった。
むしろ。
その方が嬉しい。
ルディ自身が、
「シルフィが一番大切だ」
と思ってくれたのだから。
「……ふふっ」
また笑ってしまう。
ロキシーさんには悪いけど。
これは、ボクの勝ちだ。
そう思ってしまう。
それでも翌朝になれば。
「おはよう、ルディ」
いつもの優しい笑顔を向ける。
何も知らないルーデウスは、その笑顔を見て安心したように笑う。
「おはよう、シルフィ」
「うん」
シルフィは微笑む。
そして心の中で、そっと呟いた。
――ほら。
やっぱり。
ルディはボクのところに帰ってくる。
その事実だけで。
今日も、少しだけ嬉しかった。
今回は、少し黒いシルフィを書いてみました。
ロキシーに勝ちたいというより、ルーデウスの心の中にある「自分だけの場所」を、シルフィが欲しがっている感じです。
表向きはいつもの優しいシルフィのままなのに、心の中では「ボクの勝ち」と思っている。
そんなシルフィも面白いかなと思って書いてみました。