え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
「何やってんだよギド!!」
俺の目の前には血のべったりついた短剣を持ってこちらを見るギドの姿があった。
レヴィが刺された。
「ち、違う、俺じゃ――」
「うちのレヴィに何しやがんだ!」
ディアの怒声とともにギドに鋭い蹴りがその顔面に向けて打ち込まれる。
並の人間なら耐えられない威力と速度の蹴り、俺の見立てではギドは対応できないと認識していた。
だけど現実は。
「な!?」
「俺じゃない! 体が変だ!」
ディアの蹴りを片手で受け止め、そのまま足を掴み意味不明なことを言っている。
「シャキッとしろモブ! レヴィが死んじまうぞ!!」
そうだ、戦えない俺が集中するべきは目の前の男ではない。集中するべきなのは俺の仲間だ。
「レヴィ大丈夫か!?」
「モブ……さん? 何が……」
「悪い、失礼する」
レヴィを床に寝かせて服をまくり上げた。腹部への裂傷。短剣に付いていた血から刺された深さを推測すると内臓に届いているかどうかってところか。
いずれにせよ出血がひどい、内臓に達していなくても止血できなければダンジョンの出口を探しているうちに……
「とりあえずポーションを飲め!」
くそっ、頼むから止まってくれ。これ以上血を流したらまずいんだ。
出血は少しだけ落ち着くが止まっちゃくれない。
「モブさん……恥ずかしい……です」
「言ってる場合か。悪い、直接かけるから歯を食いしばれ」
ポーションというのはあくまで自分の治癒能力を高める薬だ。
それを直接かけるということは急速に細胞分裂が起こされるということで、それはつまり甚大な痛みを伴う行為に他ならない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!!!」
「謝罪も文句も後で聞く! だから我慢してくれ!」
レヴィのかわいらしかった顔が、今は苦痛にひどく歪めて眼を見開く。顔中から脂汗混じりの冷汗が噴き出てくる。
血色もよくない。
だけど代わりに刺された傷が、まるで別の意思を持つ生き物のように動いて閉じた。
血は止まったがそれも見た目だけだ、内臓が今どうなっているかはわからない。
一刻も早く治癒師に見せないと危険だ。
痛みによるショックのせいかレヴィの意識は手放されていた。
ギドの叫ぶ声が奥から聞こえてくる。
「だから! 俺の体じゃないんだ! お嬢ちゃん信じてくれよ」
「レヴィを刺しといて信じられるわけねぇだろ!」
ディアが蹴りを、拳を、目にも止まらない速度で叩きつけているがギドがそれに対応している。
ギドの動きは先ほどまで俺たちが見ていたものとはまるでキレが違う。
「体が勝手に動いちまうんだよ! まるで俺じゃないみたいに止められねぇ、助けてくれ!」
その言葉を信じるなら、出会って間もないのにレヴィを刺したやつの言葉なんて信じられないが、それでも信じるなら。
思考を巡らせる。
洗脳か、いやここにいる奴ら以外の魔力を一切探知してない、洗脳をかけるなら何らかの痕跡があるはずだ。
そもそもギドに意識がある、とても演技には見えないがそう見せていられるほどの演技派なんてことも……。
ダメだ、情報が足りない。
もっと根本的なところからだ。最初からレヴィや俺たちと敵対するならなぜ最初に、転送された直後に行動しなかった?
そう考えているとディアの一撃がまぐれかギドの頭部に当たる。
そのまま拳が、頭に――めり込んだ。
「なっ……!?」
「あ?あぁ? おいお嬢ちゃん、俺は今どうなっている? どうしてそんな顔しているんだ?」
「っ!? くっっそが!!」
反射で引き抜いたディアの拳は赤黒くただれており、まるで消化液にでも手を突っ込んだかのような痛々しい惨状になっていた。
「おいなんだよその手は、まるで俺の体に触れたからそうなったみたいじゃないか」
「モブ! ポーション!」
ディアの声が飛んでくる時には、既にディアに向けてポーションを投げていた。
ギドの固有魔法かと思ったが体液を酸に変える魔法なんて聞いたことないし、ただの盗賊崩れにできる芸当とは思えない。
「モブ、こいつやべぇぞ」
「わかっている。どうするか今考えている」
「早くどうするか決めてくれ、あたしじゃ相性が悪そうだ」
ディアが手を布で押さえて言葉にする。
レヴィが重傷、ディアも負傷した。俺に戦闘力はほぼない。
「俺になにが起きているんだよ。なぁ答えてくれよ、モブの旦那ぁ!」
今、ギドの頭はその半分が存在していなかった。
本来頭があるべきところには何もない。ギドの左頭部と左目部分にディアの拳の大きさに沿った大きな穴が開いていた。
頭が半分なければ普通、死ぬはずだ。そもそもディアの溜めてない拳一発でこんなことにはならない。
あれは頭が破裂とかそういうのではなくて、頭に沈むように見えた。
あぁ、クソ……。俺の頭の中に最悪のシナリオが思い浮かんでいる。
そしてそれはきっと正しい。
外れていてほしい。これは俺の見当違いな思い過ごしで、ギドは何かに巻き込まれているのだと思いたい。
でも目の前に広がる光景はどうしようもなく現実で。
負傷した仲間たちのためにも、いまだ合流できていないリーダーたちのためにも、俺はギドに寄り添うわけにはいかなかった。
背中に冷たい汗が伝った。
その感触に一度身震いをして、手に力を入れて握る。
だから俺は観念したように、こぼすようにしてギドに事実を突き付けた。
「お前は……ギドじゃない」
「っな、何言ってんだ旦那、おかしくなっちまったのか? お嬢ちゃん大変だ、旦那の様子がおかしい」
顔中から汗を流しながら必死にギドだと主張する目の前のものは何なのだろうか。
きっと自覚がまるでなく、これは自分がギドであると本気で思っているんだろう。
さっきまでの焦りも演技なんかじゃなくて本当だったんだ。
「ギド……お前が。お前が、ミラースライムだったのか」
「……」
ギドは何を言われたかまるでわらないといった顔をして、そして俺を見る。
頭部の穴からは赤黒い肉のような物質がじわじわと漏れ出てきていた。
レヴィの説明が重々しいほどに俺に響いてくる。
遺伝子情報を取り込んで模倣ってここまでするとは思わないだろ。
悪意の塊のような仕組みに軽い吐き気を覚えた。
「は? 旦那まで何言ってんだよ、俺がモンスtああわえが? あ?」
ろれつの回らなくなったギドの頭部から、肉のような組織が溢れていびつに穴を補完した。
ギドの残った右の眼球が痙攣して、上下左右に不規則に動き回る。
口からは言葉ではない、うめきにも似た呪詛にも聞こえる意味のない羅列を紡ぐ。
全身も不規則にびくつき、目の前のものが人ではないことを如実に語っていた。
「アァアケコキヌカケケケタスケテ旦那……ク」
まるで人形劇の糸が切れたみたいにふいに止まり、右目が完全に裏返る。
同時に肉腫となった頭部から目が1つ浮き出てギョロリとあたりを見渡した。
考えなくちゃいけないことがたくさんある。
なぜとこれからどうするかが頭の中で考えなくてはいけないと警鐘を全力で鳴らしている。
だけど考えがまとまらない、目の前で起こっている衝撃が強すぎて強制的に思考をカットされてしまう。
「あ、あーあー、うん。正解、モンスターは僕でした。少し前にも会ったね、あの時はゴブリンだったかな」
「やっぱり、あの時の」
蜘蛛型ゴブリンを思い出す。
あの時追い込んだと思った俺たちは逆に転送罠にかかった。
偶然かと思ったが違う、明確に知能があって俺たちを嵌めたんだ。
ただのモンスターじゃない、話せて意思疎通がとれるとか同じ枠組みに入れていいやつじゃない。
こいつはもっと邪悪な――
「何がどうなっていやがる! ギドじゃねぇのか、お前は何だ!」
ディアが声を荒げて糾弾する。
「僕は何なんだろうね。僕もよくわからないや」
目の前のやつは「けど」と、前置きして芝居がかったように両手を広げた。
「やぁ初めまして、僕は君たちの……人類の敵だよ」
読んでくださりありがとうございます
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