え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
「おいおいおいおい、モブお前なにした!?」
ディアの焦る表情は珍しい。
他のメンバーも目を見開いて俺と魔道具を見て唖然としていた。
「何したって、魔道具を起動したに決まっているじゃないか」
言いながら魔力糸に括り付けた魔道具を見せる。
以前に見たときと同様、人の頭ほどの大きさの本体。
その中心部が強く赤い光を放ち、徐々に熱を持ち始めていく。
レヴィとメイは魚のように口をパクパクとさせていた。
総じて事態をまだ認識できていないらしい。
「モブ、あなたそれ冗談でしょ? 本当に起動しちゃったの?」
リーダーが青い顔をして、若干震える指で魔道具を指差した。
地面はいまだ揺れている。
「本当に起動した」
これでとりあえず騎士団が襲われることは無くなるはず。
代わりに俺たちが、というか俺が魔道具を持っている限り追われるということだ。
魔道具をここに捨てて逃げる。
その場合は全方位からモンスターが押し寄せてくることになって、この波から逃げ切る前に潰されるのが関の山。
つまり、これを持ったまま逃げて、モンスターの行進方向を一方向に絞る必要がある。
できなければ周辺に甚大な被害が及ぶか、もしくは全滅。
馬の脚力を考えれば一方向にまとめることはできると思う。
問題はその後モンスターどもをどうするかだ。
考えている余裕はなく、王都へ向かう際に通った道を逆走し始める。
「とりあえず逃げるぞ!」
「あぁーもう、ちゃんと説明しなさいよね!」
リーダーが俺を指して、怒りながらついてくる。
「お前は無茶するときはリーダー飛び越えてくるよな」
「でもこれで騎士団員のみなさんは追われずに済みますね」
続いてディアとレヴィたちも追って来た。
あのディアに呆れられるとは、もっと安全にできるならやっていた。
俺の考えを理解してくれたのはレヴィだけだよ。
流石は俺の癒しだ。好感度がうなぎのぼりになる。
「みんなすまない。あとは逃げながら騎士団がなんとかしてくれることを願おう」
「他力本願なんですね。そういうのは直した方がいいと思いますよ」
おっとレヴィに刺されたぞ、じゃあお前この状況で安全かつ迅速に騎士団を救う方法出してみろよ。好感度はプラマイゼロだな。
「ちょっと、ノープランなの!?」
リーダーが割り込んでくる。
直後ディアの笑い声でかき消された。振り向くとディアが腹を抱えて笑っている。
「だぁーはっはっは、お前やっぱすげぇよ。作戦ある行動だと思うだろ普通。無計画とかアホだアホ」
言い返したい。普段のこいつを知っているからこそ言い返したい。
けど今回に限っては俺もアホだと思っているから何も言えねぇ。
次の依頼でしくったときに盛大にバカにしてやろう。
心の中でディアへの復讐を決心していると、メイの馬が近づいてきて、俺の耳元で「……モブと心中はイヤ」とだけ呟いて離れていった。
おいメイ、言ってること正しいけどちょっとトゲ強くないか。
あれっ、俺メイに嫌われてる?
それからも今回の無茶について時々なじられながらも逆走し続けて、モンスターをまとめることができた。
飛行型からの攻撃はメイが叩き斬った。
明らかに刀身の長さ以上の間合いを斬っているが、どんな理屈だそれ。
気づいた時にはだいぶ前の街道まで戻っていた。
「ここまで来れば俺から離れるだけの余裕があるはずだ」
「は? 何言ってんの? モブ1人だと飛行型対処できないじゃない」
リーダーがバカを見るような目で言ってくるが、流石に俺の責任にこいつらを巻き込んでいい理由がない。
こういうのは戦えないやつがやった方がいいだろう。
戦力を温存できる。自己犠牲なんてもんじゃない、合理的判断ってやつだ。
リーダーを説得しようとしたら先に「モブ」っと一拍置いて声が聞こえてくる。
「私たちは5人で1つのチームなの!」
あの時の目だ。
初めてリーダーと会ったあの日と同じ目をしている。
「ピンチの時はみんなで協力するのが私たちのやりかたでしょ、1人で何とかしようなんて思わないで」
それはまるで宣言のような迫力があって、否定など許されないように感じてしまう。
「安全の保証はないからな、マジで死ぬ可能性あるんだぞ」
「そんなの、跳ね返して見せるわよ。だって私は勇者なんだから」
これだ、こいつがたまに見せるこの表情。
本当に勇者なんじゃないかと思わせられてしまう日の光の様な顔。
これを見てしまうと否が応でも期待してしまう。
こいつになら、寄りかかってもいいのではないかと。
「モブさんだけが背負う必要はないと思います。」
「……1人じゃ力不足」
「お前は自分が思っているよりバカだし無茶するんだから、あたしらがいないとダメだろ。しっかしだいぶ戻って来ちまったな」
「ディア、お前今なんて」
そうだ俺たちは戻ってきている。
前に通って来たはずだ。この状況を何とかできるかもしれない場所。
ユニオン渓谷を。
「お前はバカだって言われて怒ったのか、軽い冗談だよ」
ディアがなんか言ってるけど、今頭の中にあるのは全く別のことだ。
谷底で狭くなった街道。上は崖。手にはモンスターを引き寄せる魔道具。
そして今モンスターどもが一直線にこっちを追いかけてきている。
可能性はまだ低いけど、なんとかできるかもしれない。
少なくとも今のまま逃げ続けるよりはだいぶ生存率が上げられそうだ。
「おい、モブ?」
「ディア、でかした。お前のおかげで何とかできそうだ」
「お、おう」
わけもわからず困惑といった顔だがそれもそうか。
「今から、このまま進んで渓谷の谷底を突き進む!」
「なるほど、そこなら物理的数を制限できますね」
「ああ、それにモンスターどもの勢いは止まらないからな。入り口で詰まれば後続が押し寄せて勝手に潰されるはずだ」
「逃げるだけでいいってことね」
「追ってこれたやつにしても崖という地形を使って、上の足場を崩せば崩落してどうにかできる。と思う」
「なるほどな、乗った!」
「……一網打尽」
「なら決まりね、サイレントプレーンのリーダーとして命令するわ! このまま逃げてモンスターどもを罠にかけて全員で生き残るわよ!」
そうしてこの遠征最後の仕事が始まった。
◇
馬のかける音とそのすぐ後ろから追いかけてくる無数の音、2つが重なるがそれよりも心臓の音がうるさく聞こえてくる。
手綱を引く手に力が入る。
目の前には細く開かれた道と、両側には壁。
崖の谷底であるこの地形に差し掛かっていた。
ここに入れば切り抜けられるかもしれない。
逆に失敗すれば、逃げ場は完全に無くなる。詰みだ。
本当にみんなを巻き込んでいいのか一瞬戸惑う。
こういう時優柔不断な自分が本当に嫌になる。
いつだかの親方との会話を思い出した。
後悔はあるか、だっけか。
後悔だらけの人生だよ。今も昔も、そしてこれからも、きっとそうなんだろう。
でも後悔はしてでも進むぞ、何もしなければ本当に大切なものまで取りこぼしてしまうから
だから俺は選択する。
こいつらを巻き込んでその上で全員で生き残れるようにやってやるよ。
「このまま全員で突き進むぞ」
「改めて言わなくてもわかってるわよ」
全員で谷底を進む。
後ろを振り返るとモンスターどもが入り口で潰されて、その上にまたモンスターが押し寄せる地獄絵図が生まれている。
壁に打ち付ける音と肉が爆ぜる音が聞こえて気分が悪くなりそうだ。
まだ追ってくるのもいるが、当初と比べるとだいぶ減っている。
これなら崖を崩落させて、後は騎士団総出で残党狩りすれば何とかなるかも知れない。
「ディア、レヴィ、崩落させて残り倒せるか」
「いけます」
「よゆー!」
2人から魔術が放たれて崖の上部分にあたる。
岩が落ち切る前に通り抜けなければと思った。
そのときだった。
後ろから羽音が聞こえて振り向く。
飛行型モンスターから出た針が馬を直撃している。
いななきとともにメイとレヴィが乗っていた馬が、体勢を崩して地面に倒れて2人が放り出された。
「メイ! レヴィ!」
手綱を引いて止まってしまう。
ディアとリーダーも2人の元へ向かっていった。
当然岩は進路に降ってきて、逆に俺たちを閉じ込める蓋となって機能する。
「すみません、私が」
「それ以上はダメ、レヴィのせいじゃない。でしょ?」
「ああ、事故だなこれは」
ディアが馬から降りて2人の状態を確かめ始めた。
メイも何も言ってはないが酷く悔しそうな顔をしている。
「数は減りはしたがまだ多いな、いけるか?」
無意識にそんなことを口走ってすぐに後悔する。
確認したところで俺にどうこうすることは不可能だ。
いけるかなんて問いかけは俺が少しでも安心したいと思うが故の、意地の悪い問いかけだった。
そんな質問、無理なんてこの状況で言えるわけがない。
こいつらが言うわけがない。
「いけるに決まっているわ。そしてみんなで生き残るの!」
「戦うのはお前じゃないんだから余計な心配すんなって、あたしらにドンと任せておきな」
「……戦いで挽回する」
「わ、わたしも頑張ります!」
こうなるって知っててその言葉を出させるために聞いたんだ。
本当に卑怯やつだよお前は。
「とにかくここでこのまま迎え撃つわよ!」
「っしゃあ! 暴れられるぜ」
モンスターに向けて水弾と光弾が放たれる。
前方の数体が倒れるが、後ろから直ぐに次が出てこちらに向かっていく。
「わたしたちも」
「……やる」
メイが立ちあがろうとする瞬間よろけて、顔を歪めた。
「メイお前足やったのか」
「……問題ない」
「ちょっと見せてみろ」
裾を捲り上げると足首あたりから赤く腫れていた。
最悪折れているかもしれない。この足じゃ刀を振るうなんてとてもじゃないが無理だ。
落ちていた木片を使って応急処置を行なっていると、ふいに目が合う。
「…………ありがとう」
その言葉で俺は本当に、ここにいていいのか疑問に思ってしまう。
危険に巻き込んで、でも俺を責めたりしなくて、見捨てたりなんて絶対にしない。
そんな想いを利用するやつが隣で、仲間ですよーなんて顔して座っていて。
……そんな無駄な反省は後だな。
「休んでろ」
メイを魔力糸で持ち上げて後ろの岩の陰に寄せた。
その足で手頃な岩でバリケードを作る。
気休めだがないよりはマシだ。飛行型の攻撃避けにでもなればいい。
試しに手頃な石を、魔力糸の遠心力を使って投げつけてみるが、当たった一体が少し怯んだだけで意味はほぼなかった。
魔道具も投げ捨てては見るが、多少はそちらに誘導されるもそれ以上にこちらに向かってくるモンスターが多い。
レヴィがモンスターの進路上に岩が落ちるように魔術を放つ。
地形は入り組み数がさらに制限されるがまだ多い。
ここからは持久戦になる。ただし騎士団か誰かが応援に来てくれるまでの、終わりが見えない持久戦だ。
モンスターがもう直ぐそこまできている。
そして戦闘が始まった。
岩を盾に、エンチャントをかけた剣で前に出るリーダー。
その横から、水を纏ったディアが拳を突き出す。数体のモンスターをまとめて撃ち抜く。
レヴィの火球が上空の飛行型を焼き払った。
俺も薄い岩を持ち上げて即席の盾としてリーダーたちを守っていく。
数は確実に減っている。
だが、倒した分だけ補充されてキリがない。
リーダーに向かって叫んだ。
「左右から二体!」
「あっぶないじゃないの!」
モンスターを光る剣で袈裟斬りにして対処する。
時間が経つにつれて、じりじりと押されていった。
光弾を連射しながら戦っていたリーダーも今は完全に剣でだけで応戦している。
ディアも最初のように複数体まとめての威力はなく一体ずつ仕留めていく。
2人とも魔力が限界だ。
レヴィは元から魔力量が多いからまだ火球を放てているが、それもいずれ切れるだろう。
「リーダー……」
「平気よ、まだやれるわ」
声は元気だったが、汗に塗れたその顔に余裕なんて見て取れなかった。
「……メイも出る」
震える足でメイが俺の隣に来ていた。
顔は青く冷汗をかいている。とてもじゃないが刀は振れないだろう。
「無理だ、却って足手まといになる。俺とここで見守っていろ」
「……っく」
この状況で自分だけ何もしていないのが余程こたえるのだろう。
見てるしかできない気持ちはよくわかる。でも今はメイに耐えてもらうしかない。
前方でディアの叫びが聞こえた。
「クソが!」
ディアが左側に突っ込んだ。
一体を吹き飛ばして、返り討ちにされかけて、間一髪で躱した。
着地した瞬間に肩で息をしていても、それでも構えを崩さない。
リーダーが持つ剣の光も消えかけている。
全員致命傷はないが細かい負傷が増えていた。
打開策がない。
逃げようにも後ろには壁。
前に出れば数に飲まれ、じっとしていれば削られる。
どの方向を選んでも詰みだ。
騎士団の救援が来る兆しすらない。
俺が糸で何かできるか。無理だ。できるわけがない。
糸でモンスターを切ったり、覚醒するなんて都合の良い妄想に逃げそうになる。
「モブ! あれをやるわ」
「ダメだ」
あの切り札はリーダーの状態に悪影響を及ぼす技だ。
「岩でみんなを囲いなさい」
「無理だ」
1人だけ外に出して自己犠牲させるなんてできない。
「モブ、命令よ」
リーダーがこちらを一瞬だけ振り向いて言う。
それは懇願に近い顔で俺を見ていた。
わからない。この自称勇者が本気でわからなくなる。
そんな顔で見ないでくれ、その光の塊みたいな精神性は直視していられない。
こいつは昔を嫌でも思い出させてくる。
だから見たくないんだ。
リーダーに返答はしなかった。したくなかった。
俺は黙って魔力糸を展開する。
「モブ、ありがとうね。私が倒れた後はお願いするわ」
糸で岩を寄せ集めて即席の防壁を作った。
「命令だからやったんじゃないからな」
魔力糸でディアとレヴィを掴んで引き寄せ、防壁の入り口を閉じる。
「きゃっ」
「おいモブ何すんだ! まだ敵がいんだろーが!」
「リーダーが奥の手を使う」
「奥の手って、もしかしてあれ使うのか」
「だからお前らを守るように頼まれた」
息も絶え絶えなディアに胸ぐらを掴まれる。
目が血走っていて、いかに必死か理解できた。
「馬鹿野郎! 使わせないように何で止めねぇ!」
「止めたよ」
「ッチ、お前じゃ話しになんねぇ、どけ! 止めてくる」
俺の襟から手を離す勢いで突き飛ばされるけど、退くわけにはいかない。
「ダメだ。リーダーが決めたら止まらないのはお前もよく知ってるだろ」
ディアが俺の目を睨みつけてきた。
普段なら縮み上がって譲るところだけど今は譲るわけにいかない。
「お前の役目はそれじゃない」
ディアを指しながら言ってやる。
俺の後ろではリーダーの魔力が渦巻いて壁の隙間から黒く輝き出した光が漏れる。
「倒れたリーダーを回収して離脱するのに手がいる。何言っても止まらないんだ。無駄なことで時間はかけてられない」
「でも」
「リーダーが覚悟の上でやるって言ってんだ。わきまえろよディア」
「……チクショウが」
ディアが吐き捨てる。
岩の防壁の隙間から、リーダーが放つ魔力の拍動が、心臓を叩くような鼓動となって響き始めた。
もう誰も止められない。リーダー自身でさえも。
ディアを見る。無力感に苛まれたような顔で地面を叩く。
レヴィを見る。不安と心配が入り混じった顔でリーダーがいる方の壁を見ている。
メイを見る。顔をずっと下げて表情はわからなかったが、雰囲気で何もできなかった悔しさが伝わってきた。
俺は何だろうか、諦めのようなものか?
止めることができなかった。
守ることもできず、ただ、見ていただけだ。
モンスターが近づいているのが足音と声でわかる。
リーダーの方で一瞬だけ白く光り、魔力が霧散したのを感じた。
発動しなかっただと!?
あの状態で魔力が霧散するなんて、意識がなくなるとか不測の事態でも起きない限りあり得ない。
発動自体が間に合わなかったとか嘘だろ。
「リーダー!」
俺は声を荒げながら防壁の岩をどかして姿を見ようとする。
するとそこには無数のモンスターと倒れるリーダー。
そしてリーダーを受け止めた男がいた。
男から若々しい優しい声色が聞こえてくる。
「遅くなってすまない。王国近衛騎士団の名の元に君達全員の安全を保証しよう」
その言葉とともに夜空から細い光の柱が、地面に向かって真っ直ぐ落ちた。
相手を確認する前に逆光で見えなくなる。
遠くで着弾した場所のモンスターが、乾いた音とともに消えてしまう。
消えたというより文字通り弾け飛んで次の光柱が落ちていく。
男の後ろで、連続してまるで雨のように光が降り注いだ。
強い風が吹き荒れ、風に乗って焦げの匂いを感じた。
夜なのに昼間のようにあたりが明るくなって、その眩しさに思わず目を細めてしまう。
数秒して光が止んだ。
俺たちが魔術を使う音も、モンスターどもの音も、何もかもなくなる。
静寂だけがあった。
たった数秒でモンスターなんて最初からいなかったのように、何もいない。
谷底の何百という個体が全部消えて、煙みたいなものだけが漂っていた。
それも夜風に流されて消えていく。
俺含め全員が動きを止めて、目の前に広がる光景を唖然と見ていた。
やっと目が慣れて、男が誰なのか分かった。
「……アーク……ライト」
やっとの思いで口に出せたのは、目の前の男の名前だけ。
「待たせたね、モブ」
振りそそぐ光を背景に立つのは、王国近衛騎士団副団長。
今最も勇者に近いと言われる、いけ好かない男が目の前にいた。