え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされていますが、いつの間にか立場逆転しそうです。そんなことよりポーションの補充します~ 作:猫豆腐
鼻を突いたのは、嗅ぎ慣れない焦げた土と木の匂いだった。
視界が砂埃でよく見えない。
「……あ、これ無理なやつだ」
地面に転がったまま、俺は確信した。
さっきまで立っていたはずの森が、もうどこだか分からない。
地面は焼けて抉れて、元が何だったのか思い出せない形になっている。
町ひとつ分くらい、吹き飛んでないか?
魔王軍との戦いが佳境だとか、起死回生の一手として勇者パーティが来るとか、そういう景気のいい話は、噂で確かに聞いていた。
だけどそれに巻き込まれるとは聞いてない。
魔術で敵ごと味方を巻き込むことに一切の躊躇がない。
もはや兵器かよ。
かなり遠くに、米粒みたいな影が見える。
さっき意味不明な範囲の爆発魔法をぶちかました張本人だ。しかもあれで勇者本人じゃない。
噂の勇者パーティに所属している魔術師だっていうんだから、世も末だ。勇者はこれ以上とか、どんな化け物だよ。
よっぽど魔王だろ。
お伽話の英雄なんて都合のいい存在、いるはずなく。現実は敵も味方も関係なく消し飛ばす範囲兵器だ。
米粒サイズの影を見つめながら、死にかけの俺にできる精一杯は、心の中で皮肉を言うことしかない。
不公平すぎて、ちょっと笑えてきた。
「あー……帰りてぇ……」
『今回は何かあっても労災が下りるらしいから安心して戦いに行けるわよ!』
どこかのバカリーダーが、ここに来る前に鼻息荒く言っていた言葉だ。
「……死んだら、労災もクソもないんだけどな……」
極貧パーティの、ただの荷物持ちである俺が、
なんで今、敵陣のど真ん中に転がっているのか。
なぜだ。
きっかけは、たしか――
◇
「敵を倒しに行くわよ!」
前線の仮設テントで、リーダーがいきなりそう言った。
同じ前線でも直接戦うのは正規軍で、俺たち補給組は比較的安全な場所で待機。
それが常識のはずだった。
「……え?」
あまりに予想外の提案に、脳の処理が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待て。俺ら待機って指示だっただろ」
「大丈夫大丈夫!」
返事をする間もなく、腕を掴んで引っ張られる。
どこがだ。何が大丈夫なんだよ。
そのままテントの外へ引きずり出される。
抗議したところで荷物持ちの俺に、この暴走機関車を止める権限なんて、最初からない。
諦めるしかなかった。
「で、結局なんで今、敵を倒しに行くんだよ」
「私思ったの。せっかく戦場に来てお金を稼ぐつもりだったのに、テント待機なんて据え膳じゃない!」
「……なおさら俺を連れて行くのは人選ミスだろ」
このパーティ、俺以外は全員前線で暴れ狂う連中だ。俺だけ明らかに場違いだろ。他のやつ連れてけよ。
リーダーがとびきりの笑顔で俺を見る。
「だってこういう時はモブがいれば何とかなるじゃない!」
ならないよ? 俺ただの荷物持ちだよ?
ますます分からない。
何を根拠に言っているんだ。
「荷物持ちじゃ何ともならないから聞いたんだが」
「大丈夫だって。期待してるわ!
それに今回は何かあっても労災が下りるらしいから安心よ!」
何が安心だ、死んだら死に損だろうが。
その無責任すぎる言葉が耳に残った。
「ところで、どこへ向かってるんだ?」
「任せなさい!
勇者である私に抜かりはないわ。
敵軍を迂回して進めば、ちょうど敵将の後ろに出るはずよ!」
「……敵将の位置はどうして分かったんだよ」
「勘よ!ボスってだいたい奥にいるもの!」
「今すぐ帰りたい……」
魔王軍の指揮官もそんなに単純じゃないだろ、とか。
お前の勘が当たった試しがない、とか。
言いたいことは山ほどあったが、機嫌を損ねて守ってもらえなくなったら、それこそ終わる。
荷物持ちは、生きることに貪欲なんだ。
ちなみにこいつの言う勇者も自称である。
そうこうしているうちに、リーダーはずんずん森に入っていき、俺もその後を追った。
◇
森を進むにつれて、嫌な音がボリュームを上げていく。
金属がぶつかる音。
誰かの怒鳴り声。
地面を揺らす衝撃。
……あれ?
これ、迂回にしては雰囲気と違くないか?
「リーダー、この音の量、迂回した先にしては多すぎないか?」
「そう?こんな感じじゃないかしら?」
絶対違う。
そして木々を抜けた先で、視界が一気に開ける。
そこは、『最』前線だった。
遮蔽物なし。
人と人がぶつかり合い、剣と剣が火花を散らす。
足元には、無造作に転がる死体。
胃の奥が一瞬痙攣したが、なんとか飲み込む。
「ちょ、ここ最前線じゃねぇか!」
「迷ったわね!」
なんで胸を張って迷子になったことを自信もって言えるんだ。
「ここ、ヤバいだろ」
言い終わる前に、リーダーが叫ぶ。
「功績はちゃんと稼ぐから大丈夫!
敵将打ち取ったりー!」
そう言って、地獄のど真ん中に走り出す。
俺ごと。
「ちょ、ちょっと待て――!」
言葉の途中で、体ごと持っていかれた。
◇
俺の頭すれすれを銀閃が走る。
冷や汗の流れる前髪が、風圧だけで揺れた。
「うわっ!?」
俺の後ろにいた敵兵が、何が起きたか分からないといった顔で倒れる。
「動かないで!」
無理だろ。
じっとしていたら俺が斬られる。
「次は右!」
横薙ぎ。
耳のすぐ横を剣が通り過ぎる。
「近い近い近い!」
「当たってないから平気よ!」
当たったら俺の人生、即終了なんだよ!
再度剣が振られるのに合わせて、リーダーの金色の髪が遠心力で振り回されて、
俺の顔面を直撃した。
「っ痛い!」
「何よ、だらしないわね」
こ、こいつ、覚えとけよ。
ゴミ箱と化しているバッグの整理とかもうしないからな。
剣が振るわれるたび、俺の周囲の空気が死の予感で忙しい。
「ほら、次!」
次って何だ。
これじゃ俺、完全に釣り餌か何かだろ。
リーダーに襟首を掴まれて、乱戦側に向かって半歩前に引きずり出される。
足元を、何かが硬い音を立てて転がってくる。
「うわっ!?」
誰かの捨てた盾だった。誰かの首とかじゃなくてよかった。
「リーダー!足元見ろよ!」
「大丈夫よ!」
そう言って背中を押される。
いや、敵に向かって突き飛ばされた。
直後、俺の首の高さに剣が通る。
もはや声が出せず、ただ息を呑んだ。
「危ないわねー」
お前だよ。
全部お前のせいだよ。
気づけば、完全に乱戦の渦中だった。
「え、ここ。俺いる場所おかしくないか?」
「後ろに下がる方が危ないから、前にいた方が安全よ!」
聞いたことのない理屈だ。
どんな生存本能だよ。
背負っていた荷袋に衝撃がある。
「あっ、悪い」
謝ってみたが、誰も聞いていない。誰かの攻撃を偶然荷物で弾いたようだ。
まあ、ここまで来たら、じたばたしても仕方ない。
自称勇者でも、こいつが前にいる間は、まだ死なない気がした。
その時、少し離れた場所で、空気が歪んでいるのが見える。
熱でも霧でもない。
そこだけ、空間の密度がおかしい。
……待て。
この魔力、覚えがある。
爆発の、それも大規模魔法の詠唱に入る直前の兆候だ。
なんで俺たち、その射程にいるんだ?
味方もまだまだ残ってるだろ!
「リーダーッ!」
彼女を掴んで、近くの窪みに飛び込む。
瞬間、白の閃光。
音が物理的な圧力になって殴ってきた。
光が目に焼き付き視界が潰れ。
空気に叩き潰され、身体が浮き、次の瞬間、地面に叩きつけられる。
息が一気に抜けた。
◇
そうだよ、きっかけはどう考えても横で俺と転がっているこいつが原因じゃないか。
「……リーダー、生きてるか?」
少し間があって、
「あー……えぇ、なんとかね」
間延びした声が返ってきた。
「さすがに、ちょっと危険を感じたわ」
「……俺は、死を感じたけどな……」
返事はない。
都合の悪いことは聞いていない。その都合のいい耳が羨ましいよ、本当に。
周囲は、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだった。
噂の勇者様ご一行ってのは、敵も味方も関係なく殲滅するんだな、労災案件だろこれ。
俺は空を見上げて、溜息を吐き出す。
すると、遠くから声が聞こえてくる。
「おーい!リーダー!モブー!生きてるかー!」
パーティメンバーの一人が、のんきな声を出しながら駆け寄ってくる。
脳みそまで筋肉のバーサーカーだと思っていたが、仲間を探しに来る程度の情けはあったらしい。
「お前らだけ楽しそうに抜け出したって聞いてさ。ずるいぞ、あたしも混ぜろよ」
前言撤回。
ただ暴れたいだけじゃないか。
「どうして俺たちがここにいるって分かったんだ?」
「前線の近くで、でかい爆発が見えたからな。
お前らなら中心にいるだろって」
嫌な信頼だ。
九割リーダーのせいなんだけどな。
なんでただの荷物持ちが戦場の最前線でこんな危険な思いをしなければならないのか
……ああ。
本当は、もっとどうでもいい昼から始まっていたはず。
いきなり戦場の話から始まったわけじゃなかったんだ。
俺がこの戦場に来る前。
冒険者パーティとして集まっていたギルドの、あの懐かしささえ覚える狭いテーブル。
金の話しかしないリーダーと、それに付き合っていた、いつもの昼と干し肉の味。
……そうだ。
全部の始まりは、あそこだった。