え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
「リーダーちゃんは気を失っているだけだよ。魔力の意図的な暴走があったからね、多少手荒だったけど眠らせてもらったんだ」
目の前に王国騎士団の副団長がいた。
アークライトは少しだけ笑って、「ごめんね」と言いながらリーダーをこちらに引き渡してくる。
とりあえず受け取ったリーダーは、力なく俺に体を預けてきた。
意識がないのは明らかだが、よく見ると小さくいびきをかいていやがる。お気楽なもんだよ、心配して損した。
リーダーから目を離し、アークライトへ視線を戻すと、自然と目が合う。
「どうしてここにいるんだよ」
「そりゃ君たちを助けるために決まっているじゃないか」
「そういうことじゃない、お前は別の場所に行ってたんじゃないのかよ」
「もう片付けてきたさ。急いでこっちの応援に駆け付けたところ、現場の隊長から君たちがモンスターを引き連れてどこかに行ってしまったと聞いてね。慌てて追いかけたんだ」
きっと他の場所でも同じ規模のモンスターが湧いていたはずだ。そういう効果の魔道具だったんだから。
それをこいつは簡単に片付けてきたと言い放つ。
俺たちもB級とはいえ戦闘力で言えばA級だ。そんな俺たちが必死でつないだものを涼しい顔で解決していく。
これがS級。雑魚が何体いようが関係ない、圧倒的な個の力。文字通り人間やめてやがる。
「だって君たちだけではあの数を対処するのはさすがに厳しいだろう。君たちを探していたらちょうど膨大な魔力の奔流を感じてね、おまけにとても不安定と来た。これは何かあると思って来たらここにたどり着いたというわけさ、これでモブが知りたいことは済んだかな?」
俺がどんな思いでもがいても、何もなかったかのように解決していくから、俺はこいつのことが昔から苦手だ。
「では、もう一仕事してくるとするよ、久しぶりの再会なんだ、終わった後は話をしよう」
アークライトの輪郭がブレたかと思うと目の前から消える。
白閃光。アークライトに付随する二つ名の通り、それは閃光のように瞬きする間もない一瞬で、はるか前方に行ったのを遅れて理解できた。
あいつの先には追加で来たモンスターどもがまだまだわんさかいる。俺たちだとどうしようもない数を相手に逃げるのではなく、向かって行く。
光を操ってモンスターを蹂躙していく姿はまさしくおとぎ話の勇者、そのものに見えた。
その光景を見ながら自分の中に渦巻く感情が、どういったものなのか分からない。
確実に言えるのはあいつが来た以上、この騒動はこれでお終いという事実だけだった。
「あれ、ここは」
寄りかかっていたリーダーが目を覚まして、事態を把握できていない様で辺りを見回している。
「終わったよ、何もかも」
いつの間にか空が薄く白みがかっていた。
◇
アークライトが残りのモンスターを手早く根こそぎ倒してしまい、騎士団と合流して全員の安否確認をして現在帰路についているところだった。
「メイ、足の調子はどうだ?」
「……ディアがやってくれた」
ディアが乗った馬が近づいてくる。
「まぁ回復魔術は苦手だからうまくできているかわかんねーけど」
「……歩ければ十分」
メイはそういうけど、大事をとって依頼はしばらくは同行させられないな。
空を見ると木々の向こうに、うっすらと光の帯が出ていた。夜が明けている。昨日の王都の門が見えた時から数えると、どれだけ経ったんだろう。
長い一日だった。というか日をまたいだので一日半か。王都を目指して出発したのが昨日の朝で、夕方に魔獣に追われて、夜に王都に着いた。と思ったら街道に戻って、追われて、今また王都に戻っている。
我ながらよく動いたと思う。動かされた、の方が正確か。
十日間かけて王都に来て、その最後の半日がこれだ。
王都へ向かう道すがら、頭の中がぼんやりしてくる。さすがに眠い。緊張と疲労で限界に近いな。
馬の揺れがだんだんと心地いい揺れに感じて思考力がそがれていく。
宿か最悪騎士団の宿舎でも間借りさせてもらって休もう。
前にいるリーダーがいつもより静かだ。普段なら今頃「お腹すいた」とか言い出しているはず。
他のみんなも騎士団も静かに帰路についている。
モンスターはアークライトの手によって去った。戦いには勝ったと見れるが、とてもじゃないが喜ぶ気持ちになれない。
風に乗って汗のすえた臭いと、血生臭い香りが漂ってくる。
モンスターに踏み潰された騎士団員が何人もいた。飛行型に頭を貫かれて立ち上がらなかった人間がいた。モンスターを目の前にしてパーティ全員を危険にさらしたやつがいた。
あったのは少しばかりの安堵と全身にのしかかる重圧と疲労。それだけがあった。
「やっと王都に到着だな」
ディアの声で目を凝らすと、王都の街灯が見えてきた。魔導式の橙色の光が規則正しく並んでいる。
王都の門を騎士団員たちが先にくぐり、戻っていく。隊長格の男が去り際に俺たちに向かって頭を下げる。そこに言葉はなかった。
今回の騒動でどれくらいの被害が出たのだろうか。新型魔道具を利用した王都襲撃、きっと裏では手を引いているやつがいて、計画を練った犯人がいるんだろう。
俺たちが目にしたのは騒動の一部分だけであって、全体を把握しているのはアークライトや、その他の力を持った人間だ。
別に全体を把握しようとも思わない。俺たちは俺たちの手の届く範囲で動くだけ。
王都を揺るがす何かとか、世界の命運をかけたなんちゃらみたいなのは他のやつらの範囲だ。
親方と合流したら報酬の話とかしないとな、騎士団にも一応依頼という形で案内を請け負ったんだ、少しばかり交渉するか。
王都の門を入ってすぐの広場に親方がいた。
寝て待っててくれって言ったのに、親方も律儀な人だな。
親方は俺たちの顔を見た瞬間に目を細めて手を振った。
「さっき騎士団員からきいたぜ、大変だったみたいだな。お疲れさん」
いつもなら聞こえてくるはずの、リーダーの自信過剰で尊大な言葉が聞こえてこない。目をやると少し顔をうつむかせて黙っていた。
見かねてレヴィが対応する。
「わ、わたしたち必死で、特にねぎらわれるようなことは」
「いや、大したもんだと思うぜお前たちは」
「いやぁあんまり活動してて褒められることなんてないから、照れちまうな」
話しに割ってディアが入ってくる。メイが黙っているリーダーに気づいたのか近づいていった。
「……リーダー?」
「ない」
うつむいたまま小さな声が聞こえる。
親方も聞き取れず、耳に手を当ててリーダーの言葉を聞き返した。
「なんだって?」
「なにもしていない! 私はあそこで何もできなかったのよ!」
少し目に涙を浮かべたリーダーが、声を張り上げる。何を言い出すのかと思えば、何もできなかったのは俺たち全員だ。
逃げることしかできなかったんだから、それに本当に何もできなかった俺がいるから、あんまりリーダーが何もできなかったとか言わないでほしい。俺が間接的にダメージ受ける。
「俺が騎士団から聞いた話と違うな、サイレントプレーン一行がモンスターを引き寄せる魔道具を逆に利用して、騎士団を救ってくれたってあいつら口をそろえて言っていたぜ」
「それもモブの作戦だし……私は最後気絶していただけだし」
「俺たちは5人で1つのチームなんだろ? ピンチの時は助け合うってお前が言ってたんじゃないか」
「ああ、騎士団の副団長が言ってたぜ。仲間を守るために命を懸けるのは、褒められたことじゃないが……まさに『勇者』の振る舞いだってな」
「……勇者」
リーダーがピクリと反応した。その単語は一瞬で調子に乗るスイッチだ。
「……そう、勇者よ!」
目元を袖口で何度か擦ったかと思うと、リーダーは親方に人差し指を突きつけた。
「私は勇者として当たり前のことをしたまで、サイレントプレーン全員の功績ね!」
いつもの調子に一瞬で戻る。その切り替えの良さは俺も見習いたいと素直に感心してしまう。
親方も目をぱちぱちさせて、それからふっと息を吐いた。
「全員、怪我とかしてないか」
「メイが足を軽く負傷したくらいだ」
「そうか、無事で何よりだ」
「親方も朝までお疲れだな!」
ディアが俺に肩を組んで言う。重いから離れろって、こっちは疲れてへとへとなんだよ。
「宿で休んでてくださっていてもよかったのに」
「……律儀」
「そら、お前たちが心配だからわざわざ待っていたに決まってんじゃねぇか。俺だけじゃねぇ、今日はどこも心配で寝付けないやつばかりだったぜ」
「何せ王都に向かってモンスターが進行してくるんだ。誰だって心配さ、だから、お前たちよく無事で戻ってきた」
親方がリーダーの頭に手を乗せてなでる。金髪の髪がくしゅくしゅといじられて、にんまりと自信に満ちた表情で声を張り上げた。
「私たちにかかれば大したことなかったわね!」
嘘つけ、全員必死だったうえにお前は最後自己犠牲までしようとしていたじゃないか。
先の疲れを引きずらないで、俺を除いてみんなで笑っている。
最悪だ。なんかいい雰囲気になって解決みたいな空気になっている。ここからこの話題を出すのは野暮だが、でも出さないといけない。
こればっかりは先に切り出さないと。
「報酬の話をしたい」
この空気をぶち壊すように言った。
「ちょっとモブ、今はさすがにないんじゃないの」
「デリカシー欠けるっていうか空気を読まないっていうか、マイペースだよなお前も」
リーダとディアから非難を受けるが聞き流す。
親方が頷いた。
「いいんだ。俺から話そうと思っていたんだが、タイミング逃していつ言うか迷っていたところだったんだ」
広場の端の石段に全員が腰を下ろした。夜明けの王都は静かだった。荷馬車の音も人の声もすでになかった。ただ石畳に朝の光が伸び始めて、反射できらきらしていた。
モンスターのところへ行くという不測事態があったが、本来はそんな事象はない。
これは依頼だ。親方が金を払って俺たちがそれに見合った働きをする。双方の合意があって報酬が払われる。
「積荷は全部捨てた。俺たちの荷物もみんな」
「知ってる」
「街道に戻ったときに捨てた積荷を確認したけど、ほとんど踏み荒らされて原型すらとどめちゃいなかった」
「想定内だ」
「損害は積荷と、それで失う親方の信頼と、貴族宛ての贈呈品を捨てたってところか」
「あと街道のゴミになった積荷の清掃もな」
思わず無言になってしまう。正直こちらに弁償とか言われても払える余裕なんてない。けど今回の首謀者が不明な以上は俺たちか親方、どちらかが損害を受け入れるしかなかった。
親方とは10日間とはいえ世話になった間柄なんだ、できれば言い合いにしたくない。
切り出し方を迷っていると親方が先に口を開いた。
「それなんだが、積荷を捨てる許可をしたのは俺の指示だ。今回の件はお前らには責任はねぇと思っている。安心しな」
あいた口がふさがらなかった。
これから親方と賠償のやり取りをするために考えていた、あれやこれやの考えが一気に真っ白になる。
何を考えているんだ親方は。
「俺たちは守るべき物を守って届ける陸送護衛の依頼を受けたんだ、その積荷をすべて捨てた。貴族も絡んでいるんだ、俺たちに責任なしとはいかないだろ」
「なぁモブ、あまり見くびるんじゃねぇぞ」
一瞬だけ親方の眼光が鋭くなる。それは強面の商人の顔じゃなくて、たぶん、戦場にいたことのある人間の顔だ。
「依頼主の俺がお前らに責任はないって言ってんだ。お前は黙ってラッキーとでも思ってりゃいいんだよ」
親方が表情をいつもの強面商人に戻して「それにな」と続ける。
「届けたものはしっかりある」
本当に親方は何を言っているんだ? キャラバンの中に積荷がもう残っていないのは確認している。
あとからあったはずの物がなくなったとでもいうつもりか?
「だから積荷はすべて街道に捨てて」
「俺だよ」
親方は親指で自分自身をさした。
「あんなことがあって、命どころか傷一つなく俺をここに運んでくれたんだ。護衛はしっかりしてもらったぜ」
「それはつまり」
「今回積荷を王都に届けるまでの護衛とは言ってないだろ。積荷は俺、そんで無事王都に到着。依頼は成功だよ、報酬も払う。モブが騎士団に交渉したおかげで報告書も使えるしな」
確かに親方の言う通り俺は、この人のことを見くびっていた。商人だから警戒したとかは言い訳にしかならない。
俺は親方を疑ってかかったが、その実親方は今回の損害をこちらに負わせることなく、自分で負担すると言い。依頼報酬まで払うという。
頭が上がらない。
親方が俺を見て、それからリーダーたちを見た。
「お前たちのおかげで命が助かった。俺は商人なんだ、今回が全てじゃない。また稼げるさ。今回報酬をきっちり払うのはお前たちへの先行投資も兼ねてってところだな」
たぶん親方に俺たちの報酬を余裕で払うゆとりは持っていないはずだ。ギルドに支払う金とこちらに直で渡す金貨報酬。それだけでもでかい金額になる。
この依頼を受けるときに親方が快諾したのも、謎の人物からの先払い報酬があったからだったんだろう。
俺たちも借金と生活がある。報酬をもらえるのであれば、もらわない手はない。
感情と現実の問題は別だ。分けて考える必要がある。
「ほら依頼達成の書簡と、話していた金貨だ。大事に受け取ってくれよ」
親方が差し出してきたものを受け取った。ギルドへの報告は寝てからでも行けばいい。
隣からやけに笑顔のリーダーが顔を出して、俺に向かって手のひらを突き出した。
「書簡、一応リーダーもちゃんと見ておいてくれ、ここまでしてもらって後で親方とトラブルなんて嫌だからな」
言いながらリーダーの手に書簡と金貨を乗せる。
「……親方」
リーダーが口を開いた。
「今回の報酬、私たちはいらないわ」
やっぱりか。勇者願望が強いこいつがこの状況で黙っているわけないもんな。
「大赤字でしょ、立て直すのに使って。私たちは次の仕事で稼ぐから」
「けどな」と親方が言いかけた。
「いらないって言ったらいらないの」
ディアがにやりと笑って「そうだな」と続いて、メイが無言で頷く。レヴィも「私もそれで」と同意した。
こいつらわかってんのか、報酬ゼロだぞ。十日間働いて、報酬ゼロだ。
本当なら親方と言い合いになりながらなんとかつかみ取れる報酬だ。それをいらないとか。
メンバーを見渡す。俺に向かってどうだ見たかと、なぜか自信満々に胸を張っているリーダー。特徴のあるギザギザの歯をのぞかせて腕を組んでいるディア。目が合ったかと思うとすぐに目をそらすレヴィと、メイは何考えてんのかわからないが俺をしっかり見ていた。
まぁこいつらならそうすると薄々思ったけどな。
「いいんだなリーダー。10日間無駄で終わるぞ」
「何言ってるの? 報酬がないだけでしょ、全然無駄な遠征じゃなかったわ」
親方が全員を見渡して、それから俺に視線が来た。
「お前も同じか」
俺は少し考えて、それからはっきりと声に出す。
「同じです」
親方が目を閉じた。しばらく何も言わず沈黙が流れる。
「ありがとう」
その一言だけだった。
それからとびっきりの笑顔でリーダーが親方に言う。
「これからの有望な商人への先行投資も兼ねているわ。贔屓にしてちょうだいね」
「こりゃうまいこと返されちまったな。任せてくれ、この恩は忘れない。今後もサイレントプレーンを贔屓にさせてもらうぜ」
こういうところだけ、こいつらは迷わない。普段あれだけ手間をかけさせておいて、こういう時だけ澱みなく動く。
非合理的とか関係ない、損得でなく感情で動く。
こういうところは少しだけこのパーティにいてよかったと思ってしまう。
話もまとまって、親方が去り際に振り向いた。
「なぁモブ、いつだったかの話しの続きだ。お前にとってこのパーティは大切か?」
「……腐れ縁の仲間たちだよ。前と同じだ」
俺の回答に満足したのか何なのかわからないが親方が笑う。
「ああ、それでいいんだ。お前たちやっぱ『いいパーティ』だよ」
首元をリーダーに掴まれて「ちょっと腐れ縁てどういうことよ」と揺さぶられながら、親方が見えなくなるまで目で追っていた。
◇
騎士団から使いが来たのは、親方と別れて王都の宿に向かおうとしていた時だった。
「副団長からの伝言です。帰路に魔導列車をご利用ください。手配済みです」
使いの騎士団員が言った。
全員が俺を見た。なんで俺を見る。あいつとは関係ないだろ。
まぁ帰りの足があるのは素直に助かった。報酬がない以上、帰りの馬と旅費をどうやって捻出しようか考えていたところだ。
「ありがたく使わせてもらう」
俺が言うと全員が深く頷いた。
「さすがアークライト!」
「あいつ気が利くな」
リーダーとディアがほめているが、受け取りたくないのが本音だ。借りを作ると後々面倒くさくなる予感がすごい。
「れ、列車の予約はいつ頃でしょうか」
「それなんですが、申し訳ありません。今回の異変で予約がすべて埋まっていまして、何とか枠を確保できたのが一か所しかなく」
「……いつ?」
「この後の始発列車になります」
全員で疲れた顔をお互いに見合わせる。
いつになったら寝れるんだよ。もう地面でいいから寝かせてくれ。
魔導列車の駅に到着したのは完全に日が顔を出した後だった。ゆっくりしている時間もない。まさか朝食も食べていられないとは。
始発ということもあってまだ乗客が少ない。石造りのホームに天井のガラス窓から朝の光が差し込んでいる。列車が来るまでしばし待つことになった。
ホームの長椅子にディアが座って目を閉じる。即座に寝やがった。どこでも寝られる特技は本当に羨ましい。
メイが壁に背をつけて、立ったまま目を閉じているけど、もしかしてこいつも寝ているんじゃないか。
リーダーとレヴィは構内をうろうろしてお土産を選んでいるようだった。金ないんだからほどほどにしとけよ。
俺はディアの邪魔にならないように、長椅子の端に腰を下ろした。目を閉じたけどすぐに開ける。眠れない。頭が覚醒しすぎている。
いつの間にかリーダーとレヴィが売店から戻って、レヴィが「ペット用の干し肉が売っていました」と嬉しそうに言う。
リーダーが干し肉を朝食代わりに食っているけど、俺の見間違いじゃなければその干し肉ペット用じゃないか?
レヴィのお土産は今まさに隣でリーダーに食われてないか?
指摘はしなかった。ただ列車が来るまで、目を閉じて座って待つ。
「やぁモブ、待たせたね」
声がして目を開けた。
目の前にアークライトがいて、いつもの爽やかスマイルをこちらに向けてくる。
あー、たしか後で話をしようとか言ってたっけ。疲れてそんなこと忘れていた。
「みんなも久しぶりだね」
リーダーたちも来訪に気が付いたみたいだ。
「久しぶりだな副団長」とディアが言い。レヴィがメイの後ろで隠れるようにして「あの……お疲れ様でした」と小声で言った。続けてメイが無言で頭を下げる。
仮にも副団長がきているんだからもうちょっと愛想よくしてほしい。まぁアークライトに関しちゃ俺も人のこと言えないか。
アークライトが全員を見渡し、それから俺に視線が来る。
「久しぶりだね」
「何か用か英雄様」
アークライトが少し笑った。嫌味はきちんと伝わったらしい。
「相変わらずだなモブは」
「お互い様だろ」
「今夜は派手な旅だったじゃないか」
「派手にしたのは俺じゃない」
リーダーが間に入ってくる。そのままアークライトの対応しててくれ。
「アークライト! 助かったわ、ありがとう!」
「礼には及ばないよ。副団長としてあたり前だからね。むしろお礼を言うのはこちらの方さ」
アークライトが姿勢を正して俺たちに向き合う。
「此度の騒動におけるモンスターの誘導と掃討への協力。王国近衛騎士団を代表して副団長アークライトが謝意を表する。サイレントプレーンの尽力誠に感謝する」
その言葉と共に捧げられたのは騎士団における最敬礼であり、間違っても俺たちのような冒険者に向けるものではなかった。
しっかりと間をおいて、また俺と向き合う。
「モブ、少しだけ二人でいいかな?」
「なんだよ、列車がもう来るから手短にしてくれ」
「わかっているさ、時間は取らせない。一点だけ確認したいことがあるんだ」
椅子から少し離れてリーダーたちが聞こえないところに移動した。いつもの爽やか顔ではなく仕事モードの鋭い目つきで聞いてくる。
「モブ、正直に言ってくれ、今回の機転は君の作戦通りなのかい?」
改まったと思ったら何を言ってるんだこいつは?
「モブの機転がなかったら騎士団は壊滅していたと思う。本当に感謝しているんだ副団長としてでなく、一人の人として」
「俺は特に何もしてない。たまたま上手くいっただけだ。そもそも、お前が来なかったらあそこで俺たちはほぼ終わってた。リーダーも。救ったのはお前だろ、英雄様」
「また君はそうやって」
アークライトが額に手を当てる。その仕草すら絵になって、なんか鼻につく。
「近々遊びに行こうと思っている。今回もまたどんな旅だったか聞かせてくれ」
いつの間にか近づいてきてたリーダーの「ぜひ来て!」という声と、俺の「来なくていい」という声が被った。
アークライトが口元に手をあてて、くすくすと笑っている。何が面白いんだ?
「モブのところに行くと面白い話が聞ける。昔からそうだ」
「お前に面白い話なんてした覚えないぞ。今回もいつも通り荷物持ちしてトラブルあって、必死に動いて徒労になって終わりだ」
「モブは嘘が下手だね、すでに酒場での乱闘や魔道具の起動などの話しは耳に入っているよ。もう面白いじゃないか」
「お前バカにしてんのか」
アークライトが目を細めて笑った。
「悪気はないんだ。許してくれ、じゃあ近いうちに」
「来なくていいと言った」
「モブはね、リーダーちゃんは歓迎してくれるみたいだよ」
「おいリーダー」
「みんな楽しみにしているわね」
手を振って歓迎してやがる。俺以外はこいつの被害がないから歓迎できるんだ。俺と立場変わって欲しい、切実に。
「今回の事情聴取も騎士団としてしないといけないしね」
王都戻ってそのまま引き返す感じだもんな。事情聴取で王都にまた来いとか、終わるまで王都から離れられないとかになるよりはましか。
「おっとこんな時間か、抜け出してきたからもう戻らないと。そういうわけだからモブ、しっかり準備しておいてね」
何の準備だよ。事情聴取のか? いや本当の意味は分かっているんだけど、意識すると疲れるどころかこのまま倒れそうだから、頭の隅に追いやることにした。
アークライトが踵を返したその瞬間、体に沿って薄く控えめな光がまとわりつく。
そして瞬きをした瞬間にわずかな光の残光だけが残っていた。
「あいつ、わざとやってるだろ」
俺は小声で言う。
白閃光のアークライト、名は体を表すような男だ。
◇
魔導列車は、思っていたより静かだった。
車輪の音と振動がある。若干モンスターたちの追いかけてきたときの振動を思い出してしまう。しばらく揺れや振動が苦手になりそうだ。
馬とは比べ物にならない速さというのが、窓から見える景色が一瞬で流れていくことで、すぐに理解できた。
揺れもキャラバンや馬と比べて少ない。座席が柔らかい。開けた窓から入ってくる空気が草原の匂いがして心地いい。
これが近代化というやつか。快適だ。
以前これに浮足立つ群衆を少しバカにしていたが前言撤回する。これは確かに革命だよ。
そして同時に二度とはこの経験できないだろうなと思う。
アークライトが用意した座席は一般ではなかったらしく、最上位の個室だった。
軽く乗務員に聞いた話だと、元々アークライトが遠征で使用する予定だったらしい。
今回の騒動でそれが延期になったため、俺たちに回ってきたというわけだ。
余り物が回ってきたと考えると、途端に気持ちが冷めてしまう。
魔導列車の乗車料金と、この部屋の予約を合わせた金額が今回もらうはずだった報酬額を上回っていた。
魔導列車に乗っている間はすべて騎士団持ちで無料なら、余計なことは考えず、こいつらと同じように好き勝手するのが正解か。
メイが窓の外を黙ってみていたが、たまに眉をひそめる。隣でディアが重りの付いた器具をがっちゃがっちゃ振り回していた。暑苦しいしうるさい。そりゃメイも眉をひそめるか。
レヴィはそんなの意に介さず「あんなところにも魔獣が」と小声で言いながら窓に顔を寄せていた。
「乗り心地最高ね、アークライトに感謝しなくっちゃ」
リーダーはなぜか水着に着替えて、水を張った桶に足を浸していた。手にはパステルカラーの飲み物をもって頭には麦わら帽子、顔には黒の遮光用眼鏡をつけている。
経験したことないから指摘はしないけど、それ海とかもっと暑い地域でやることじゃないのかよ。魔導列車もなんで水着なんて売ってるんだよ。
いつもながら自由すぎだろこいつ。
結局王都での夕飯も、豪勢な打ち上げもかなわずじまいで終わったな。
外を眺めるのも、内装の観察も飽きて、座席に座って帳簿でもつけようとした時だった。
車内に食事が運ばれてくる。
アークライトの手配らしかった。柔らかそうな白いパンと、黄金色の温かいスープと焼いた肉が乗っていた。
黒パンじゃないだと!?
そして肉も普段のよりも圧倒的に分厚い。肉を焦がす匂いにごくりと喉が鳴る。
気づけば全員食事の前に集合していた。
恐る恐るフォークとナイフを使って肉を切り分けようとする。バカな、力を入れなくても肉が切れていくだと!?
正規で注文したらいくら取られるんだこれ、貴族でも上流のやつじゃないと食えない品質だろこれは。
夜明けからずっと動き続けていたから腹が減っていた。
アークライトの爽やかな顔が浮かぶ、悔しいけどありがたい。
一口食べてからは、そんな悔しさすらも目の前の食事に上書きされ、無心で食べた。いやリーダーたちと同じ食べ方をしているなら、むさぼったという表現の方が正しいんだと思う。
いつもなら賑やかな食事の時間だが、疲労と睡魔、そして目の前の最高級の食事。会話は不要で、全員黙って食べていた。
ひと時の至福をゆっくり味わい終わるころ、ディアが皿に顔を埋めた。遅効性の毒を一瞬だけ疑ったが、ディアの様子を見て違うと判断する。
「ぐおおおぉぉぉ」
寝ていた。飯を食いながら、疲れているのに運動なんてしてるからだアホ。
食事も終わっていよいよ体力が限界になったのか各人ぼんやりしていた。きっと一人また一人と寝てしまうだろうな。
あくびがでて、口を手で覆い噛み締める。俺も限界だ。
列車が走り出してしばらく経った頃、起きているのは俺とリーダーだけになった。
外を見ながら窓枠に頬杖をついて、ぽつりとリーダーが言う。
「あーやっぱりもらっておけばよかったわ」
たぶん報酬のことだろう
「そうだな」
リーダーは何も言わずただ外を見ている。金髪が風になびいて動いていた。
くれると言った報酬を自ら断るなんて強がりだと思う
「でも、勇者っぽくはあったんじゃないか?」
リーダーからの返答はなく、お互いそれ以上何も言わなかった。
俺は帳簿を開ける。
今回の遠征、10日間。食費、消耗品費、自衛用品の補充費。損失は諸々。収入の欄を開いてゼロとだけ記入した。
借金は減らず、今月の生活費の見通しが怪しくなる。帰ったらギルドに報告して、早急に次の仕事を探す必要が出てきてしまった。
だけどリーダーを責める気にはならない。
窓の外を見た。遠くで俺たちが10日間かけて通った街道が流れていく。昨日モンスターに追われながら逃げた道が、今は車窓の景色になっていた。同じ道が全然違って見える。
10日間荷物を守って、全員を無事に連れ帰った。
報酬はゼロで借金は減らなかったし、積荷は全部捨てた。
まあ、全員生きてるんだ。明日からまた頑張ればいいか。
ちょっと区切り良いので数日だけ更新お休みします
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