理不尽を越える者――ただの二虎伝説   作:とんこつ味噌味

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エピローグその2

Ⅲ.博麗の坂、歴史との遭遇、そして真の大宴会へ

 

宴会が完全に終わり、静まり返った博麗神社の参道。

片付けを終えた博麗霊夢は、境内の掃除を終えて、ふぅと大きなため息をついていた。

 

 

「全く、どいつもこいつも勝手に盛り上がって、勝手に帰るんだから。二虎だか何だか知らないけど、数億年前の人間が今も生きてるわけないじゃない。永琳も藍も、昔のことを美化しすぎなのよ」

 

 

霊夢はお札を懐にしまいながら、長い参道の階段を見下ろした。

 

夜の帳が下り、幻想郷は完全な静寂に包まれている。

冷たい夜風が境内を吹き抜けた、その時だった。

 

ズシン、ズシン、と。

参道の階段の奥から、人間のものとは思えない、地響きのような「重い足音」が近づいてくるのが聞こえた。

 

 

「あら、こんな夜更けに妖怪の夜襲かしら?」

 

 

霊夢が警戒して懐から数枚の「お札」を抜き取って構えた瞬間、階段の霧の向こうから、一人の『男』が姿を現した。

 

端正だが野生的で飄々とした面構え。

ボロ布のような衣服(羽織)を肩にかけ、筋肉の塊のような頑強な肉体。

 

そして何より異様だったのは、その男が、家一軒ほどもある規格外に巨大な猪を、事も無げに片手で担いで笑っていたことだ。

 

 

男は階段を登りきると、そこに立つ霊夢を見て、十鬼蛇二虎さながらの低く余裕のある声で話しかけてきた。

 

 

「ようお嬢ちゃん。ちょっとばかし道を聞きたいんだが、博麗神社ってのはここで合ってるかい?」

 

 

霊夢は、男の姿と、彼から放たれる圧倒的な『武』の気配に、言葉を失って固まっていた。

魔力もない。妖力もない。

 

なのに、目の前の空間そのものを捩じ伏せるような、理不尽なまでの生存本能の塊。

 

 

「……え、ええ。ここが博麗神社だけど……あなた、一体何者よ?」

 

 

霊夢の問いに、男は担いでいた巨大な猪をドゴォォン!と境内の地面に下ろした。

地響きが鳴り響く。

 

男は頭をボリボリと掻きながら、ニカッと白い歯を見せて不敵に笑った。

 

 

「そいつは良かった! あー、いやな。ひょんなことからこの面白い境界の張られた土地に迷い込んじまってさ。昔馴染みの『お嬢ちゃん』がここにいるって噂を聞いたから、お土産の肉を持ってきてやったんだわ。八意永琳ってのは、ここにいるかい?」

 

 

その名前が出た瞬間、霊夢の脳裏に、先ほどの宴会で永琳や藍、諏訪子たちが熱く語っていた男の姿が、完全に一致して繋がった。

 

(嘘……嘘でしょ!? 本当に実在したの!?)

 

驚愕のあまり、引きつった笑みを浮かべる霊夢を置いて、男――『ただの二虎』は、夜空に浮かぶ美しい月を見上げ、ふっと懐かしそうに目を細めた。

 

 

「あーあ、相変わらず綺麗な月だねぇ。……よし、お嬢ちゃん! 飯の準備だ! 永琳を呼んできてくれや、今日こそ美味い肉の焼き方を叩き込んでやるからな!」

 

「ちょっと……! 勝手に神社を調理場にしないでよ! っていうか、もう宴会は終わって、みんな自分の家に帰っちゃったわよ!」

 

 

霊夢が頭を抱えて叫ぶが、二虎は「帰ったなら、また呼べばいいだろ?」とあっけらかんと言い放つ。

 

そして、その二虎の尋常ではない地響きと、境内から放たれた規格外の『武』の気配は、すでに人里や妖怪の山、迷いの竹林へと帰路に就いていた強者たちの本能を、深夜の幻想郷で激しく揺り動かしていた。

 

 

「……この気配、まさか!?」

 

 

最初に戻ってきたのは、竹林への道を爆走して引き返してきた八意永琳だった。

彼女の目が、巨猪の前に立つ二虎の姿を捉えた瞬間、万物の理を見通す月の頭脳が、数億年ぶりに激しく揺れ動いた。

 

 

「……二虎?」

 

 

二虎は猪を解体するナイフを止め、顔を上げてニカッと笑った。

 

 

「おう、お嬢ちゃん。久しぶりじゃねえの。相変わらずお上品に突っ立ってんなぁ。ほら、約束通り、飯を食わせろって戻ってきてやったぜ?」

 

「あなた……本当に、私の計算をどこまで狂わせれば気が済むのよ……!」

 

 

永琳の唇が、驚愕の後に、これ以上ないほど愛おしそうな笑みへと綻んでいく。

 

さらに、八雲紫の隙間から文字通り飛び出してきた八雲藍が、二虎の姿を見るなり、その生真面目な顔を激しく変化させた。

九つの尾が嬉しそうに逆立つ。

 

 

「二、二虎……!? 本当に、本当にあなたなのですか……! 宴会が終わって、紫様と戻る途中でこの気配を察知して……!」

 

「おう藍! 見違えるほど立派な狐になりやがって。ほら、家賃代わりにちょっと尻尾モフらせろ!」

 

「っ、相変わらず無礼な男ですわ……! ですが……ですが、よくぞご無事で……!」

 

 

藍の瞳には、生まれて初めて心安らぐ居場所をくれた男との再会に、熱い涙が滲んでいた。

 

 

「あはは! 嘘だろ、本当に来ちゃったよ! 帰り道で大きな音がしたから戻ってみれば!」

 

 

酒瓶を抱えた洩矢諏訪子が、神奈子と共に大爆笑しながら境内に舞い戻ってくる。

 

 

「おい二虎! 王馬の師匠! ウチの国で武術の神を育てた男が、まさか現代にふらっと現れるなんてねえ!」

 

「何だ何だ!? 噂をすれば影が差すってか! こいつが伝説の不老不死の拳雄か!」

 

 

同じく気配を察知して山から一瞬で駆け戻ってきた、伊吹萃香と星熊勇儀が、目をらんらんと輝かせて二虎の前に立ちはだかる。

大江山の鬼たちが放つ圧倒的な怪力と闘気の圧。

 

並の人間なら気絶するほどの威圧感の中、二虎は一歩も引かず、むしろ楽しそうに肩を回した。

 

 

「へえ、いい気配だな。お前ら、美味い酒を飲みそうな顔してやがる」

 

「話が早くて助かるねえ! 挨拶代わりに、一発ガチンコで殴り合おうじゃねえか!」

 

 

勇儀が笑いながら、山をも砕く右拳をノーモーションで二虎へと叩き込んだ。

 

 

「金剛(こんごう)の型――『鉄砕(てっさい)』」

 

 

二虎の拳が、一瞬にして鉄のごとく硬化し、鬼の拳へと正面から衝突する。

 

 

ズバァァァァァンッッ!!!

 

 

衝撃波が再び境内を駆け抜け、桜の木から花びらが嵐のように舞い散った。

互いの拳が完全に拮抗し、大気が悲鳴を上げる。

 

勇儀は目を見開き、次の瞬間、最高の笑みを浮かべた。

 

 

「あははは! 最高の硬さだ! 本物の『武』じゃねえか!」

 

「お前こそ、いいパンチだ。だがな、理不尽な暴力なら、俺は数億年前に天の白虎で飽きるほど味わってんだわ」

 

 

二虎は不敵に笑い、受け流すように『操流の型・柳』で勇儀の力を逸らし、鮮やかに間合いを取った。

 

 

「よし、戦闘はここまでだ! 腹が減っては戦はできぬ、ってな。お嬢ちゃんたち、宴会の『やり直し』だろ!」

 

 

二虎のその一言で、一度は完全に終わって静まり返っていた博麗神社は、叩き起こされて集まった魔理沙やレミリア、咲夜、美鈴、白蓮たちも合流し、先ほどを遥かに凌ぐ熱量の「深夜の大宴会」へと突入した。

 

二虎が雑に、しかし豪快に焼き上げた巨猪の肉が並ぶ。

 

 

「おい、二虎! さっきの拳、どうやってんだ!?」と魔理沙が興奮して二虎の隣に陣取り、美鈴は「まさに肉体の極致……!」と頭を下げる。

白蓮は「本当に実在されたのですね……お伽話だなんて言って申し訳ありません」と、恥ずかしそうに手を合わせていた。

 

宴が深夜から夜明けへと向かう頃、永琳は二虎の隣に静かに座り、お猪口を差し出した。

 

 

「数億年ぶりの地上の肉、そしてお酒の味はどうかしら、二虎?」

 

 

二虎は酒をぐいと煽り、ぷはぁ、と息を吐いてニカッと笑った。

 

 

「最高だね。お嬢ちゃんの淹れてくれた酒は、あの泥臭い肉の味がするわ」

 

「ふふ、私はそんな雑な料理は作らないわよ」

 

 

永琳はそう言いながらも、本当に嬉しそうに目を細めていた。

 

少し離れた場所では、藍が二虎に「もう、またそんなに暴飲暴食して……少しは自制なさい」と、生真面目に、しかしどこか嬉しそうに小言を言っている。

 

霊夢は、一度は終わったはずの自分の神社を完全に占拠して大騒ぎしている男を見つめ、あきれ顔でため息をついた。

 

 

「全く、本当にとんでもない人間を呼び込んじゃったわね。神様も大妖怪も月の頭脳も、みんな一人の人間に振り回されてるじゃない」

 

 

しかし、霊夢の唇もまた、微かに笑っていた。

魔力も妖力もない、ただの人間。

 

だが、誰よりも熱く、誰よりも自由に、生きる狂気だけで世界の理不尽をぶっ飛ばしてきた男。

その男が今、幻想郷という「忘れ去られた者たちの楽園」に、新たな息吹を吹き込んでいた。

 

遥か高天の先で、白虎がふっと鼻を鳴らす。

地上に響く笑い声と、肉を炙る煙、そして響き渡る拳の音。

 

 

「さあ、夜はまだ始まったばかりだ。お前ら、俺の『二虎流』に、朝まで付き合ってもらうぜ?」

 

 

伝説の男・二虎の不敵な咆哮が、幻想郷の夜空へ、そして果てしない未来の先へと、どこまでも熱く響き渡っていた。

 

(終わり)

 

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