え、俺も前線にいくんですか!?~ただの一般モブなのに自称勇者のヤバい女に荷物持ちやらされています~ 作:猫豆腐
先日文字通りに腫れてD級へと据え置きになった俺は、まだ肘をついて違和感のある頬をさすりながらホームの居間で本を読んでいた。
ギルマスのやろう思いっきり殴りやがって、ポーション飲んだのに未だに腫れが引いた気がしねぇ。
「…………痛い?」
机の端からメイが顔をのぞかせてくる。
表情はなく、ただ光のない瞳が人形のように無機質に俺の顔を見ていた。
心配してくれるのはお前くらいだよ、お菓子でも買ってあげたくなる。
「メイは仲間の心配ができるいい子だなぁ」
ちょうどいい位置にあるメイの頭に手を置いて撫でた。
「……?」
これで役割が
つかの間の癒しを堪能していると、ホームの扉が勢いよく開かれた。
「今日からホームで依頼を受け付けるわよ!」
開口一番、リーダーがそう宣言する。
ギルドを介さないで依頼を直接受けるのは冒険者としてタブーとされているなんて常識だ。
いくら
「……なんで」
「ギルドを通すと手数料が引かれるでしょ。直接受ければその分まるまる入るじゃない」
あまりにも子悪党寄りの発想で引くわー。
リーダーは仲間を危険にさらす悪い子だなぁ。
ちょうどいい位置にあるリーダーの頭に手を置いて掴んだ。
「モブ?」
思いっきり指に力を入れて握りしめる。
「あだだだだだ、ちょっと何すんのよ!」
「ギルドの信用保証がなくなるだろ」
「細かいわね〜」
頭をさすりながらリーダーが口を尖らして文句を言う。
全く細かいことじゃない。
依頼人とのトラブルがあった時に、間に入ってくれる組織がいなくなるという話をしている。
好き好んでやるのは闇ギルドの連中とかだろ。
「リーダー、ギルド通さない依頼はグレーなんだぞ」
「大丈夫大丈夫、近所の人からちょっとした頼み事を受けるだけよ。問題ないわ」
問題しかない予感がするが、こうなったリーダーを止める手段は俺には存在しない。
「はぁー、俺以外も反対したら中止だからな」
俺は諦めて読みかけの本を閉じた。
荷物の準備しないとな。
◇
リーダーはホームに来る前に依頼人を見つけていたようで、三十分もしないうちにホームの扉が叩かれた。
現れたのは五十がらみの小太りの商人だった。
額に汗をかいて、息が少し上がっている。
「あの、ギルドに依頼するほどでもないのですが。実は折り入ってご相談が……」
「任せなさい! うちのパーティは何でも受けるわよ!」
リーダーが胸を張る。
何でもという言葉の恐ろしさを、こいつは永遠に学ばないらしい。
「実は、飼っていた魔獣が逃げてしまいまして」
「「魔獣!」」
リーダーの目が輝く。その横でレヴィの目も輝いていた。
「探してほしいんですが、なにぶん小さい子でして。あまり騒ぎにしたくないんです」
迷子の魔獣探しか、あーこりゃ断っても後からレヴィ個人だろうと受ける奴だな。
「小さいなら簡単ね! 報酬はいくらかしら?」
「銀貨五枚で……」
商人が額の汗を服の袖でぬぐいながら報酬を掲示する。
迷子探しで銀貨五枚、しかもギルドの中抜きなく直接。
悪くない、けど。
「銀貨五枚! 受けた!」
「待った!」
リーダーが即決するのに被せるように静止する。
お前ほんと考えずにとりあえず引き受けるのやめろ。
リーダーは「何よノリ悪いわね」などとふてくされているが、一応商人に確認を取ることにした。
「すみません、もう少し詳しく聞かせてもらえますか。その魔獣、種類は何で、どのくらいの大きさですか」
「えーと、ピッカーという種類でして。大きさはこのくらい」
商人が両手で示した大きさは、猫より少し小さいくらいだ。
その瞬間、レヴィの動きが止まった。
「……ピッカーですか?」
「ご存知ですか?」
「はい。ピッカーと言えば……」
レヴィが少し遠い目をした。
「穴を掘るのが得意で、壁や床を齧って移動することもある魔獣です。
普段はとても大人しいんですが、興奮すると……その、縄張り意識がとても強くなりまして。
歯と爪が鋭いので、素手で捕まえようとすると少し危険です」
普段より早口に説明して最後に「可愛いですけどね」と
がっつり危険な魔獣じゃねーか、街に行ってたらちょっとした騒ぎになるぞ。
商人に向き直って確認する。
「逃げたのはいつですか」
「昨日の夜です。ゲージの留め具が壊れていたようで」
「今はどこにいるか分かりますか」
「それが……昨日の夜から、壁を齧るような音がするんです」
つまりこれは「迷子を外で探す」のではなく「家の中に潜んでいる魔獣を捕まえる」依頼だ。
話が全然違う。これならまぁ受けても――
『歯と爪が鋭いので、素手で捕まえようとすると少し危険です』
頭の中にレヴィの言葉が反芻された。
縄張り意識もあるならきっと家の中が魔獣になってそうなんだろう。
そこに土足で入り込む俺たちは魔獣にとって侵入者だ。
「リーダー、この依頼やっぱり――」
「受けるわよ!」
「話聞いてたか?」
「銀貨五枚よ?」
聞いてなかった。
◇
商人の家は、ホームから歩いて十分ほどの場所にあった。
石造りの二階建てで、こじんまりしているが手入れが行き届いている。玄関を入ると、確かに壁のどこかからカリカリという音がした。
「おっいるな」
ディアが腕まくりをする。
おい待て壁をどうする気だ。
「待て、お前今から何する気だ?」
「何って音だけで居場所わかんないんだから一度壁を壊すしかないだろ」
「…壊したら絶対クレームだろ、その請求きても知らないからな」
「じゃあどうするんだよ」
どうするって壊さずに見つけるしかないだろ。
俺は手袋をはめ、指先から魔力糸を伸ばした。壁に沿わせるように這わせていく。糸が何かに触れた時の微細な振動を、指先で読み取る。
一階の壁。反応なし。
廊下の突き当たり。反応なし。
階段の裏側。
……いた。
「階段の裏の隙間に潜り込んでいる。そんなに奥じゃない」
「じゃあディア、壊さずに引きずり出しなさい!」
「あーこの隙間の小ささじゃ壊さないとあたしには無理かな」
「むっ私も無理そうね」
脳筋どもが頭を抱え始めてしまった。
「…はぁ、隙間から追い出す。驚かせたら興奮するから、ゆっくりやる。レヴィ、魔獣の扱いはお前に任せたい。捕まえる時だけ出てきてくれ」
「はい、任せてください」
「ディアとリーダーは後ろで待機。絶対に動くな」
「え〜」
「動くな」
俺は階段の裏側に向かって、魔力糸を一本だけ伸ばした。そっと、本当にそっと、魔獣の体に触れる程度に。
カリカリという音が止まった。
気配がする。じっとこちらを窺っている。
俺はしばらく動かなかった。糸も動かさなかった。ただ触れているだけ。
一分ほどして、魔獣が少しだけ動いた。糸の方向に、ほんのわずかに近づいてくる。
警戒しながらも、好奇心が勝ってきている。
もう少し。
「……今だ、レヴィ」
レヴィが静かに階段の横にしゃがんだ。両手を差し出して、声も出さずに待つ。
しばらくして、階段の隙間からひょこっと小さな頭が出てきた。丸い目がレヴィを見て、それから俺を見て、またレヴィを見た。
レヴィが微動だにしない。
魔獣がするりと隙間から出てきて、レヴィの手の上に乗った。
「……捕まえました」
小声で報告するレヴィ。手の上の魔獣は、もうすっかり落ち着いている。
あと少しで完了だった。
「やったー!!」
リーダーが後ろで叫びやがった。
魔獣が跳び上がりレヴィの手から飛び出して、廊下を全速力で駆け抜け、開いていた窓から外へ消えた。
「…………」
「…………」
「…………あ」
リーダーが口を押さえた。
こいつには動くなだけじゃなくて黙ってろも必要だったか…
わざとやっているんじゃないよな?
「モブ、ごめん」
リーダーをにらんでいると謝罪されるが今は魔獣が先か
全員が窓の外を見た。
小さな影が、塀を乗り越えて隣の庭に消えていくのが見えた。
「……街に行く前に追うぞ」
こちらの不手際があった以上ここからの被害はこちらも責任を問われる。ていうか今回ギルド通してない自家受け依頼じゃねーか!依頼に来て借金増やされるとか勘弁してくれ。
俺はため息をつきながら、立ち上がった。
◇
隣の庭に入った瞬間、魔獣の姿はもうなかった。
「どっちだ」
俺は魔力糸を広げた。半径三十メートルほどに伸ばして、地面の振動を拾う。小さな足音は思ったより速い。裏口の方向に向かっている。
「裏路地、右だ」
「おうっ!」
ディアが真っ先に飛び出した。俺とレヴィが続く。リーダーとメイが後ろから来ている。
裏路地に出ると、遠くで何かが転がる音がした。
「まだ走ってる。路地の先、左に曲がった」
「見えないのによく分かるな!」
「いいから走れ」
路地を抜けると市場の裏側に出た。荷物の搬入口が並ぶ薄暗い通路だ。
「どこだ」
俺は再び糸を伸ばした。
荷物の陰。木箱の裏側。複数の気配が重なって、少し分かりにくい。
「……あそこの木箱の列、一番奥」
「見えんぞ」
「とにかくゆっくり近づけ。ディア、絶対に急ぐな」
「分かった、ゆっくりな」
ゆっくりと、全員で木箱の列に近づいていく。
魔獣の気配が、じっとしている。疲れたのかもしれない。
「レヴィ、頼んだ」
レヴィがそっと前に進んだ。木箱の隙間を覗き込む。
小さな体が、木箱の陰でぜぇぜぇと肩を揺らしていた。
レヴィがゆっくりとしゃがんだ。手を差し出す。
魔獣が顔を上げた。レヴィを見る。
今度はリーダーが叫ばないよう、俺は振り返って人差し指を唇に当てた。
リーダーが口を押さえて、大きく頷いた。
「……捕まえました」
魔獣がレヴィの手に乗った。
全員が息を吐いた。
◇
商人の家に戻り、魔獣を新しいゲージに入れた。
商人が満面の笑みで礼を言う。
「助かりました! 本当にありがとうございます! リーダーさんのご判断が素晴らしかった! レヴィさんもさすが魔獣使いですなぁ!」
「でしょう! 任せなさいって言ったでしょ!」
リーダーが胸を張った。
お前が叫ばなければ一時間早く終わっていたけどな。
銀貨五枚を受け取って、帰路につく。
「いやー、結構手こずったな」
ディアが汗を拭いながら言う。
「……リーダー…次は叫ばない」
メイが一言だけ言った。全員がリーダーを見た。
「わ、分かってるわよ! 反省してるわよ!」
レヴィはまだ魔獣の方向を振り返っている。「可愛かったですね」と嬉しそうだ。
俺は誰にも言わずに息を吐いた。
足が疲れた。余分に一時間走った。でも銀貨五枚は入った。
しばらく無言で歩いていると、ディアが口を開いた。
「なあモブ、最初に階段の裏って分かった時、どうやって見つけたんだ? 暗くて何も見えなかったぞ」
「壁の振動だ。荷物を運ぶ時に床の状態を確認するのと同じだ」
「ふーん……」
納得しているのかしていないのか分からない顔をしている。
「市場の裏でも、木箱の陰にいるって分かってたよな。あそこ、薄暗くてあたしには何も見えなかったんだが」
「同じだ。気にするな」
「……うーん、お前本当に荷物持ちか?」
「どっからどう見ても荷物持ちだろうが」
非力さなめんな畜生。
ディアがしばらく黙った。それ以上は聞いてこなかった。
「次の依頼も直接受け付けるわよ! 今度は絶対静かにするから!」
「……今回の反省、三秒後には忘れてそうだけどな」
「失礼ね! 覚えてるわよ!」
本日の成果、銀貨五枚、それと適度な疲労感。