え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
今日は珍しく全員が出かけた。
ホームには今、俺しかいない。
早朝からメイが刀のメンテナンス用品を買いに行くと言って、一人出ていった。
レヴィもペットの散歩に行くと出ていった。
リーダーが「気分転換に街をぶらつく」と言い出したのが朝飯の後で、「暇だからあたしも行く」とディアがあくびを噛み殺す。
ホームから出る際に「モブは来ないの?」と聞いてきたが、荷物の準備がある云々と答えて「そう、じゃあ鞄の整理お願いね」と残して去った。
遠征準備のついでだ、みんなの鞄の整理もやっておくか。
扉が閉まる。
外から鳥の声が聞こえる。風が窓を揺らす音がする。環境音しかない静寂。
ホームは街の外れの方にあるから周りの喧騒も何もない。
ここって本来はこんなに静かな場所だったんだな。
普段はリーダーの声の叫び声がどこかから聞こえてきたり、ディアが何かを叩く音がする。
レヴィのペットが庭で鳴いたり、メイが刀を磨く音がするのがそれが当たり前になっていた。
静かだと逆に落ち着かない感じがするのは俺もあいつらに毒されてきているんだろうなぁ。
十秒くらいそうやってボケーッとしていたが、やらなきゃいけないことが脳裏によぎって、椅子から立ち上がる。
あー面倒くさい、やることはあるしそれが溜まっているんだよな。
先日ディアとリーダーがギルドに顔を出した際に、よさそうな依頼を見つけたらしい。
王国行きの陸送護衛らしく、10日間の遠征になるそうだ。
荷物持ちをやるまでは知らなかったが、遠征前には必ずやらなければいけない作業が意外と多い。
各自の荷物の状態確認、消耗品の補充、紐や革ひもの交換、金具の点検。
現地で道具が壊れたら洒落にならない。
どうせリーダーは「大丈夫よ」と言うだろうが、大丈夫じゃなかった時に困るのは俺だ。
リーダーは別にどうでもいいが後の俺自身のためにもこうした作業は欠かせない。
荷物持ちをやる前はただ物持っていればいいだけの
選ぶ役割間違えたか? いや俺にはこれくらいしかどのみち適性がなかったか。
自分が剣を振り回している姿が想像できねーもんな。
さて、まずはリーダーの荷物整理からか。
俺は皮手袋をはめて、リーダーの鞄に手をかけて開けた。
――瞬間に後悔した。
「っう」
ツンッと鼻を刺激する酸味のあるにおいとともに、いつのかわからん黒パンが出てきやがった。
お前これカビ生えすぎて黒パンが白パンになっているじゃねーか!
食べんのか!? あいつなんてもん普段持ち歩いてやがんだ! 捨てだ捨て!
手に取った白パンを捨てて、鞄の発掘作業を続ける。
護身用短剣の柄にタイツが巻きついていた。どういう経緯でそうなった。
よくわからんオブジェ…これは後で捨てていいか聞くか。
錆びた真鍮の鍵、どこのだ、ダンジョンか?
割引券?とっくに期限が切れている。
そのあとも様々ないらないものが出てきた。
だいたいはそのままゴミとして捨てられるものが大半だ。
そしてすべてを出し終えたそこには、ひっくり返ったポーションと底に漏れた中身が乾燥してへばりついていた。
「……きたな」
普段化粧ポーチだけ別にしたり意外と豆だなと思ったらこれだよ。
ズボラすぎて鞄自体の機能を失っていただけじゃねぇか。
俺は魔力糸を出して中身をひとつひとつ、状態を確認しながら並べていく。
糸で細かい場所を払って埃を落とす。金具に糸を通して緩みを確認する。
こういう細かい作業は手でやるより糸の方が早い。指が届かない隙間にも入れるし、力加減も細かく調整できる。
リーダーの消耗品の残量を確認した。包帯が残り二本か、少ない。
解熱の薬草も入ってないし、虫除けも残り僅かだ。
使ったら補充するという概念が、この女の頭には存在しないらしい。
この後買いに行くメモリストに書き込む。
次はディアの荷物だ。
開けると、リーダーとは打って変わってこちらは逆に何も入っていなかった。
着替えが一枚。それだけだ。
あいつは本当に遠征に行くつもりはあるのか?
ディアの場合は荷物を持ちたがらない。
曰く身軽な方が動きやすいという理屈らしいがそれは分かる。
分かるけど、長丁場で着替え一枚はさすがに俺が困る。
もっとも、俺なんかに見られていてもディアは困らないんだろうが。
食料も水も救急用品も替えの服も全部俺が持つ前提で考えているんだろう。
俺の荷物の許容量にも限界があるんだが、その辺を考えてくれたことは一度もないと思う。
毎度のように買い物リストに書き込んだ。
レヴィの荷物はペットの餌が八割を占めていた。
残りの二割に追いやるようにして本人の荷物がせせこましく詰め込んである。
まぁこれでいいんだろう。あいつはペットがいれば生きていける人間だから。
メイの荷物は触らない。触るなと言われている。
刀関係の道具が入っているのは把握しているが、それらを触られるのは気分がよくないんだろう。
理由を聞いたことはないし、聞かない方が精神衛生上いい気がしている。
最後に自分の荷物を確認した。
薬草とポーションは多めに持っておく。
俺の生存に直結するからだ。
一応自衛用の火炎瓶などもストックを作っておくか。
全部で銀貨十二枚分くらいの買い物が必要だ。
遠征前の出費は必要経費だとわかっていても毎回痛いな。
ただ出し惜しみして現地で困るより、先に痛い方がましか。
さて、次はメモに書いたものの買い出しだな、昼は久々に屋台でなにか食べるか。
◇
買い物リストを持って街に出た。
昼過ぎの市場は人が多い。主婦と商人と、暇そうな冒険者が混じって喧騒に包まれにぎわっている。
揚げ物のいい匂いと馬の匂いが混ざって、なんとも言えない匂いがした。
ごった返した人込みを避けつつ目当ての店を回る。
包帯と薬草はいつもの雑貨屋で買う。虫除けは隣の薬屋だ。
薬屋で会計が終わって帰ろうとしたところ「遠征ですか」と店主が聞いてきた。
「まあ」
「でしたら一緒にこちらなんていかがでしょう?」
しまった、世間話かと思ったら店主のセールスか、ここの薬屋は勧めてくる品が独特なんだよな。
「こちらです」と薬屋がカウンターの下から出してきたものは案の定独特な……いや独特過ぎてわかんねぇ。
なんだこれ、髑髏?を模した容器に液体が透けて見える。毒か?
「悪いがセールされても買わないぞ」
「まぁまぁ、話だけでも、実は最近王都で有名な発明家が作ったポーションでしてね、特別なルートで仕入れられたので今だけ格安でお譲りできるのですよ」
情報がふわっとしすぎている。大丈夫な奴かこれ?
「これ髑髏だろ、毒とかじゃないのか?」
「そんな毒だなんて滅相もございません、誤って誰かが飲まないためのカモフラージュでございます」
「……で、結局これは何なんだ?」
俺が聞くと薬屋は近づいてきて小声でこう言った。
「ちょー強力な媚薬でございます」
「帰る、じゃましたな」
「ちょちょちょっと待ってください! レアなんですよ? 本物なんですよ? 気になるあの子もいちころですよ?」
帰ろうとしたら店主がカウンター越しに袖をつかんで止めてくる。
袖が伸びるから離してくれませんかね?
「使う相手もいないし使う気もない。」
いやマジで俺が買ったところで使い道がなさすぎる。
「またまたぁ、サイレントプレーンと言えば最近噂の男が一人だけ、他は美少女だけで編成されたハーレムパーティじゃありませんか。
知っていますよ、夜な夜な女性をとっかえひっかえしているらしいじゃないですか、羨ましい」
薬屋が下卑たにやつき顔をしている。
どこから出た噂だそれ。
俺は客だが、今なら名誉棄損こいつぶん殴っても許されるんじゃないか?
「あのなぁ、うちは別にそういうパーティじゃないんだよ、悪いがあんたが想像しているような――」
「今回は無料で差し上げますので効果を感じましたら是非! 次回から購入してくださいませ!」
話聞かないタイプかよ、無理やり持たされてしまった。
「ふぅー、これで厄介な試供品とおさらばできる」
「……」
「次回もうちをどうかお贔屓に、お気をつけて」
はぁ、しょうがないから持って帰るか、無料だしな。
使わず適当に飾っておけばいい。
容器のデザインは髑髏でちょっとかっこいいし。
あの
「携帯食料に水も買ったし、これで大体の買い物は終わったかな」
あのあとも買い物を続けたが、ディアの遠征用品を揃えるのが一番手間だった。
着替えが一枚しか入っていなかったので服屋に言ったはいいものの、なぜ俺が女ものの服を買っているのか…。
周りの目線と店員の不審者を疑う視線が痛い。
逃げるように服屋を後にした。
毎回のことだが荷物の管理が雑なんだよな。
リーダーの詰め込み癖とはまた別の雑さで物品の破損が絶えない。
今回も水筒の底に穴が開いていたし、戦闘をして服に穴が開いたまま放置していることはざらにある。
ひどいときには鞄自体に穴が開いていたこともあった。
なにが「身軽な方が動きやすい」だ。
俺がディアの替えの服持っていなかったらこの間も全裸で街に帰ることになっていた。
俺の準備のおかげで笑いものになっていないことを自覚してほしい。
無理だろうな。
帰り道、屋台の串焼きの匂いがしてくる、腹が減っていた。
買いたかったけど予算オーバーだ。
こういう時、我慢した分だけ借金が減ると思うことにしている。
実際には誤差程度にしかならないし、実際誤差だと分かっている。
それでもそう思わないとやっていられない。
腹減った。帰ろう……。
荷物を抱えてホームに戻り、各自の消耗品を補充した。
全部終わって時計を見ると、昼なんてとっくに過ぎていて俺の休日はほぼ終わっていた。
まあ、やらなかったら遠征先で困るのは俺だ。
誰かがやらなければいけないことを
さすがにこれには文句も愚痴も言えない。
それがこのパーティでの俺の仕事だし、むしろ他のやつにやらせないようにしている。
めちゃくちゃにされるくらいなら俺がやった方がいい。
◇
夕方になるとリーダーとディアが帰ってきた。
それぞれ金髪と赤髪をぼさぼさにして、二人とも微妙な顔をしていた。
「おかえり。何かあったか」
リーダーが全力で目を逸らした。
ディアが「まぁその、色々あったんだけど、結果オーライってやつだ」と苦笑いする。
絶対なにかあったろ。
「結果オーライってどういうことだ?」
「色々あったけど全部解決した」
「何が起きた?」
「大したことじゃない」
「リーダーの顔に引っ掻き傷がある」
リーダーがはっとした顔をして頬に手を当てた。ディアが「ね、猫だ!野良猫に引っ掻かれただけだ」と言った。
たぶん嘘だな、経緯は気になるが、まぁ結果オーライっていうならいいか。
こいつらも俺の知らないところでイベントがあったんだな、当たり前か。
「ところで遠征って来週よね」
リーダーが切り替えるように言った。
「ああ」
「どんな依頼だったっけ? ディア?」
「おいおいリーダー、一緒に行ったろ。商人の依頼だよ。王都までの10泊かけての護衛依頼」
「それよ! 楽そうじゃない」
「確かにな―、盗賊か魔獣でも出てきてくれればうれしいんけど、王都までの道中だから退屈しそうだよなー」
縁起でもないこと言うなよ、せっかく舗装された正道のあるルートを通れる依頼なんだ。
そこでもトラブルだなんてごめんだ。
護衛依頼するって言ってんだから魔獣が出たら困る側の話をしているんだよ。
「来週に備えて今週は無理な依頼を受けないこと!いいわね!」
「了解」
まともなこと言っているけど、正直一番無理なことしそうなのはリーダーなんだよな。
「ディアも、リーダー命令だからな、聞いてるか?」
「おうっ聞いてる聞いてる」
聞いてない顔をしていた。
そこにレヴィがペットを連れて帰ってきた。
しばらくすると、いい匂いが漂い始める。
腹が鳴って昼に串焼きを我慢したのを思い出した。
「あ、レヴィ来週から遠征よ、準備は早めにね」
リーダーがレヴィに向かって言った。
「知ってますよ。準備はもう終わってます」
「え、早い」
「モブさんに言われてたので」
リーダーが俺を振り返った。
一応全員に早めに準備して置いてくれとは言ったんだけどやっぱり聞いていなかったか。
「……言ったぞ」
「準備手伝って」
「やだ」
自分でやれ、と思いはするけど実際今日の鞄の惨状を知っていると逆に手伝った方がいい気がする。
鍋に何かを入れる音がして匂いがさっきより濃くなった。
ディアが「腹減ったな」と言って椅子に座る。
まぁ食ってから考えるか。
「えーん、ディア聞いてよ~、モブが手伝ってくれないのよ~」
「悪いけどあたしも手伝わないぞ、前にそれでリーダーの鞄に触ったら謎の臭い液体が手に付いたからな」
「そっそんな汚くないわよ、まるで腐ったものを入れてるズボラみたいじゃない」
ズボラでしたよ、がっつり腐ったもの今回も入っていたぞ。
ホームの扉が開いてメイが静かに帰ってきた。
ただいまとだけ言って定位置の居間の隅に座って陣取る。
鞘から刀を抜いたかと思うと、そのまま刀を磨き始めた。
これで全員集合。
夕食の時間だ。
俺の休日も終了。
静かではなく、誰かが何かをしている音がそれぞれの場所から聞こえてくる日常。
いつの間にかこの状態の方に慣れてしまった自分がいた。
◇
夕食をとって自室に戻り、今日薬屋から渡された髑髏を棚に飾った。
うん、インテリアにしては中々な存在感を放っていてかっこいい。
夜の静寂の中で、帳簿を開く。
今日の支出は銀貨十二枚。遠征に向けた消耗品の補充代だ。
全員休日のため収入は当然ゼロ。
開いたページに並ぶ借金の残高は依然として重く、眺めているだけで気が滅入ってくる。
今度の陸送護衛の報酬が入れば少しは減るだろうが、それも全体からすれば微々たるものだ。
逃げられない数字を前に目と頭が痛くなってきた。
なんで休日の最後にこんな思いをしなくちゃいけないんだよ。
……よし寝るか。
数字と向き合い続けるのは精神衛生上よろしくないので、早々に視線を外して帳簿を閉じる。
ふと耳を澄ませば、外からはレヴィのペットたちの鳴き声が響き、二階からはリーダーの話し声が絶え間なくいまだ聞こえてくる。
夕食後からずっと喋り続けているが、果たしてディアが律儀に相手をしているのか、いつもの騒がしいホームの音だ。
来週からは、いよいよ王国行きの陸送護衛が始まる。
今日のうちに備品を揃えておいて正解だった。
地味で目立たない仕事だが、いざ現地で道具が足りなかったり、水漏れが見つかったりしては目も当てられない。
「……遠征かぁ」
思えば、今日は珍しく穏やかな休日だったな。
これが嵐の前の静けさでありませんようにと思いながら布団に入った。