「異常なし──っと」
夜。人気のない学園の中庭の見回り。
本来、見回りは正義実現委員会から当番で行われていますが、急遽欠員が出てしまい、代わりに私が中庭の担当を任せてもらいました。
見回りといっても既に門限は過ぎた時間。抜け出して学園に入ってくる人はおらず、精々戸締まりの確認をする程度。とは言え、明かりは手持ちの懐中電灯のみで静かな夜の学園を不気味に思う人はいますが、私はなんとなく心地よく感じられる。
「それにしても、今日はミカ様もセイア様も少し変でした……」
思い返すは昼間のこと。いつも行われるテラスでの会議。
主導したのはナギサ様。本来ならセイア様が取り纏める筈でしたが、今日のセイア様は心此処に在らずという様子でジッとシマエナガさんと見つめ合っていました。
ミカ様も何やらソワソワとしていましたが、やっぱり会議に興味を向けることはなく、ある意味いつも通りと言えたかもしれません。
会議が終わるとセイア様はすぐにテラスから退席し、ミカ様も時間をおいてテラスを後にしました。
そして残ったのは私とナギサ様……最近はナギサ様と最後まで残ることが多い気がします。それはともかく、会議自体は滞りなく進んでいたので残った作業はなく、ナギサ様も最後に紅茶を一杯飲んでから退席しました。
振り返れば、いつも通りの日常だったかもしれない。けれど、ミカ様とセイア様は互いに目を合わそうとしていなかったような……。
「気のせいかもしれないけど、何か溜め込んでらっしゃるのならまた話を聞いてみないと──」
考えながら帰る途中、ふと上を見上げるとセイア様の部屋の窓が見えた。
セイア様はこの時間は既に就寝中の筈。でも以前のように誰かを招いて何か話をしているのかもしれない。
灯りは点いていない。セイア様はこの時間は既に就寝中なのだから当たり前でしょう。
「…………」
そう分かっているのに、私の足は帰路に着こうとはしない。どうしてか、今になって頭の片隅にミカ様の言葉が繰り返されていく。
『セイアちゃんをビックリさせるの!』
『痛い目をみてもらわないとね☆』
「…………ッ!」
意を決して、私はセイア様の部屋の方へと向かった。
セイア様の部屋はこの建物の最上階。私は一段一段確実に、でも最大限の速さで上がっていく。
見回りの正義実現委員会の方とはすれ違っていない……当然だ。この先にセイア様がいるとは限らない。
ティーパーティーにはセーフティハウスとして複数の部屋を所持している。どの部屋に居るかは彼女達次第。事前に教えてもらわないと私にだって分からない。警備なんていたら居場所なんて丸分かりだ。
だから、あくまで確認だ。セイア様が居なければそれでよし。もしいらっしゃったら、就寝の邪魔をしてしまうことになってしまうけれど。
「……やっぱり戻ろうかな」
今更決意が揺るいじゃったけど、既に最上階に到達してしまった。
帰った方がいいという気持ちとここまで来たんだしという気持ちがシーソーのように揺れ動く。
「……あれ?」
どうしようか立ち往生していると、廊下の違和感に気づく。
パッと見では分からない。だけどある筈のないものがあるような感覚。
私はシャボン玉に触れるようにゆっくりと周囲を手探りする──そして、膝下くらいの高さで糸のようなものが掠れた。
「
サッと手を引っ込めて正面を凝視する。暗がりの中では分からない。だけど懐中電灯を当ててみると、キラリと細い線が光った。
細い線は奥の方まで何本も張ってある。それも避けようしてもすぐ別の線に触れそうなくらいの絶妙な距離感で張られてある。
セイア様にそのような技術はない。いや、そもそもトリニティの教本には載っていないはず。独学にしても、あまりに手慣れている。
「…………ッ! セイア様!!」
弾かれるように身体を動かし、セイア様の部屋へと向かう。
罠は巧妙に仕掛けられている。だけど場所さえあれば避けられる。私は罠を躱しながらセイア様の部屋の扉の前に辿り着いた。
ドアノブに手を掛け、勢いよく開ける。ノックはしなかった。代わりに拳銃を目の前の人物に向ける。
「武器を捨てて手を挙げて下さい」
「──エラ!? 何故ここに!?」
セイア様の驚く声が聞こえた。だけど表情までは分からなかった。
何故なら、セイア様と私の間にもう一人居るのだから。
「…………!?」
私に背を向けていたその人は僅かに私の方へと首を動かした。
顔はマスクをしていて分からないけど、動揺が身体の震えで分かった。仕掛けた筈の罠が作動しなかったなら驚くのは無理はない。
「どなたかは存じ上げませんが、既に正義実現委員会への通報は済んでいます。侵入者の貴女に逃げ場はございません」
本当は嘘だけど。でも、まだ皆さんは巡回中。騒ぎたてればいずれ応援が来てくれる筈だ。
「…………」
侵入者はまず左手を上げた。武器は持っていない。
残りは左手。武器はアサルトライフル。後はそれを床に置いてくれるだけでいい。
「…………ッ!!」
「エラッ!?」
侵入者は振り向き様にライフルを私に向け、発砲した。
セイア様の悲鳴とほぼ同時にライフルの発砲音が鳴り響く。私と侵入者の距離を考えて発砲音と着弾もほぼ同時でしょう。
だから──。
「……!?」
膝を抜いて重心を下げ、僅かに身体を反らす。そして顔を少し横に向ければ、少しの動作で銃弾は避けられる。
振り向き様に撃ってくることは予想出来ました。だからあの体勢からの腕の振りの軌道や角度を予測出来れば、この距離でも避けられる。
「交渉、決裂ですね……!」
私は再度拳銃を侵入者に向ける。彼女も体勢を整えてライフルを構えようとしていますが、最小限の動きに留めていた私の方が行動は早い。
侵入者の後ろにはセイア様がいる。もし避けられたらセイア様に当たってしまう。けど、もう狙いは定めた。
私は引き金に掛けている拳銃を──。
侵入者の目の前に放り投げた。
「…………ッ!???」
侵入者の動きが止まる。マスク越しでも分かるくらい、その視線は宙を舞う拳銃に釘付けだ。
銃社会のキヴォトスにおいて、自分の愛銃を蔑ろにする人はいない。どこに行っても持ち運ぶものであり、投げ捨てるなんてその場で服を脱ぐくらいの奇行である。
──だからこそ、初見の方にはこれが効く。
「──ッ!?」
死角に潜り込み、もう一つの拳銃で侵入者の右手にありったけ撃ち込む。意識が別の方に行っていた分、ライフルを握る力が緩んでいたか、二発目で右手かはライフルが離れる。
「しまった……!」
「ハアッ!!」
床に落ちるライフル。咄嗟に拾い上げようとする間に割り込んでライフルを遠くへと蹴飛ばす。
「くっ……!」
侵入者は左手にナイフを構える。
やはりまだ武器を隠し持っていましたか。それにしても、罠といいナイフといい、戦法が連邦生徒会のSRT──いえ、それよりももっと軍人風のスタイルだ。
そもそもキヴォトスで刃物を使用する生徒は少ない。接近するならショットガン、人によっては拳で殴る方が何倍も強い。そんな中でナイフを所持しているということは、油断は出来ない。
「……ッ!」
侵入者は大振りでナイフを振ろうとする。
狙いは牽制。距離を取らせて仕切り直しを図るつもりでしょう。
ナイフの近距離の攻撃範囲は拳銃の射程とは噛み合わない。なら──。
「……フッ!」
肘で侵入者の左手を捌き、一歩前に進み身体を密着させる。
ゼロ距離──密着した状態でナイフを振り回すことは難しい。動き出しに瞬時に対応出来る。
「くっ……!」
「少し失礼します──っと!」
抵抗を試みる侵入者に対し、身体の位置を入れ替えて背中で押し返した。
──ようやく、私の理想の展開になった。セイア様を背に、侵入者と対峙出来る位置取りが出来た。
すかさず私は拳銃を窓に向けて数発放つ。窓ガラスが割れる音と破片が外に飛び散る。
「先程の発言はハッタリでしたが、今の騒ぎで本当に正義実現委員会の方がこちらに向かうでしょう──今度こそ、終わりです」
私の最優先事項はセイア様の安全を確保すること。たとえ応援が来ても、セイア様を人質にとられてはどうすることも出来なかった。
発砲した所で私では彼女に傷一つ付けられないだろうけど、その事実はまだ知られていない。蹴飛ばした銃も彼女とはまだ距離はある。
この膠着状態を維持出来ればこちらの勝ちだ。
まるで時が止まったかのような静寂が部屋を包む中──それを破ったのは、カチ……カチ……と時を刻むような電子音でした。
「……? どこから……」
「……!? そんなっ、どうして……!?」
音の出所を探す私をよそに、侵入者は突然慌てふためきだした。
この音の正体を知っているのだろうか。でも、あの様子は只事ではない筈だ。
周囲の警戒をする私に、セイア様は叫んだ。
「逃げろ!! エラ!!」
「…………ッ!? セイア様!!」
反射的に身体が動いた。セイア様を抱えて部屋の隅っこへと飛び込んだ。
そして、その後でした。
ドガアァァァン!!!
建物全体を揺れ動かす爆発がセイア様の部屋で起きた。
窓ガラスどころか壁も吹き飛び、部屋の家具はバラバラに外へと放り出される。
黒い煙が部屋全体を覆う中、私は背中に乗った瓦礫を動かして顔を出した。
「ケホッ! ケホッ! ──セイア様! ご無事ですか!?」
私はセイア様の安否を確認する。しっかりと抱きしめていたから目の前にセイア様はいる。
脈はある。だけど、この爆発だ。小さな破片等がセイア様に当たってしまったかもしれない。
「いや……大丈夫だ……むしろ君の方こそ無事なのかい……」
「私なら大丈夫です。セイア様を抱えた際に布団を拝借させていただきましたので、ある程度は衝撃のクッションになってくれました」
最も、気持ち程度のクッションなので瓦礫に突き刺さるようなことはなかったけれど、打撲で背中は凄く痛い。
正直、私もセイア様も大怪我に至ってないのは奇跡だ。
「セイア様、少しの辛抱ですが救護騎士団の元に連れていきます。先程の方も正義実現委員会の方と連携して確保いたしますのでご安心ください」
侵入者は爆発に紛れてどこかへ去ってしまった。装着していたマスクがあればこの煙の中でも問題なく動けるだろう。
それよりもセイア様だ。目立ったお怪我はないけれど呼吸が荒い……無理もない。爆発による熱と粉塵に煙。お身体の悪いセイア様には苦しい環境だ。
「‥….待ってくれ、エラ」
両膝の後ろに手を回そうとした所で、セイア様が私を呼び止めた。胸ぐらを掴む手は弱々しく、でも縋り付くように離そうとしない。
すぐにでも救護騎士団へと向かいたい所ですが、私はセイア様の言葉を待つ。
「頼む……私を、匿ってくれ…………!」
必死の眼差しで、セイア様はそう懇願した。