え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
未読の方いたら25話を先に読むことをお勧めします
最近は借金を返しつつも余裕が出てきたし、居間で優雅に紅茶を飲んでも文句言う奴はいない。
そもそも今日は、俺以外の全員が出払っていた。
淹れたての紅茶からは湯気が立ち上っており、香り高い匂いが鼻腔を通り抜ける。つい贅沢して買ってしまった秘蔵の紅茶だ。
高かっただけあって香りからは日頃のストレスがなくなりそうだ。
大抵こうやって誰もいないときは荷物の整理や、次の依頼の準備の買い出しなんかをやることが多いが、その予定も今日はない。
最高だ。
何もやることがないってのは。
紅茶を嗜んでいるとホーム入り口の扉からノックの音が聞こえてくる。
……出たくない。
どうせただの手紙や積荷の配送なわけが無い。俺の休みを邪魔するのはいつだってトラブルだ。
どうせこの扉も開いたらまた厄介が転がり込んでくるに違いない。
今日の俺は絶対に、
絶対に休みを邪魔されたくないんだ。
よし、裏口から逃げよう。
手紙や積荷だったら入り口に置いて帰るだろうし、何か用件がある人物だとしても不在だったと後で言えば問題ない。
思い立ったが吉日、名残惜しいが飲みかけのティーカップをテーブルに残し、立ちあがってこっそりと勝手口に向かった。
入り口では「どなたかいませんか」とまだ聞こえてくるが、そんなこと知ったことではない。
今日の俺は流されないんだよ。
ドアノブを捻り扉を開けた。
「やあ、やっぱりいるじゃないか」
いるはずのない男が誰もいないはずの裏口にいる。
「お、お前、なっ、どうして」
混乱して出す言葉が見つからない。でも二つだけはっきりと分かったことがある。
一つは見つかってしまったという事実。それと、
「なんでここにいるんだよ、アークライト……」
俺の休日が無くなったことが確定したということだった。
◇
「で、王国近衛騎士団の副団長様がなんでこんな田舎街のB級パーティのホームにまでわざわざ顔出しているんだよ」
テーブルに腰をかけながらいつものように皮肉を投げつける。
裏口に回っていたのはいつもの高速移動でたまたま裏口に移動しただけのことらしい。
偶然でもタイミングが最悪だろ、世界がこいつの都合で動いているのかと錯覚するわ。
裏口に立っているのもなんだから中には入れたけど、たしか王都の駅の時は事情聴取がどうとか言ってたっけか。
あの時は眠さと疲れであんまり覚えてない。
「友人に会いにくるのに理由が必要かい?
この間王都で別れるときに近いうちに顔を出すと言ったじゃないか」
相変わらず絵画でも見かけないような、整った顔面の男は笑いながら言う。
あれ社交辞令じゃなかったのかよ。
王国近衛騎士団副団長の肩書きの人間が、さらっと遊びに来ちゃダメだろ。
「他のみんなは留守中かな?
みんなと食べる夕食も賑やかでいいね。せっかくだし、今夜は御相伴に預からせてもらおうかな。あとこれ街でついでに買ったお土産」
「歓迎してない。食わずにそのまま帰れ。土産はもらっておく」
「またまた、素直じゃないなモブは」
いや割と本心からだぞこれは。
というか、何勝手にテーブルに着こうとしているんだ。
悪いがお前とテーブルで談笑する気なんてないからな。
テーブルにある飲みかけの紅茶を飲んで落ち着こうとする。
やや冷めてしまっているが、この香りに少しだけ心に平穏が訪れる。
「ところで、モブが飲んでいる紅茶美味しそうだね。僕にも一杯いただけるかな」
「いただけません。お帰りはあちらで御座います副団長殿」
「ここは客人に茶も出してくれないようなところなんだね、僕は悲しいよ」
勝手に悲しんでろ、思ってもないくせに。
顔がさっきから微笑みを浮かべたままだぞ。
雑に扱われて微笑んでいる姿を見ると、この間のディアのストーカーを思い出すからやめろ。
「まぁせっかく外に出るついでだ」
おっ、帰る気になったのか、珍しい。
というか流石に邪険にし過ぎたか。
夕飯くらいなら別に――
「模擬戦をしようか、いつものように」
あの、アークライトさん
テーブルで紅茶飲みながら談笑でもしませんか?
◇
「いーやーだ。絶対に模擬戦なんかしない」
「いいじゃないか、これでも僕は結構それを楽しみに今日来たんだけどな」
アークライトを家に留めるように試みたが意味もなく、そのまま俺もずるずると家の外に連れ出されてしまった。
王都での魔導列車の借りがあるため、あまり強く出れないのが恨めしい。
「お前の楽しみなんぞ知るか。毎度毎度来るたびに模擬戦吹っ掛けやがって、非戦闘員じゃなくて騎士団の連中とやってろよ」
「王国近衛騎士団副団長としてではなく、ただの友人としての頼みでも嫌かい?」
並みの女ならそれで落ちてしまいそうな、少しだけ上目遣いで頼み込んでくる。
本人の顔もあって戦いなんてしらない、箱入りの華奢な美男子にもみえるが、騙されてはいけない。
実力は王都陥落危機の規模感のモンスターを、ほぼ1人で殲滅させた正真正銘の化け物だ。
「ボコボコにされる側の気持ちも考えてくれ」
「どうしてもかい?」
「どうしてもだ」
「そうか、ならしかたないか」
そう言うとアークライトは顎先に手を添えて、少し考えるような仕草を始めた。
「あまり言いたくはなかったんだけど驚かずに聞いてね」
なんだよ藪から棒に、お前の訪問が今日一番の驚きだよ。
「実はこの間の王都を狙った一連のモンスター騒動なんだけど、まだ犯人が捕まらないんだ」
「それは大変だな」
「それどころか犯人の手がかりにつながる情報すら全くないんだ」
「そりゃよほど周到な奴だったんだな」
親方もたしか魔道具をだれに頼まれたか素性は知らないって言っていたもんな。
「今憲兵や警護団が必死になって犯人を捜しているんだ。もちろん騎士団もね」
「まぁ普通そうするだろうな」
「今回の責任の所在でもめていてね、どうやら騎士団の失態という動きが強まっているらしいんだ」
話の流れがよく見えない。
ただの騎士団が大変だっていう愚痴か?
「でも、騎士団の失態であっても犯人は絶対に出さないと、全体の失態になってしまう。王都の威信にも関わってくるんだよ」
「ふーん。王都も一枚岩じゃないんだな」
正直あまり興味ないし他人事だから、特に俺の口から言える様なこともない。
アークライトは俺を指でさして続けた。
「モブ、君には今回の首謀者としての嫌疑がかけられている」
「…………は?」
開いた口がふさがらないというのを始めて体験した。
「いやいや何言ってるんだ。それはおかしいだろ!」
「王都にも僕の失脚を狙っている派閥があるみたいでね、彼らにとって犯人は『誰でもいい』らしいんだ」
「だとしても俺たちは襲われていたんだぞ、犯人なわけないだろうが!」
「それは僕もよく知っているよ。君はそんなことはしないし、その発想もない」
「じゃあなんで」
「まぁ実は君たち以外の行商隊はこの世にもういないんだよね。僕が駆けつけた時にはもう手遅れだったんだ」
生存者が俺たちだけなんて、そんなこと初めて知ったぞ。
「主観と客観の違いというやつさ。ただの被害者と見るには、あまりにも状況がおかしいんだよ。モブたちが必死だったとかは関係なくね」
「だからと言ってもなんで俺なんだよ。他のメンバーにも容疑かけられてんのか?」
「いや君だけだ。逃げながら魔道具起動しただろう? 証拠として魔力痕から、ギルド登録の君の魔力と一致したって調べが認められているんだよね」
あの時のあれか。
必死だったから事後処理とかそういうの何も考えてなかった。
なら俺の状況まずくないか。
「捕まえに来たのか?」
驚いて吹き出た汗が冷えて、冷たく感じる。
アークライトはくすくすと、いつもの余裕のある笑いを挟んでから俺と見合う。
「当たらずも遠からず、かな。
実は今回の件は僕に一任されてるんだ。行商隊が全滅していく中、魔道具を持ってモンスターを操った疑惑のある容疑者を、僕が事情聴取と尋問を兼ねて見極めるというわけだ」
「周りに君達との友好関係がバレてなくてよかったね」とか言っているが、頭には入ってこなかった。
驚かせやがって、それならこいつが、モブは白だと上に報告すればいいだけの話じゃないか。
「お前が権力者でよかったよ。邪険にして悪かったな」
安心から自然と胸を撫で下ろした。
魔道列車の件と言い、でかい借り作っちまったな。
正直癪だが王都転覆の疑いとか、安いプライドを選んでいる場合じゃない。
「謝ることはないよ、僕のやりたい事も満たせるんだからね」
何言ってるんだ?
雲行きが急に怪しくなったぞ。
こいつの今やりたい事ってたしか
「モブ。良いように報告してほしければ僕と『模擬戦』、
やってくれるよね」
それは、どこまでも優しい声色で、どこまでも恐ろしく俺の耳に入ってきた。