ゲヘナ学園
『自由と混沌』を抱えるゲヘナ学園の頂点に立ち、象徴とも言えるそのお方の名は──。
「マコト様! 議長就任おめでとう御座います!!」
「キキキ、もっと私を崇め立てると良い!」
マコト様に金色の紙吹雪を降らせる。足元に置いた照明に反射して、マコト様がより輝いて見える。
「はぁ……毎日飽きないですね。就任してからもう二週間も経つというのに」
「ついにマコト様が生徒会長に成られたのです! ゲヘナの皆様に認められた証として毎日を記念日にしたいくらいです!」
「投票率3・8%ですけどね」
「イロハ! 余計な事を言うな!」
「リオンさんも、あまり議長を煽てないで下さい。調子に乗ってまた変な政策立てて風紀委員会にしばかれますよ」
「あはは……ごめんなさい」
イロハさんに咎められて、紙吹雪を放る手を止める。
マコト様が新たな議長になってから早二週間。新生万魔殿は議長の羽沼マコト様を筆頭に、戦車長の棗イロハさん、情報部長の京極サツキさん、書記の元宮チアキさん。そして、雑用係の僕──
実は四月から凄い新入生が加わるらしいのですが、今現在は皆さんと業務を行っています。
「ふん、まあ丁度切り上げようと思っていたところだ。リオン、急な話だが、"エデン条約"って知っているか?.」
散らばった紙吹雪を回収中、マコト様が僕に問いかけた。
あっ、マコト様の髪の毛に紙吹雪がついてる。後で取らないと。
「エデン条約ですか……いえ、わかりません」
初めて聞く言葉だ。一緒に聞いていたイロハさんも首を傾げている。
条約というからには学校間での何かの取り決めだろう。一校がこのゲヘナ学園とすると、もう一校はどこだろうか?
「知らないのも無理はない。私が生まれる前から存在はしたものの、締結されることはなかったものだからな」
「そんな昔から。あの、それでそのエデン条約というのはどのような内容なのでしょうか」
「そうだな、言ってしまえばゲヘナとトリニティによる軍事条約だ。ゲヘナとトリニティの長きに渡る確執を振り払い、互いに手を取り合ってそれぞれの厄介事を一緒に解決していこう。という感じだな」
マコト様の話を聞いて、僕はとても興味を惹かれた。
ゲヘナかトリニティの関係はもはやこれが正常だと思うくらいに仲が悪い。そんな二校の関係が修繕されるきっかけになるかもしれないなんて、まさに夢のような条約だ。それもマコト様の代で実現するかもしれないなんて!
思わず飛び上がりそうになりながら周りを見ると、イロハさんが呆れたように溜め息を吐いていた。
「どうしましたか? イロハさん」
「どうしたもこうしたも……無理に決まってますよね」
何を当たり前の事かと、イロハさんは否定した。
「そ、そんなバッサリ……」
「いや、当然ですよね。ウチとトリニティの仲の悪さを舐めないでください。水と油、あっちは月とスッポンとでも思ってるでしょうが、とにかく交わるなんて無理ですよ。握手なんてしようものなら変なマーキングされてそうじゃないですか」
「そこまで言わなくても!?」
トリニティに対する偏見が酷い。
僕もスイーツを買いに行く時以外は向かうことはありませんが。
「キキキ、まあ私も無理だとは思っているがな」
「マコト様まで!?」
「そう悲観するな。そのエデン条約なんだが、連邦生徒会から打診があった。今の連邦生徒会長はこのマコト様に比肩する能力を持つ。奴が仲介役となるなら多少はまともなものになるだろう」
「ああ、あの人もいるなら酷いことにはなりませんね」
さっきまで否定的だったイロハさんも納得したように頷いた。
やっぱり連邦生徒会長は凄い。名前だけで説得力を持たせてしまった。
「トリニティの方は既に了承しているようだ。後は我々の返事を待つところに来ている」
「ということは、一度僕たちに確認をとっておこうとしたのですね! なんとお優しいお方です!」
「いや? 勿論反故にするつもりだが?」
何を当たり前の事かと、マコト様は呆れるように言った。
って────。
「ええええええええええええええええええええ!!?」
思わず叫んでしまった。
いや、でも、え? あの流れなら了承するんじゃないんですか?
戸惑う僕に対し、マコト様はため息を吐きながら答えた。
「考えてみろ。普通なら無理な筈の条約が連邦生徒会長が絡むだけで締結が約束されたようなものになった。そんな連邦生徒会長ありきの条約が長く続くと思うか?」
「あっ……」
「どうやら、今のティーパーティーの奴らは随分と頭に花が咲いているらしい。次の代に丸投げするつもりか、他に目的があるのかは知らんが、我々にメリットのないものに乗っかるつもりはない」
マコト様……そこまで先の事を考えているなんて。
でも、それじゃあやっぱりエデン条約は白紙に……。
「キキキ、だから悲観するなと言っただろう。要はエデン条約がこちらに有益な条約足り得るかが分かれば良いのだ。そこでだ、リオン。お前にやってもらいたい任務がある」
マコト様の命……マコト様が議長に就任してからは初めての事だ。
内容は間違いなくエデン条約に関する事。僕の働き次第でエデン条約が締結されるかどうかが決まる……!
「マコト様の命であれば何なりと!」
「リオン。トリニティに編入してこい」
「はい! ……………………えっ?」
あれ? マコト様は今何といったんだろう? 何かとんでもない事を仰ったような。
まさかと思い、イロハさんの方を見る。イロハさんは目を丸くして固まっている。ああ──これは聞き間違いじゃなさそうですね。
…………………え?
「ええええええええええええええええええええええええ!!!?」
また叫んでしまった。
いや、流石に叫ばずにはいられなかった。
「キキキ、うるさいぞ。リオン」
「いや叫びたくもなりますよ。何バレたら一発で条約破棄されそうな事言うんですか」
固まって動けなかった僕の代わりに、イロハさんが弁明してくれた。
今までも何度か無茶な命令はあったけれど、今回の件とは比較することも出来ない。
「何を言うか。これ程合理的な事はないぞ?」
どこがですか? と、言いたいところをグッと堪える。
「さっきも言ったが、こっちに利の無い条約を結ぶつもりは無い。トリニティに良いように使われるのは真っ平ごめんだ。だが、ティーパーティーが躍起になる理由は気になる。だからリオン、お前がトリニティに編入して調査してくるのだ!」
「いや、情報を手に入れるだけなら潜入する必要はありませんよね!? なんなら今からでも探っていけますよ!」
情報収集は僕の得意分野だ。ティーパーティー程の中枢部に潜るには時間はかかるけど、編入してまで行うものではない。
「お前の能力を疑っている訳では無い。たが、他にもトリニティの内情の調査も兼ねている」
「内情……ですか?」
「ああ。イロハを見れば分かるが、
「それは何故でしょうか?」
「いくらティーパーティーが乗り気でも下にもその熱が伝わるかは別だ。なんなら、ティーパーティーの性質上、裏で反対している派閥があっても可笑しくない」
確かティーパーティーは三つの派閥の首長が生徒会長として君臨していた筈だ。最終的な決定権はその時期のホストが持っている。三つの派閥以外にも巨大派閥がいくつかある見たいだし、ある意味ゲヘナより混沌としてそうだ。
「トリニティに潜入し、エデン条約もといゲヘナに対する意識を探れ。お前ならアンケートで集計する事も出来るだろうが、学生として探ればより深い所まで知ることが出来る。序でに、弱みを握れれば後の外交に役立つかも知れないしな! キキキ」
多分そっちが本命ですね。マコト様。
でも確かに一般生徒にも影響が無いとは言えない。反発が強ければトリニティの方から話を棄却する事態もあり得る。
「マコト様、もしマコト様の危惧するような事が無ければ、エデン条約の件を前向きに考えて下さいますか」
「……ああ、約束しよう。なんなら今から連邦生徒会に返事をしてきてもいい」
言質は取った。マコト様はなんだかんだで約束は守ってくれるお方だ。
後は僕の覚悟次第。リスクはあまりに高いけど、やらなくちゃいけない事だ。
「──分かりました。この玻璃間リオン、全身全霊を以てその任務遂行させてもらいます!!」
「キキキ、そう言うと思っていたぞ」
「あの、話は纏まったのでしょうが、まさかリオンさんをこのままトリニティに向かわせる訳じゃありませんよね」
……そう言えばそうだった。このまま編入しても僕がゲヘナの生徒だってバレてしまう。
「確かにリオンさんは言っちゃアレですけど、ゲヘナっぽくはありませんから私や他の人が行くよりかはマシでしょうが」
……うっ!? 痛い所を突かれた。
僕には角も無ければ尻尾もない。当然、翼なんかある訳ない。勿論同じような生徒も少なからず居るけれど、ゲヘナっぽくないと言われると少し傷つく。
「仮に変装しても男性であるリオンさんはすぐにバレてしまいますよ」
イロハさんの言う通りだ。キヴォトスにある学園で男子生徒は現在僕一人だけだ。それに加え、ヘイローのない生徒として、ゲヘナ以外でも僕の名前は知れ渡っている。
「そんな事は分かっている。だが、私が何の対策もしてないとでも?」
連邦生徒会への返事を終えたマコト様が会話に入ってくる。
「リオン、お前にはこれを着てトリニティに通ってもらう」
そう言うと、マコト様はロッカーから衣類を取り出した。それは、トリニティの制服だった。
…………………………ん???
「あの……マコト様。どう見ても男性用には見えないのですが」
マコト様が見せびらかす制服は何度かトリニティの生徒が着用しているのを見た事がある。勿論、下はスカートだ。
「ん? 当然だろう、これを手に入れるのだって苦労したんだぞ。お前用の特注品なんかすぐに用意できる訳ないだろ。リオン、お前は女になってもらう」
「…………………」
もはや叫ぶ事すら出来ず放心した。
……え? 女装するの? ほんとに?
「いや、いくらリオンさんが華奢な方とは言え似合う訳────おお」
イロハさん、女装した僕の姿を想像しないで下さい。
それに何で悪くないみたいな反応なんですか! 絶対似合いませんよ!
「まさかとは思いましたが、しっくりきすぎて気持ち悪いですね」
「それはイロハさんの頭の中でですよね!? 僕が似合う訳がない! 絶対!!」
「女性としてのお前は"灰崎エラ"──アビドス高校に在籍していたが、環境に慣れずトリニティに編入することを決めた十六歳の女子校生だ」
何かもう設定が出来上がっている!?
というか制服の用意の良さといい、初めからこうするつもりだったんですね! 流石マコト様! 随分未来を見てらっしゃいます!
「ほれ、念の為寸法があっているか確かめるからさっさと着るがいいリオン──いや、エラよ」
「嫌ですよ!! 戸籍を捨てる覚悟はありましたけど、性別まで捨てるつもりはないです!!」
「──仕方ない。サツキ、やれ」
マコト様が指を鳴らすと扉からサツキさんが勢いよく飛び出した。
マコト様が逃げ出さないように僕の腕を掴み、サツキさんが糸に吊るしたコインを僕の前に垂らす。
「あなたはだんだん眠くなーる…….」
「あっ……………」
目の前で揺れるコインを見てると意識が…………。
「ええ…….そんなあっさり掛かりますか」
「キキキ、よくやったぞ。よし、今の内に着替えさすぞ。イロハも手伝え」
「はぁ……まあ面白そうですし、いいですか」
「よーし、まずは服を脱がせろ。サツキ、そこのケースにウィッグがあるから持ってこい。後は眼鏡を外して─────」
「────はっ!?」
あれ? 僕は今までなにを? それに視界がボヤけている。
「あっ、漸く起きましたかリオ──いえ、エラさん」
「イロハさん……その呼び方は辞めて下さい」
「キキキ、そう言ってられるのも今の内だ」
「? それってどういう──」
後ろを振り向いた僕はそのまま固まった。
マコト様の横に設置された鏡。その鏡に映るのは僕の筈だ。なのにボヤけてハッキリとしないけど、鏡に映るのは明らかに別人だ。
……ダメだ。理解したくない。目を閉じようとする瞬間、イロハさんが僕に眼鏡を掛けさせ──視界がハッキリとしてしまった。
「キキキッ! どうだ、完璧な変装だろう! これなら誰もリオンだと疑う者など存在しない!」
「あの、マコト議長。興奮している所悪いですが、また意識飛んじゃってますよ」
「何? 全く、仕方のない奴だな」
その後、意識を取り戻した僕は部屋の隅で泣いた。僕自身も綺麗だと思ってしまったことが情けなかった。
そして、チアキさんに何枚も写真を撮られ記録を残されていく内に、最早逃げ場がないと悟った。
編入は四月。その間に女性らしさでも身につけよう。そう考えながらフラフラと女装したまま僕──私は帰路に着いた。
「もう一週間ですか。リオンさ──エラさんは上手くやれてますかね」
「心配ないだろ。今の奴の仕草から男と判断出来る奴など皆無」
「いや、そこは私も心配してないですよ。いや何であそこまで女性らしく振る舞えるんですか、あの人は。最早議長より女性っぽく──」
「ん? 何か言ったか、イロハ」
「いえ、何でも。私が言っているのは調査のほうですよ。恐らくエラさんが思うような結果にはなっていないと思いますが」
「何だ、それこそ心配する事はない。確かにあいつはエデン条約に夢を抱いている。だが、それを理由に結果を改竄するような事はしない。どのような結果であれ、エラは真実を受け入れる。だからこそ、奴の報告書には信憑性がある。もし内容がゲヘナに有益なものならば私も本気で締結に動いてやる」
「……ずっと思っていたんですけど、本当は最初からそうするつもりだったのでは? どうしてやる気が無いような口ぶりを」
「トリニティ潜入への前振りみたいなものだ。ああでもしないと、エラは動かないからな。それと、イロハの言う通りゲヘナにもエデン条約による恩恵はある。空崎ヒナと同等の力を持つと言われる正義実現委員長に肩を並べる者が複数いるという。あの軍事力が少々欲しくてな。エラには序でにトリニティの戦力についても調べて欲しいものだ」
「そういえば、エラさんはどう調査するつもりですかね? やっぱりどこかの部活に入っているのでしょうか」
「普通に考えればティーパーティー直下の正実に入っているだろう。奴の性格を考えるなら救護騎士団もありえる。もしかするとシスターフッドに入ったかも知れないな」
「所属している組織の制服を着た姿でも撮ってもらいましょうか」
「キキキ、それはいい──と、噂をすれば報告書が届いたようだ。イロハ、ちょっと内容を読んでみろ」
「自分で読んで下さいよ…………………は?」
「ん? どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったようを喰らったような顔をして」
「いや、その……読んでみれば分かります」
「なんだ? そんなもったいぶって──」
『ティーパーティー専属のメイドになりました。
灰崎エラ』
「…………………………………………」
「なにィィィィイイイイイイイイイイ!!???」