え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
……どうしてこうなった。
「ギャーーー!!!! 私たちのホームがぁぁぁーーーっ!!」
慣れ親しんだ俺たちのホーム前で、情けない絶叫が昼下がりのギルド通りに響き渡る。
膝から崩れ落ち、石畳を拳で叩いて嘆くリーダーを尻目に、俺は何が起きたかをもう一度整理することにした。
長く、そしてギルドで不毛な遠征報告を終えて、やっと慣れ親しんだ拠点に帰ってきたんだ。
そこには、いつもの古びてはいるが手入れの行き届いた、住人の体温が感じられる俺たちのホームがあるはずだった。
ある……はずだった
だが、視界に入ってきたのは、遠征前には影も形もなかった一枚の立て看板だ。
ご丁寧に『正規冒険者ギルド公認』の判子が押されたそれは、無機質な筆致でこう告げている。
【差し押さえ物件・立入禁止】
俺は整理した頭でもう一度思った。
……どうしてこうなった。
「なんなのよ、この看板はぁぁぁ!」
ズボッ
リーダーが看板を引っこ抜く音で正気に戻った。
一体、何が起きているんだ。
「おいリーダー。流石にこれは笑えねーぜ。説明してもらおうか」
珍しくディアがリーダーに怒っている。
無理もない。拠点を奪われるというのは、冒険者にとって死活問題だ。
「す、すると、私たちは今日から野宿ってことですかぁ……? ペットたちは、ど、どうすれば……」
心配するのはそこなのかレヴィ。
ペットたちは今までも庭に放し飼いだったじゃないか。おかげでレヴィが近くにいる間はホームのセキュリティが鉄壁の要塞と化していたんだが、今はその庭にすら入れない。
「…………保管場所……困る」
おい待て、メイ。
言動が一致してないぞ。「困る」とか言いながら、無表情で抜刀するのをやめろ。リーダーをやりたい気持ちは分かるが、昼間っから殺傷事件はまずい。
「リーダー、これどういうことなんだ? 流石に心当たりがないとは言わせないぞ」
俺が確認するように問うと、リーダーは引き抜いた看板をぶん回しながら、涙目で反論してきた。
「私だって知らないわよ! とにかくこんなこと許されないわ!
ここは私が欲しくて欲しくて、ようやく手に入れたみんなの場所なのよ!
誰にも渡さないんだから!」
リーダーに心当たりなし。
他のメンバーの反応からしても、全員が寝耳に水らしい。
そうなると、考えられる理由。
実は心当たりが一つだけあった。
まずはそれを確認することから始めるか。
「リーダー、今振り回してる看板に発行元が書いてあるだろ。どこだ?」
「えーと、なになに……『正規冒険者ギルド・ノース支部』……ギルドぉ!?
あいつら、さっきまでニコニコしながら報告聞いてたくせに、裏でこんなことしてやがったの!?」
発行元は、つい数分前まで俺たちがいた場所だった。
こりゃ、俺の最悪の予想が的中してしまったパターンだな。
「一度、みんなでギルドに戻るぞ。多分、先の遠征絡みだ」
◇
「これはどういうことかって聞いてるのよ! 責任者出しなさいよ、責任者!」
ギルドに戻るなり、リーダーが受付にキレ始めた。悪質なクレーマーかよ。
受付の姉さんが「規則で私からは言えません」の一点張りで困っている。このままだとリーダーが机を破壊しそうな勢いだ。
「うーん、まあ、拠点がないのは確かに困るが、宿を借りればいいだろ」
俺がそう言うと、リーダーは「そういう問題じゃないのよ!」と鼻息を荒くした。
他の奴らも、まあ無いなら無いで仕方ないか、くらいの温度感だが、リーダーだけは机をミシミシ言わせながら身を乗り出している。
「一旦落ち着けよリーダー。……直接、ギルマスのところまで乗り込むぞ」
「モブ、流石だわ! ここで粘ってても埒が明かないし、強行突破こそ勇者の道ね!」
いや、勇者は強行突破なんてしないと思うが。
しかし理由も分からず拠点を封鎖されるのは、流石に俺も寝つきが悪い。
俺たちは止めようとする受付を無視して、ギルド最上階にある重厚な扉――ギルドマスター、通称ギルマスの執務室へと向かった。
「これを見なさいよギルマス!
今回の遠征で持ち帰った、私秘蔵のお宝よ!
これを売れば借金なんてお釣りが出るわ!
だからホームを返しなさい!」
部屋に入るなり、リーダーが胸を張って机の上に「それ」をドサッと置いた。
そこにあったのは、歪な形をした、どす黒く光る石ころだった。
表面には、ひび割れた術式のような紋様が走り、不気味に脈打っている。
一目見てわかる。これヤバいやつだ。
俺は一歩引いたところで、思わず視線を逸らした。
見た目はただの石だ。
遠征地ではよく見る類の魔力鉱石にしか見えない。
だが、嫌な予感だけは、俺にははっきりあった。
中の術式が、無理やり繋ぎ合わされている。
噛み合っていない。
このまま触れば、どこで暴れてもおかしくない。
あー……めんどくせぇ。
あいつ、どこでこんな出来損ないの爆弾を拾ってきやがった。
「……なんだ、この不気味な塊は」
何も知らないギルマスが、興味深そうにその石へ手を伸ばす。
その指先が触れるより先に、俺は半ば反射的に割り込んだ。
「失礼、ギルマス。こういう物は、まず荷物持ちが確認しますので」
そう言って、糸状にした魔力で石をそっと受け取る。
糸に伝わってくるのは、嫌な熱と、張りつめた違和感。
……やっぱりだ。
中の構造が、完全に歪んでいる。
どこか一か所でも刺激したら終わりだ。
俺は石の表面をなぞるふりをしながら、ごく微かに魔力を流した。
ほんの調整だ。
暴れそうな部分を、押さえ込むだけ。
魔力がほぼない俺のちょっとした特技。
張りつめていた感触が、すっと引いた。
「……あれ? さっきまで光ってなかった?」
リーダーが首を傾げる。
俺は何事もなかったように、石を机の端へ戻した。
「遠征地の魔力が少し残っていただけでしょう。危険な物ではありません。ただの石ころです。」
「……紛らわしいな」
「ただの石なの! こんなに綺麗なのに」
ギルマスは興味を失ったように鼻を鳴らしたが、その視線が一瞬だけ、俺の置いた石に止まった。
「一応だ。あとで鑑定士のところに回しておけ」
近くにいた職員に顎で指示が飛ぶ。
トレイに載せられて運ばれていく石を見送りながら、俺は内心で小さく息を吐いた。
……完全に誤魔化しきれたわけじゃないな。
そんな俺の懸念をよそに、ギルマスは忌々しそうにハゲ頭を叩き、ドサリと分厚い書類の束を机に並べた。
「さて。お宝自慢が終わったなら、次はこっちの話だ。お前たちが今回やらかした『損害』の話をしようか」
そこからの話は、聞いているだけで頭痛がしてくるものだった。
途中でリーダーとディアが癇癪を起こしたりはあったが、要約するとこうだ。
先の遠征において、俺たちは確かに戦線維持に貢献した。それはギルドも認めている。
しかし同時に、数々の軍規違反と迷惑行為、そして周辺施設への被害請求が山のように届いたらしい。
一例をあげると、レヴィの魔獣が軍の食糧庫を荒らした。
メイが「珍しいから」という理由で軍の重要文化財に指定されていた装飾剣を無断で持ち出そうとし、しかもその過程で門扉を破壊した。
おまけにディアが勝手に軍の貯蔵酒を持ち出して、リーダーと宴会を開いた。
うん。心当たりしかなかった。しかもこれでも全体の苦情の一部らしい。こいつら俺の知らないところでどれだけ迷惑をかけたんだよ。
「あとモブ、お前も苦情がきているぞ。仲間のミスの隠ぺい工作をしていたと」
「げっ」
なぜバレたし。
それらの被害をギルドが肩代わりした結果、その立替金がパーティの運営資金を大幅に超えた。
その暫定的な担保として、ホームが差し押さえられたというわけだ。
「世知辛いな……」
俺は思わず零した。
「ギルドとしても、今すぐお前たちを追い出す気はない。ホームに今まで通り住んでかまわない。だが、この立替金……家一軒分に近い額を、数年以内に返済してもらう。それまではホームは担保だ。いいな?」
ありがたい提案だ。
いつも心の中で「ハゲ」とか呼んでてごめんよ、ギルマス。あんた、相当苦労してたんだな。
「それならさっさと稼いで、家を買い直せばいいってことでしょ! 楽勝じゃない!」
……買い直すんじゃなくて、借金を返すんだよ。
空回りするリーダーを横目に、他のメンバーは「まあ、追い出されないならいいか」という、いつものゆるい空気感に戻っていた。
◇
そんなわけで、俺たちは拠点を人質に金を稼ぐ必要が出てきてしまった。
ただでさえ極貧パーティなのにね。
「これからどうすんだリーダー。あたしも副業で少しは出すが、これだけの額となると、さすがにな」
ディアが珍しく弱音を吐く。
「わ、私も魔獣のレンタルで少しは稼げますが」
「……ここと掛け持ち……やる……」
しおらしく反省するメンバーたちの前で、リーダーが窓の外を見つめ、夕日に照らされながら高らかに宣言した。
「決まってるわ!
これからクエストを選り好みせず、なんでも片っ端から受けていくわよ!
報酬さえもらえるなら、個人からのゴミ拾いだって、ドブさらいだって受けてやるんだから!」
一拍置いて、リーダーは振り返り、柄にもなく真剣な目で俺たちを見た。
「だから、みんなの帰る場所は、私が絶対に守るわ」
夕光を背負ったその姿は、一瞬だけ、本当の勇者のように見えなくもなかった。
だが、俺は気付くべきだったんだ。
リーダーが受ける依頼を、『なんでも』と言っていたことの恐ろしさに。
そして、その『なんでも』に付随する、あらゆる面倒な後始末が、自分のところに回ってくることを。