いいか、コウメイ。聞いても死ぬんじゃねえぞ。
お前の____が死んだ。
*
聞いたら死ぬなだなんて、まるで自分のこれから追うのが分かっているかのような言い草だった。
悪友はそれだけ言うと、いつの間にか長野にまで呼んだコナンくんに自分を見張らせた。コナンくんとて暇人ではないし、なにより小学生ではあるが、目を見張るものがある。
事件に巻き込まれない立場で、かつ僕の動きを先回りできるものは彼くらいだろう。だからここ数週間は、(コナンくんが居候している)毛利小五郎を長野に籠らせるために悪友はあの手この手と事件で長居させた。
一週間。
毛利小五郎はこれが限界だった。「俺は家に帰る!」と言い出した時、名探偵コナンが目を光らせて悪友に尋ねる。
「大和警部、本当は諸伏警部を見てて欲しかったんだよね?」と。
当てられた悪友はバツが悪そうに頷き、そして僕を見た。そして酷く痛ましいものを見た顔をする。
口角を上げて笑おうとした。だが、どうやら僕の顔は笑顔になっていないようだ。
顎に手を当てると、久しぶりのジョリジョリした感覚が手指にあたる。そういえば口髭も整えていない。
髪はどうだ。風呂には入っているが、生き返った心地はしていない。リフレッシュにすらならない。
そんな僕を見て、コナンくんは「見ててわかるよ。身近な人を……亡くしたんだね」と辛い顔で答える。
僕は……。
「僕は、酷いでしょうか」
周りが息をのむ。
「監視カメラにハッキリ映っているのに。非常階段にあったのは彼女の遺体なのに。彼女にそっくりな人にしか見えないんです」
「コウメイ……何度も言うがアイツの指紋や血痕は確かに照合してるんだ。前に事件にあったときの彼女と一致している」
「でも!!!!!!それでも!!!彼女とは違うんだ!!!!!!」
張り裂けそうな心の痛みで叫ぶと、空気がビリビリと震える。すると眉をぎゅっと寄せた毛利小五郎が近づいてきて、僕は咄嗟に構えを取ったが、首に痛みが走ったと同時に目の前が真っ暗になった。
*
意識を失った諸伏警部を抱えるように小五郎のおっちゃんが横から抱きしめる。元々限界な体だったのだろう。じゃなきゃ現役の刑事さんを手刀で気を失わせることは容易くない。
奥歯を噛み締めた大和警部が毛利小五郎に礼を言った。
「すまねぇな。毛利さんよ」
「いや、こちらこそ諸伏警部の言葉を最後まで聞いてあげられなくてすまねえ」
大和警部とおっちゃんが会話をしていく中、俺は諸伏警部の言った言葉が気になっていた。
遺体なのに本人に見えない遺体とは?
「ねえねえ、大和警部。その遺体の傷跡ってなあに?」
「傷跡なら無かったぜ」
「こら!!ボウズ!!!」
聞くとおっちゃんに拳骨をされるが、それより俺は大和警部の言葉が先程から引っかかる。
「監視カメラが何故かそこにだけあってな。口から勢いよく真っ赤な血が噴き出して、階段に背中から倒れこんで……一瞬で息絶えた」
『真っ赤な血』と言ったことに疑問を抱いた。
胃や肺からの吐血は、酸化して暗い色になる。鮮やかな赤い血が噴き出すなんて、本来あり得ないんだ。しかも__吐血したはずの血が、背中に広がるのもおかしい
「監視カメラは他にないの?」
「いや、そこだけだ。仏さんが死ぬ前の3日前には取り付けられてたらしい」
おかしい。まるで見せつけられているようだ。喉に引っかかった小骨のような感覚が分かるのか、大和警部も「血には何の薬物の反応も無かったよ」とボヤく。
大和警部の話を聞いて、頭の中で灰原の言葉が蘇る。
『私は一切の毒物反応を残さず生物を殺す薬物を作ったのよ……』
灰原の言葉通りなら、この遺体は、アポトキシン4869を使われたのかもしれない。それも本物の遺体が。偽物の遺体は俺たち警察や組織に見せつけるために作られたと、そう考えさせられる。背中に広がる血は恐らく本来の遺体の血……!!そこからも検出されないのはやはりアポトキシンが使われているから。
血を吐いて間もない頃に誰かが偽装したってことか!?
偽装する理由は他ならない、『生きている』からだ。もしかしたら俺と同じかもしれない。
しかしそんなのは死体を用意してなければ無理なはず。だがそれを用意できたとすれば____!?
不可能な物を除外していって残った物が、たとえどんなに信じられなくても……。
これを諸伏警部に言うにははばかられた。
今の諸伏警部は今にも崩れそうな積み木に近い。そんな所に俺が実は生きているかもしれないと言ったらどうなるか。積み木は推理するまでもなく下へと落ちていくだろう。しかも同じ積み方は出来ない。人格が崩壊するかもしれない。それほど今の諸伏警部は危うかった。
「……ここまでだな。まあ、毛利先生はまた会うかもしれねぇが」
眉を下げて、申し訳なさそうに声を出す大和警部を最後に、俺たちは長野から離れることになった。
*
景光に拾われてからものの、私はセキュリティが厳重な部屋に閉じ込められ、毎日着せ替え人形と化していた。
太陽光を浴びれるのはベランダのみ。それも飛び降り出来ないようにしっかりと工夫されている。
景光はどうやら公安には言ってないらしく、恐らくセーフハウスの1つだと考えられる。聞いてみたが「昔に作ってそのままにしてた部屋」くらいしか分からなかった。あの白い悪魔(降谷)なら景光の隠し事ぐらい分かって突入してきそうなのだが、どうやらこの世界の景光は一筋縄じゃいかない景光らしい。
帰ってくるのも疎らで事前連絡なしにここに立ち寄っては、ぬいぐるみを抱きしめるかのように私に抱きついてくる。
「よくやった、景光」
無論、今日も私の腰に抱きついてきた景光なので、黒髪を撫でてあげた。6歳に抱きつく29歳児とは見た目苦しいが。
「あ”ぁぁ……落ち着く」
「今日は何を頑張ったんだ?」
「えっとねー、今日は恐喝を頑張りました!」
「そうか……」
てへっっと嬉しそうな声で景光が物騒な言葉を吐く。そうか。それほど疲れているのか。私は目が死んでいくのが分かった。
「お姉ちゃんこそ何してたの?」
「私か? 雑誌を読んでいた」
「なんの雑誌?」
「喫茶ポアロ、謎のイケメン店員あらわ___「ダメ」」
景光が被せるように言う。
「お姉ちゃんには絶対ゼロには会わせない」
と言われたのが3日前。
「初めまして、降谷零と言います」
にこやかに言い放つ100億の男。その横で目元や頭、口にタンコブが出来てボコボコにされた景光。
恐らく黙って子供を誘拐したなんてと思われているに違いない。
私は現状を話す他なくなったのだ。しかし景光の目が話すなと言っている。
仕方ない。私が主役に憧れた時に思い浮かんだセリフを言う時が来たか……。
「えっと……その、私、ほんとは……どこにもいっちゃいけないの。だからね、景光さんが隠してくれたの。怖くて…ひとりになれなくて……コセキっていうのがなくて、どこにも行っちゃダメって…言われたの…。景光さんが、私を守ってくれたの…」
一番悲しかった出来事を思い出せ。諸伏たちの親がもし亡くなった時の悲しみを。そこで涙を流すと、目の前の対象は静かに自分を見定める動きを取った。
左手で顔を隠して、降谷さんにだけ見えないように景光にだけ顔を見せる。私に、あわせろ。
「彼女は、戸籍もなく、保護されるべき存在だった。たまたま1か月前に拾って……ひとりで危険な状況に置かれるわけにはいかなかった。公安の管轄下に置く前に、まず安全を確保する必要があった。だから、俺が匿って……いました」
階級が違うのだろう。最後にだけ敬語をつけた景光がそう言うと降谷の顔がクシャクシャになった紙のように歪む。
降谷の口から「でも……」「なんで……」と不満が零れたが、私の純粋無垢な涙からは逃れられなかった。
私は景光のそばに寄って、「お兄ちゃんをいじめないで」と女優もびっくりな演技をしてみせた。伊達に35年間生きてて、鏡相手に演技を続けてた私はやわでは無い。
「明日……警視庁に連れてこい」
降谷はそれだけ言うと、こちらに手を伸ばして私の頭を撫でた。
「怖がらせてごめんね。明日、詳しくお話聞かせてくれるかな?」と優しい笑顔で言ってみせた彼は相当の演技力だろう。
私はうるうるとした目で「景光さんのそばに居てもいいの?」と聞く。その場では判断が下せないのだろう。「それも明日話そっか」と逃れられてしまった。
玄関で降谷を見送ってから、下駄箱に隠しておいた盗聴発見機を家中にかざして、ついでに景光にもかざしたら数個出てきた。恐るべし降谷。
私はスマホのメールの下書き機能で景光と会話する。
景光はただただメールで謝るだけのマシーンと化した。あとは『演技うまかった。またお兄ちゃんって言って』と言われた。景光の顔を見ると、タンコブだらけの顔でニヨニヨと笑っている。
私は盗聴器に向けて「お兄ちゃん変なことしないでっ」って吐息をかけるようにアッチ系の発言をした。慌てたような景光が面白かったのは言うまでもない。
*
やっと外の光をみた気がする……。
景光に連れてこられたのは、言うまでもない。警視庁だ。景光の担当が警視庁公安部だからかもしれない。もしくは風見さんが早く用意できたのが警視庁の取り調べ室だったか。
それはどうでもいいが、何やら警視庁が騒がしい。どうやら各都道府県警から警察官を集めているらしい。様々な方言が聞こえてくる。景光と「お兄ちゃん、今日はたくさん人がいるんだねえ」と話していた時だった。_____ヤツを見つけたのは。
「兄……さん?」
「もろ、ふし」
そこで見たヤツの姿はボロボロだった。
屋外の簡易ベンチに居座るヤツは、髭は顎髭もちょび髭もボウボウ、髪はまとめられているが艶が消えており、歳がさらに増して見える。まるで何十年も退化した人間のようだ。私は気がついたら走り出していた。景光が呆気にとられたようで、慌てて着いてこようとするが、着いてこない? 振り返ると、あえてその場に突っ立っていた。どうやら諸伏と私だけにしてくれるらしい。
諸伏のそばまで走り終わると、私はハアハアと息が漏れ出た。
諸伏の意識は私には無い。おいおい、この状況で招集掛けられたのかよ。
「諸伏」
「……」
「諸伏。諸伏!!」
「……」
返事がない。屍と言うよりは警視庁に生えてるそこらの木のようだ。
「諸伏、この声に聞き覚えはないか?」
「……」
ぴくり。諸伏の小指が跳ねる。
「お前は幼少期の私を忘れたのか?」
まだ反応がない。
「小さい頃のお前はムカつくことばかりだった。私が主人公に憧れているにも関わらず、目立つことばかり」
諸伏の頭が揺らぐ。
「探偵ごっこをしては、成果を私に嬉しそうに伝えてきたな」
そこで、諸伏はやっと私の姿を捉えた。
「よお、諸伏。元気じゃなさそうだな」
「___ッ」
諸伏が私の名前を呟く。
「今はどうだ? 警察ちゃんとやれてるか?」
「……今は、もう、ボロボロですよ」
「分かってる。ごめん」
諸伏の瞳から綺麗な涙が流れ落ちる。効果音なんて何も無い。「泣いちゃダメだよ、高明おじちゃん」なんて笑いながら言う。
ただ流れ落ちた涙をぬぐい去ろうとしたが、その前に諸伏に抱き抱えられた。
「ぐぇぇ!!」と私から息が抜けていき、肺が圧迫される。ギブギブと肩を叩くと諸伏は膝に座らせてきた。そのあとも、ぎゅうぎゅうと背後から抱きしめられる。
あのぅ、ここ警視庁前で警備の人ですら目を光らせてるんですが。通りすがりの招集された県警たちも目怖いよ!?!?
ついでに遠くにいた諸伏も笑顔で近づいてくるのが分かる。知ってる!!あの笑顔、白い悪魔の友達!!!
「とりあえず諸伏は見た目整えろ!!やばい!」と言うと、諸伏は私を抱えたままどこかに走ろうとした。そして全力で景光が止めに来る。
その後、コンビニで買ったカミソリで、トイレにて簡素に見た目を整えてきた諸伏と出会ったのは近い未来のことであった。
「そういえば、景光。降谷さんとの時間はいつだ」
「えっと14時から……あれ」
数分すぎていることに気がついた私たちは冷や汗で諸伏の前から逃げるのであった。
ここでpixivにてエタってるので短編としてゆっくり続けるつもり。
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