え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
馬の蹄が土を踏みしめる音。
規則正しく揃った音が、いくつも重なって聞こえる。
騎士団に馬を借りた。
夜の街道は昼間とは別の場所のようで、魔導式の街灯が途切れると木々の輪郭だけが月明かりの中に浮き上がっている。
王都を離れた後、あの襲撃地点の付近まで戻ってきていた。
騎士の数は、だいたい百には満たないくらいだろうか。
全員が装備を整えており、一糸乱れず行進している。
動きに無駄がない。当然だが、俺たちとは明らかに練度が違う。
他の場所でもモンスターが発生していること、そして王都自体にも守備隊を残さなければならない都合上、中規模隊を出すのが限界ということらしかった。
これでも騎士の隊列を無理やり割り裂いて寄越したらしい。
さっきまで全力で逃げてきた場所に、まさか自ら戻ることになるとは。
本当についてねぇ。
モンスターに追われていた時の光景を思い出す。
一体あたりはそこまで強くなかったとしても、あの数だ。
王都騎士団と言えども、この人数でなんとかなるものなのか。
少しばかり猜疑心を抱いてしまう。
今更引き返すことはできない。
なら、考えるべきは案内した後にいかに安全に後方へ下がるかだ。
影が深まり、先が見えない道を進んで行く。
逃げている時には気にも留めなかった景色が、夜の闇の中で妙な重圧を持って迫ってきた。
馬を走らせながらディアが隣につけてくる。
「なあモブ、もう遅いと思うけどまた戻るのか」
「見ての通り」
「逃げるときに使っちまってバッグの中ほぼ空っぽだろ」
「自衛用道具も余計なもんは全部あそこで捨ててきたからな。正真正銘ほぼ丸腰だよ」
「お前だけでも案内断れば良かったんじゃないのか?」
足手まといだから来るな、という意味じゃない。
ガサツな奴だが、眉の端を下げて俺を覗き込むその目を見れば、純粋に心配してくれているのがわかった。
俺だってできるなら断って親方と留守番していたかった。
でもそれはできない。しちゃいけないんだ。
「断れなかった」
「なんで? たぶん残るって言ってもみんな許してくれたぞ」
「積荷を捨てたのは俺だから」
ディアが少し押し黙る。
「……まあ、お前らしいな」
褒められているのか貶されているのか分からない言い方だった。どちらでもいい。
「来るって判断したのは俺の意思だ。あんまり喋っていると舌が嚙み千切れるぞ」
「お前じゃないからそんな心配余計なあがぁっ!」
言わんこっちゃない。
口元を押さえながら離れていったディアを見て、周囲を見渡す。
リーダーが騎士団員の一人と何か話していた。
内容は聞き取れなかったが、相手が苦笑いしているのが見える。
大方独自の会話展開で困らせているんだろう。リーダーと話すと大体みんなそういう顔になる。
メイは無言で俺の後ろに付いてきていた。
そのメイの馬にはレヴィも同乗し、彼女を包み込むように手を回している。
体格的に前後の位置が逆じゃないのか。
程度の差はあれど、リーダー以外は真剣な表情だ。
あんな思いをして、またあそこに飛び込んでいくんだから、そうもなるよな。
ペースを崩さないいつも通りのリーダーが羨ましいよ。
少し気が緩むと、ひどい疲労を感じていることに気がつく。
今日だけで、どれくらい移動したのだろうか。
来た道を逆戻りしているのだから、移動距離は単純に倍だ。
そりゃあ疲れもする。
早く王都の宿に戻って、布団に倒れこみたい。
飯はもうなんかいいや、寝たい。
ちょうど下り坂に差し掛かった時、地面に散乱した積荷の中身がちらほらと見えてきた。
つまり、ここはもう追われていた場所まで戻ってきたということになる。
中身が無事なものあれば後で回収するか、いや、ほぼ中身が飛び出て踏みつぶされている。
モンスターたちの仕業だろう。
数百体いたんだ、原型とどめていなくても仕方ない。
俺は手で合図を出して隊長に知らせて停止させた。
あたりを見回してはみるが、暗闇で視界が悪いのもあり、モンスターたちの姿がどこにも見えない。
騎士団員の鎧の擦れる金属音がやけに鮮明に聞こえる。
街灯もない暗がりで、顔を伝った汗が手元に落ち、月明かりを受けて小さく反射した。
どこだ、どこに消えた? 隠れたのか?
まさか討伐された……なんてことはないはず。
月が暗雲に隠れ、輪郭すらも分からなくなる。
ただそのおかげで坂の一番下にうっすらと灯る赤い光が見えた気がした。
「あった」
リーダーの声がやけに響く。
あれだ、捨ててきた『魔道具』。
つまり今回の騒動と依頼の大誤算の原因。
月が雲の隙間から顔をのぞかせる。
月明かりが地面に徐々に差し込んで、俺たちの側から坂に向かって薄く照らされる。
どこからか騎士団員たちの独り言が聞こえてきた。
「……っ!!」
「嘘だろ」
「数百じゃないのか……!」
照らされたものがはっきりとわかるにつれて、全身から冷や汗と鳥肌が止まらない。
理解を拒みたかったが、目の前に広がる光景はどうしようなく現実で。
震える手が夢や幻覚として処理することを許してくれなかった。
視界に入ってきたのは、坂の下に転がっている魔道具と。
――その周囲に見えるモンスターの『海』だった。
いなかったんじゃない、見えていたんだ最初から。
数が多すぎて、密集しすぎていてただの地面だと思ってしまった。
地面がモンスターで埋め尽くされている。
冷静に考えれば違和感に気づけたはず、数百体のモンスターがたった数時間でいなくなるなんてありえないのだから。
それにこれは数百なんかじゃない。
その数倍の数にも増えて数千、もしかしたら万に届いているかもしれなかった。
種類も追ってきた灰色のやつだけじゃない、羽のある個体など多様になっている。
俺たち五人と騎士団員百弱でどうにかなる規模じゃない。
これは本当に王都が崩れる規模だ。これが他の場所でも起きているというのか。
なら、王都はもうお終いじゃないか。
さっきまで追われていたからよくわかる。
いくら秀でた力を持つものがいても圧倒的な数の暴力に対しては屈さざるを得ない。
いかに王都と言えども騎士団があろうとも、これでは手が足りなさすぎる。
戦闘と戦争は違うんだ。
隊長に目を向けると唖然とした表情でモンスターの海を見ている。
「そ、総員……退却だ。すみやかに」
その瞬間モンスターの中から地を這うような咆哮が聞こえてきた。
一斉にこちらを見ている。
一体がこちらに足を踏み出す。
それに続き、まるで波のようにモンスターたちがこちらに向かってくる。
「総員! 退却だー!」
隊長の怒声が響くが、それもすぐにモンスターの足音にかき消されてしまう。
地面が揺れだして、ようやく場にいた全員が現実に戻り動き出した。
「リーダー! 俺たちも!」
「メイはそのままレヴィを乗せて、私が先導するわ」
「あたしはモブの近くで護衛する!」
ディアが俺の護衛を買って出てくれる。
情けないとかそんな感情覚える状況じゃない。
全員で残らなければいけないんだ。
「……レヴィ、しっかり掴まって」
「わ、わかりました」
レヴィがメイに手を回して全員で後ろに下がり始める。
初動が遅かったせいか、あっという間に距離が狭まっている。
後方では木々をなぎ倒し、地面を均しながらモンスターたちがこちらに迫ってきていた。
対応が遅かった、または馬がモンスターに怯えてしまった騎士団員は、何人か波にのまれて消えた様子だ。
騎士団員達の恐怖と怒りの声が、叫びとなって四方八方から聞こえてくる。
練度が高かった陣形も、もはや形を成していない。
展開が早すぎる。
覚悟を決める前に来られるものだからみんな混乱している。
まだすぐに行動に移せただけでも騎士団員が訓練された精鋭ということが分かる。
俺たちもなんとかバラバラにならずに固まって逃げてはいるが、それもいつまで持つか。というかどこに逃げればいいんだよ。
王都も無事で俺たちも死なず、元気に明日を迎えられる条件はいったい何なんだ。
すでに詰んでいる気がする。
思考しても出口が見えず、手綱を握る手に力が入っていく。
唐突に隣を走っていた馬が崩れ落ちて騎士団員が転がり落ちる。
何かを叫ぼうとして、そのままモンスターに踏み荒らされ地面と一つになった。
また斜め前の馬が崩れ落ちる。何かが一瞬だけ光った気がした。
追いかけてくるのとは別の攻撃を受けている。
後ろを見ると羽根の生えた巨大な蜂に近い造形のモンスターが針を射出していた。
嘘だろ。飛行型までいんのかよ。余裕なんてとっくにないってのに。
「飛行型だ!」
誰に向けたわけでもない報告を叫んだ。
「まっすぐ逃げるな、ジグザグに進め!」
隊長の声が後ろから聞こえる。
無理だ。左右に振れて走ると当然速度が落ちる。モンスターに呑まれて終わりだ。
どうすればいい。時間がない。
くそっ、もっと先にモンスターに気が付けたら時間を稼げたのに。
そもそもなんで今追われているんだ。
モンスターどもは魔道具に引き寄せられるんじゃなかったのか!
視界の端ではリーダーたちが後方に向かって魔術を放つのが見える。
減らすどころか足止めにもなりはしない。
何もわからないけどこんだけ普通じゃないことが起きているんだ。
あの魔道具が原因だとしたら、なんとかできるのもきっと、あの魔道具だ。
完全に賭けだが、今のままいても全滅するに決まっている。
なら確証がなくてもこれに賭けてもいいだろ。
失敗したら少しだけ早めに死ぬだけだ。
いや死ぬなんて考えなければよかった。ちょっと判断が鈍りそうになる。
「リーダー、坂まで戻れないかな」
「ちょ、あんた何言ってんの!?」
「魔道具が坂に落ちていたんだ。あれを使ってみたい」
ディアが横につけてきた。
「おいモブ、お前死ぬ気かよ。後ろ見ろ。坂に戻るにはあの大群をよぉ」
「わかっている。でも今のままいてもモンスターどもに踏み荒らされて終わりだ。王都や街に逃げることもできない」
「そりゃあそうだけど」
ディアが頭をガシガシとかいて、ため息をついた。
「あーもうわかったよ、考えるのめんどくせぇ、モンスターの中に飛び込んでどうにか魔道具を手に入れる」
好戦的な笑みを浮かべて特徴的なギザギザの歯をのぞかせる。
「やっとあたし好みのシンプルな話しだ!」
「ちょっとディアまで、死にに行くようなものよ」
「死なないためにいくんだよ」
俺の言葉にリーダーが黙る。
「レヴィとメイは?」
「生きるために死地に行くという話しでしたらいいかと思います」
「……活路は死地にて開かれる」
「リーダー以外は賛成みたいだな」
「わかったわよ、魔道具の使い方わかるんでしょうね?」
「まぁ一応は、な」
嘘だ。見たことない魔道具の使い方なんてわかるわけない。
たどり着いたらアドリブで何とかする必要がある。
「ならこのまま大きく迂回して、魔道具付近まで行くってことね」
「そんで回収してモブに渡すということだな」
リーダーが剣を抜いた。
「やるわよ」
◇
地面から伝わる振動で規模の大きさが嫌でもわかる。
街道から外れて森の中を移動していても、後ろから木々をなぎ倒して近づいてくる音が聞こえる。
緊張からくる汗が張り付いて気持ち悪さを感じる。
あれから俺たちパーティだけ横にずれて迂回を始めた。
騎士団には悪いが協力している余裕がない。というより何かできる手立てがない。
文字通り逃げるしかないだろう。
実際騎士団は既にバラバラに逃げていて、隊列を組めたのは隊長たちの部隊だけみたいだった。
「そろそろ、抜けると思います」
前方からレヴィの声が聞こえる。
こういった森では魔獣と普段接しているだけあってレヴィが詳しい。
メイとレヴィの馬を先頭にして俺とリーダー、ディアが後ろに続いていた。
木々を抜けて地面が見える。
魔道具はまだそこにあって、光がさっきよりも弱まっている。
モンスターも今なら多少まばらだ。
これなら回収できるかもしれない。
「とったらすぐに引き上げるぞ」
俺は糸を伸ばして魔道具を回収した。
触れてみてわかったが、これは今休止状態になりかかっている。
熱もキャラバンで触れたときとは違い触れる程度に落ち着いていた。
だからモンスターどもは魔道具を離れて俺たちを追ってきたのかよ。
なんてはた迷惑な魔道具なんだ。
集めるだけ集めて、停止したらその場でモンスターが自由になるとか、明らかにそういう目的で作られているだろ、これ。
みんなが俺を見ており、リーダーが余裕のない表情で口を開く。
「モブ! それでこっからどうするの!」
正直俺だってどうするか聞きたいと思っている。
とりあえず起動はできそうだけど、起動と停止しかないシンプルな設計だ。
だけど起動したところでどうする。
みんなを巻き込むだけだ。
でもみんなを巻き込んでも、どうにかするのなら――
「おい! 後ろから来てんぞ!」
ディアが俺を通り越した。
もう追いつかれたのか、考えている時間すらない。
苦肉っていうよりかは成行きのやけくそな方法だが迷っていられない。
みんなへの謝罪は生き残れたらじっくりすることにする。
だからみんなごめん。
俺は休止状態だった魔道具を再起動した。