え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
「さぁ! 張り切っていくわよー!」
「うっし、いっちょやるか!」
「こ、今回は魔獣を連れてきたので、ちゃんと役に立って見せます」
「前回もレヴィは頑張っていたと思うぞ」
少なくとも魔道具を持って逃げ回ってるだけの俺よりは。
「……レヴィはよくやってた」
ダンジョンを前に各々口を開く中、メイだけが少し遅れて呟いて、自分の足元に視線を落としていた。
前回の遠征でこいつは足を負傷して、終盤ろくに動けなかったからな。
誰も責めたりはしていないが、本人の中では消化しきれていないんだろう。
それが無意識なのか分からないし、無表情もあって感情もわからないが気にしているのは間違いない。
メイは何も言わず、ただ足元から視線を上げて、俺たちの方をちらりと見た。
「……なに?」
「なんでも」
「……?」
そしてリーダーが歩き出してそれに続く。
目の前に広がるのは、朽ちた屋台の残骸と、石畳の隙間から好き放題に伸びた雑草だった。かつてはダンジョンを中心に人が集まって、それなりに賑わっていたんだろう。今はその痕跡だけが残っていて、人の気配は俺たち以外どこにもない。
風もほとんどないのに、空気だけがどんよりと淀んでいる。ダンジョンの入口からため息みたいに漏れ出しているようにも感じられて、勝手に嫌な想像が膨らむ。
仮にこのダンジョンが生き物だとしたら、俺たちは自分から口に飛び込んでいく餌ってことになるな。
ほのかに顔を模した入り口を見てそう思ってしまった。
縁起でもない。こういう時に限って余計なことを考える頭の作りをどうにかしたい。
「全員、装備の最終確認は済んでるな」
「ああバッチリだぜ」
「わ、私も大丈夫です」
「…………問題ない」
短い返事が返ってくる。誰も気を抜いていない。若干一名を除いて。
「待ってなさいよー、お宝ー!」
「廃棄ダンジョンなんだからもう何もないって」
隠し部屋でも見つからない限りは今回の探索、モンスターと王国指定害獣しか見かけないだろうな。
短くため息をついて自分の荷物のベルトをもう一度締め直した。徹夜明けの手は、いつもより少しだけ動きが鈍い。
「モブ、地図見せて」
「ん、ああ」
荷物鞄から折り畳んだ地図を出して広げる。
「まずは突き当たりを左、その後二つ目の分岐を右だ」
「なら早速行こっか!」
軽い足取りでリーダーが歩き出した。ガキの遠足じゃないんだから少しは緊張感を持ってくれ。
……いや、今はその軽さの方が助かるか。
横目でメイとレヴィを見ると、二人とも肩に力が入っているのが分かる。ディアもディアで口では能天気なことを言っているが、周囲への視線の配り方がいつもより鋭い。
俺も必要以上に緊張しているわけじゃないが、準備でほぼ徹夜していたせいで頭の回転が鈍い。
だからこそ、この軽い空気が今はありがたかった。余計なことを考えなくて済む。
「なにー? あくびなんかしちゃって気が緩んでんじゃないの?」
リーダーにだけは言われたくない。
「徹夜なんだよ、生理現象だ。大目に見てくれ」
◇
昨日の晩。俺は一人、ホームの居間で荷物やガラクタを広げていた。
「あ〜〜、おわんねー」
夕方から始めた荷造りは既に深夜に差し掛かっていた。爆発で好き放題散らばった物をかき集めて確認していたらこんな時間になっている。
ひと息ついたところで階段から誰か降りてくる気配を感じ、振り向くとレヴィがいた。
「あれっ、モブさんまだ準備されていたんですね。大丈夫ですか、わたしに出来ることあればお手伝いしますが」
「いや大丈夫だ。てきとうに無事だったものを詰め込んでいるだけだしな」
ただ物自体が無事なのかを調べるのに時間がかかるだけで。
「そうですか。明日から頑張りましょうね」
レヴィは「おやすみなさい」と言ってその場を去っていった。朗らかな笑顔に癒され、その気持ちだけでありがたく感じる。
作業中の鞄に目を戻すと雑に詰め込まれた中身が見えた。目についたものを片っ端から袋に突っ込んだせいで、明らかに余分なものまで紛れ込んでいる。
いつぞや薬屋から押し付けられた媚薬もその一つだ。
存在すらすっかり忘れて、髑髏を模した容器のまま部屋の飾りと化していたが、昨日の爆発でその存在をまた思い出す羽目になった。誰かの目につく場所に置いておいたら、どこぞの中二病がロマンでも感じて勝手に持ち出しかねない。片付ける時間もなかったから、結局こうして荷物に紛れ込ませるしかなかった。
モンスターに当てればもしかしたら時間は稼げるかもしれないが……使う機会なんてないと信じて、自分で管理しておくしかない。
『あーあ、誰かさんたちが俺の部屋を爆破しなければ、こんな徹夜も準備不足も、余分な荷物もなかったのになー』なんて今更言うわけではないが、どうしても現状に不満は出てくる。
作業に戻って黙々と手を動かしていると、不意にマグカップが差し出された。
「コーヒーです、私はホットミルクですが。モブさんもどうぞ。熱いので気をつけてください」
「レヴィ……ありがとう」
戻って寝たと思ったが珈琲を淹れてくれたようだ。レヴィもカップを持っており、あちちと言いながら啜っている。
カップから伝わる熱で少しだけ目が覚める。
「わたしも目が覚めちゃって。明日からダンジョンに入るとなるとどうにも、落ち着かなくて」
「俺もだ。ダンジョンなんて駆け出しの頃しか入ったことなかったからなぁ」
「モブさんもダンジョンへ行ったことがあったんですね」
「ああ、あれはまだリーダーと俺だけの時だったかな。あいつ実力とか物資の量を考えないでガンガン進むからえらい目みたよ」
あの時はモンスターどもを引き連れてこっちに戻ってきたり、罠という罠を起動して全部後ろにいた俺に飛んできたりと今はあまり思い出したくない記憶だ。
「ふふっ、それはリーダーさんらしいですね。わたしも前のパーティで入ったことあるんですけど、どうしてもその時のことを思い出しちゃって」
「今は俺たちのパーティなんだ、同じようにはならないよ。むしろ俺たちがあいつを支えてやらないとな、危なっかしくて目が離せん」
どうせ勝手に動いてトラブルを持ち込んでくるだろうからな。
「そうですね。わたしも、お役に立てればいいんですけど」
レヴィが少し俯いて顔に影がさして、紫色の細長い髪がカップの側面にかかる。
「わたし……自信がないんです。前のパーティのことだけじゃなくて、この間の遠征みたいに何もできないんじゃないかって。必要なのかなって」
「何言ってんだ、あれは例外。気にするだけ無駄だ。アークライトしか活躍してないしな」
俺なんて逃げてただけだし、逃げながらもモンスターを倒したりしてたお前の方がよっぽど活躍してたろ。
「そう……ですよね、気にしない方がいいですよね。よし、頑張るぞー」
口ではそう言っているがどこか無理しているように見える。一体何がそんなに気掛かりなのか俺にはわからない。
だけどほっとくわけにもいかないか。
「なぁ、あの時。俺は本気でダメだと思ったんだ。生き残れないと、人生がそこで終わってしまうのかもなんて本気で思ったんだよ」
「あの時。お前含めて全員が力を合わせて、今ここにいて、荷物の準備をしている。その事実だけじゃ足りないか?」
「ここにいる事実……」
「お前もいなかったら俺はここにいなかったということだよ」
レヴィの不安はわかるが、だからお前が必要だとか、そんな月並みな言葉は直接言わない。
必要であるかなんて他人に求めるもんじゃないからだ。
「よし休憩終了! レヴィも明日早いんだからあまり夜更かしするなよ」
「モブさん、ありがとうございます。少しだけ楽になりました」
今度こそ部屋に戻っていくレヴィを見送って残りの作業に没頭した。
準備を終えたのが夜中を過ぎた頃で、そこから数時間だけ横になって、日が昇る前にホームを出た。まぶたの裏がざらつく感覚がずっと消えなかった。
ロープ、ポーション、包帯、火種。足りないものはない、はずだ。抜けがあったら現地で気づく。それが一番怖い。そんな一抹の不安を覚えながらホームから出発した。
◇
ダンジョンの入口をくぐってしばらく歩くと、通路の壁に苔と、崩れた石材が目についてきた。松明の跡らしき煤が壁の高い位置に残っている。かつて人の手が入っていた証拠だ。今は誰も手入れしていない。
不意に睡魔に襲われ、こめかみを軽く押して、意識だけでも先に覚醒させる。体は追いついてこなくても、頭だけは切り替えておかないと話にならない。
レヴィの鳥が時折胸元で首をもたげるが、すぐに興味を失ったように丸くなる。何かの気配を追っているというより、ただの習性で確認しているだけに見えた。
「この子、いつもならもっと何かに反応するはずなんですけど」
普段なら気配一つで羽をぶわっと逆立てる個体だ。その羽が、今はぺたりと体に張り付いたままだった。
「反応がないってことは、周りに何もいないってことじゃないのか」
「そう……なんです。それが逆に気になって。ダンジョンで、気配一つ拾えないなんて普通じゃなくて。生き物がまったくいないなんて」
つまりはどういうことなんだろうか。人が活発に出入りして、常に狩りつくしているダンジョンでもない、ここは廃棄されたダンジョンだ。
モンスターの楽園になっていてもおかしくはないと覚悟していたが。
まるでこれは。
「なぁ……」
先頭を歩いていたディアが、ふいに足を止めて振り返る。
「なんかよ、思っていたのと違うっていうか」
「つまんないわね」
すかさずリーダーが同調した。二人とも、口ぶりからしてもっと派手な何かを期待していたらしい。
「もっとこう、入った瞬間に何か飛びかかってくるとか、そういうのを想像してたんだけどな」
「贅沢な悩みだと思うぞそれ」
面白さなんて見出そうとするなよ。
『静かな方がいいだろ』とは言いたいが、口には出さなかった。この静けさに引っかかっているのは俺も同じだ。ただの直感だが、静かすぎるというのは、大抵いい兆候じゃない。
「こうも暇だと眠くなっちまうぜ」
「モンスターの一匹でも出てこないかしらねー」
「……何もないのは、いいこと」
「そ、そうですよねメイちゃん。モンスターなんて、出ないことに越したことはないですもんね」
レヴィが手元の鳥に視線を落としながら相槌を打つ。連れてきた鳥も、これといった反応を見せない。
「なあモブ、お前的にはどう見る」
ディアがこっそり耳打ちしてくる。腕を組んで、笑みは消えて鋭い目をしていた。
なんだよ、ちゃんと仕事モードじゃないか。
「ちょっと待て、考えをまとめる」
俺は壁の苔と、足元に積もった土埃の厚さを目で追った。モンスターの死体などは蒸発して消えてしまうため痕跡は少ないが、確かにモンスターどもの直近の足跡はある。
だけど一切の姿が見えない。まるでそこにいたのが丸ごと一瞬で消えたかのように。
入り口付近には人の足跡があったがそれも途中から一切なくなっていた。
「……正直、良くない予感しかしない」
ディアに耳打ちする。
たぶん俺と同じ直感を得ているのだろう。特に反応もなく会話を続けた。
「最近までいたモンスターが忽然と消えている」
「ミラースライムの仕業か?」
考えないようにしていたのに言っちゃったか。
「わからない。だけどその可能性もあるとみている」
「だ、だとするとかなりマズいかもしれません」
俺とディアの話を聞いていたのかレヴィが間に入り込んでくる。
「ミミミラースライムは、相手の情報を取り込むのでそうなると今は――」
「みんな!」
先を歩いていたリーダーが振り返り、真剣な表情に変わっていた。
「この先に何かいるわ」
全員の視線が、同時に一点へ集まる。
静寂の中、暗闇の先。何も見えない通路の奥で、何かが小さく崩れる音がした。
小さい石が転がったような、乾いた音。反響しているせいでどれだけ奥から聞こえてきているのかはわからない。
誰もその場から動かず、ディアの拳が無言で構えをとった。メイは音のした方角に向けて、既に半歩だけ体を開いて得物に手をかけている。
「全員、警戒」
リーダーの掛け声と同時に、背中に冷たい汗が伝う感触を感じる。
静けさの正体が、ようやく動き出したような気がした。
読んでくださりありがとうございます
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