え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
宿場町に入ったのは夜に差し掛かるころだった。
キャラバンを門に預けて町に降りた。全員が泥だらけで、中途半端に乾きかけた泥が服にこびりつき、一歩歩くたびに泥の塊が足元に音を立てて落ちる。
べちゃべちゃで気持ち悪い。
中途半端に乾いた泥が皮膚を引っ張ってつれる。もう限界だ。
「宿はどこですかね?」
「……体……重い……無理」
メイが濡れて重くなった装備を不快そうに揺らしている。
「あとちょっとだから頑張れメイ」
「この町なら何度か来たことがある。ついてきな」
親方が迷わず歩き始めた。何度もこの街道を通ってきた人間の足取りだ。
路地を一本曲がって表通りに出たところに、目当ての宿があった。
「やっと着いたー、もうくたくたよー、ディア早く行きましょ」
「まずはシャワーで泥落とさねーとなリーダー」
「ここは一階が飯屋にもなっているからな、味も絶品だぞ」
親方の言葉に反応してリーダーたちが我先へと宿へ向かう。
俺も少し早足になる。英気を養うためになにかがっつりしたものが食べたい。
宿の扉を開けた瞬間、宿の主人の視線が俺たちをみた。
視線は、泥のついた頭から服、そして床を汚していく靴までをゆっくりと往復している。
「……失礼ですがどちらから?」
「街道の坂で泥にはまったんだ」
親方の短い返答に、主人は怪訝そうに顔にしわを寄せたが、結局は何も言わずに帳面を開いて手続きを始める。
泥まみれで店主にはすまないが、そんな気は使っていられない。
「何部屋でしょうか」
「おまえは俺と一緒でかまわないよな」
「ああ、親方と一緒で問題ない」
「なら二部屋。男二人と女四人」
親方が指で数えながら言った。主人が無機質な音を立てて帳面にペンを走らせる。
部屋の鍵を受け取った。真鍮の鍵が指に冷たい。
階段を上がる途中でリーダーが「やっと着いたわね」と鎧を外し始める。ディアも「長かったな」と肩を回した。
「序盤から前途多難な旅だったがあんたらがいて助かったぜ」
「こっちも親方にいろいろと協力してもらって助かっているさ」
「おっともう部屋も前か、ここでお仲間さんとはお別れだな」
メイがふらふらと自分の部屋へ吸い込まれるように入っていった。
あいつ終始ふらふらだけど大丈夫か?
そのあと「お疲れ様です」とレヴィがペットを抱えて部屋に消えて廊下には俺だけになった。
俺もシャワー浴びて飯食って寝たい。
部屋に入り荷物を降ろし、泥だらけの靴を脱ぐと、足の先が痺れるように熱かった。
本当に今日はよく動いた。
◇
備え付けのシャワーの熱い湯で、体と装備にこびりついた泥をまとめて流し落とす。
結構いい所らしく洗剤もついていたので使わせてもらう。
さすが親方、商人として長年やっているだけあっていい所を知っている。
替えの服に着替えて自分の荷物を整理していると扉がノックされてリーダーの声が聞こえてきた。
「モブいるー?夕飯にしましょ、酒場に行くわよ」
「親方がまだ泥落としていないんだ後で行く」
「俺のことは気にすんな、後で合流するからお前たちは先に行って食っててくれ」
「わかった。親方の分も頼んでおくよ、リーダー今出るからちょっと待ってくれ」
パーティみんなで酒場に向かうとだいぶ混んでいた。
街道沿いの宿だから冒険者が多いのか、あるいは飯時だからか。
酒場には安酒と油の匂い充満していて、これぞ酒場って感じる。
「こうも混んでいると座る場所あるでしょうか?」
「……あそこ空いてる」
「でかしたわねメイ!」
「よし!確保したぞ!」
俺たちのにぎやかなやり取りも今は周りの喧騒にまぎれて違和感がない。
隅の席に陣取って夕食を頼んだ。今日は疲れた。あとは飯を食って寝るだけでいい。
「今日は大変だったわね」
リーダーとディアが言いながら酒を頼んだ。レヴィが「私も」と言うがこいつは下戸だ。
一口で顔が赤くなる。本人は毎回忘れている。
「レヴィ、お前はダメだ、すみません酒は一個なしで」
「モブさんのケチ」
「ケチで結構、お前自分の酒癖の悪さ自覚ないだろ」
「確かに記憶は失いやすいタイプですが酒癖は悪くありません!」
酒癖悪い自覚なくて酒飲みたがるのが一番厄介だ。おまけに毎回記憶もないときた。
「わたし酒癖悪くないですよね?」
一斉に全員が目をそらした。
「ど、どおしてみんな目をそらすんですか」
酒癖が悪いのが擁護しきれないほど事実だからだよ。
その時ちょうど飯が来たので食い始める。
これはなかなか、レヴィの作る料理と勝るとも劣らない出来だ。
しばらく平和な食事をしていた。
「おい、そこの女」
隣のテーブルから声がした。
冒険者が六人いた。全員酒が入っているらしい。
体格のいい連中で装備は悪くないな、それなりにやってきた人間の格好をしている。
その中の一人がディアを見ていた。
「いい体してるな。どこのパーティだ」
ディアが一瞬だけ相手を見ただけで無視して飯に戻った。
冷たい対応な感じもするが、酔っぱらいの冒険者なんて無視するに限るからな。
下手に関わると飯がまずくなってしまう。
「無視かよ、愛想ないな」
「なんだよナンパ失敗か?」
「ちげーっていい体の女だからちょっとお酌してもらおうとしただけだし」
「サイレントプレーンか、聞いたことないな」
一人が俺たちのギルドの証票を見て言った。嫌な雰囲気だ。
「小さいパーティだな。荷物持ちみたいなのまでいるじゃないか」
俺のことだ。まあ間違ってはいない。
「そんな弱そうなのを連れてどうするつもりだ。足手まといじゃないのか」
ディアの肩がピクリと動いた。額に青筋を立てて我慢している。
俺は飯を食い続けた。
この蒸し鶏もいけるな、今度ホームに帰ったらレヴィに作ってもらおう。
「女ばっかりで戦力になるのかよ」
「ならねーっしょ、俺らが守ってあげようか?少しだけいいことしてもらえるなら考えるけど」
「つーか今日の泥だらけのパーティ見かけたけど、あれ君たちだろ、浮浪者集団かと思ったけど意外といい顔してんじゃん」
ディアの表情が固くなっていく。
俺は飯を食いながら考えてみる。
酔っぱらいがうざいけどそれだけ、手を出す理由がない。
積荷もあって今は親方の依頼を受けている途中だ。宿がめちゃくちゃになったら困る。
ここは何もせず、このまま無視し続ければ相手もいずれ飽きるだろう。
酔っぱらいのからみなんてそういうものだ。
ただこいつらのせいで飯が少しまずく感じるのだけは残念だな。
「ねえ」
リーダーが俺に小声で言ってくる。
「私、あいつらの顔が気に入らないんだけど」
「無視しろ」
「でも」
「依頼中」
リーダーが渋々口をつぐんだ。
「聞こえてるぞ、ビビってんのか」
「荷物持ちの言うことを聞くパーティって何だよ、情けない」
「女の中に男一人って、飾りか?」
黙っていればどっか行くかと思ったが逆効果だったか。
ディアが箸を置いた。
「……ちょっと待ってろ」
低い声だった。剣呑な雰囲気を隠しもせず顔を伏せている。
まずい、ディアがキレかけてる。
よく見るとさっき置いた箸がバキバキに握りつぶされてるじゃねぇか。
この冒険者には今すぐ戻ってもらわないと、導火線にはすでに火がついている。
「なぁ、あんた達も同業だろ?なにか勘に触ったなら謝るからテーブルに戻ってくれないか?」
「なあ、そんなパッとしないやつと飯食ってても楽しくないだろ? 一杯おごってやろうか」とディアのテーブルに近づいてきた。
俺は完全に無視かよ、本当酒癖悪いやつは嫌いだ。
これ以上は何もしないからな、忠告はしたし飯食うのに戻らせてもらうからな。
もうしーらね。
「そっちの金髪のお姉ちゃんも可愛いじゃん」
「俺はこっちの栗色の髪の子の方がその無表情俺がよがらせてやりたいぜ」
「お前ロリコンかよ、俺はこういうのスレンダーな子がやっぱりいいな、なぁ少し場所移動しようぜ、楽しい所連れてってやるからよ」
「楽しい所、ね……」
ディアが拳を握り始めた。もう秒読みかな。
ディアがいつ冒険者を殴るのか見ていると、唐突にレヴィが立ち上がって冒険者に近づいていく。
そして――
相手の冒険者の頭の上からコップの水をぶちまけた。
「……は?」
相手が固まった。俺も固まった。
冒険者に水が滴っている。
「て、てめぇ、なにすんだ!」
「す、すみません、お花に水をあげないと」
レヴィが真っ赤な顔で言った。
おいお前いつ酒飲んだ、勘弁してくれもう後戻りできないじゃないか。
まぁもっとも俺は何もするつもりないけど、戦闘力ないし。
「ふふ……でも、これがほんとの水も滴るいい男ですね、ぶふっ、はっはっは、おかしーい」
「こ、この女調子に乗りやがって」
レヴィは完全に酔っている。相手の男が腕を振りかぶる。
殴ろうとした相手のその手は、ディアに拳を握られて止められた。
「おい、なんだこの手は?
お前まさか女に手をあげようとしたわけか、ならこっからは正当防衛だよなぁ」
ディアが男の手を引いて体勢を崩す。
前のめりになったところに反対で拳を作り、相手の顔面にめり込ませた。
鼻から血を吹き出しながら後ろに倒れる。
ありゃ痛いな、意識ごと持っていかれてるわ。
「しっかりしろ!大丈夫か!」
「女だからって調子乗ってんじゃねーぞ!」
「よくもやりやがったなぶっ殺してやる!」
向こうに火がついてしまったみたいだ。
「やってくれたわねレヴィ! よくやったわ!」
リーダーが叫んだ。
「よっしゃ、喧嘩だ!」
ディアが立ち上がって椅子が後ろに倒れる。
「……レヴィ殴ろうとした……」
メイもやる気みたいだ。よく見ると皿が空になっている。
食い終わるの待っていたのか。
「リーダー命令!目の前の悪漢を倒すわよ!」
「あはははは、みんな面白ーい」
おっ、こっちの肉詰めもうまいな。
俺は飯を食い続けた。
◇
ディアが一人目を殴ってからは早かった。
ディアが次の男に向けて踏み込む。
放たれた左ストレートが相手の腹をえぐり、その大の大人が軽々と宙にういて背後の壁に叩きつけられる。
鉄製のチェストプレートがディアの拳の形にへこんでいた。
人って殴られて空を飛ぶことってできるんだな。
「てんめぇ許さねぇ!」
「お前ら警戒しろ!こいつら多少やるぞ」
残された四人が警戒を始めてしまい、さっきみたいにいかなくなったようだ。
現在、俺の目の前では皿やコップ、その他食器と備品その他もろもろが飛び交っている。
他の客は喧嘩の開始と同時に避難して、現在ここにいるのは相手パーティと俺たちサイレントプレーン一行。
そして親方は俺たちとは離れた席に座っていて、一人静かに飲んでいた。
俺もそっちに行こうかな。
「なかなかやるわね」
「A級ないくらいか? 品性はE級だったが」
「なんだと?俺たちはA級だっての!」
「もう手加減しちゃやらねぇ、この女どもを一気に叩くぞ」
相手のリーダーっぽいやつの指示で一対一の構図へ持ち込まれる。
「そういえば
あたりを見回すと隅の方で酒瓶を抱えて丸くなっていた。
自由か。
酒入っているとはいえよくこの喧騒の中で寝れるもんだ。
幸せそうで何よりだよ。
レヴィは寝ているから戦えないとして、ディアとメイとリーダーで3人か。
向こうは4人だから一人余るな。
そんなことを考えていたからか、余った一人がこっちにきやがった。
まじかよ俺はお前らに何もしていないんだけどな。
「おい、雑魚、今非を認めて謝罪すれば一発殴って許してやらんこともないぞ、仲間の治療費ももらうけどな」
痛いのは嫌だし、百歩譲って殴られたとして、なぜこいつらの治療費を俺たちが出さなくちゃいけないんだ。
意味わからん。
むしろ迷惑料もらう側だろこっちは。
「お互い酒が入っていたんだ。不幸な事故として矛先を納めないか?」
「……腰抜けがよ、てめぇみたいな女に守らせて自分は安全なところにいるやつ見ているとイラつくぜ」
「お前ら俺のこと荷物持ちって言ってたろ。非戦闘要員なんだよ俺は」
「もういいお前は最後だ腰抜け」
「最後っていうかあんた一人でどうにかできるのか?」
「何わけわかんねぇこと言ってやがる!」
そう言って男が振り向くとすでに男の仲間は床に伸びていた。
男と話しながら後ろの背景を見ていたが鮮やかな流れだったな。
一対一の構図のまま戦うのかと思えば、メイが皿を男たちの顔に向けて投げ一瞬の隙を作った。
その後ディアが対面の男を屠り、リーダーとメイが男をディアに向かって突き飛ばす。最後にディアが両腕を広げてダブルラリアットを決めこんで終了。
一回転して地面に叩きつけられた男たちは、それ以上動くことはなかった。
「あんた一人じゃさすがに分が悪いと思うぞ」
「……クソっ覚えてろ」
そう言って立ち去ろうとするがレヴィの酒瓶が転がり、ちょうど男の足元へ来る。
「……あっ」
俺が注意する間もなく酒瓶を踏んですっころんだ男はそのままドアの入り口に顔を強打して気絶した。
「う~ん、モフモフですぅ」
静まり返ってめちゃくちゃになった酒場に、レヴィの寝言が響いた。
どうすんだこれ。
◇
「強かったわね、割と」
「確かに、A級っていうのもあながち嘘でもなさそうだな」
「……」
無傷で男六人片づけといて何言ってんだこいつら。
基準がわかんねぇ、どう見ても余裕だっただろうが。
改めて見回すと宿はめちゃくちゃだった。テーブルが全て倒れている。椅子が三脚壊れている。壁に亀裂が入っている。酒瓶が割れている。床に酒と血が混ざっている。
これ誰が弁償するんだよ。
騒ぎが落ち着いたことを察知したのか宿の主人が出てきた。
無言で周囲を見渡す。
伸びている冒険者六人、壊れた家具、割れた酒瓶を順番に見た。
「弁償していただきます」
そりゃそうだ。ここまで暴れた以上今日明日は営業も困難だろう。
宿の主人はこういう事態に慣れているらしく、すぐに計算を始めた。
たくましい。街道沿いの宿というのはそういう場所なんだろう。
少しして渡された請求書に書かれた金額に目を通す。
……痛い。かなり痛い。
今回の遠征で一番痛い出費になりそうだ。
「うわっ、ヤバいなうちで払えるか?」
ディアが請求書を覗いてくる。
「無理だ、足りない」
「どうする」
俺は伸びている冒険者たちを見る。
いいよな? 元はと言えばこいつらが絡んできたせいだもんな?
魔力糸を出して男たちを物色する。
ポケット、腰の袋、ブーツの中。一人ずつ確認していく。
それなりに持っているじゃないか、羽振りいいなこいつら。
請求金額には満たなかったが、そこそこまとまった金になった。
「これだけ集まった」
「おー! これなら足りるかしら」
「まだ足りない。どうするか……」
頭を悩ませているとメイが袖を引っ張ってきた。
「……装備……武器も、いいやつ」
俺は冒険者たちの装備を見た。剣、鎧、腰に下げていた小物。
使い込んではいるが状態は悪くない。
売れる。
「宿に買い取ってもらえるか交渉してくる」
主人に交渉すると最初は渋い顔をしたが、請求額が回収できる方が得だと分かったのか、最終的に頷いてくれた。
交渉成立、装備を売ったが、さすがに全額こいつらから出すとばつが悪い。
こちらもいくらか包んで渡して主人には許してもらった。
何とかなったか。
しばらくして、冒険者の一人が目を覚ました。
周囲を見回し伸びている仲間を起こして現状を把握しようとしている。
装備がなくなり、財布が空になっている。
何が起きたか理解するのに少し時間がかかって、青ざめた顔やっと理解した表情になった。
まぁ寝起きで金も所持品も全部なくなっていたら驚くよな。
「……なんで全部なくなっているんだ!?」
「お前らが壊した分の弁償だ」
俺が言った。
「おい所持金だけじゃなくて装備まで取るのか、それはひどいんじゃないか」
「お前らに言う権利があるか、明らかに悪質に絡んできたよな?」
「最悪だ。お前らに関わるんじゃなかった」
男がうなだれてそれ以降喋ることはなかった。
俺もお前たちに絡まれたくなかったよ。
無駄に疲れた。
レヴィがいつの間にか近くで寝ていた。
頬が赤いままだ。酒一杯でこうなるのに毎回頼む。
起きたら記憶がなくなっていて、またしばらくして同じことをやる。
だから酒癖が悪いって言ってんのにレヴィはかたくなに認めない。
今回の件もきっと自分が火種になったことなんて、翌日にはきれいさっぱり忘れているに違いない。
リーダーとディアがまだ何か楽しそうに話していた。
戦闘の後のテンションが抜けていないんだろう。
メイは見当たらないが先に部屋に戻ったか。
酒場を見渡した時に、親方が視界に入った。
騒ぎが始まってから終わるまで、離れた席で酒を飲んでいた。
ただ見ていたようで席を動いた様子がない。
親方が巻き込まれなくてよかった。
積荷の依頼主が騒動に加わっていたら話がややこしくなっていた。
「親方、無事か」
親方が静かに杯を上げる。
「いいみせもんだったぜ、酒が進んだ」
「余興というには派手すぎるがな」
「違いねぇ、色々あったな、今日は」
「親方にも苦労かける」
親方は酒の残りを飲み干して、席を立つ。
特に何も言わずに部屋に戻っていった。
長年街道を渡り歩いてきた人間の、静かな夜の終わり方だった。
俺も部屋に戻って明日に備えて寝るか。
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