え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
石が転がる音は、それきり続かなかった。
「行くわよ。足音は殺して」
リーダーの声が、柄にもなく真面目なテンションだ。
「珍しいな、リーダーがそういう顔するの」
「うるさいわね、こっちだって空気くらい読むわよ」
読めてたことあったか?
「っていうか珍しいって何よ。これでも危険度はちゃんとわかっているつもりだから」
「はいはい。ほらランタン」
背中の鞄から各メンバーにランタンを配って最後尾に移動した。
暗闇の中、ぼんやりとランタンの灯りが壁を照らす。先は真っ暗なままだ。
通路が緩やかに下っていく。壁の苔が濃くなって、足元が湿ってきた。土っぽい水の匂いが混じっている。地下水脈でも近いんだろうか。空気が湿っぽい。
湿度に暗さも相まって閉塞感が増していく。
それを口にすれば、余計に息苦しくなりそうで言わなかった。
「レヴィ、ペットの方はどうだ、何か反応しているか?」
「先程からソワソワしているみたいなんですけど、生き物への反応と言うよりかは。うーん、もっと本能的に落ち着かないみたいな」
振り向いたレヴィの胸元にはそわそわ落ち着かずに震える鳥の姿があった。
「さっきからこんな調子で。よしよし、大丈夫ですよ~」
もし、この鳥がこの先にいる何かに対しての反応なら、今すぐ引き返すのも一つの手ではないだろうか。
鉱山では鳥を飼って、ガスや地盤のトラブルを早期発見するという話しを思い出していた。
「……ここ」
メイが、ふいに立ち止まる。刀の柄に手をかけたまま、視線だけを奥へ向けていた。
左右の壁が無くなっているところに出る。広い空間にでたか。
「レヴィ、モブ」
「わ、わかりました」
リーダーの指示でレヴィが手から火を出す、こんな状況でいちいち火起こしなんてしてられない。俺も護身用の火炎瓶をレヴィとは別方向に投げる。
ガシャンと音を立てて空間が照らされた瞬間。
全員が息を呑んだ。
黒ずんだ何かが床一面、広範囲に飛び散って、さらに奥へと跡が続いている。
炎の明かりを鈍く反射し、波紋を打っていることがそれがまだ液状であることを主張していた。
「こりゃひっでーな」
「うわっ、モンスターの血液? かしら」
「で、でもなんかおかしくないでしょうか」
「……消えて、ない」
モンスターは基本全て蒸発する。蒸発しないものなんてたまに出てくる魔石か、もしくは後から身に着けたぼろ布や道具などモンスターに起因しないものだ。
なら目の前にあるそれは血液じゃなくて黒い液体か、もしくはそもそもモンスターではなく。
「これは魔獣……の血液。それも竜種だと思います」
黒い液体に近づいてしゃがみ込んだレヴィが言う。
そういうことだよな。
ミラースライムだけで手に余るというのに。竜までいんのかよ。
「撤退して出直そう。幸いまだ中層くらいだ、今から戻れば明日になるころには外に出られる」
「つってもまだ何の姿も見てねーじゃねぇかよ。戦闘もしてないのに戻るのは流石に反対だぜ。むしろ竜とか燃えてきた!」
俺の提案とは逆にディアが異を唱える。そういう言葉は竜と戦ったことがあってから言ってくれ。
「あのー」という言葉の方向に顔を向けると、おずおずとレヴィが手を挙げていた。
「わ、わたしとしてはもう少し探索してからでもいいかと思います。モンスターがいないなら、逆に言えば今なら安全に探索できるチャンスですし」
「……でも、いつ出てくるか、わからない……危険」
俺とメイが撤退に賛成でディアとレヴィが反対で割れたな。
全員の注目がリーダーに集まった。
「うーん。よし! このコインを投げて表なら探索、裏なら撤退!」
「おいっ」
口が開いたときには既にコインは空中に投げられてしまっていた。
コイントスとか、そんなてきとうでいいわけないだろ。
時間は無慈悲に過ぎてコインは地面に落ち。
そして、コインはーー
「続行だな」
短くディアに告げられた結果は俺をどん底に突き落としかねない宣告だった。
コインが表である以上俺の言葉はもう受け付けてはもらえんだろうな、ヤバくなったら一目散に逃げさせてもらおう。
「ちっ、リーダーお前不正とかしてないよな」
いつもの軽口のつもりで悪態をつくと、リーダーが固まって目を逸らす。
えぇ、不正してたのぉ。
「結果は結果よ。行くわよドラゴン退治! 竜殺しの称号が私たちを待っているわ」
あぁそうか、考えてみれば竜とかいかにも勇者っぽいもんな。こいつが乗り気しないわけないか、失念してた。
鼻息を荒くしながら先へと進むリーダーを見て、溜め息をつく。
後に続こうとしたらメイが血溜まりをじっと見つめていた。
「メイどうした。置いていかれるぞ」
「……両方ともいない」
メイの視線の先には竜の血液で汚された壁と地面がある。
量からして相当な出血だ。壁にも同じように飛び散っている。争った跡だというのは、誰の目にも明らかだった。
戦いながら移動した、または勝った方が死体を移動させたか?
『特性としては相手の細胞を取り込む、相手の遺伝情報を取り込むことでそれを模倣する魔獣ちゃん!』
レヴィが前にそんなことを言っていたっけな。最悪の結論が頭をよぎるが、いまさら気付いたところで変わらないか。
「気がかりだけどこの出血だ。竜が弱ってことにかけるしかないだろ」
数秒俺の顔を見て、小さく「……ん」と返事するとメイも動き出した。
◇
それから先は、静かに、しかし急いで進んだ。
レヴィの鳥が、それまでとは違う反応を見せ始めたのはすぐだった。羽を逆立て、胸元でしきりに首を振る。
「い、います。近いです」
「方角は」
「正面、そんなに遠くないところに」
レヴィが鳥の動きを目で追いながら、指先で方向を示す。
この先に竜かミラースライムがいるかもしれない。どちらにせよ厄介だ。足取りが重くなる中、また少し開けた空間に出る。
その中央に、それはいた。
薄緑色の体表に薄く筋張った手足、体は人の子供と同じ程度なのに肥大した頭部が乗っている。
目はギョロリと見開かれ、高い鼻と大きく裂けた口。そこからのぞかせる鋭くとがった歯。
「ゴ、ゴブリンか?」
ミラースライムか竜がいるだろうという予想は裏切られ、そこにはただ一体のゴブリンが居るだけであった。
「ギ……ギギ」
「……マジにただのゴブリンみたいだな、あたしに任せろ!」
「一応警戒はしとけよ」
ディアは一度うなずくと好戦的な笑みを浮かべて、「わかってら、最初から全力だぜ!」と飛び出した。
わかってない。そういうことじゃない、もっと出方とかを。
いまさらか。
「最初いただき!」
敵の目前で止まり、拳圧と魔力で編んだ水を乗せて突き出す。
まっすぐにゴブリンの顔面に吸い込まれていくそれは、拳圧で土埃を出しながらゴブリンの上半身すべてを吹き飛ばす結果で終わった。
「ありゃ? 本当にただのゴブリンかよ。準備運動にもなりやしねぇ」
いくら何でもやりすぎだろ、土埃が立ちすぎて目が痛い。
というか貫通力ありすぎてゴブリンが下半身しかないのにまだ立ったままなんですが。
ダンジョンの壁が心配だよ、請求が怖い。
「ディア、威力は考えてくれ。ダンジョン破壊して責任とらされても俺は知らないぞ」
「ははっ、そん時はそん時だ。何とかなん――」
「危ない!」
唐突にリーダーが叫ぶ。同時に、ゴブリンがいた場所から赤黒い何かが鞭や触手のようにしなって伸び、ディアに向かう。
「なっ――」
ディアが咄嗟に腕で防御するがその手甲の上から触手が叩きつけられた。
「くっ……重っ」
衝撃で吹き飛ばされてディアが地面を転がる。
「ディア!」
「いっってぇなクソが! あたしは大丈夫だ! それより何なんだあれは」
ディアの視線を追って全員がゴブリンの方を見た。
そこには下半身だけになっているはずのゴブリンの断面から、赤黒い太い触手が一本伸びている。
なんだよこれ、見たことない。聞いたこともねぇ、こんなの。
「ゴブリンじゃ……ない」
土埃がようやく晴れると、そこには飛び散ったはずの肉片が一つずつ蠢いて、ゴブリンの元に集まっていた。
まるでスライムだ。つまりこいつの正体はゴブリンなんかじゃない。
「こいつがミラースライムなの? レヴィ」
「すすすいません。記録も物によって書いていることがバラバラなのでなんとも……」
リーダーの問いに頭を下げてレヴィが説明する。
「でも、ミラースライムなら複数の記録から物理にも魔法にも強い耐性があるのは共通しています」
「じゃあ戦っていればいつかは倒せるわ! メイはフォロー。モブはディアを処置して下がっていなさい」
「もうやってるよ」
糸でディアにポーションを渡すと、それを一気に飲み干し口から血液を少量飛ばしてから立ち上がった。
「ありがてぇ、あの野郎よくもやりやがったな」
「みんな! いくわよ!」
リーダーの怒号に合わせて全員構え直す。
「まずはメイから横に回り、込んで……?」
メイが前に出る瞬間。ゴブリンの下半身が後ろを向いた。
おいおい、まさか。
「あっ! あいつ逃げやがった! 待ちやがれ、さっきのお礼まだ返してねーぞ!」
ゴブリンが下半身のまま走り去って行く。上には触手が生えたままだ。
ちょっとシュールだな。
「みんな、追うわよ。モブもぼさっとしない!」
「へいへい、行きますよ」
逃げてくれるんなら俺たちを脅威だと感じているのか?
わからないがこいつを捕まえないと依頼が終わりにならないから仕方ない。
リーダーたちの後を追いかけて俺も走り出した。
既に暫定ミラースライムは通路に逃げ込み走り出している。だけど所詮は体格の小さなゴブリンの足だ。徐々に差が縮まっていく。
「食らえ! 光宿りし浄化の光! エターナルレイ!」
リーダーが光球を放つ。
相変わらず微妙な名付けセンスだ、光が重複しているじゃねーか。
連射された光球が命中し、表面に一瞬だけ波紋が広がって、すぐに元通りになる。
ちっ、高い魔力耐性か、レヴィの話なら物理もあまり期待できない。
俺の懸念を確認するかのようにメイが近づいて足を切り落とした。同時に残った足を俺が糸を絡ませる。
血液なんかは一切出ないままゴブリンがバランスを崩して地面に倒れた。
「やったか!」
おいディア余計なこと言うな。
「ゲェッ」「うわっ」「ヒッ」「……わ」
ゴブリンの上半身から生えていた赤黒く肉肉しかった触手。それが無作為に動き出したと思ったら節くれだった蜘蛛の脚のようなものが何本も生えてくる。
「何あれ、キモいキモい気持ち悪い」
リーダーが両腕を抱えて身震いして慄いた。
「たぶん蜘蛛系のモンスターを取り込んだのと思いますが、あれだけデカいとちょっと不気味ですね」
そして、変化が終わったその姿。
ゴブリンの下半身に節足動物の脚が複数本生えているという中々強烈な見た目になっていた。
率直にキモい。
蜘蛛になるわけでもなく、なんとも中途半端な見た目だ。ゴブリンを捕食中の巨大蜘蛛にも見えなくはないか。
「どうしようモブ。私ああいう細長いの本当に無理なんだけど」
青くなった顔で訴えるリーダーに、こんな一面もあるんだなとか呑気に思ってしまうが、節くれだった脚が動き出したことで現実に返る。
「おい、動き出したぞ。正直あたしも近づきたくないんだけど」
まぁだよな、俺も流石に嫌だし。生理的嫌悪感がだいぶ勝っている。
もしかしたらメイならいつもの無表情で気にせずいけるかもと視線を送ってみる。
「…………無理」
ですよねー。
困った、接近できる奴がいなくなってしまった。
そうこうやっているうちにガサガサとまた逃げ始める。
「と、とりあえず、追うわよ! 距離をとりながら攻撃を続ければいつかは倒せるでしょ」
追いかけながら思う。
気のせいでなければ足早くなってね?
地図を見てる余裕がもうないんだけど。
俺と同じことを思ったのかディアが舌打ちする。
「あークソ、追いつけねぇ」
「とりあえず打ち続けてみます」
火球がレヴィから飛んでいくが避けられてしまう。外れた火球でダンジョンの壁が焦がされていく。
ダメだ、早くミラースライムを止めないとダンジョンが半壊する。
地図を乱暴にサイドポケットに仕舞い込む。
俺も一応護身用の火炎瓶を投げてみるが、天井に張り付かれて回避された。
重力関係なしかよあいつ。
「どれだけ逃げるのよあいつ。追いつけそうで追いつかないんだけど!」
「しかもなんかどんどん奥に行ってねーか」
確かにリーダーとディアが言うように右へ左へとダンジョン内を大移動している。
「モブさん今ダンジョンのどの辺ですか?」
「悪い、地図もう見てる余裕ないからわからん」
正直迷子です。それはもう帰りのルートがわからないくらいには。
その後どれほど経ったのだろうか、既にメイを除いて全員息が切れて荒く呼吸をしている。
酸素が欲しい。
ミラースライムのこともさっきから後ろ姿を捉えるので精一杯だ。いつしか遠距離攻撃をする余裕もなくなり、ただひたすらに追いかけ続けている。
「また分岐っ、何度目っ、よ」
「はぁはぁ、見失っちまったか」
「……左、行った」
メイの言葉で左の通路へ飛び出すと、そこには奥へと続く道がなくなって行き場を失った蜘蛛ゴブリンがいた。
「はぁっ、よ、ようやく……追いついたわ」
「足がもう動きません……」
俺もやっとみんなに追いついたが、呼吸が乱れてきつい。
「息を、整えさせてくれ」
「だらし、はぁねーなっ、モブはっ」
お前も息上がってるじゃねーか。
息切れしてツッコミもできやしない。
だけどここは袋小路。やっと追い詰めた。
手間かけさせやがって、まさか戦闘に関係ないところで体力を奪われるとか思いもしなかった。
「ぜぇ、サイレントプレーン! はぁ、行くわ、よ」
息も絶え絶えにリーダーが宣言し、重い足取りで蜘蛛ゴブリンことミラースライムの元へと向かう。
ここまで疲れさせてくれた恨み、晴らさせてもらうぞ。
俺たちがミラースライムに向かうのに合わせてやつの脚が壁を触れた。
同時に床が薄白く光り出す。
はぁ!?床罠だと!
それはまずいって、モンスターの癖にそんな知能持ってんのかよ。
「みんな! 罠だ!」
俺の言葉も空しく、光に包まれて視界が白に呑まれた。
読んでくださりありがとうございます
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