え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされていますが、いつの間にか立場逆転しそうです。そんなことよりポーションの補充します~ 作:猫豆腐
「これよ、これ!」
リーダーが依頼書を机に叩きつけた。昨日の勢いそのままだ。
俺は渋々手に取って目を通す。
街の名士・ベルナルド氏邸宅における不用品処分および搬出作業。報酬:銀貨十五枚。作業内容:屋敷内に保管されている不用品の仕分け、梱包、搬出。
「……銀貨十五枚、か」
悪くない額だ。問題は「不用品」という単語が妙に抽象的なことと、ギルドの掲示板の中でも端の方に追いやられていた立地だ。よく見ると、依頼書の端が少し焦げている。
「即決でいいわよね!」
「内容読んだか?」
「読んだわよ。片付けでしょ? 楽勝じゃない」
楽勝という言葉が、こいつの口から良い結果を伴って出た試しがない。
「……ディア、お前はどう思う」
「銀貨十五枚、即決だろ」
だめだ。金額しか見えていない。
「メイ」
「…………行く」
「レヴィは」
「わ、わたしも賛成です。ペットたちの運動にもなりますし」
「ペットは置いてけ」
「え……」
「置いてけ」
連れてったら屋敷ごと更地になるわ
「……はい」
こうして全員一致で、俺だけが嫌な予感を抱えたまま、翌朝ベルナルド氏の屋敷へと向かうことになった。
◇
屋敷は街の北側、石畳の坂を上った先にあった。外観は立派だ。蔦の絡まる石壁、手入れの行き届いた庭。門の前で待っていたベルナルド氏は、小太りで愛想のいい初老の男だった。
「よく来てくれました! 簡単な作業ですので、よろしくお願いしますよ」
簡単、という言葉が引っかかった。
「不用品というのは、具体的にどういったものでしょうか」
「ああ、祖父の代から溜め込んでいたものでしてね。私にはよく分からないものばかりで。触ったら光ったり音がしたりするものもありますが、まあそれはご愛嬌ということで!」
触ったら光ったり音がしたりする。
ご愛嬌で済む話じゃない。厄介ごとのにおいがどんどんしてくる。
「さあ、こちらです!」
案内された部屋の扉が開いた瞬間、全員の足が止まった。
天井まで積み上がった木箱。棚という棚に並ぶ瓶や筒。表面に術式らしき紋様が刻まれた石板が、無造作に床に立てかけてある。正体不明の粉末が入った袋が壁際に山積みになっていて、その隣には何かが入った金属製の容器が、蓋をされないまま置いてあった。鼻の奥を刺すような、嫌な匂いが漂っている。
「……」
「……おい」
「……わあ」
「…………」
しばらく誰も何も言わなかった。
今からでも帰っていいか?
だめだよなぁ…
「簡単な片付けって言ってたわよね?」
リーダーが振り返る。ベルナルド氏は笑顔のままだ。
「ええ、ただ運び出すだけですから! 何せ私には何が何やらさっぱりで」
俺は部屋の入口で立ち止まったまま、ざっと視線を走らせた。魔道具の残骸、薬品の瓶、術式の刻まれた石板。触り方を間違えれば何が起きるか分からない代物が、無造作に積み上がっている。依頼書の端が焦げていた理由が、なんとなく分かった気がした。
「……全員、勝手に触るな。俺が確認してから動け」
「え〜、そんな面倒くさい」
言いながらリーダーがさっそく手を伸ばしている。
「面倒くさいじゃない。割れたら弁償だ。壊れたら弁償だ。爆発しても弁償だ」
「ばく……」
リーダーの動きが止まった。金の話には素直に反応する。
俺は手袋をはめ、最初の棚に近づいた。指先から魔力糸を伸ばし、瓶の表面をそっとなぞる。中の液体の揺れ方、重心の位置、栓の緩み具合。
……これは揮発性だ。下手に動かしたら大惨事になる。よくこの屋敷今まで無事だったな。
「この列は触るな。俺が先に動かす。ディア、その木箱は中身を出してから動かせ。一人で持ち上げるな」
「分かった分かった」
返事だけは良い。
◇
最初の一時間は、わりと順調だった。
俺が確認して安全なものをリーダーたちに渡し、梱包して搬出する。単純作業だが、手順を守れば問題ない。
問題は、ディアが「これくらい平気だろ」と判断し始めた頃から起きた。
「ちょっと待て、それは――」
「でかい箱はまかせな!」
棚ごと傾いた。
俺は反射的に糸を三本、棚の側面と壁に係留した。傾きが止まる。上に乗っていた瓶が滑り始めたところに、さらに二本。全部、ぎりぎりで止まった。
「……あ、止まった」
「棚を動かす前に中身を出せ。何のために最初にそう言った」
「いや、中身入ってるとは思わなかったんだよ! 外から見たら空っぽに見えたし!」
「重さで分かるだろ」
「あたし、重いものでも普通に持てるから……」
そういう問題じゃない。
次はリーダーだった。
「ねぇこれ綺麗じゃない、持って帰っていい?」
振り返ると、術式の刻まれた石板を両手で抱えようとしていた。表面の紋様が、触れた瞬間にうっすらと光り始めている。
「置け」
「え、でも綺麗だし売れそう――」
「今すぐ置け」
俺は石板と床の間に糸を滑り込ませ、そっと元の位置に戻した。光がゆっくりと消える。
「……なんで光ったの?」
「触ったからだ。下手に動かしたら何が起きるか分からない。報酬より高い請求が来るぞ」
「置いときます」
即決だった。
そしてその直後だった。
部屋の奥で、鈍い音がした。
全員が振り返る。壁際に積んであった粉末の袋が崩れ、一番下にあった袋の口が開いていた。白い粉が床に広がり、その粉が隣に置いてあった瓶の一つに触れた瞬間、瓶の中の液体が勢いよく泡立ち始めた。
「……あ」
メイが一歩引いた。
「誰が触った」
「…………触ってない」
「あたしも触ってない」
「わ、わたしは袋の近くには行ってないです!」
全員が首を振る。崩れた袋の山を見ると、一番上の箱が少しずれていた。おそらく作業の振動が積み重なって、限界を超えたのだろう。
泡立ちがどんどん激しくなっている。このまま放置すれば瓶が割れる。
「全員下がれ。ドアから出ろ」
俺は部屋に残ったまま、糸を伸ばした。泡立つ瓶の周囲に糸を巻き付け、倒れないように固定する。次に崩れた粉末の袋を一つずつ、粉が広がらないように端を摘まんで壁際へ押し戻す。粉と液体がこれ以上反応しないように、接触面を糸で塞ぐように覆う。
じわじわと、泡立ちが収まっていった。
廊下から、全員が恐る恐る覗き込んでいる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だ。ただの振動で崩れただけだ。誰のせいでもない」
俺がそう言うと、ディアが「よかった」と息を吐いた。リーダーが「さすがモブね!」と言った。
さすが、じゃない。
こういう事態になる前に手を打てていれば、こんな冷や汗はかかなかった。
手袋の中が汗でびしょびしょだ。
◇
残りの荷物が半分を切ったころ、俺は嫌な予感を覚えた。
さっきから、レヴィの姿が見えない。
搬出の列に並んでいたはずが、気づけばいなくなっている。ディアは外で荷物を積んでいる。メイは無言で梱包をしている。リーダーは……リーダーはまた何かを品定めしている。
「……レヴィ」
返事がない。
俺は糸を部屋の隅へ向けて伸ばした。感触を辿っていくと、部屋の一番奥、作業が後回しになっていた区画で人の気配が引っかかった。
急いで向かうと、レヴィが例の金属容器の前にしゃがみ込んでいた。両手を膝の上に置いて、容器をじっと見つめている。今すぐ開けようとしているわけではない。ただ、その目が「絶対に諦めていない」目をしていた。
「……レヴィ」
「あ、モブさん」
「触るなと言っただろ」
「触ってないですよ。見てるだけです」
「その顔は触る直前の顔だ」
「そんなことないです」
あるよ。魔獣を見つけた時と全く同じ目をしている。
「これ、絶対珍しい魔獣だと思うんです。さっきからずっと動いてますし、鳴き声みたいな音も聞こえるんです。小さくて、可愛いやつかもしれないし……」
「可愛いかどうかと、安全かどうかは別の話だ」
「でも……」
「レヴィ」
俺は容器の周囲に改めて糸を這わせた。中の動きを確認する。さっきより活発だ。気温が上がったせいか、それとも人の気配に反応しているのか。
「これ、中身が何かも分からない。触れていい保証がどこにもない。もしお前が怪我をしたら、ペットたちの世話は誰がする」
レヴィの動きが止まった。
「…………」
「帰ったらベルナルドさんに専門家を紹介する。それでいいか」
しばらく沈黙してから、レヴィはゆっくりと立ち上がった。
「……分かりました。でも、本当に可愛い魔獣だったらわたしに教えてくださいね」
「ああ」
「約束ですよ」
「分かった」
レヴィは名残惜しそうに容器を一度だけ振り返って、それから作業に戻っていった。
俺は容器の蓋を糸で固く縛り直して、ベルナルド氏に引き渡す品物のリストから除外しておいた。
◇
それからさらに一時間後、屋敷の前に整然と梱包された荷物が並んでいた。
ベルナルド氏が満面の笑みで出てくる。
「素晴らしい! こんなに綺麗に片付けてもらえるとは! 何も壊れていないし、屋敷も無事だし、本当に助かりました!」
「でしょう! 私たちに任せれば安心よ!」
リーダーが胸を張った。
お前は術式の石板を起動しかけたけどな。
「リーダーさんのご指示が的確で、チームワークも素晴らしかった! また依頼させていただきますよ!」
「もちろん! いつでも来なさい!」
銀貨十五枚を受け取って、屋敷を後にする。
「あの、ベルナルドさん」
俺は帰り際に声をかけた。
「奥の部屋に蓋のない金属容器がありましたが、あれは搬出対象から外してあります。中に何かが入っていますので、専門の業者に見てもらってください」
「おや、そうでしたか。分かりました、ありがとう」
ベルナルド氏はあっさりと頷いた。
俺への言及は、結局それだけだった。
帰り道、リーダーが鼻歌を歌っている。ディアが「次はもっと派手な依頼がいいな」と言っている。メイは無言で歩いている。レヴィが「あの容器の中、やっぱり気になります。絶対可愛いやつですよ」と首を傾げている。
俺は手袋を外しながら、誰にも言わずに息を吐いた。
まぁ何も壊れなかった。弁償しなくて済んだ。それだけで十分か。
「次の依頼も私が見つけてくるわ! 任せなさい!」
「……頼むから、今度は依頼書の端が焦げてないやつにしてくれ」
「細かいわね〜」
こうして『静かなる平野』の借金返済作戦、初日が終わった。
赤字にはならなかっただけましか。