え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
「俺が有効打を入れたら絶対に調書にいいこと書けよ!
というよりもお前の権力でもみ消せ、俺何もしてないんだから冤罪だ。冤罪」
「この立場って別にそこまで便利な立場じゃないんだよ。まぁでも、今回に関しては僕次第でどうにでもできそうだけどね」
ホームの庭でお互い真剣ではなく模擬刀を構える。
芝が揺れる程度のそよ風が爽やかに抜けていくけど余裕なんて全くない。
目の前にいるのは、これから模擬戦だというのに一切表情が崩れず、いつも通りの余裕のある微笑みを浮かべるアークライト。
そしてそれと対照的に余裕がなくてさっきから冷や汗が止まらない俺だった。
剣なんて齧る程度しか振ったことないんだが。
役割荷物持ちだぞ俺。
アークライトの無茶振りは今回が初めてじゃない。
こいつと出会ってすぐの頃、流れで模擬戦のようなことをやる機会が一度あった。
結果は当たり前だが俺の惨敗。
予想できることが予想通りの結果になっただけだ。
なのに何が琴線に触れたのかは分からないが、それ以来こうしてたまに模擬戦を申し込んでくる。
俺も拒否はするけど五分の確率で模擬戦をする羽目になる。
本気で調子が悪かったりすれば逃がしてくれたりするが、今回はダメだな。
「一応聞いておくけど模擬戦なんてやめて、ホームに戻って事情聴取じゃダメなのか」
「モブは変なこと言うね、なぜやめる必要があるんだい?」
俺の言葉に今日初めて微笑みが崩れて、本気で何を言ってるか分からないみたいな顔をしている。
やめる理由なんて王国近衛騎士団副団長で、次期勇者候補なんて肩書きのやつに、俺が手も足も出ないに決まってるからだよ!
俺の方が頓珍漢なこと言ってるみたいに見えるからその顔やめろ。どう考えてもわけわかんないこと言ってるのはお前だからな。
「何度も言うが俺なんかじゃなくて、他のやつと模擬戦した方がいいだろ」
「なんでだい」
「そりゃB級パーティの非戦闘員、荷物持ちとやるより強いやつとやる方のが普通じゃないのか?」
「それは違うよ、モブ」
突風が吹いた。
植物特有の青臭さに包まれ、芝が舞い上がる。
空気が少しだけ変わって、圧迫感的な何かを感じる気がした。
なんか戦闘スイッチ入ってないか?
「何が違うんだよ、自分でいうのも悲しいけど他のやつの方がずっと強いだろ。俺の方が強いと思っているならお門違いってやつだ」
もしかしてこいつは俺に隠れた才能や力があるとか思って、期待しているのか。
「なるほど、僕がモブのことを強いと思っているから申し込んでいると。
申し訳ないが君の戦闘力は下から数えた方が早いよ、それこそいつもの様に僕が縛りを設けて、その上でさらに手加減しないといけないほどには」
「今日ほど、お前をぶん殴る力が欲しいと思った日はないよ」
デリカシーなさすぎて、むしろ気持ちいいくらいだ。
これで意図的に煽っていないのならば、もはや才能だと思う。
アークライトはくすくすと抑えるように笑ってから、剣を構えて俺に向ける。
「強い弱いじゃないんだよ、モブ。
君との模擬戦はいつも驚かされるからね、僕みたいな人間には結果が見えてるものより、予想外のことが起こることの方が有意義なんだ」
「だからって毎度嫌がる非戦闘員に模擬戦を申し込むんじゃねぇよ」
「ルールはいつも通り『僕が身体強化含む一切の魔術の行使の禁止。モブはなんでもあり』でいいね?」
話が通じねぇ、いつの間にか戦闘スイッチが完全に入っていやがる。
「仮にも俺を友人と呼ぶんならやめてくれないか」
「じゃあ斬るね」
咄嗟に剣を前に構えると、剣から火花が散って手に強い衝撃が走った。
そこにはアークライトの剣がぶつかっていて、鍔迫り合いになっている。
これで魔術なしとか嘘だろ。いつ目の前に来たんだよ、目で追いきれてないんだけど。
「話を聞けよ!」
「さすがモブ、これに反応できるなんて」
アークライトが満面の笑みを浮かべる。それは喜びというかもっと純粋な、欲しかったおもちゃを買ってもらえた子供のような目をしていた。
いい年した大人が子供みたいに目ぇ輝かせやがって。
「こっちはまぐれで防ぐので精一杯だっての」
「じゃあこれは?」
その言葉と同時にアークライトの持つ剣が視界から消えてなくなった。
どこに消えたか思考を始める前に、横腹に何かが触れる感触。
反射的にそこに目を向けると、さっきまで鍔迫り合いをしていたはずの剣が当てられている。
全く反応できなかった。
「モブ、僕に加減はいらないよ。次からは当てるからそのつもりで――
言い終わる前に、空いた手に握っていた胡椒を投げつけてその場を離れる。
アークライトはくしゃみをしながら涙を流して目を擦るが、その顔は微笑みを貼り付けたままどこか嬉しそうに見えた。
「手に何か持っているだろうなって予想は経験上していたんだけどね。それを使用するタイミングが完全に予想外だったよ」
目を充血させて真っ赤になった眼光で俺をとらえてくる。
「だから面白いんだ」
そんな状態でも一切微笑みの崩れない表情に薄気味悪さを感じた。
今すぐ後ろを振り返ってホームに戻り、紅茶をすすりたい気分になる。
そんなことをしたら次は当てると宣言していた以上は、後ろ向いた瞬間マジで意識を刈り取られるか。
アークライトが復活する前に思考をまとめないと。
こうなった以上はあいつが満足するまでは解放してくれない。
満足させるためには出し抜いて有効な一打を与えるか、俺が割と痛い思いをして負けなくてはいけない。
勝敗なんてどうでもいい。
負けられるんなら負けたいが、理不尽に痛い思いするのも嫌だ。
いつもながら詰んでいる。
だいたい何が「モブは何でもあり」だよ、お前に引きずられて外に出たんだからほぼ丸腰だぞ。
なんでもありなら俺の荷物にある護身道具の準備くらいさせてくれ。
それでも足りないくらいに戦力差がある。
アークライトがまだ突っ立っているうちに自分から走り向かった。
「なんでもありって言ったのはお前だからな」
ある程度まで接近したところで剣のリーチの範囲外から剣を手放してアークライトに向かって思いっきりぶん投げる。
アークライトが一瞬だけ目を見開いた気がするが、意表を突くまではいかないのか冷静に叩き落とされて、地面に落ちてしまう。
「モブのことだから、ただ投げたわけじゃないんだろう?」
ッチ。正解だよ。
地面に落ちた剣をアークライトの顔面を狙って空に向かって突き上げた。
予想されていたせいか顔を少し逸らして避けられ剣が上に飛んで行ってしまう。
投げる瞬間に、柄に魔力糸を巻き付けていたが予想されていたか。
以前に使ったときはこれで有効打になって模擬戦が終わったこともあるが、二度くらってくれるほど甘くはないらしい。
「魔力糸。ということはモブもようやく本気になってくれたってことかな」
上に飛んで行った剣が重力で下に落ちて、柄から伸びる魔力糸に目を向けている。
うるせぇ本気も何も切り抜けることにさっきから全力だよ。
空いた両手で魔力糸を展開しながら距離をとる。
既に剣につけて伸びている魔力糸を手繰り寄せて剣も回収した。
胡椒みたいな小道具はもう持っていない。
ここからは俺自身の能力で何とかしなければいけないが、たいていこの状態になると、俺が一撃を食らって意識を手放して終わる展開が多い。
冗談じゃない。
俺には久しぶりの休日を満喫するという決意があるんだ。
こんな爽やかで、面の整ったやつを見ながら気絶して休日を終えるなんて嫌だぞ。
とか考えていたらアークライトが突撃してきた。
初撃と違って今回は俺も油断してない。
そして魔力糸を周辺に展開済みだ。
速いけど糸を通して感じる。
あいつの動きがわかるし、わかるなら予測可能だ。
アークライトが振る一撃を今度は鍔迫り合いじゃなくて、いなす。
間髪入れずに次の剣撃が飛んでくるが、今度は体を反らせて避ける。
次もいなそうとして、剣速が上がり肩に剣が当たった。
内側に鈍い音が響く。
芯にまでくる痛みに耐えながら剣から目を離さない。
痛みで思考が乱されて余裕がなくなる。
その次も、また次も数回、十数回と剣撃に対処していく。
綺麗に避けたりできるはずもなく剣速の上昇とともに全身に打ち込まれた。
剣速が徐々に上がっている。
俺がどこまで対処できるのかを試しているのか。
息を吸うことを忘れていたことを息苦しさで思い出す。
一度だけ深く息を吸い込んだ。
「模擬戦だからってやりすぎだろ」
腹に力を入れて無理やり声を絞り出す。
魔力糸を下に集中させてアークライトの足元に巻き付ける。
同時に間合いから抜けようと後ろに飛んだ。
「最後がそれだなんて少し、残念だ」
ブツッと巻き付けた糸を物ともせず千切られてしまう、足止めにもなりやしない。
アークライトはそのまま踏み込んで足元の芝が少し抉れる。
最後の一太刀をまだ空中の俺に浴びせようと剣が引かれていた。
「予備動作見せるなんて優しいじゃねぇか」
自分の後ろから糸で自分自身を引っ張る。
勢いに負けてほとんどの魔力糸がブチブチ千切れた。
物理的にやや無理やりな動作で剣の間合いのさらに後ろに行く。
アークライトが振った剣は宙を切って唖然とした顔でこちらを見ている。
踏み込んだ後でわずかに浮いた体、剣を振り切って伸びた右手、ここしかなかった。
「そこはまだ俺の間合いだ」
残ったたった1本の魔力糸を前方に向かって勢いよく伸ばす。
たとえ強度がそんなになくても、腕を振ったとき程度の速度でも
有効打を糸で入れちゃいけないってルールはなかったよなぁ。
さんざん叩きやがって、顔にいいのくれてやる。
「……っ」
魔力糸をアークライトの顔付近に持ってきた瞬間、一瞬光って視界がつぶれてしまう。
何度か瞬きをして気が付いたときにはえらい遠くにアークライトがいた。
顔腫れるのはそこまでイヤだったか。
というか今魔術行使しなかったかあいつ、ルール違反じゃねーか。
「おい、アークライト、ルール違反だろそれ」
「……モブ、君は今何をしようと」
アークライトから今までの圧力とは比べ物にならない、敵に対してぶつけるような威圧を感じる。
やべぇ、顔は流石に怒ったか。
「何でもありっていうなら顔面もセーフじゃないのかよ」
「顔、だって?」
さっきまでの殺気じみた威圧感が、霧散した。
「そうだよ。あまりにも玩具みたいに扱って来るから仕返しにな」
「躊躇なく顔狙いもそれはそれで恐ろしいが」
「いや友人を鉄の塊で何度も叩けるほうがこえーよ」
アークライトは顎に手を当て、独りで「そうか、いや、しかしあの角度からなら」とか、ぶつぶつ呟き始めている。
さっきから大丈夫かこいつ。
ていうか俺の勝ちでいいんだよな一応。
明らかに俺がボロボロでこいつは無傷だけど。
「考え事するんなら外じゃなくて中でいいだろ。茶でも淹れる。事情聴取もあるんだろ」
「あ、ああそうだね」
家の中に入るまで後ろから穴が開きそうなほどの視線をアークライトから感じていた。
これ、後ろから襲われたりしないよね
◇
家に戻った後は俺が粗製のポーションをがぶ飲みして、アークライトに治療費として少し吹っ掛けてポーション代を請求しておく。
しばらく俺の魔力糸がどこまで可能なのかとか、スペックだとかやたらと聞いてきた。
普通なら戦力は秘匿するのが冒険者の嗜みだが、俺は隠すほどの能力でもないし戦闘要員でもない。
ただの荷物持ちだ。まぁアークライトだし、てきとうに答えておいた。
秘蔵の紅茶を2人で飲みながら、事情聴取はほぼ事実の確認程度だった。
親方も先に受けて話を聞いていたらしい。
王都での最後の方もアークライトと合流したから説明しなくても分かっていたし、王都から嫌疑がかけられているとはいえ、少し拍子抜けだ。
事情聴取も終了した頃には、窓からオレンジ色の伸びた光が差し込んで、夕方になっていた。
「それじゃあ、僕のやることは終わったし時間も遅いからね。モブに嫌われないうちにそろそろお暇させてもらおうかな」
アークライトが立ち上がったと同時にホームの玄関が開く。
「ただいまー、モブ聞いてよーディアがね」
「いーやあれは流石にリーダーが悪かった」
「だから間違いだって、あら、アークライトこの間ぶりね」
リーダーとディアが帰ってきたみたいだ。
それならそろそろレヴィとメイも帰宅か。
とか思っていたら早速また扉が開いた。
「ただいま戻りましたってあれ? アークライトさん?」
「……ごはん食べてく?」
「いや僕はもう」
みんなアークライトに集まっているが本人は眉を下げて両手を前に出している。
断ろうとしているらしい。
こういうところだけ俺の言葉を真に受けやがって。
「夕飯、食っていくんだろ」
「いいのかい?」
「お前がご相伴にとか言い出したんだろ。帰ってもらっても構わないぞ」
数秒だけ目を閉じたアークライトが、ふぅっと軽く息を吐いて、微笑みではなく笑顔を向けてくる。
「いや、ぜひお願いしようかな」
アークライトが頬をかきながら言うと、「なら今日は奮発ね」「肉だレヴィ」だとか向こうで盛り上がっていた。
そういえば流れでうっかりしていたけど、一つ確認しておくことがあったな。
「そういえば事情聴取したけど、調書は大丈夫なんだろうな」
「調書?」
「そうだよ、そのための模擬戦だろ」
「ああ、そういえばそうだったね」
なんだ? 若干歯切れが悪くないか?
「それなんだけど」
なんか嫌な予感がする。
アークライトが開く口がゆっくりに感じた。
「ごめん、嘘なんだ」
なるほど嘘か、つまり調書は作らなくても大丈夫ってことか、よかったよかった。
「……はっ?」
こいつ今なんつった?
嘘だと言ったか。
理解するのに時間がかかってしまった。
「ごめんね」
「いや、いやいやいやいやどこから」
「君に嫌疑がかかっているってところから」
微笑みながら楽しそうに言う。
いい度胸じゃないか。
「てめぇアークライト! 模擬戦を強行するためにはめやがったな!」
「そうでもしないと、してくれないじゃないか。嘘も方便って聞いたことあるかい」
「しらねぇ、お前と模擬戦なんかもう二度としねぇ」
アークライトは何が面白いのか笑い続けていた。
「あんた達仲いいわねー」
「まるで親戚同士みたいだな」
リーダーとディアがのんきに言ってるが、2人とも目が付いているのか?
これが仲いいんだったら世界全員仲良しだろ。
否定してやろうとリーダーを見るとレヴィが視界の隅から入ってきた。
「S級だったりすごい人に対する距離感じゃないですよね」
それは、まぁ、うん、否定はできないか。
「……天邪鬼」
「おいメイなんだって」
「……なんでもない」
「何なんだよマジで」
その日の夕飯はいつも以上に騒がしかった気がした。
読んでくださりありがとうございます
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