『無職転生 if ― もしシルフィが嫉妬したら ―』 作:takuya丸
前に書いた「嫉妬」から、少し時間を置いたお話。
嫉妬って、突然生まれるものではなくて。
最初はほんの小さな寂しさだったり、些細な引っかかりだったりする。
「またナナホシのところに行くんだ」
そんな一言で済ませられる程度の感情。
でも、それを何度も飲み込んでいるうちに――。
もし、その感情が少しずつ積もっていったら?
今回は、そんなシルフィの心の変化を描いてみました。
何も起きていないのに、少しずつ苦しくなっていく。
幸せなはずなのに、なぜか寂しい。
そして、自分でも気づかないうちに「嫉妬」だけでは説明できない感情になっていく。
そんなシルフィの内面を中心にしたお話です。
※本編とは異なる展開を描いた、個人的なif妄想SSです。
無職転生――シルフィエットside
『積もる』
最初は、ほんの小さな嫉妬だった。
ナナホシがルディに相談する。
それだけ。
ボクは笑って見ていた。
「ルディ、またナナホシのところに行くの?」
「ああ。研究のことで聞きたいことがあるんだって」
「そっか。いってらっしゃい」
「ありがとう、シルフィ」
それで終わり。
本当に、それだけだった。
ナナホシには、ナナホシの事情がある。
帰る場所もない。
この世界に突然やってきて、ずっと帰る方法を探している。
そんな人を、ルディが助けるのは当然だ。
ボクだって、そう思っていた。
……ずっと。
そう思っていたはずだった。
⸻
数年が経った。
「ナナホシ、今日も来るの?」
「ああ。転移魔法のことで相談があるらしい」
「そっか」
笑う。
いつものように。
「お風呂も使ってもらえばいいよ。今日はゆっくりできるといいね」
「ありがとう、シルフィ」
「ううん」
ナナホシが笑う。
その笑顔を見る。
胸の奥が、少しだけ痛む。
……どうしてだろう。
昔は、こんなことなかったのに。
⸻
夕食の時間。
ナナホシが日本の話をしている。
ルディが楽しそうに笑っている。
ボクには分からない話。
昔からそうだった。
でも、昔はそれほど気にならなかった。
ルディが楽しそうなら、それでよかった。
なのに今は。
――まただ。
そう思ってしまう。
ボクの知らない話。
ボクの知らないルディ。
ナナホシだけが知っている世界。
「シルフィ?」
「え?」
「どうした?」
「ううん。なんでもないよ」
笑う。
「二人とも楽しそうだなって思っただけ」
「そうか?」
「うん」
嘘ではない。
本当に楽しそうだと思っている。
だからこそ、苦しい。
⸻
ある日。
ルーシーが嬉しそうに言った。
「ママ!」
「どうしたの?」
「今日、ナナホシお姉ちゃんが来るんだって!」
「……そうなの?」
「うん!」
ルーシーは嬉しそうだった。
「この前ね、ナナホシお姉ちゃんが昔の世界のお話してくれたの!」
「そう」
「すごく面白かった!」
「……よかったね」
頭を撫でる。
笑う。
母親として、笑わなければいけない。
なのに。
胸の奥で、何かが沈んだ。
――ルーシーまで。
その言葉が浮かんだ瞬間、自分で自分が嫌になった。
何を考えてるの、ボク。
ルーシーが誰を好きでもいいじゃない。
ナナホシはルーシーを可愛がってくれている。
それは、嬉しいことじゃないか。
そう思う。
でも。
その日の夜、ルーシーがナナホシの話をしているのを聞きながら、心の中で思ってしまった。
……もう、来なければいいのに。
⸻
それから、少しずつ変わっていった。
ナナホシが来る。
ルディが話を聞く。
ボクは笑う。
ナナホシが帰る。
ボクは見送る。
何も起きない。
何も悪いことは起きていない。
なのに。
胸の中には、少しずつ何かが溜まっていった。
⸻
ロキシーがルディに相談される。
エリスがルディを守る。
ナナホシがルディと日本の話をする。
ルーシーがナナホシを慕う。
ララはナナホシに妙なちょっかいを出している。
みんな、それぞれルディと特別な繋がりを持っている。
ボクには何がある?
家庭。
家事。
子ども。
家族のために頑張ること。
それは大切なことだ。
ボク自身も、そう思っている。
でも。
ある夜、食卓を片付けながら、ふと思った。
ボクがいなくても、この家は回るんじゃないかな。
その考えに、自分で驚いた。
「……馬鹿だな、ボク」
そんなことあるわけがない。
ルディはボクを愛してくれている。
子どもたちもいる。
家族がいる。
幸せだ。
幸せなのに。
どうしてこんなに寂しいんだろう。
⸻
そして、ナナホシが体調を崩した。
少し咳をしただけだった。
それだけなのに。
「ナナホシ、大丈夫か?」
ルディがすぐに駆け寄った。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「本当に?」
「ああ」
「無理するなよ」
ルディは優しかった。
ナナホシの顔色を何度も確認している。
ボクも隣にいた。
「今日は休んだほうがいいよ」
「ありがとう、シルフィ」
「ううん」
また笑った。
昔と同じ。
優しいシルフィ。
家族を心配するシルフィ。
ナナホシを心配するシルフィ。
でも。
胸の奥から、別の声がした。
まただ。
またルディが、この人を見てる。
ボクじゃなくて。
そして、もっと恐ろしい言葉が続いた。
この人がいなければ。
ボクは目を閉じた。
……やめよう。
⸻
その夜。
眠っているルディの隣で、天井を見つめていた。
ルディは何も知らない。
ボクがどんなことを考えているのか。
どれだけ嫉妬しているのか。
どれだけ苦しんでいるのか。
全部知らない。
それでいい。
知らなくていい。
ルディに心配をかけたくない。
ルディを困らせたくない。
ルディには幸せでいてほしい。
だから。
ボクは何もしない。
何もできない。
……そのはずだった。
⸻
翌朝。
「シルフィ」
「なに?」
「今日、ナナホシのところに行ってくる」
「……うん」
「研究のことで相談があるんだ」
「うん。いってらっしゃい」
笑う。
ルディが出ていく。
扉が閉まる。
静かになる。
ボクは一人で立っていた。
そして。
自分でも気づかないくらい小さな声で呟いた。
「……また、ナナホシ」
その瞬間。
自分の声が、自分のものじゃないように聞こえた。
昔なら、
ルディが困っているなら助けてあげよう。
そう思っていた。
今は違う。
どうして、ボクじゃないの?
その思いが先に出てくる。
胸の奥に溜まったものは、もう「嫉妬」だけではなかった。
怒り。
寂しさ。
劣等感。
恐怖。
そして、長い間飲み込んできた言葉。
ボクだって、ルディに必要とされたい。
涙が一滴落ちた。
「……ルディ」
誰もいない部屋で、笑おうとする。
「ボク、ちゃんといい妻でいるからね」
そう呟いた。
けれど、その言葉を口にした瞬間。
自分の中にある何かが、もう以前のようには戻らないことを感じていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回はタイトルの通り、「積もる」というテーマで書いてみました。
嫉妬って、最初から大きな感情として生まれるわけではなくて。
「またナナホシと話してる」
「また日本の話をしてる」
「どうしてボクじゃないんだろう」
そんな小さな寂しさや引っかかりが、何度も何度も積み重なっていく。
そして、それをシルフィはきっと簡単には口に出せない。
ルディを困らせたくない。
ナナホシを責めたくない。
家族の前では笑っていたい。
だからこそ、何も言わずに飲み込んでしまう。
でも、飲み込んだからといって、感情が消えるわけではない。
今回書きたかったのは、そんな「優しいからこそ溜め込んでしまうシルフィ」です。
特に最後の、
「ボクだって、ルディに必要とされたい。」
という言葉は、この話で一番書きたかった部分でした。
ナナホシへの嫉妬だけではなく、
「自分はちゃんとルディに必要とされているんだろうか」
という不安や寂しさが、少しずつ混ざっていく。
それが積もった先で、シルフィ自身も知らなかった感情が生まれてしまう。
そんなifを妄想してみました。
この先、積もった感情がどうなるのか。
それはまた、別の妄想で。