『無職転生 if ― もしシルフィが嫉妬したら ―』 作:takuya丸
真面目で優しいけれど、自分の思ったことを比較的ストレートに口にしてしまうノルン。
そんなノルンだからこそ、シルフィの抱えているものを知ったらどうするんだろう。
空気を読んで黙っているというより、思ったことをそのままぶつけてしまう。
そんな、ある意味で真っ直ぐなノルンの視点を書いてみたくて、作ってみました。
※本編とは異なる展開を描いた、個人的なif妄想SSです。
無職転生――ノルンside
『言ってしまう』
私は、ミリス教徒だ。
だから、一夫多妻をあまり良く思っていない。
今でも。
ロキシー姉さんが、兄さんの第二夫人になった時も最初は、大反対した。
もちろん、今はロキシー姉さんのことが嫌いなわけじゃない。
エリス姉さんだって、もう家族だと思っている。
でも。
やっぱり。
シルフィ姉さんが、一番兄さんのことを支えていると思う。
家のこと。
子どもたちのこと。
兄さんのこと。
いつも笑って。
いつも優しくて。
何でも受け入れて。
だから私は。
シルフィ姉さんは、幸せなんだと思っていた。
――あの日までは。
⸻
廊下を歩いていると、シルフィ姉さんの声が聞こえた。
「……ナナホシが来るんだね」
「ああ。研究の相談があるみたいなんだ」
兄さんが答える。
「そっか」
いつもの声。
いつもの笑顔。
私はそのまま通り過ぎようとした。
でも。
なぜか足が止まった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
兄さんが歩いていく。
シルフィ姉さんは、その背中を見送っていた。
笑っている。
だけど。
その笑顔が。
なんとなく寂しそうに見えた。
⸻
「シルフィ姉さん」
「ん?」
「……兄さんのこと、好きなんですよね?」
「え?」
シルフィ姉さんが目を丸くする。
「何、急に?」
「いや……」
私は少し迷った。
でも。
聞いてしまった。
「他の人とも結婚してるの、嫌じゃないんですか?」
シルフィ姉さんの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「……どうして?」
「だって」
私は言った。
「私だったら嫌だから」
「……」
「ロキシー姉さんが第二夫人になった時も、私、嫌だったし」
「うん」
「今はもう、ロキシー姉さんのことも好きですが」
「うん」
「エリス姉さんも好きです」
「うん」
「でも……」
私はシルフィ姉さんを見る。
「やっぱり、シルフィ姉さんが一番の兄さんの奥さんなんですよね?」
「……そうだね」
「じゃあ」
私は聞いた。
「なんで、そんなに我慢できるんですか?」
「……」
シルフィ姉さんは、少しだけ笑った。
「我慢なんてしてないよ」
「嘘です」
言ってしまった。
「……え?」
「だって、シルフィ姉さん、最近ちょっと変です」
「そうかな?」
「はい」
「ノルンちゃんには分からないよ」
「分かります」
私は自分でも驚くほど強く言った。
「私、そういうの分かります」
シルフィ姉さんが黙る。
「ロキシー姉さんが、兄さんによく相談されてること」
「……」
「それにナナホシさんも」
シルフィ姉さんの表情が変わった。
「……ナナホシ?」
「はい」
「なんで?」
「だって、兄さん、ナナホシさんのことになるとすぐ心配するじゃないですか」
「……」
「研究の手伝いでよく一緒にいるし」
「……」
「病気になった時なんて、あんなに必死になって助けようとしてたし」
「ノルンちゃん」
シルフィ姉さんが、小さな声で私の名前を呼んだ。
「もういいよ」
「……」
「その話は」
「でも――」
「もう、いいんだよ」
笑っている。
なのに。
目には涙が溜まっていた。
⸻
「……シルフィ姉さん」
「大丈夫だから」
「でも」
「大丈夫」
「……本当に?」
「うん」
少し間があった。
「ボクは、ルディが好きだから」
「……」
「ルディが幸せなら、それでいいんだよ」
「でも」
私は言った。
「シルフィ姉さんが幸せじゃなかったら、意味ないじゃないですか」
シルフィ姉さんが、何も言わなくなった。
「……ボクは」
しばらくして。
「ボクは、ルディには迷惑かけたくないんだよ」
「迷惑?」
「うん」
「どうして?」
「だって……」
シルフィ姉さんは俯いた。
「ルディは、みんなのことを大切にしてるから」
「……」
「ナナホシも」
「ロキシーも」
「エリスも」
「子どもたちも」
「だから……」
涙が落ちた。
「ボクが嫉妬してるなんて知ったら、きっと困るでしょ?」
私は何も言えなかった。
「だから、言わなくていいよ」
「ずっと?」
「うん」
「これからも?」
「……うん」
私は、胸が苦しくなった。
「そんなの……」
思わず声が出た。
「そんなの、ずるいです」
「え?」
「シルフィ姉さんばっかり我慢するなんて」
「……」
「兄さんだって知らないんですよね?」
「うん」
「じゃあ、兄さんはずっと知らないままじゃないですか」
「……それでいいんだよ」
「よくないです」
シルフィ姉さんが顔を上げた。
「ノルンちゃん……」
「だって」
私は思ったことを、そのまま口にした。
「お兄ちゃん、シルフィ姉さんにもっと相談すればいいのに」
「……」
「ロキシー姉さんには相談するのに」
「……」
「ナナホシ姉さんには相談するのに」
「……」
「どうしてシルフィ姉さんには相談しないんですか?」
シルフィ姉さんは答えなかった。
「家族なのに」
「……」
「奥さんなのに」
「……」
「一番そばにいるのに」
シルフィ姉さんの目から、また涙が落ちた。
⸻
私は、その時。
言ってはいけないことを言った気がした。
でも。
止まらなかった。
「私だったら……」
「うん?」
「私だったら、ナナホシさんが嫌いになると思います」
「……」
「兄さんがあんなに大切にしてたら」
「……」
「私だったら、絶対嫌です」
「……ノルンちゃん」
「だから、シルフィ姉さんがそう思うのも普通だと思います」
「……」
「別に、悪いことじゃないです」
シルフィ姉さんは、しばらく黙っていた。
そして。
「……ボクも」
小さな声。
「そう思えたら、楽だったのかもしれないね」
「え?」
「ナナホシが嫌いなら」
シルフィ姉さんは、涙を拭った。
「全部ナナホシのせいにできるから」
「……」
「でも、ナナホシは悪くない」
「ルディも悪くない」
「ロキシーも」
「エリスも」
「子どもたちも」
「誰も悪くない」
そして。
「だから、ボクだけが悪いみたいに思えてくるんだ」
「……」
「この気持ちを持ってるのは、ボクだから」
⸻
私は、何も言えなかった。
シルフィ姉さんは、いつものように笑った。
「ありがとう、ノルンちゃん」
「……何がですか?」
「ボクのこと、心配してくれて」
「……」
「でも、この話は誰にも言わないでね」
「分かりました」
私は頷いた。
――その時は。
本当に、そのつもりだった。
⸻
その日の夕食。
全員が集まっていた。
兄さん。
シルフィ姉さん。
ロキシー姉さん。
エリス姉さん。
子どもたち。
そして、私。
いつも通りの食卓。
「今日はナナホシが来てさ」
お兄ちゃんが話し始める。
「研究がかなり進んだらしいんだ」
「へえ」
ロキシー姉さんが答える。
「よかったですね」
「うん」
シルフィ姉さんも笑っている。
「よかったね、ルディ」
その瞬間。
私は思ってしまった。
昼間のことを。
シルフィ姉さんの涙。
我慢していること。
そして。
兄さんが何も知らないこと。
私は口を開いた。
「兄さん」
「ん?」
「シルフィ姉さんにも、もっと相談したらいいんじゃないですか?」
「……え?」
食卓が静かになった。
シルフィ姉さんが私を見る。
目が大きく開いている。
「あ」
私は気づいた。
言っちゃった。
「いや……その……」
取り繕おうとする。
でも。
もう遅かった。
兄さんがシルフィ姉さんを見る。
「……シルフィ?」
「……」
「何か、俺に相談してほしいことがあるのか?」
シルフィ姉さんは笑った。
「ううん」
「そう?」
「何でもないよ」
そう言って。
いつものように笑った。
でも。
私は知ってしまった。
その笑顔の奥に。
何があるのかを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、ノルンの「真面目で優しいけれど、思ったことをストレートに言ってしまうところ」を書いてみたくて作りました。
シルフィの気持ちを知ってしまったら、ノルンはどうするんだろう。
きっと、黙って見ていることはできないんじゃないかなと思っています。
そして、言うつもりはなかったのに、夕食の席でつい口に出してしまう。
「……言っちゃった」
みたいなノルンを書きたかったです。
シルフィからすれば、「言わないでね」とお願いした相手に、まさかその日のうちに言われるとは思わないですよね。
今回はそんな、ちょっと不器用だけど真っ直ぐなノルンのお話でした。