今日は休日。
学園もお休みでミカ様たちもプライベートの時間を過ごされるそうです。
そうなれば当然メイドの仕事もお休みな訳でして。灰崎エラではなく玻璃間リオンとして過ごせる数少ない機会。男らしく、ワイルドな感じの服装を──。
「──着れれば良かったんですけどね」
人混みの中で
服装は男性物じゃなくて女性物。身体のラインが分からないようにゆったりとした上着に、足首まで隠したロングスカート。
え? ラインを隠すならズボンでもいいじゃないかって?
……出来れば、本当にそうしたいのですが、万が一の事を考えて女性らしさを引き出す服装をチョイスしているのです。だって僕は男なんだもん。
「そろそろですかね…….」
懐中時計を手に時刻を確認する。十時まで後十五分。まだ余裕はあるけど、きっと彼女なら──。
「エラさーーん!」
正面から私を呼ぶ声が聞こえ顔を上げる。
人混みの中、ぴょんぴょんと麻色の頭が見え隠れしながら前に進んでいく。そして、間を潜り抜けるように私の前に彼女は飛び出した。
「わっ──とっと!」
「大丈夫ですか? ヒフミさん」
勢いよく飛び出したせいか、不安定な体勢になり転びかけたヒフミさんを受け止める。
「あはは……ありがとうございます」
この方は阿慈谷ヒフミさん。トリニティに来てからの初めての友人です。
クラスは違いますが、共通の趣味で意気投合し、今では休日には一緒に遊びに行く仲です。
「エラさんを待たせないように早く来たつもりだったんですけど、待たせちゃいましたね」
「私もさっき着いた所でしたから。ヒフミさんならきっと早く着くだろうと思って、私も急いで来たんですよ」
「えへへ、考えていることは一緒でしたね」
そうですね、と私もヒフミさんにつられて笑った。
「では、少し早いですが行きましょうか」
そう言って、私はヒフミさんに手を差し出す。
「また転ばないように、ゆっくりといきましょう」
「……はい! 今日公開の【ザ・ペロロギャラクシー】を見に!」
そして、私達は映画館へと向かった。
数量限定のペロロジラ型のポップコーンバケツも無事購入し、二時間弱の映画を堪能しました。
「はぁ〜、最高でした」
映画館を後にし、近くのカフェで映画の感想会。ヒフミさんはポップコーンバケツを抱きしめて至福の表情をしていた。
「3Dならでは躍動感がペロロ様達の可愛らしさを引き出していましたね! とくにウェーブキャットの五分以上のダンスシーンが本当にもう素晴らしくて!」
「分かります! でもやっぱり私は最後のペロロジラが巨大隕石を押し返す所で涙が……!」
「ですよね! あそこは涙なしでは見られません!」
テーブルの上に置かれたケーキに目もくれず、感情を爆発させるように語りあった。
ゲヘナでもモモフレンズを語れる友人は居ましたが、ヒフミさん程愛のある人はいないと断言できます。私もここまで深く語れることもなかったので、つい白熱してしまいます。
「そういえばエラさん。近くのゲームセンターでモモフレンズのコラボをしているプリクラがあるみたいなんです! この後一緒に撮りに行きましょう!」
「えっ!? しゃ、写真ですか……」
「? どうしました?」
写真が嫌いな訳じゃない。むしろ色んな思い出を残すことが出来るので撮るのも好きだ。
だけど女装姿で撮られるのはキツイ。というよりも女装姿の自分を記録に残したくない! いや、もうすでに万魔殿で何枚か撮られてしまっているのだけれど。
遠慮はしたい。だけど、ヒフミさんが上目遣いでこちらを見てきてとてもじゃないが断れない。それに、正直僕もモモフレンズのプリクラ自体には興味がある。一人じゃとても行けないし、今はあまりゲヘナの友達と接触するのは今の立場上厳しい。
何より、今の楽しい雰囲気を壊したくはない。壊れるのは僕の尊厳だけでいい。
「なんでもありません! ヒフミさん、善は急げです! すぐに行きましょう!」
「えっ!? エラさん、ちょっ……!?」
ヒフミさんの手を引いて、僕は急いでゲームセンターに向かう。この決意が揺らぐ前に、任務を遂行する……!
気付けば夕方の時間帯。
プリクラで写真を撮っただけなのに、すっかり疲弊し切ってしまった。
まさか限定フレームが五種類あるからって5周もするなんて……何気にポーズを取りながらするのもまたキツかった。
「……でも、まだダメージは少なく感じる」
ゲームセンター内のベンチに座り、撮った写真を見る。シールや加工等で大分雰囲気が違っている分、別人のように思えた。
「……ふふっ」
思わず笑みが溢れた。
撮られた時はダメージを受けたけど、なんだかんだ加工の時間はとても楽しかった。目を大きくしたりエフェクトを加えたりとヒフミさんの姿も魔改造し合ったりして笑い合った。
入場特典で貰えたシールも合わせて見るのも良いかもしれない。そう思えるようになるくらいには来てよかったと思えた。
「こうやって、分け隔てなく笑い合うことが出来れば……」
思い出すのはマコト様から命じられたトリニティの調査。
調査を始めてまだ月日は経ってないけれど、思うような成果は挙げられていない。ゲヘナとトリニティを行き来して分かる、その溝の深さ。
エデン条約が締結されれば表面上は争いが無くなるかもしれない。でも、あくまで表面だけだ。内心にある嫌悪感が膨らんでしまったら関係は間違いなく今よりも悪化する。
僕達には言葉がある。同じ趣味を持って語り合うことも出来る。だけど、言葉では言い表わせない何かが巨大な壁となり隔絶していると思うともどかしくなる。
「エラさーーん!!」
アンニュイな気持ちになった所で、ヒフミさんが泣きそうな声で私を呼んでいた。
「どうしたんですか、ヒフミさん?」
「ペロロ様のぬいぐるみが全く取れないんです! もう五千以上も使っているのにですよ!?」
「あらら、それは…….」
「もう後には引けないのですが、もう所持金が大変なんです! だから、エラさん。助けて下さい!」
縋りつきながら懇願するヒフミさんに少し呆れながらも、どこか安心する自分がいた。
「……わかりました。そのぬいぐるみがある媒体まで案内してください」
「わぁああ! こっちです!」
喜びに満ちた声を上げ、はしゃぐようにヒフミさんは先導していく。
正体を隠し、ヒフミさんと接触する僕もまた表面上の関係を築いてしまっているんだろう。
僕の秘密を明かした時、ヒフミさんの反応を想像するのが怖い。でも、もし受け入れてくれるだなんて勝手な妄想が許されるのなら、この先もずっとヒフミさんと友達でいたい。
「エラさーん? どうしましたか?」
「なんでもありません。すぐ行きます!」
財布の所持金を確認し、私はヒフミさんの後を追った。
「ああ……ふかふかです〜」
帰り道。クレーンゲームで手に入れたペロロ様のぬいぐるみも顔に埋めながら、ヒフミさんは大変満足そうにしていた。
「良かったですね、ヒフミさん」
「ありがとうございます、エラさん。助けていただいて」
「案の定、設定が悪質なものになっていましたから。証拠を突きつけたので今後も大丈夫だと思います」
まさか五万も使わないと持ち上げることすら出来ないようになっていたのは驚きましたが。あまり使いたくなかったのですが、ハッキングの技術も覚えておいてよかったです。
「返金対応もしてもらえましたし、これで一週間ご飯を我慢する必要がなくなりました!」
「ヒフミさん、ちゃんと食事はとらなくてはいけませんよ。身体は資本なんですから。推し活もほどほどに」
「あはは……すみません」
「そういえば、もうすぐテスト期間ですがヒフミさんは大丈夫ですから?」
ヒフミさんの学力なら追試は問題ありませんが、油断は禁物です。
「大丈夫です! ……って言いたい所なんですが、まだ分からない範囲がありまして、よければまた教えてもらえませんか?」
「お安いご用です。ではまた放課後に時間を取れるようにしておきます」
テスト期間中もメイドの仕事はあるから今からスケジュールを立てとかないと。
それしても、映画の公開が今週で良かったです。テスト期間中に被ってしまったら、ヒフミさんはきっと意識が映画の方に向いていたことでしょう。
テスト期間中の前後にもモモフレンズに関するイベントはなかった筈です。このまま何もなければ問題ないでしょう!