え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
時系列的には26話あたりの出来事です
「じゃあよぅ、このモブっていうB級冒険者が主犯ってことじゃねーのか?」
酒で焼けたような、しゃがれた声が響く。
大理石でできた大きな机の上では、置かれた燭台が仄暗く室内を照らしていた。
照らされた先では、手入れの行き届いていない髭を蓄えた恰幅のいい男が、椅子にふんぞり返って酒瓶を片手にしている。
公務中だというのに、この憲兵団長を注意する人間なんてここにはいない。
「憲兵団長殿、訂正だが。B級冒険者ではなくてB級パーティ所属のD級冒険者らしい」
「どっちでもいいだろ細けぇな」
「はぁ……。この部屋暗いし湿気ってるしで、肌荒れるから帰りたいんだけど。そいつ犯人てことでさっさと終わりでいいじゃない」
自身の爪をいじりながら、面倒くさそうに口を挟んだのは警護団長だ。彼女はこの件に心底興味がなさそうに見える。
その格好も、宝石などの装飾がついた露出の多い服装であり、庶民を守る警護団の長としていかがなものかと思ってしまう。
「申し訳ないが、そう簡単に終わらせる訳にはいかないな、警護団長殿?」
「チッ、わかってるよ。言ってみただけさ。これだから騎士団は。冗談さえ通じない堅物ばっかで嫌になる。
あーもう、ここ暗すぎでしょ。今時燭台しかないってありえない。こんな古臭い城にずっといるなんて騎士団はみんなどうかしてるわ」
警護団長は騎士団長へ悪態をついたが、取り合ってもらえないと分かると、僕を見始めた。
「っていうか、そこの副団長が容疑者といたのに、すんなり街に帰しちゃったのがいけないんじゃない? 魔導列車なんて無駄金まで使ってさ」
憲兵団、警護団、そして騎士団。それぞれの長が机を囲み、華美な装飾の椅子に腰掛けている。
各団長の背後には副官らが待機しており、僕もまた、騎士団長の後ろに立ってこの場に加わっていた。
「で、どうなんだアークライト。君が当事者だろ」
「団長。先に申し上げた通りです。状況から見て、彼が主犯であるとは考えられません。背景を見れば明らかです」
事前に作成して配布された資料に憲兵団長が目を通すが、それを軽く見て鼻で笑う。
「背景ねぇ。田舎街のD級冒険者。数年前から活動を始めて、その前はスラムの住人。実質、背景なんて何もねぇのと一緒じゃねーか」
「そこの飲んだくれに肩入れするわけじゃないけど、王都転覆を狙った活動家か、敵国の刺客って考えた方が説得力はあるわね。特に、今の情勢じゃなおさら」
資料に目も通さずに警護団長がつまらなそうに言った。
団長が後ろを振り向き僕を見る。
そこには身内だから甘やかすなどは到底思えない厳格な、こちらを射抜くような眼をしていた。
「……私としても、そこが気がかりだな。アークライト、なぜ彼を庇う? 顔見知りか」
「いえ。彼とは今回の騒動で初めて会いました。私に、B級パーティの、ましてやD級冒険者と知り合う機会などありません。彼を擁護するのは、ただ真実を追い求めたいからです」
これは全くの嘘だ。
彼との出会いは数年前から今まで続いている。
真実を言えないことに不快感を覚えずにいられない。
顔に力を入れ、仮面を被ったと意識することで、表情を表に出さないことに努めた。
「まっ、そりゃそうね。世界が違いすぎるもの」
「スラムの小汚ねぇガキなんて、知り合いたくもねぇしな」
僕の嘘に疑いもしない警護団長と憲兵団長が、吐き捨てるように言った。
失礼な言葉に反論したくなるが、それはできない。
アークライトとして。王国近衛騎士団副団長として。
そして彼の友人として僕はこの場を切り抜ける必要があった。
彼は今頃街で平和に過ごしているだろうか。そのささやかな願いは守ってあげたいと思う。
僕の部下達も今回は世話になった。こんな事実無根の、捏造も同然の場で恩人に泥を塗るようなことはしたくない。
「そこの副団長は『真実』なんて言ってやがるがよぅ。事実はこうだ。行商の積荷に魔道具を紛れ込ませ、モンスターを意図的に誘導して王都にぶつけようとした。その過程で、他の行商人は護衛もろとも全滅。俺らの尽力も虚しくな」
憲兵団長は酒瓶を机に叩きつけ、身を乗り出した。
「だが、たった一つだけ、護衛共々ほぼ無傷で王都に侵入できた行商がいる。それが例の『B級パーティ』がいた連中だ。
そいつは今度は、人手不足で手薄になった隙を突いて、騎士団を王都外へと誘導しやがった。外で魔道具を使い、騎士団の戦力をさらに削り取って、王都の守りをガラ空きにしようとしたんだ」
徐々に早口になり、声を荒げ始めた憲兵団長が、一気にまくし立てた。
睨みつけるような目で僕を見る。
「これでこいつが犯人じゃねぇって方がおかしいだろが!
アホか。現場には、そいつが魔道具を起動した明確な痕跡まで残ってんだぞ。これ以上、何を議論する余地があるっていうんだよ」
ひとしきり言い終わったのか、持った酒瓶をあおり深く息を吐いて、乱暴に椅子に座り直した。
彼の吐いた息が風で漂って、きついアルコールの臭いで包まれる。
その臭いに思わず顔をしかめそうになるが、耐えて反論する。
「同行していた商人から先に聴取が済んでいますが、彼が無実であると、むしろ命を賭して守ってくれたと証言を得ています」
「そんな身内の話し誰が信用できるってんだ。ちゃんとした証拠を持ってこい」
あまりにもモブにとって分が悪い。
憲兵団長が言っていることは至って正論だ。
僕も容疑者がモブじゃないなら、真っ先に疑うような状況にある。
どれだけ頭を悩ませても、この場で潔白を証明する材料が見つからず、拳に力が入った。
机から物が落ちた乾いた音が聞こえた。その音で室内がしんと静かになる。
団長がペンを落としたらしい。
「なぜそんなに彼を犯人にしたいのかね?」
「あぁっ? てめぇニグレド、俺が一枚噛んでるって言いてぇのか?」
「そんなことは言ってない。ただ一介の冒険者に対してやたらと御執心みたいだから気になっただけだよ」
「論理的に考えて一番それが合理的判断だから言ってんだ。耄碌したかよ」
憲兵団長は、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
「別に俺は犯人さえ捕まればどうだっていいんだ。俺の団、俺の庭でふざけたことしやがった責任を取らせてやるだけだ。じゃねぇと部下に示しがつかねぇ」
酒を一気に飲み干して机に叩きつける。
音の大きさで、彼がどれだけ苛立っているかが、こちらにも伝わった。
「そこの警護団長も同じだろうが」
「アタシもー。犯人はどうでもいいけど、損害だけはちゃんと補填してもらわないと。捕まえてからじゃないと、その辺の処理通せないでしょ」
2人の言葉を静かに受け止めていた団長が、わずかに身を乗り出した。
その眼光は、先ほどまで僕に向けられていた厳格なものから、老獪な戦士のそれへと変化している。
「つまり、2人とも今回の被害に対する補償が欲しいと」
「なんだ? 騎士団側で補償でもしてくれんのかよ」
鼻で笑う憲兵団長に対し、団長は事も無げに言って見せた。
「ああ、騎士団で全面的に補償させていただこう。今回の責任は、すべて騎士団が取る」
その場の空気が凍り付いた。
部屋にいた全員が唖然と団長を見つめる。
「……っは? 冗談だろ?」
「っげ、ニグレドのじいさんマジで言ってんの?」
王都の騎士団が、他団の被害をすべて肩代わりするなど前代未聞だ。
その意味がわからない団長ではないはず。
「いたって本気だよ。代わりに、全責任が我々に移るのだから、この冒険者の取り調べはこちらで一任させてもらおうか。異論は?」
「ったく、そこの部下に甘すぎんじゃねーのか。責任がそっちにあるっていうんなら問題なしだ。なにせ、うちはもう『関係ない』んだからよ」
憲兵団長が「焼きが回ったな」と嘲るがそこには、先ほどの苛立ちはもう見られなかった。
「あとから補償できないって言っても無理だから。契約書出すから先にそれにサインすること。同意するのは、そのあとね」
「ああ、近日中にまとめて持ってきてくれ、サインをしよう」
「ダメ。今書きなさい」
警護団長が合図を送ると、彼女の背後に控えていた副官が、まるでこうなることを知っていたかのような手際で、一枚の羊皮紙を差し出した。
「えらい準備がいいじゃねぇかよぅ」
「あんたのところと違ってアタシのは優秀なの」
この展開を予見していたかのような手際に、背筋に冷たいものを感じた。これを見越していたのか?
粗野な態度が目立つ憲兵団長に隠れているが、彼女もまた一筋縄ではいかない人物なようだ。
団長がサインをして椅子から立ち上がった。
「では今回はこれで解散でいいな」
◇
円卓の間から出て、赤い絨毯が敷かれた長い渡り廊下を団長と2人で歩く。
モブは容疑が晴れぬまま要注意人物として認識されてしまったはずだ。平穏を望む彼が知ったら卒倒するだろう。
「団長、お言葉ですがよろしかったのですか? 個人的には助かりましたが、騎士団として見ると――」
続けようとする僕を、団長は片手を前に出して制した。
歩みを止めてしまう。
「知り合いなんだろう? そのモブって冒険者は」
一瞬言葉に詰まる。
団長にはバレバレだったらしい。
これなら全て話して協力を仰げばよかったかな。
「ああ、何も言わなくていい。真実なんてのはどっちだっていいんだ」
長いこと団長の側にいるが、この人は本当に底が見えない。
戦力とかの話ではなく、もっと純粋に人としての底が見えたことがない。
まるで、全てを見透かされてると思うときもあるくらいだ。
歩みを再開した団長に追従する。
団長は廊下の窓から、景色を視界に収めながら続けた。
「最近は近衛騎士団の質も落ちてきている。先の動乱では何もできず、ただ狼狽していた者もいるというではないか」
「それは、確かに一部で見られたことですが」
食い下がろうとしたが、それを遮るように団長が言葉を重ねる。
「規模を縮小し、少数精鋭に再編成することも検討している。
……アークライト。
このところ、何かが動いている気がしないか? 表面的な混乱ではない。もっと巨大なうねりのようなものが、この王都で起き始めている。そう感じて仕方がないんだ」
「うねり……ですか?」
「引っかからないならそれでいい。私の思い過ごしか、時が過ぎれば結果はわかる。
そうだ、久しぶりに稽古をつけてあげよう」
外を見ていた団長が、こちらを振り向く。
その顔は、もう初老に差し掛かるというのに、まるで悪戯を企む子供の様な顔をしていた。
◇
「いつ以来だ。こうして稽古をするのは」
「僕が副団長に就任してすぐのとき以来かと」
「あったなそんなこと。あの時の君は未熟で大変面白かった。『僕と戦ってしまうとあなたがもたない』だったか?
大口叩いた若造が地面に顔をつけて涙を浮かべるんだ。あれは面白かった」
にやにやと、こちらを小馬鹿にするように懐かしむ団長に、少しだけ心を乱されてしまう。
城に併設された訓練場で、互いに簡素な防具をつけ、木剣を持って向き合っていた。
「団長、昔のことです。蒸し返さないでください。僕も自分が強いと思っていた時期があっただけです」
「ほぅ、今は違うと」
「今は大海を知りました。あの頃の視野が狭かった僕とは違います」
「くはは、僕たちは騎士団だ。語るなら、剣で語った方が本質が見えると言うものだ」
騎士団長ニグレドが剣を体の前に置いて、騎士団の基本の構えをとる。
「あの頃とは違うってところを見せます」
僕も剣を構えて柄を握る両手に力を入れた。
お互いに構えたまま向き合うが、読み合いになる前に正面から切りかかる。
木剣の乾いた音が訓練場に響き、しばしの静寂が訪れる。
団長は片手で受け止めているというのに、僕の剣はそれ以上進めない。
「違いを見せてくれるんじゃなかったのか? これじゃ変わらないな」
「団長がなまっていないか試しただけです」
「吠えるのは一本取ってからにしてくれ」
剣が斥力でも働いたかのように、腕ごと上に向かって弾かれる。
「っく」
すぐに構えなおした時には喉元に木剣が突きつけられていた。
「もう一回お願いします」
「何度でもどうぞ」
それから何度剣を重ねただろうか。
既に交わした数は数え切れず、呼吸も乱れて、息も絶え絶えだ。
団長からいまだに一本もとれない。
力も速度も僕の方が上のはずだ。
でも届かない。届いたと思えば、剣の勢いがそのまま跳ね返ってきたかのように弾かれる。
と思えば、粘土に当てたかのような気持ちの悪い感触とともに、団長がするりと抜けていく。
構えも一番初めに習う基本の型だ。
なぜ届かないのかが分からない。
質実剛健のニグレド。昔は何をされているかもわからず這いつくばるしかなかったが、今ならその名の意味がよく分かった。
数年たって成長も確かにしている、それは経験を得て大海を知ったからだ。
いや、大海を知ったつもりでいた。
目の前の騎士は、そんな僕の認識さえも呑み込むほど、深く、果てしない。
まさに大海そのものだった。
「ほれっ足元」
踏み込んだ足に木剣が乗せられた。
毎回必ず寸止めだ。
団長の目も円卓で見せた老獪な戦士の目ではなく、いつもの好々爺のような目だ。
僕の剣は普段のそれを、崩すことさえできていない。
「もう……一回!」
「息が上がっているよアークライト」
指摘を受けるが気にせず打ち込み続ける。並の剣士では到底目で追いきれないような速度と重さを乗せている。
なのに――
「でも、勝てないのが不思議だろう?」
ひときわ甲高い音が木剣から聞こえてくる。
団長に弾かれ、手から離れてしまった。
体力も限界だった。
息を荒くしながらその場で膝をついてしゃがみ込む。団長は目の前で呼吸を乱さず、ただ立っていた。
「力も速度も圧倒的に君が勝っている。
たしかに君の剣は速いし鋭い。並の剣士以上であっても、君に肉薄できる者はいないだろう」
息を整えながら団長を見上げると、彼は木剣を杖のように突き、穏やかな、だがすべてを見透かすような眼差しを向けていた。
「だが君自身が素直すぎる。間合いを意識しろ、反応できないほど速く動けても、先を読めてしまえば意味がない」
団長の言葉に手を握りしめてしまう。
「もし搦め手を得意とする担い手がいれば、そいつにとって君の剣は、ただ早いだけの素人の剣と変わらんだろうな。
もっとも、それだけ速ければ、読めたところで避けるのは至難だろうが」
「虚を突く事や、搦め手を学ぶといい。直線的な君にはもう少し尖った相手との経験が必要だな」
「虚と搦め手……。ですが団長は」
「私は例外だ。私の剣は真面目すぎる。隙を指摘する師としては優れているかもしれないが、君自身が実戦で成長するための糧には、残念だがなってあげられない」
団長は空を仰いで、つられて僕もそちらを見た。
その視線は、城の壁の向こう、もっと遠くを見ているかのようだった。
「ああ、そうだ。騎士道のような忠誠心で戦う者でもなく、憲兵のように捕縛するための術でもない。ましてや警護団のような守るための技術でもない」
こちらを見た団長が、一歩だけ歩み寄って、僕に手を差し伸べてくる。
「もっと姑息で、なりふり構わないような、本能に根ざした純粋な駆け引きだ。勝敗も、背負う背景もない。ただ生きるために戦うものを相手取るといい」
僕は黙ってその手を掴み、立ち上がった。
「そういうやつは得てして、いつも予想の外から攻撃してくる」
団長の話しを聞きながら、僕の脳裏には、ただ一人の男が浮かんでいた。
僕の友人。誰よりも平穏を愛し、されど周りが放っておかない、今回も渦中にいる面白い人物。
「もし、そういうものと知り合えたなら、君はかけがえのない経験を得られるだろうね」
その言葉は自らの実体験に基づいたものなのだろう。
今の僕に足りない部分を埋めてくれる存在。この前は時間がなかったから久しぶりに会いたい。
「とはいえ魔力量では圧倒的に君の方が上。魔術ありの本気の勝負なら、僕など一瞬で負けてしまうだろう。だから、そこまで気にする必要はない。
これはあくまで、剣術に限った話だ」
慰めるように団長は言うが、その言葉を聞いても、僕が勝てる光景が想像できなくなっていた。
力でも速度でも埋められない差を、先ほどその身をもって知ったのだから。
◇
「ありがとうございました」
訓練場を後にしようとした僕の背中に、「そうだ」と短く声がかけられた。
振り返ると、団長は木剣を片付けもせず、どこか遠くを見つめたまま言葉を続けた。
「それと君に休暇をやろう。モブという冒険者が魔道具を起動したのは事実なのだろう?
証拠は上がっているんだ。彼が無実である証拠か、もしくはこの証拠自体が証拠たりえないと証明するしかないな」
僕の嘘も、隠し事も、すべて承知の上での言葉だろう。
管轄が騎士団になったというだけで、モブに対する嫌疑はそのままだ。
「今更君が彼と友人かどうかなどと言うつもりはないが、騎士団に責任を取らせたんだ。彼が無実であることを君の目でしっかりと見定めてこい」
翡翠色の瞳がまっすぐ僕を捉えながら「それと、お土産は甘めの菓子で頼んだぞ」と言って団長は訓練場に戻った。
「まったく、食えない人だ、あなたは」
こうして僕は友人の無実を証明するために、容疑者モブに会いに行くことになった。
読んでくださりありがとうございます
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