「休憩中の所失礼します」
本日はセイア様からの指示で正義実現委員会へと訪れています。今期の予算の通達と備品のチェックです。
正義実現委員会といえばトリニティを取り締まる組織。トリニティの戦力の大部分を占めるのもそうですが、所属する生徒達は皆「規律」を重んじています。
委員会の名の通り、彼女達が掲げる正義の為に嘘を許さず清廉潔白でいようとする志。悪を成した者をただ倒すのではなく、二度と同じ過ちを犯さないように正す。それが正義実現委員会。
────私の秘密がバレたら真っ先に粛正されるでしょう。思わず身震いしてしまう。
「どうかしましたか? エラさん」
「いえ! なんでもありません!」
心配してくれたのか、羽川ハスミさんが声をかけてくれた。
「そ、そうですか……ところで、今日はどんな用件で?」
「はい。正義実現委員会の予算についてですが……このようになります」
書類をハスミさんに渡す。
「拝見します──かなり抑えられていますね。やはり、エデン条約に向けてですか」
「はい。締結の当日もトリニティの方から警護を任されると考えられます。銃弾等の消耗品も極力抑えるように、との事です」
「はぁ……分かりました。ツルギにも話しておきますね」
困ったようにハスミさんはため息を吐く。
「ハスミさんはエデン条約には乗り気じゃありませんか?」
「……正直に言うと、そうですね。あのゲヘナと手を組むというだけでも考えられないのに、ゲヘナの人間がトリニティに足を踏む大義名分まで出来てしまいます。争いを失くすどころかは、むしろ荒らされてしまいます!」
饒舌に語るハスミさん。
──エデン条約に対する反応はハッキリ言って良いとは言えない。元々対立する二校だけど、その溝は私が想像するより深く広い。
「っと、すみません。熱くなってしまい」
「いえ、貴重なご意見でした。こちらでも公約について検討中ですので、何とか両校が納得出来る着地点を模索します」
「お願いします──ところで、エラさん。今時間はありますか?」
「? 私に何かご用ですか?」
「もしエラさんがよかったらですが、次の訓練に参加していきませんか?」
訓練かあ。実はこの後ミカ様に呼ばれている。
ただ、正義実現委員会に用がある事はミカ様も把握している。時間も指定されてなく、少しなら余裕はある。
それに、訓練の内容にも興味がある。普段はあまり身体を動かさないので丁度良い機会かも。
「分かりました。私で良ければ、是非参加させて下さい」
そう私は、軽く返答してしまった。
横降りの雨のように、散弾が降り注ぐ。
一滴も当たってはいけない。身体を翻して隙間を潜り抜けるように回避に徹する。
「キハハハハハハハハハハハハハハ!!」
銃声すら掻き消すような奇声。背後から迫る脅威が絶えず追ってくる。
「ひ、ひえええええええええええええええ!!」
なんで……なんでこんな事になっているんですか!
「──いやぁ、凄いっすね。エラさん。あの委員長からもう三十分も逃げ続けてる」
「まさかとは思いましたが、噂は本当のようですね」
手に持った書類を見ながら、ハスミは関心する。
「前回の演習の記録っすか? 同じ学年だから近くにいましたけど、あれは凄かったっすね〜」
「射撃もあらゆる種類の銃で平均以上の記録を出しているのもそうですが、やはりこの【被弾回数……0】というのは信じられませんね」
「でも、アレを見たら信じるしかないっすよね。というか、散弾銃って避けれるもんなんすか……?」
「それにただ避けている訳ではありません。あれを見て下さい」
ハスミに言われるまま、イチカも目の前の光景を注視する。
「キハハハハハ──」
「──ッ!」
ツルギがリロードをする瞬間、エラは振り返らないまま背後のツルギに向けて発砲する。放たれた弾丸はツルギの銃を持つ指に当たり、僅かにツルギの動きが鈍る。
「リロードをする間の僅かな緩み。ツルギでなければ今ので武器を手放していたでしょう」
「それを背面で、しかも全力で逃げながらですか……どんな視野しているんすかね」
「確か、エラさんはトリニティに転入する前はアビドスに居たそうですね」
「ええ。あそこに一年もいた事に驚きですけどね」
「しかし、あの環境だからこそ身につけられた代物なのかもしれません。砂漠地帯でも十分に発揮出来る機動力に空から見上げたような視野ですか──アビドスの方に演習しに行くのもいいかもしれませんね」
「それは大変そうっすね〜……………ところでなんですけど」
イチカはエラとツルギの方を指差す。
「キャァァアアハッハアアアアアアアア!! 楽しい!! 楽しいなあ!!」
「助けてええええええええええええ!!」
「あれ…………どうするんすか?」
「…………イチカ、他の委員を集めて下さい」
「えっ」
「これより! ツルギが暴走した際の対処訓練を開始します!」
「あー、やっぱりこうなるんすね……」
ハスミさんに救助されて一時間。私は未だに床に伏していました。
「あはは……おつかれっす」
「ありがとう……ございます……」
顔を向けられなくて申し訳ないけど、何とか返事だけは返す。
ちなみにツルギさんは熱を排出するように隅の方で佇んでいる。
「しかし、あれだけ動いて全然汚れてないっすね」
「ミカ様から頂いたものを、汚す訳にはいきませんから……」
「でも、念の為診てもらった方が良いっすね。今救護騎士団の方を──」
「いえ! 大丈夫ですっ! ほら、この通り!」
バッと、飛び上がるように起きて腕を大きく回してみせる。
イチカさんの配慮は有り難いけど、救護騎士団の方々に来られるのは非常にまずい!
診察の為に身体を調べられたら、僕の正体がバレてしまう。だから、普段から自己管理は徹底しているつもりだ。もし、体調を崩すような事があれば、救護騎士団──特にセリナさんが何処からともなく現れるので、周りに人が居ない時も油断は出来ない。
「そ、そうっすか……でもあまり無理はしないでくださいよ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「エラさん。もう立ち上がって平気なのですか?」
ずっとツルギさんの近くで見張っていたハスミさんがこちらに来た。
「ええ、おかげ様で。十分休憩は取れました」
「それは良かったです──ですが、その……言いにくいのですが、時間は大丈夫でしょうか」
「時間?」
首を傾げなら私は空を見上げた。ここに来た時は青空だったけど、今は少し赤みがかっている。
今度は下を向いて時刻を確認
する──許される時間はとうに過ぎている。
「ああああああああああああああああああっ!!?」
私は叫びながらミカ様の元に向かった。
トリニティ校舎テラス前。今の時間、校内に残る人はもう二人しかいない。
私は壁際に追い込まれ、壁に手を当てているミカ様の顔をジッと見る。整った顔立ちに滑らかな肌。長い睫毛に覆われた金色の瞳に思わず吸い込まれそうで──。
「ねえ、いつまで黙っているつもりなのかな?」
私の背後の壁のヒビが広がった。
ああ、また修復しないとなあ──いや、もう現実逃避はやめよう。
「淹れたての紅茶って美味しいけど、温くなると飲めたもんじゃないよね。ねえ、どうして温くなっちゃったと思う?」
「そ、それは私がセイア様からの命で正義実現委員会に立ち寄ったからで──」
「うんうん、知ってるよ。楽しそうだったよねー、委員長ちゃんとの追いかけっこ」
「み、見ていらしたのですか……」
「ん〜たまたまね。でも、エラも偉くなったよね〜。人を待たす事が出来ちゃうんだから」
「も、申し訳ありません!」
背筋が凍る。
その場で土下座したかったけど、股下に足を入れられて動くことすら出来なかった。
「そもそも、最近誰がエラのご主人様って意識がないんじゃないの? ナギちゃんもセイアちゃんも好き勝手使ってくれちゃってさ〜」
「そのような事は──!?」
「じゃあさ、エラのご主人様はだーれ?」
「……ミカ様です!」
「──うん! そうそう、わかってるじゃん☆ 貴女がここに居られるのは私のおかげなんだから」
僕はミカ様に逆らうことは出来ない。
「──ゲヘナの貴女は私の言う通りにしてればいいの」
ミカ様は、僕のもう一つの秘密を知っている。